内務大臣
4月21日。
4月18日にシレジア王国軍がヤロスワフを解放した、という情報が俺の耳に入ったのはその日の朝のことだった。
クロスノとヤロスワフは割と近く、馬車を全力で走らせれば1日で着く。にも拘らず俺の耳に届いたのが遅れたのはこれがちゃんとした情報として届いたのではなく、風聞という形でこの街に届いたからだろう。
そのおかげで、このクロスノの街の雰囲気も少し変わった。苦戦の報せがずっと流れていたヤロスワフを解放したという情報を聞いた、この街に住むシレジア人は心なしか喜んでいる気がする。
で、それでクロスノの分離独立の機運が高まったと言えば、そうでもない。
街の様子を見る限り、リヴォニア系やキリス系の人たちがシレジア系を祝福し、そしてそれを見ているルース系やラキア系が苦虫を潰したような顔をしている。まるでこの戦争の縮図だな。
表立って分離独立を声高く叫ぶ奴はいない。
それと同じく、シレジア系を排除しようとする動きも見られない。
つまりベルクソンなる男が異常なだけ、とも言える。
……どういうことだろう。単にベルクソンら一部のシレジア系民族が過激的な民族主義者ってだけで、あとはそうでもないのだろうか。内務省とやらは反シレジア世論を形成したいのに、クロスノではそれが見られない。
反シレジア世論は帝都エスターブルクでしか支持されていないのだろうか。
……うーむ、どうもこの辺は気になる話だ。
「フィーネさん、少しよろしいですか?」
「……あ、はい。なんでしょうか」
気になると言えばフィーネさんも気になる。昨日から彼女の魂が2~3割抜けてる気がするのだ。
まぁ、しばらくは様子を見るしか他に手が思いつかない。こういうのはサラが得意だったんだがなぁ。
「えーっと、もし戦争によって勝ち得た領地というのは、誰の所有物になるのですか?」
「え……つまり?」
「あぁ、すみません。説明不足でしたね。つまり、もしオストマルク帝国が今回の戦争に便乗参戦し、いくつかの領土……そうですね、クラクフスキ公爵領全域を手に入れたとします。その場合、だれがその領地の経営権を手に入れるのでしょうか?」
「なるほど……。そうですね、30年程前のオストマルク帝国とキリス第二帝国との戦争で、我が国はスールズリッツァとヤンボルという領地を獲得しました。スールズリッツァには銅鉱山があり、そこは10年間に亘って皇帝直轄領となりました」
「つまり、今は違うと?」
「はい。今は、ある伯爵家の領地となっています」
「つまり10年間は皇帝直轄領で、その後領地は帝国貴族に下賜されたというわけですか。もう1つのヤンボルという領地は?」
「ヤンボルは別段何も産業がありません。ですので『貴族にあげても褒美としての効果が薄い』ということで、そこは今でも皇帝直轄領のままです」
皇帝直轄領だなんて名前の響きの良さから、てっきり皇帝家が私腹を肥やすために利益を独占させてるのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。貴族に分け与えて、帝国に反発する貴族を減らす意味合いがあるのだろう。
そのために土地を開拓開墾して、経済的に自立できるようになったら貴族に売って、ついでに恩も売ると。
それはさておき、このクロスノと言う地はヤンボルとやらに近い。なんてったって第二次シレジア分割戦争から60年以上も経ってるのに、未だに皇帝直轄領のままだ。
クロスノが欲しいから工作をしている……とも考えたけど、60年間皇帝直轄領だったクロスノを今更欲しがる奴なんて……。
「……ですが、クラクフスキ公爵領の場合だと違うかもしれません」
「と言うと?」
「最初から経済的な旨味がある地域ならば、皇帝直轄領とはせず、すぐに貴族に売り飛ばすやもしれません。戦争によって武勲を立てた貴族などに与えるのが一番効率的でしょう」
なるほど確かに。今の話を聞いた後だと納得できる。
戦争による武勲か。今起きようとしてる便乗参戦論を唱える貴族は多分これを狙っているのだろう。
クラクフスキ公爵領はオストマルクからも近い。疲弊したシレジア軍の脇腹を刺せば簡単に手に入るだろう。
でもそこまでは、こんなところにまで来なくても分かっていた話だ。問題は、なんでクロスノなのかだ。
「フィーネさん。もう1つ質問です。帝国内務大臣は誰なのですか?」
「シモン・フリッツ・フォン・ホフシュテッター伯爵です」
伯爵か。通常、領地経営を任せられるのは伯爵以上で、子爵以下は地方都市の統治権しか貰えない。
ホフシュテッターが伯爵なら、領地欲しさに職権乱用、というのは考えられないな。クラクフスキ公爵領がどうしても欲しい、って言うなら話は別だが。
でも戦争世論を煽っただけじゃ成果とは言えないよなぁ……。
「ホフシュテッター伯爵に子供は?」
「いると思いますが……少し待ってください」
彼女は鞄の中を漁って、いくつかの書類の束を出した。思えばフィーネさんの鞄の中って紙ばっかだな。他に何も入ってないの?
しばらくすると、彼女はようやくお目当ての書類を見つけたようで、いくつかページをめくった後ようやく口を開いた。
「えー、と。ホフシュテッター伯爵家は妻が1人、愛人が2人、子供が3人、非嫡出子が4人います。また男爵以上の爵位を持っている親戚が5家あるようです」
「伯爵元気すぎませんかね……」
10年したら腹上死とか余裕でしそう。
「その親戚5家なのですが……、えーっと。コンシリア男爵、アーノンクール男爵、ベーム伯爵、ウェルダー子爵、そしてボダンツキー子爵です」
「どれも聞き覚えはありませんね……」
「そうですね。どれもこれもよくいる有象無象の貴族で、有名と言う訳ではありません」
有象無象の貴族って言い方もどうなんだろうか……。
「その貴族たちの職は?」
「地方都市の領主、高級官僚が主ですね。最も高い地位にいるのがウェルダー子爵で資源大臣政務官で……あっ」
「どうしました?」
「い、いえ。コンシリア男爵がかつて内務大臣補佐官をやっていたそうです」
「……内務大臣補佐官?」
「えぇ。大臣、副大臣、政務官に次ぐ地位ですね。補佐官の下が事務次官です。2年前まで、その地位にいたようですよ」
「ちなみに、ホフシュテッター伯爵はいつから内務大臣を?」
「8年前です」
ホフシュテッター伯爵が、その地位を利用して人事権を濫用して親戚のコンシリア男爵を自分の補佐官にした、ってことかな。貴族社会じゃ珍しい話でもなさそうだけど。
「コンシリア男爵は、今は何を?」
「現在は、宮内大臣政務官ですね」
つまり皇帝に近い人ってことね。ホフシュテッター伯爵の皇帝に対する影響力は、多分コイツも一枚噛んでるんだろう。
でもこれだけじゃ「ホフシュテッター伯爵が昔人事濫用してコンシリア男爵を無理矢理出世コースに乗せた」ってだけだ。しかも状況証拠。
「おそらくこれは関係ないでしょう。確かに怪しい取り合わせではありますが、単にそれだけです。今回のクロスノとは繋がりが見えません」
「……」
「大尉?」
繋がり、本当にないのかね。
内務大臣、そして高級官僚の親戚、そしてジン・ベルクソンなる民族主義者。気になる。凄い胡散臭い。
「フィーネさん。お願いがあるのですが……」




