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大陸英雄戦記  作者: 悪一
春の目覚め
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皇太大甥 VS 第一王女

 5月17日の遭遇戦を皮切りに、帝国軍はアテニ湖水地方各所で小規模な攻勢を連続して行った。


 5月18日、ギニエ北の地点でラクス軍団所属のインベル准将指揮の1個旅団が、帝国軍1個師団によって半包囲され、3割を超える損害を出して敗走した。

 翌5月19日の早朝、クハルスキ軍団の拠点であるセドランキに対して、またしても帝国軍1個師団が奇襲をかけ少なからぬ損耗受ける。さらに同日夕刻、損耗したクハルスキ軍団の補充と補給を行うために移動していた輜重(しちょう)兵部隊が、やはり帝国軍1個師団の側面攻撃を受け、こちらは文字通り全滅の憂き目にあった。


 このようなことが立て続けに起きれば、王国軍と言えども流石に「この1個師団は全て同じ部隊なのではないか」と勘付いた。

 5月20日、王国軍総司令官キシール元帥は王国軍の主要な高級士官を集め作戦会議を開いた。


「この小うるさい奴を止めなければ、味方の士気にも関わる。何としてでも奴に一撃を加えて、その鼻っ柱をへし折るのだ」

「この部隊を止めるためにも、今回皆に集まってもらったわけだ。全員の活発な意見に期待する」


 キシール元帥は温厚な人物として知られてはいたが、流石の彼も「18個師団が1個師団に翻弄され続ける」という事実を前には怒りの少しも覚えることだろう。しかも本来これを諌めるべき彼の参謀らも止めるどころか煽りに行くのだから余計性質が悪かった。

 エミリアが止めても良かったが、彼女はこの時は止めることはしなかった。上官であり、さらには政敵でもある総参謀長ウィロボルスキ大将の怒りを買わずに諌める方法を思いつかなかったためでもある。だがそれ以上に、彼らが言うこの「小うるさい奴」を止める手立てを、既にその頭の中で考えていたからである。


「閣下、ご提案があります」


 エミリアが提示した作戦案は、副司令官ラクス大将やヨギヘス中将らの助言と修正を経て、キシール元帥の了承を得て実行に移されることになった。




---




 5月21日。

 戦線各所で王国軍を翻弄し続けた、セルゲイ・ロマノフ率いる帝国軍1個師団はレギエル北東にある森の中に潜んでいた。この森の中はレギエルから探ることは難しく、そして森の中からはレギエル周辺が見やすいという、奇襲をするのならば絶好の仮拠点となる場所である。

 彼はこの森に潜み続け、この数日の王国軍の動きを逐一見守っていた。


 午前11時。木陰で休憩しているセルゲイ少将の下に、親衛隊長にして彼の唯一の友人であるミハイル・クロイツァー大佐が報告しに来た。


「殿下……失礼、少将閣下。敵が動きました」


 殿下、と一瞬呼ばれたことに対して、セルゲイは少し不満顔だった。だが怒る前に、敵情を知ることを優先してクロイツァーにその怒りを向けることはしなかった。


「……どこだ?」

「レギエル駐屯の軍団が、北と東に分かれて行軍を開始。おそらく、各方面への増援と街道警備だと思われます」

「ふむ。予定通りだ。空き家を狙うぞ。それと、総司令部に連絡。『敵が混乱したところで攻勢に出て、一気に叛乱軍を撃滅しよう』とね。勿論、敬語を使うのは忘れずにな」

「了解です」


 この時を待っていた、と言わんばかりに彼の師団はすぐに部隊と陣形の編制を終え、行軍を始める。

 旗下の将兵たちは、連日連戦にも関わらず疲労の色を見せていない。これは、連戦にして連勝であり、部隊の士気が高まっていたのである。高まる士気は疲労を覆い隠し、そして実力以上の能力を発揮させることができる。

 そしてその士気の高さは、セルゲイ・ロマノフという人物であっても例外ではない。




 午後0時15分。

 セルゲイ・ロマノフ少将率いる帝国軍1個師団が、増援を出して手薄となったレギエルに対して奇襲をかけた。


 レギエルは元々小さな町である。タルタク砦放棄後、急速に野戦築城がなされてある程度要塞化されたものの、急場凌ぎであることには違いなく、防備が薄くなったところを攻撃されては失陥は時間の問題である。


 そして攻撃を始めた直後、セルゲイにとって驚くべき事実がわかった。レギエルに駐屯する王国軍が1個師団しかいないと言うことだった。増援を出したことは、クロイツァーの報告通りではあるが、この手薄さは異常とも言えた。セルゲイは、この機に一気にレギエルを占領し叛乱軍を分断すべきではないかとの誘惑に苛まれた。

 だがその誘惑も、友人であるクロイツァーの一言によってどうにか踏み留まることができた


「閣下。ここは占領はせず、予定通り場を乱すだけ乱して後退しましょう。ここを占領しても、タルタク砦と街道が繋がってるわけでもないここを長期的に維持することは不可能です」


 セルゲイの作戦は、5月17日から19日までの間、ギニエとセドランキを交互に攻撃して王国軍の耳目をギニエとセドランキに向けさせる。そしてレギエルが手薄になったところでそこを攻撃し、王国軍の中央を突破する。王国軍が混乱して増援を引き返してきたところで、帝国軍本隊として10個師団がギニエと後退する王国軍の後背を襲撃して王国軍を壊滅させるという、言わば二重の陽動作戦であった。

 この極めて実行困難に思えるような作戦は、セルゲイ自身が先導を切るという条件によってバクーニン元帥から作戦実行の許可を受けた。これはセルゲイをどうにかして亡き者にしたいという帝国軍上層部の意向も多分に含まれていた。失敗すればセルゲイは死ぬ、成功すれば戦争に勝てる、という理屈である。


 そのような打算があったことはセルゲイも承知していた。だからこそ、セルゲイ師団はレギエルを絶対に手に入れなければならない、というわけではない。セルゲイは冷静さを取り戻し、友人の注意を潔く受け入れた。


「……そうだな。お前の言う通りだ。このまま叛乱軍を攻撃、牽制しつつしかる後に後退する」


 セルゲイはそう命令したが、そう易々と退かせてやるほど王国軍は寛容ではなかった。


 レギエルを防衛するのは、ザレシエ会戦、カレンネの森の戦いにおいて重厚な防御陣を敷いて帝国軍の攻勢をいなし続けたシュミット少将率いる1個師団である。彼の鉄壁とも言える防御戦闘をし、さらには帝国軍が後退の意思を示したところで逆突出を仕掛けて、帝国軍セルゲイ師団をレギエル外縁に拘束した。


 セルゲイは、全面後退の指示を出せぬまま時間だけが過ぎていった。ここは犠牲を覚悟で無理にでも撤退すべきではないかと迷っていた。

 だがその時、王国軍がさらに先手を打った。


「……ッ! しまった!」


 セルゲイがそう舌打ちした時、彼の指揮する師団の左右両翼から新手の王国軍2個師団、合計4個師団が現れたのである。王国軍は速やかに行動し、セルゲイ師団を半包囲せんと部隊を展開させる。


 セルゲイの作戦が、高等参事官エミリア少佐によって見抜かれていたのである。


 エミリアは、帝国軍の所謂「小うるさい奴」が緒戦で王国軍の注意をギニエとセドランキに引き付け、その隙にレギエルを攻撃して王国軍を混乱させ、一気に攻勢をかけることを意図しているのだと気づいた。

 そして攻勢を受ける地点はギニエかセドランキで、そして八割方ギニエが攻勢を受けると考えたのである。


 そう考えたエミリアは、レギエルに主力を集めて帝国軍を迎撃する案をキシール元帥に上申した。だがその案は、ヨギヘス中将の助言によって「手薄になったレギエルを敵に占領させ、占領間もなく地形を把握していない帝国軍1個師団をすぐさま包囲撃滅する」という作戦に変更された。

 またギニエの軍団には死守命令を出し、その防衛に当たったのはラクス大将率いる6個師団と決定された。


 もしこの作戦が成功していれば、セルゲイ・ロマノフは齢18にして天に召されることになり、さらには帝国軍もギニエに対する攻勢作戦の失敗によって多大な出血を強いられたことだろう。

 だが、セルゲイはクロイツァーの助言を聞きレギエルに侵入することはなかったため、包囲されるということはなかった。彼は自分が罠に陥ったことを悟ると、すぐさま作戦失敗の伝令を帝国軍総司令部に伝えた。

 だが、セルゲイ師団は数に勝る王国軍に半包囲され、シュミット師団のみと相手していた時よりもさらに苦しい状況から撤退せねばならなかった。


 セルゲイは苦心の末に陣形を再編させると、王国軍にたいして逆突出を仕掛けてその動きを一時的に受動的にした後、急速に部隊を後退させていった。

 セルゲイ師団が当初拠点とした森に戻っていた時、彼の部隊は将兵4500余名を失っていた。


「どうやら、調子に乗りすぎていたようだ」

「閣下……」

「授業料は高くついたが……でも、いい経験となった。大佐、叛乱軍が追撃してくる可能性がある。ここはタルタク砦まで撤退しよう」

「了解しました」


 クロイツァーは、セルゲイの命令を受けて撤収の準備を始める。拠点としていた地点を放棄し、王国軍に利用されないよう物資は焼き払った。

 その光景を見ながら、セルゲイは誰にも聞こえないような声で呟く。


「とりあえず、総司令部の奴らに説明する言い訳を考えなくてはいけないな」

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