表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸英雄戦記  作者: 悪一
春の目覚め
120/496

ザレシエ会戦 ‐撃滅-

 東大陸帝国軍オルズベック・ロコソフスキ元帥。伯爵家の当主でもあり、帝国軍総司令官でもある。


 彼は皇帝イヴァンⅦ世の忠実な臣下であり、イヴァンⅦ世も彼を重用していた。だからこそシレジア討伐軍の総司令官に任じられたとしてもおかしな話ではない。

 今回のシレジア討伐が成功すれば階位は侯爵に上がり、個人的な恨みがある軍事大臣レディゲル侯爵を蹴落とすことも可能となる。そのはずだった。


 だが今やロコソフスキが直接指揮する軍団は5個師団にまで討ち減らされ、その残りの5個師団も王国軍8個師団に完全に包囲されていた。




「……ここまで徹底してると末恐ろしいものがあるわね」


 近衛師団第3騎兵連隊第15小隊隊長のサラ・マリノフスカ大尉は、彼女らしくもなく馬上からただ戦況を眺めていた。

 帝国軍本営を左翼方向から攻撃を続けているのは王国軍近衛師団2個師団。だが最早勝ちが決まったこの会戦、精鋭部隊である近衛師団の損耗を抑えようと考えたサピア中将は帝国軍が逃げられないよう布陣しただけで、上級魔術による遠距離攻撃に徹した。


 サラの呟きに反応したのは彼女の部下であるコヴァルスキ曹長だった。


「それは……魔術攻撃の事ですか?」

「違うわ。この包囲自体が、よ」


 サラはこの作戦が彼女の親友であるエミリアが立案したものであると知っている。彼女から直接作戦を聞いた時、サラはきっと上手くいくと確信していた。それはエミリアの手腕を信用していたからでもあるのだが、それ以上にこの作戦に既視感を覚えたからだ。

 その既視感の正体は今から5年半前、サラが士官学校に入学した時の話。あの時、サラとユゼフがハゲ男集団に対して行った撤退作戦と、今回の迎撃作戦案がほぼ同じ内容だったからだ。敵を引き摺り出し、伏兵によって包囲撃滅する。今回の作戦もそれを規模を大きくして応用した作戦にも見える。

 ユゼフはその時のことをエミリアに教えたのだろうか。それとも、エミリアはユゼフと同じ発想が出来得る人物であるのか。


 サラは暫く考え込んだが、結論を見出すことはできなかった。


「……敵は、まだ降伏しないの?」

「するとは思えません。先ほどから司令部が何度も通信魔術で降伏を勧告しているようですが、応答がありません」

「……そう」


 サラは興味をなくすと、目の前に広がる陰惨な戦場を静かに眺めた。


 帝国軍ロコソフスキ元帥が戦死したのはそれから20分後のことである。

 元帥の死後、指揮を引き継いだ総参謀長ワレリー・ポポフ上級大将は王国軍の降伏勧告を受諾した。


 会戦前10万3000人を数えたロコソフスキ軍団は、僅か5時間強の戦闘によって全滅と言って良いほどの損害を被りさらに多くの将軍を失った。帝国軍の戦死傷者は約9万2800余名で、これは地方都市の人口1個分に匹敵する。また生き残った者の半数は何処かへ逃亡し、半数はシレジア王国軍に降伏した。


 一方、シレジア王国軍の損害は約9200名。この会戦の数字だけを見ればどちらが勝者なのかは言うまでもないが、国家全体としての比率から言えばシレジア王国の被った損害は大きい。

 東大陸帝国の軍事力は平時400個師団、対してシレジア王国のそれは動員令をかけてやっと20個師団である。今回の会戦で帝国は全体の40分の1の戦力を失っただけだが、王国は20分の1を失ったのである。そう考えたエミリア少佐は、他の高級将校のように勝利に現を抜かしてばかりはいられなかった。


「……勝てば勝つほど我が国は苦境に立たされる、と言う訳なのですね」


 エミリアが放った言葉は、勝利に沸き立つ将兵の歓声によって遮られ、誰の耳にも届くことはなかった。




---




 運良くザレシエ平原から命からがら逃げ延びることができたある帝国軍士官は、4日間の必死の逃亡劇を経てさらに運良くオスモラに展開している帝国軍10個師団の群れを見つけることができた。発見されたその士官はひどく衰弱していたため治癒魔術師による治療が行われたものの、そこで彼の運は尽きた。彼は遺言のようにある事実を伝え、その5分後に絶命した。

 その事実を聞いた軍医はすぐにオスモラ方面軍の司令官でありシレジア討伐軍副司令官でもあるミリイ・バクーニン元帥に報告した。


「……ロコソフスキ軍団が壊滅した、だと? それはにわかには信じられんが……本当なのか?」

「不明です。その士官もすぐに亡くなったもので……」

「そうか……」


 バクーニン元帥は熟考した。これが事実であれば、ロコソフスキ軍団を討った叛乱軍が北に転進し我が軍の後背を直撃する可能性がある。現在バクーニン元帥が指揮する軍団は、叛乱軍6個師団と対峙している。反乱軍の巧みな防御・遅滞戦術によって全面攻勢に移れないこの状況で背後を突かれれば、バクーニン軍団は間違いなくロコソフスキ軍団と同じ運命をたどることになるだろう。

 彼はそう結論付け、決断した。


「叛乱軍に対する攻勢を中止。北のアテニ方面軍と合流し戦力の集中を図る」




 大陸暦637年4月6日、バクーニン軍団は北に転進した。目的地はアテニ湖水地方である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ