火の用心
時は巻戻り、5月7日になる。
奇しくもこの日は俺の16歳の誕生日だったのだが、その日の夜、クロスノの町の外れにあるオストマルク帝国軍クロスノ警備隊駐屯地兼内務省高等警察局クロスノ支部(正式名称なげぇなオイ)でちょっとした事件が起きた。
もとい、起こした。
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22時40分。
良い子は寝る時間だが、今日の俺は悪い子である、問題ない。
「あの……大尉、本当にやるんですか?」
「すみません。他に方法が思いつかなくて」
俺は今、帝国軍クロスノ駐屯地に無断で侵入しようとしている。帝国法? なにそれ食べれる?
まぁバレたら間違いなく即刻殺されるだろうけど、そこは上手くやるさ。軍人だもの、多少のリスクは背負わなきゃいけない。虎穴に入らずんばどうのこうのって言うしね。
それにここ数日調べた結果、駐屯地の警備は案外ザルだった。1人2人ならバレずに済むだろう。
「フィーネさん。作戦通りに外で待機してください。それで事が起きたら……」
「わかっています。それよりも、無事に戻ってきてくださいね」
「当然です」
さて、今回の作戦を説明しよう。
このクロスノ駐屯地は、当たり前だが軍が管轄している。当然それは駐屯地内にある内務省高等警察局クロスノ支部でも同じことが言えるのだが、前にも言った通り治外法権がある。平時において、軍は高等警察局の敷地に許可なく入ることはできない。
そう、平時において、だ。
つまり、有事においては軍の権限が優先される。これは当然だろう。戦争してる最中に内務省の文官がコソコソ動いてたらやりづらいったらありゃしない。
これは帝国戦争特別法第15条の2に規定されている、らしい。無論この情報はフィーネさんがくれたものである。ていうかフィーネさん、まさか帝国法全文覚えてるとか言わないよね?
……うん、これ以上このことを考えるのはやめよう。なんか怖いよフィーネさん。あの記憶力で自分を無能扱いできるってどういうことだってばよ。
ともかく、有事が起きればクロスノの中にいる高等警察局員は軍の指揮下に入るのだ。
で、有事ってなんや、になるのだが、これについては規定が曖昧なのだ。
先の帝国戦争特別法においては「有事=戦争など、国家もしくは地方、国民の生命及び財産その他が危険にさらされた時」と定められている。ちなみに官僚用語で「その他」とか「等」は、「全部」という意味です。
まぁつまり要約すると「軍が『有事』って言ったら『有事』だからバーカ!」ってことだ。長い法律文で規定した意味ないなオイ。
という訳で、俺は今からその「有事」を起こすために忍び込んでいるのだ。
あぁ、他国の軍事施設に入り込んで悪いことをするなんて本当にスパイ映画だな。床に重量センサーが仕掛けられてるかチェックしなきゃ……。
22時50分。
人目を盗み、壁伝いにそろりそろりと動く中、ついに目的地周辺に辿りついた。内務省高等警察局クロスノ支部の、簡易留置所だ。
留置所の窓は10個。つまり10部屋ある。全てが独房で、つまりそれはクロスノ支部は10人しか収容できないということである。警察の留置所ってそう言うもんなのかは知らないが、クロスノの場合はそうらしい。まぁ、高等警察局は政治犯用だし、一般刑事犯の留置所は警備隊が別に持ってるから問題ないのだろう。
で、たぶんジン・ベルクソンはまだあの場所にいる。これも数日間調べた結果わかったことだ。
駐屯地内の物資及び人員の出し入れは軍の管轄だ。俺みたいなスパイが荷馬車に紛れて忍び込んだり、危険物を持ち込まれたり、さらには軍の機密文書を勝手に持ち出されないようにするための措置で、高等警察局の馬車も当然徹底的に調べられるそうだ。
「秘密警察なのに情報ガバガバじゃねーか!」と思わなくもないが、この際それが救いだ。
ジン・ベルクソンが拘留されてからの1ヶ月、駐屯地から逮捕者が出た、という情報はなかった。これもフィーネさんが調べてくれました。いや本当恐ろしい……。
さて、どうするかな。
俺の今の目的は、ジン・ベルクソンの拉致ではなく駐屯地で有事を起こすことだ。問題はどういう有事を起こすかだが……分かり易い方が良いな。
火事と言うのであれば、外で待機してるフィーネさんにも分かり易いし、警備隊の人間が火に目が行って俺を見逃すかもしれない。
俺はそう考えて早速詠唱の準備を始める。派手に燃やしたいから、今回は火系中級魔術「火砲弾」を使おう。
とした時、警備隊の人間が近づいてきた。やばい!
「おい、そこに誰かいなかったか?」
「ん? そうなのか?」
そこは否定しろよスカポンタン! ここで俺を見つけても給料変わらないんだから見逃せ!
えーっと、こういう時ってどうすればいいんだっけな。このまま影に隠れてても見つかるだろうし……。そ、そうだ。猫の鳴き真似をすればいいんだ! ってバカか! 猫の鳴き真似を人間がやったところですぐバレるだろ!
……待てよ?
バレても良いんじゃないか?
こっそり様子を窺って見ると、歩哨との間はまだ大分ある。ここで俺が火砲弾を撃って「放火犯が侵入した」という有事を起こせば、フィーネさんにも分かり易いし俺は逃げれるし高等警察局の人間にも文句は言えないだろう。
……でもいざやるとなると足が震える。今までと違って「悪い事」と認識してるからだろうか。
近づいてくる歩哨の足音に紛れて、俺は深呼吸をする。ひっ、ひっ、ふぅ。ひっ、ひっ、ふぅ。
よし。やるか。
詠唱を終え、掌に仄かな明りが灯される。中級魔術の魔力でも自然発光現象はあるんだな、と妙なところで感心してしまった。
後は敵、もとい歩哨と呼吸を合わせて……。
「おい、やっぱり誰かいるぜ。応援を呼ぶべきじゃないか?」
「そんなことしてもし見当違いだったらどうする? 俺たちが確認してからでも遅くないだろ」
残念ながら遅いよお二人さん。敵かな? と思ったらすぐに報告するのが歩哨の仕事だろ。いくらここが平和だからと言って油断しちゃあかんぞい。
ま、これも授業料だと思って受け取ってくれ。
「火砲弾!」




