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大陸英雄戦記  作者: 悪一
春の目覚め
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ガトネ=ドルギエ会戦

 5月21日のレギエル攻防戦において、セルゲイ師団は損耗率が実に4割を超えていたが、ギニエに対して攻勢の準備をしていたキリエンコ大将率いる帝国軍10個師団も少なからぬ損害を受けていた。


 キリエンコ軍団は、セルゲイ師団からの「作戦失敗」の情報を割と早い段階で入手していた。キリエンコは作戦中止命令を旗下の部隊に下達したが「一戦もしないで撤退するなど帝国軍の矜持に関わることだ」という、生産性も欠片もない事を言い出す貴族出身の中級指揮官が複数いた。

 さらにこの中級指揮官らは、ついにはキリエンコ大将の指揮下を離れて「自分たちで勝手にやる」とまで言い出した。結局キリエンコは、この言うことを聞かない貴族に背中を押される、というより崖から突き落とされるような形でギニエに対する攻勢作戦を続行せざるを得なかった。


 午後2時50分、キリエンコ軍団はギニエから少し北にあるガトネ=ドルギエの平原に布陣し、ギニエに対する攻勢準備をしていた。だがその時、キリエンコ軍団の正面に上級魔術の発動光が確認されたのである。


「どういうことだ!?」


 キリエンコは、主に2つの意味で混乱していた。

 1つは、王国軍が待ち伏せしていたことが、ここまで前進してなぜ気づかなかったのかということである。

 如何に湿原と湖が多いアテニ湖水地方と言えども、山があるわけでもない。通常の索敵行動をしていれば、敵の大軍を見つけることは酷く容易であるに違いないからである。にも拘らず、キリエンコ軍団は王国軍を発見できなかったのである。

 そのキリエンコの疑問は、急遽派遣された偵察部隊からの情報によって解消され、そして別の疑問が湧いたのである。


「叛乱軍5個師団が上級魔術の有効射程外に布陣しています!」

「何!?」


 遠くに居たから見つけられなかった、という理屈は流石のキリエンコの頭でも理解はできた。問題は、上級魔術の射程外に陣取っていることである。


「叛乱軍は何を考えているのだ? この距離から撃っても当たりはしない、奇襲をしたいのであれば上級魔術など使わないはずだ」


 威力の高い上級魔術の欠点は、何よりも隠密性が皆無である点にある。

 上級魔術は魔術師が魔力充填詠唱をする時、上空に魔力の塊が発生して自然発光する。そのため奇襲の時には使えない、というよりも使ってはならない忌むべき策なのである。


 だが王国軍はその常識を無視して、射程外から攻撃を準備していた。

 これを見たキリエンコが全軍の行軍を停止させるのは当然のことだ。そしてまた当然のこととして、目の前の叛乱軍は魔術を発動させようとしない。今魔術を撃ったところで、魔術は帝国軍の前方に着弾することは目に見えているからである。


 何かの罠か、と考えるのは自然の摂理である。キリエンコはしばらく様子を見るとして、軍団を停止し続けた。だが、それに対してまたしても不満を持ったのは貴族の指揮官だった。


「こんなところで立ち止まっている暇など、我々にはない! キリエンコの役立たずが動かないと言うのであれば我々は突撃して、野蛮な叛乱軍に帝国の威を示してくれようぞ!」


 と御高説垂れた後、帝国軍の一部の部隊が――と言ってもその数は2個師団あった――野蛮な叛乱軍、もといシレジア王国軍副司令官ジグムント・ラクス大将率いる5個師団に突撃した。


 この、帝国軍の無謀とも言える突撃を目にしたラクス大将は流石に目を剥いた。


「……勇猛なのか、それともバカなのか?」


 結論から言えば、帝国軍の突出してきた部隊の指揮官は、ラクス大将の言う「バカ」だったことは確かである。


 ラクス大将は上級魔術攻撃をせず、剣兵と騎兵による物理的な攻勢によって帝国軍の前衛部隊を叩いた。防御戦闘で、かつ彼我の戦力差は2:5であれば、帝国軍が負けることは容易に想像がついた。


 この無様な光景を見たキリエンコ大将は動かなかった。なぜなら、突出した貴族の師団が全滅したとしても、帝国軍は8個師団が残る。確かに2個師団を失ったことは大きいが、ここで貴族に呼応して突撃したとしても、あの上級魔術の業火に焼かれるか、もしくは王国軍が用意しているであろう罠によってさらに被害が増大すると考えたからである。


 結局、突出した帝国軍2個師団は50分間の戦闘によって7割の損害を出して敗走した。キリエンコはこの敗戦の責任を、勝手に突出した貴族に取らせようとしたがそれは無理であった。なぜならその貴族は今頃、神の名の下に裁判を受けているからである。

 その後、キリエンコは「あの貴族のようになりたくなければ動くなかれ」という命令を全軍に徹底させた。


 だが、動いてくれなければ困るのは王国軍である。特に、発動直前で1時間以上も止められている魔術兵たちの心労は既に限界に達していた。

 その魔術兵たちの心労を和らげるためにも、ラクス大将は次の手を打った。


 午後3時30分。

 キリエンコ軍団の背後に、王国軍の新手1個師団が突撃してきたのである。1個師団とは言え、背後を突然襲われた帝国軍は浮足立った。


「全軍を180度回頭させろ! 背後の備えを!」


 キリエンコ大将はそう命令したが実行は困難であった。

 湖と湿地に囲まれた狭い平原において8個師団が180度回頭するなどと言うことは容易ならざることである。キリエンコは部隊のいくつかを前進(・・)させて、回頭が容易になるように空間的な余裕を作らせて、個別に回頭しようとした。

 そう、前進させてしまったのである。王国軍の上級魔術の有効射程内に、帝国軍はまんまと入り込んでしまったのである。


 ラクス大将は、この時勝ちを確信した。


「魔術攻撃を開始、発動後すぐに再詠唱をし、連続した魔術攻勢によって敵を混乱させるのだ」


 王国軍本隊は、苛烈極まる魔術攻勢によって帝国軍8個師団を混乱させた。背後から攻撃を受けた事、空間的余裕を作ろうと無茶な行軍をさせた事、そして回頭中に攻撃を受けた事などの一連の出来事によって、帝国軍キリエンコ軍団は全面崩壊に至った。


 混乱し、陣形が乱れきった帝国軍に対し、ラクス軍団は容赦ない全軍突撃を命令した。前後から挟撃され、防御陣を敷く暇もなく騎兵に蹂躙される帝国軍の姿は醜態と言っても良かった。



 午後5時10分。

 ガトネ=ドルギエ会戦は帝国軍の惨敗という形で幕を閉じた。王国軍の死者8400余名に対し、帝国軍のそれは3万1300余名だった。さらにキリエンコは、突出した貴族に責任を押し付けることができなかったばかりか、自らが「敗軍の将」という烙印を押されてしまったのである。




 このように、5月21日の帝国軍によるギニエ・レギエルに対する攻勢作戦が失敗に終わると、戦線は再び膠着した。

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