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大陸英雄戦記  作者: 悪一
オストマルク帝国
112/496

陣容

 リゼルさんが提供してくれた帝国軍の情報は興味深いものだった。


 帝国軍の前線戦力は40個師団。それを10個師団ずつ4つに分け、4つの街道を使いシレジアに侵攻してくる。当面の戦場として予想されるのはシレジア東部国境付近、北東部のアテニ湖水地方、中北部のオスモラ、中南部のザレシエ平原、そして南東部にある小都市ヤロスワフ。

 総司令官ロコソフスキ元帥が指揮するのは中南部のザレシエ方面。おそらくそのままシレジア国内有数の経済都市クラクフスキ公爵領都クラクフを落として自分の物にしたいんだろうな。ダメだよ、アレはマヤさん一家の物だ。ロコソフスキとか言うハゲのオッサンには渡さん。ハゲかどうか知らんけど絶対ハゲだ。


 ハゲ元帥のことはともかく、もし帝国軍がこの作戦通りに侵攻してきた場合、エミリア殿下が立案した迎撃作戦案は非常に有効なものになるだろう。これを早くエミリア殿下の下に届けなければならない。

 だが、少し遅かった。エミリア殿下は高等参事官として既に王都を離れ、東部国境に向かったと言う。これではいつもみたいにオストマルク大使館を経由した情報のやり取りはできない。ダムロッシュ少佐に正直に話して普通に送ってもらうのも手だけど「この情報はどこから手に入れたんだ。信頼に値するのか」と言われると些か面倒だ。交渉内容またでっちあげるのも大変だし。


「多少面倒ですが、オストマルク大使館の者に運ばせましょう。東部国境へ観戦武官として派遣する名目で向かわせれば怪しさは薄れるはずです」


 とのフィーネさんからのご提案。もう頭上がらないです。


「すみません。お願いします」

「構いませんよ。謝意はいずれ形のあるものでお願いします」


 あゝ、金がまた天へと昇って行く……。




---




 ユゼフがなけなしの給料を犠牲にして送った帝国軍の情報がシレジア東部国境にいる高等参事官の手元に届いたのは3月15日の事である。

 帝国軍がどのような布陣をするか不明だったため、シレジア王国軍はとりあえず東部中央の地方都市シドルツェ郊外に集結し迎撃の備えをしていた。


「ギリギリ間に合いましたね」

「えぇ。ユゼフさんには後日お礼の品を送った方が良いでしょう。情報協力者にも」


 部隊が各方面に展開するにはそれなりの時間がかかる。また当面の戦場となる地点で有利に防御できるよう地形改良する時間も欲しかったため、2週間は欲しかったところだった。ユゼフからの情報提供はまさに間一髪だったのだ。


「この情報を下に部隊を展開しましょう。早速、総司令官に上申します」


 シレジア王国軍は既に動員をほぼ完了させ20個師団を保有している。そして外交交渉によって他方面の守りを気にする必要がなくなったため、王国軍のほぼ全軍が東部地域に集結していた。


 王国軍20個師団を指揮するのは総司令官ジミー・キシール元帥、副司令官にジグムント・ラクス大将、参謀長レオン・ウィロボルスキ大将。司令部をシドルツェに配置し万全の態勢で帝国軍を迎撃せんとしていた。迎撃軍司令部の殆どは大公派の高級軍人だったが、国家が危急の際に立っていること、また王女と大公が一時的にせよ協力していることから、王女の存在を邪魔に思いつつも公正に扱っていたとされる。


 その王女、いや高等参事官エミリア少佐が帝国軍の具体的な配置情報を持参してきたとき、司令部は大いに動揺した。親東大陸帝国派である自分たちでさえも得られなかった情報を、大公の政敵であるエミリア少佐が持っているのだから。

 キシール元帥はこの事態に動揺しつつも、総司令官としての職務をこなした。そしてこの情報が恐らく真実であることを理解すると、情報を持ってきたエミリア少佐と相談し最終的な決定が下された。


「これより作戦行動に移る。各員の奮闘に期待する」


 キシール元帥は部下たちに静かにそう伝えると、各部隊の配置を急いだ。




---


 20個師団、約20万人の兵員を動かすには莫大な食糧が必要になる。飲料水に関しては初級魔術によって水を召喚できるため多少は楽だが、残念ながら食糧を召喚する魔術はまだ発明されていない。また武器に関しても同様で基本的に使い捨てである弓矢、斬れば斬るほどただの鉄の塊になる剣や槍を筆頭に大量の予備の武器、及び整備点検の道具が必要となる。それを一手に引き受けるのが、補給参謀の主な仕事なる。


 迎撃軍は補給参謀ポール・バビンスキ少将以下4名と、補給参謀補10名によって20万人の胃袋を支えている。その補給参謀補の一人に、ラスドワフ・ノヴァク中尉がいた。


「…………」


 まさか自分がこんな大きな仕事をするとは思わなかった中尉は呆然としつつも目の前に山積している書類の処理にかかった。将兵20万人、一度戦闘が始まれば膨大な量の物資が消費され前線から要望書が矢のように降り注ぐ。要求される物資の量は刻一刻と変わる上、要望書は減ることはなく増える一方。さらに適切な量を送ろうにも、輸送途中に物資が損壊し何にも使われることなく廃棄されることも多い。

 ラデックは、この途方もない戦いに身を投じ前線を支えることになった。前線は勝つにせよ負けるにせよ、エミリアやサラと言った人間がいる限り派手で華麗な戦いとなるだろうが、それを支える補給参謀補の仕事はいつも地味でお堅い、そして文章にしづらい事の連続である。


「はぁ……」


 この哀れな補給参謀補の戦いはまだ始まったばかりである。




---




 全ての準備が整ったのは、大陸暦637年3月25日のことだった。

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