カレンネの森の戦い ‐発見-
ザレシエとヤロスワフの中間から少しザレシエ寄りの場所に「カレンネの森」と呼ばれる広大な原生林が存在する。カレンネは森であると同時に沼地でもあり、多くの馬車と人がその沼にはまったとされている。
その結果周囲には農村や整備された街道と言った類のものがない。人の手が及ばないこの森は多種多様の動植物が静かに暮らし、人々の営みや血生臭い戦争とは無縁だった。
4月12日にシレジア王国軍がやってくるまでの話ではあるが。
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ヤロスワフから5個師団を引き抜いた帝国軍グロモイコ上級大将の指揮する軍団は、当初このカレンネの森の遥か東にある街道沿いを北上していた。
だが4月13日の早朝に王国軍の偵察部隊を発見する。グロモイコはその偵察部隊を倒すことはせず、その偵察部隊の後をばれないようにつけて行った。朝霧のおかげでシレジアの偵察部隊に気付かれずに済んだ帝国軍は、カレンネの森の北の地点に王国軍5個師団がいることを確認した。
「なぜここに叛乱軍がいるのだ?」
グロモイコ上級大将は、王国軍発見の報に際して喜ぶ前に疑問を感じていた。参謀長は意味を掴み兼ね、グロモイコに尋ねた。
「なぜ、とは?」
「考えても見ろ参謀長。もし奴らがヤロスワフを助けるつもりで出撃してきたのなら、こんな場所にはいないだろう。南に進めばすぐに森にぶつかり、東西どちらかに進まなければならない。我々が今使っている街道を、奴らも最初から使っていればこんなところに布陣する理由はない。そうだろう?」
「確かに、仰る通りです」
もしこの王国軍が、ヤロスワフ救援にために他の戦線から引き抜かれた軍団であるとするのならば、グロモイコが指摘した通り、彼が使っている街道を使用することが最善の方策である。街道から外れた場合、いかに自分たちの国だと言っても迷子になる可能性が捨てきれず、また多くの場合未開拓地域で兵の休息や部隊の展開に支障をきたす恐れがある。
にも関わらず王国軍がこの地点を選んだ理由を、グロモイコは考えていたのだ。
だがグロモイコが考えを纏める前に、参謀長が届けられた偵察報告書を見て何かに気が付いたようである。
「……もしかすると、ヤロスワフの救援ではなく、我々の軍団を撃滅するために動いたのではないでしょうか?」
「なんだと?」
「これをご覧ください。偵察部隊からの情報によれば、王国軍は東を向いています」
「それがどういうことなのだ?」
「おそらく、叛乱軍は我が軍が部隊を分け、そしてこの街道を北上していることを知ったのでしょう。叛乱軍はどうやら寡兵のようですから、各個撃破の機会があればそれを逃すはずがありません」
「なるほど。つまり無防備に東の街道を北上する我々の左側面を奇襲し、一気に瓦解させようとした。そうすれば被害も少なくて済む……ということだな?」
「おそらくは」
「だが、我々は敵に気づかれることなく叛乱軍の位置を知った。つまり叛乱軍に最早勝ち目なし、だな」
「しかしどう対処致しましょう。相手は5個師団、数の上では同じです。まともにやり合った場合、下手を打てば消耗戦になり無駄な被害が増えるばかりです」
「ふむ……そうだな。こちらも奇襲を仕掛けるか」
「奇襲、ですか?」
奇襲と言うのは、本来寡兵の部隊が用いる策である。大軍はそもそも数で勝っているのならば正面切って戦えば勝てるため、わざわざ奇襲を仕掛ける意味はない。もしここでグロモイコ軍団が消耗しきっても、帝国には多くの兵力が残されている。
だが、グロモイコはあえて奇襲を考案した。無駄に被害を大きくすれば後々の昇進に響くだろう。その一方で奇策を用いて戦果巨大、被害僅少にすることができれば武勲は巨大なものとなり、元帥への道が開ける。彼は極めて打算的な理由で奇襲の道を選んだのだ。
「まず、部隊を2つに分ける。俺が直接指揮する4個師団と、陽動の1個師団にだ」
「陽動、ですか」
「あぁ。陽動師団は街道をこのまま北上させる。そうすれば叛乱軍は待ってましたと言わんばかりに急進してくるだろう。その一方で本隊4個師団はカレンネの森の外縁部ギリギリを行軍する。それで叛乱軍が急進しきてたところを右側背より叩くのだ」
「なるほど……!」
参謀長の感嘆の声を聞くと、グロモイコは満足した。自分の完全無欠な作戦を聞いて下々の者たちが感嘆と感心の声を向けてくれると言うのは、大貴族の息子である彼としては至上の喜びである。
「陽動部隊の指揮は……そうだな、ロパトニコフ中将に任せよう。奴も武勲を立てたがっていたからな、丁度いいだろう」
「わかりました。すぐに準備しましょう」
こうして帝国軍グロモイコ上級大将の作戦が実行に移された。4月14日、午後1時のことである。




