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大陸英雄戦記  作者: 悪一
春の目覚め
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カレンネの森の戦い ‐泥沼-

 グロモイコ上級大将率いる5個師団が、東に移動する王国軍5個師団を捕捉したのは、午前11時20分のことだった。グロモイコ軍団は森を背に、王国軍の右側面に展開している。

 彼は王国軍の陣形を見るなり、喜々として部下に号令した。目の前で疾走する王国軍は、北上する帝国軍ロパトニコフ師団を撃滅しようと無理をして、縦に細長くなっているように見えた。


「叛乱軍どもめ、かかったな! 総員戦闘用意、上級魔術詠唱開始!」


 グロモイコが号令するとともに、旗下の部隊は一斉に戦闘態勢に入る。槍兵隊は綺麗な横陣を組み、魔術兵が上級魔術の詠唱を開始し、弓兵もすぐに出るであろう斉射の号令を待っていた。

 数分後、上級魔術の発動準備が整う。上空には圧縮された魔力の塊が光を放ち周囲を照らしている。この時点で王国軍は敵襲に気付いただろうとグロモイコは考えたが、既に魔術は完成された。後は発動の号令をかけるだけで王国軍は混乱状態に陥るはず。

 彼は右手を大きく上げ、発すべき声を喉元に用意する。


 だがその声が彼の口から飛び出る前に、事態は急変した。


 東の方向、つまりグロモイコから見て右、ロパトニコフ師団が展開していた場所から轟音が響いたのだ。

 音の正体はすぐに理解できた。彼にとっても聞き慣れた音、大規模な騎兵部隊が爆走し、そして歩兵と衝突した音である。


 彼はその時、自分が罠に嵌められたことを理解した。そして状況を一瞬で把握できた。だが、彼が他の帝国軍の凡将たちと異なるのは「決断が早い」ということだった。


「魔術攻撃開始、目標敵陣中央。その後に弓兵も前面の敵を攻撃。密集しつつ急進し、反乱軍の中央を突破する!」


 グロモイコは一瞬にしてロパトニコフを見捨てた。彼は、未だ長い縦陣となっている王国軍の中央を突破し、カレンネの森を大きく反時計回りに迂回しようとした。ロパトニコフ師団を失ってもここで戦果を上げれば痛み分け、処罰は免れることができるだろう、と。

 上司の命令を受けた部下たちは不安を漏らすことなく忠実に命令を守った。ロパトニコフに構っていては自分たちが助からない、それを悟ったかのように俊敏に動いた。


 だがグロモイコ軍団が陣形を再編した途端、王国軍5個師団に動きがあった。


「閣下、敵が……!」

「……!?」


 王国軍が、右に回頭した。それだけならまだ良いが、問題は王国軍兵が一人一人が一斉に「右向け右」をしただけで、綺麗な横陣が完成した点にある。


 部隊を回頭する場合、通常は師団という大きな枠で行う。それが如何に大変で時間がかかる作業かは、想像に難くない。単に「右を向け」と言われただけでは、魔術兵や弓兵など通常後方や両翼に下げるべき兵が前に出てしまう。

 それなのに、王国軍兵は右を向いただけで完璧な陣形を完成させた。前衛の槍兵、2列目の剣兵弓兵、最後尾の魔術兵や騎兵、全ての兵が綺麗な横陣を敷いている。

 これが意味することはただひとつ。


「敵は突進して陣形が縦に伸びていたのではない。我が軍団を撃滅するために、最初から横陣を組んでいた。我々は敵に嵌められたのだ!」

「そんな……。いえ、しかしまだ状況が決定的に悪くなったわけではありません。このまま中央を突破しましょう!」

「……その通りだ。総員突撃せよ!」


 グロモイコは上級魔術と弓兵の援護の下、敵中央を強行突破しようと試みた。


 だが王国軍も、それを待ち望んでいたかのように部隊を動かした。

 中央部は後退、右翼と左翼は前進して、突進する帝国軍の威力を弱めつつ半包囲態勢下に置く。


 王国軍中央部を堅守するのは、ザレシエ会戦でも鉄壁の守りを見せたシュミット少将率いる師団である。シュミットが用意した堅牢な防御陣を、帝国軍は遂に打ち破ることはできなかった。



 11時40分。

 ロパトニコフ師団が多数の損害を出しながら潰走状態で戦場を離脱した。王国軍近衛師団は最早戦闘不能になったロパトニコフ師団を無視し、王国軍5個師団の中央を突破せんと突進を繰り返すグロモイコ軍団の後方に襲い掛かろうとした。

 グロモイコは、右側背より接近する近衛師団を見て中央突破を断念。近衛師団の攻撃を躱しつつ、半包囲されないよう部隊を7時方向、つまりカレンネの森がある方向に後退させた。


 東大陸帝国出身のグロモイコは知らなかった。カレンネの森が沼地でもあるということを。


 0時15分。

 グロモイコ軍団は、完全にカレンネの泥沼に嵌まってしまった。王国軍は、さらに攻勢を強めて帝国軍を泥沼の中に追い落とし、午後0時30分の段階に至ると遂に全帝国軍兵が沼に嵌まって動けないでいた。

 動けない帝国軍に対し、王国軍は容赦ない魔術攻勢を加えた。



 帝国軍ヤロスワフ方面指揮官グロモイコ上級大将が降伏を申し出たのは、午後1時30分のことである。




---




 帝国軍の死者、1万3500余名。捕虜となった者はさらに多く、2万8000名を超えた。

 グロモイコ軍団で逃げ延びることに成功したのは、奇跡的に泥沼から解放され、そして森の中に逃げ込むことができた者だけであると言って良い。その数が多かろうはずもなく、また森の中にも多くの沼地が存在することから、果たして何人の帝国軍兵が生き残ることができたのかは不明である。


 一方の王国軍の死者は2600名。だがグロモイコ軍団が数度にわたって突撃を繰り返した影響で、戦傷者の数は8000を超えていた。軍医や治癒魔術師の必死の治療によってその半数が完治したが、半数は治りきらず戦闘不能となった。完治しなかった者と死者を合わせると合計で4300名。さらに王国軍の戦力が減った形となる。


 だが、まだヤロスワフには帝国軍5個師団が存在する。そしてシレジア北東部、アテニ湖水地方には20個師団もの帝国軍がおり、また帝国本土にも予備兵力が配置されている。


 シレジア王国は戦術的な勝利を積み重ねてはいたが、それがいつまで続くかということは誰にもわからなかった。

簡単な図説


挿絵(By みてみん)


単位:万人(約)

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