クロスノのシレジア人
とあるシレジア人男性(42歳)の証言。
「独立? いや、思ってもみないことだね。俺の場合、職業柄帝国政府の庇護の下でないと食ってけないよ。シレジアのことを知ってるわけじゃねーけど、ここじゃシレジア人だキリス人だで商売が不利になることはないからな。まぁ、たまに来るリヴォニア系貴族様には反吐が出るが、それだけだな」
別のシレジア人女性(37歳)の証言。
「シレジア編入? 今さらやってどうしろってんだい? 私の祖母さんがまだ生きてたら、そりゃ大手を振って喜んだだろうけど、私にとっちゃシレジア王国なんて国に未練はないよ。第一、私は一度もシレジアに行ったことないからね」
そして最後に、シレジア人女性(7歳)の言葉。
「おにーちゃん!」
「こうして纏めてみると、シレジア独立の動きは言うほどじゃないってことでしょうね。みんな経済的にはゆとりがあるみたいですし、オストマルク政府あってのクロスノだと理解してる」
「それは同意見なのですが、最後のはなんだったのですか?」
オストマルク帝国の民族構成はカオスの坩堝だ。10の民族がひしめき合って、しかも混住してるから面倒臭い。
1番比率が大きいのは貴族や官僚、富裕層の大半を占めるリヴォニア系なのだが、それでも全体の4分の1しかいない。ちなみにシレジア系は全体の10分の1。
他にもキリス第二帝国の主要民族であるキリス系、東大陸帝国のルース系、カールスバート共和国のラキア系、大陸帝国統一前にこの地で国を作っていたヴォルガ系民族がいる。これら諸民族を全て足してやっと全体の八割を占めるようになる。恐ろしい。
そしてどうやらオストマルク帝国政府の統治は上手くいってるようで、民族間の経済的差別と言うのはないようだ。法律上の差別もないし、かつての大陸帝国のおかげで宗教や言語も統一されてるから国家としての一体感もある程度ある。同じ帝国臣民として領内を自由に行き来し、有事の際は一丸となって戦う。
え、何この理想郷。俺の知ってる多民族国家ってもっとドロドロヌマヌマしてるイメージが……。
まぁそこは帝国政府の治世の賜物と思っておこう。
「フィーネさん。クロスノに貧民街はありますか?」
「勿論ありますよ。街の南東部が特にそうです」
勿論ある、ね。なんだか悲しいことだ。いや仕方ないけどさ。
「しかしなぜ貧民街に?」
「簡単な話ですよ。民族運動が起こる理由はどこの世界でも一緒です」
「あら、まるで別の世界の事情を知ってるみたいですね」
彼女は俺が下手な冗談を言ったと解釈しただろうが事実なんだよなぁ。世の中には「民族の牢獄」なんて言葉もあるし。1つの民族が騒ぎ立てまくることにより世界史の授業がとても嫌になったりする。
まぁそれはともかく。
民族問題が再燃する理由はだいたいいつも一緒だ。経済的貧困にある民族が「俺たちが貧乏なのは他民族から抑圧されてるせいに違いない」とかそんなん。民族自決だのの概念はもっと時代が下がったら生み出されるかもしれない。
だからこそ帝国政府は各民族が飢えないようにしている、と。富裕層がリヴォニア系民族に集中してる状況を何とかしろと言いたいが、そこは既得権益とかの問題もある。第一、リヴォニア系貴族のフィーネさんの前でそれを言うのは憚れる。
「ま、ともかく行きましょうか」
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貧民街はまさしく「民族の牢獄」と言っても差し支えなかった。そして見事にリヴォニア系民族がいない。いるのは主にシレジア系とルース系、あとはラキア系が主。
彼らはボロ雑巾のような服しか着てないし、どうやら路上生活者も多い。あちらこちらに簡易テントみたいな家が建ってる。見た感じ、衛生環境も悪いようだ。
「……」
フィーネさんは先ほどから黙ったままだ。というか、針の筵だ。
富裕層に多いリヴォニア系、そして彼女は今軍服だ。彼らにして見れば「俺らをこんな境遇に追いやったリヴォニア系が来てる。しかも俺らを弾圧する軍所属だとよ。ケッ!」だろうか。
「フィーネさん。私が1人で聞き込みをするので、外で待機しといてください」
流石にちょっと可哀そうだなと思っての配慮だけど、彼女は心外そうな顔をした。
「大丈夫です。行きましょう」
「本当に大丈夫ですか?」
「えぇ」
「なら、いいんですけどね」
強いのは良いんだけど、あまり無理されても困る。
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貧民街に住むシレジア人男性(51歳)の証言。
「別に、今更シレジアに戻ったところでどうしようもねーよ。老い先短い俺に何ができるってんだ。それより、そこにいるいけ好かねぇ貴族の嬢さんのほうが腹立つ」
シレジア人女性(27歳)の証言。
「シレジアって今戦争してるんでしょ? そんな国に編入されたいなんて思う方が変よ。私はこの帝国で仕事が欲しいの。でも、どこかの人たちが仕事を独占してるせいでこっちまで回ってこないけどね」
とりあえず聞き込みでわかったことは、貧困層に至るまでオストマルク帝国に対する帰属意識が高いということだ。
彼らが問題にしているのは政治的権利や経済的貧困ではなく、リヴォニア系民族による資本の独占だ。シレジア編入を求める声は少なかったし、その声を挙げた人も「それで本当にいいのか?」と疑問に思ってるようだ。
「これは外交問題と言うより国内問題ですね。こうなると、俺の出番はないようです。あまりやりすぎると内政干渉になりかねませんし」
「……」
「フィーネさん?」
「……あ、はい。なんですか?」
うーむ。どうやら結構効いてるようだ。「リヴォニア人のせいで」という言葉を30回くらい聞いた後だもんな。
「どうします? そろそろ戻りますか?」
「い、いえ、私はまだ大丈夫です」
「大丈夫に見えないんですが」
「大丈夫ですって」
強いと言うより頑固だなこの人。
「まぁ、これ以上聞き込みをしてもたぶん同じことでしょう。一度邸宅に戻って情報を整理しましょうか」
「……わかりました」
……こういう時、どういう言葉をかければいいのかわからん。
でも放っておくわけにはいかない。真面目に物事を考える人ほど鬱になりやすいとも言うし、何かしらブレーキを掛けないとな……。




