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大陸英雄戦記  作者: 悪一
オストマルク帝国
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少佐と大尉

 2月22日。


 王都郊外の駐屯地で出立の準備をしていたサラ・マリノフスカ大尉は数ヶ月ぶりに士官学校時代の友人と再会した。


「……エミリア? エミリアじゃないの!」


 サラは親友を見つけると、その親友に向かって突進しそのままの勢いで抱き締めた。ユゼフと違って、エミリア少佐はその行動を拒絶せず、静かに抱き返した。一部の奇特な趣味を持つ諸兄から見れば大変眼福な光景であり、エミリア少佐の身分を知っている者から見れば心肝を寒からしめる光景だっただろう。


「サラさん。お久しぶりです」

「えぇ、本当に! あと、マヤもね!」

「ついでみたいに言わないでくれ、サラ大尉(・・)


 マヤは親友に挨拶をしつつ、殊更「大尉」の部分を強調した。それはマヤが階級ではサラの部下であることを示していたのだが、サラ自身は別の意味で捉えた。今抱き締めた相手が少佐で王女だという事実をようやく思い出したのである。


「……ハッ! あの、エミリア殿下……少佐? 失礼しました!」


 サラは急いでエミリアから離れ、やや動きがぎこちないものの近衛師団の隊員として相応しい綺麗な敬礼をした。それを見たエミリアは唖然とし、次に笑った。


「今は他人の目がありませんから、そういうのは大丈夫ですよ。いつも通りで構いません」


 エミリアはそう言ったが、正確には他人の目というのはある。それはエミリア王女を護衛する親衛隊で、今も周囲に向けて目を光らせている。そして王族に対して無遠慮に抱きついたサラのことをジロジロ見ていた親衛隊員もいた。

 サラはエミリアの言葉を納得しつつも周囲の目を気にした。実際親衛隊員の目はまるで獲物を見つけた鷲であり、万事に好戦的なサラであっても怯まざるを得ない眼光だった。

 エミリアは珍しくオロオロしてるサラを見て微笑んだが、親衛隊員の逞しすぎる勤労意欲に弱冠辟易した。


「とりあえず、場所を変えましょう」

「そ、そうね」


 彼女らは兵舎へと移動し、そこで世間話を興じることとした。なお、女性兵しか入れない兵舎なので男性ばかりの親衛隊員は兵舎に入ることができず、護衛はいつも通りマヤ・クラクフスカのみとなった。




 女性兵舎にて、この場にいない者の思い出話や上司に対する愚痴を交えつつ、彼女らは会話に花を咲かせること15分。サラはようやく気になっていたことを問うことができた。


「それで、急にどうしたの?」

「あぁ、そうでした。言うのを忘れていましたね」


 どうやらエミリアは久々に会う友人と会話をするのが思いの外楽しかったらしい。サラが質問しなければ、危うくそのまま帰ってしまう所だった。


「実は今度の戦争で私、高等参事官エミリア・シレジアが前線に行くことになったのです」

「……そうなの?」

「えぇ。正式発表はまだですが」


 第一王女エミリア・シレジアが前線に出る。これは即ち、彼女を戦場で守ることを主な任務としている近衛師団第3騎兵連隊も付き従うと言うことと同義である。元々第3騎兵連隊が東部国境へと異動することは決まっていたが、それは通常戦力としてであって近衛師団本来の任務ではなかった。


「また、私は高等参事官として迎撃軍総司令官を補佐します。それ故に第3騎兵連隊の皆様方には司令部直属の騎兵隊として配置されることになります。無論、第3騎兵連隊の指揮は現在の連隊長……えーと名は……」

「ドレシェル大佐よ。ポール・ドレシェル」

「ありがとうございます。そのドレシェル大佐が第3騎兵連隊の指揮を執るので、サラさんは私ではなく彼の指示に従ってくださいね」

「……わかってるわよ」


 サラは憮然としつつそう答えた。内心はドレシェル大佐とやらに連れまわされるよりもエミリアを上司として仰ぐ方が良いと思っていた。連隊長が嫌いなわけではないが、着任当初、儀礼を重視する連隊長と衝突した時から気に食わないと思っていたのだ。

 サラの様子を見たエミリアは、今日何度目かの笑みを浮かべる。その笑みは、昔を思い出した時の表情だ。


「相変わらずですね」

「何が?」

「その反骨精神が、ですよ。士官学校でもラスキノでも、サラさんは目上に対しても容赦なかったですもんね」

「別に誰彼構わず噛みついてるわけじゃないわ。ちゃんと人は選んでる」

「そうですね。でも、今度からは時と状況も選んでくれると助かります」

「……善処するわ」


 サラの言う「善処する」という遠回しな「(ニエ)」の表現は、この場にはいない士官候補生時代の出来損ないの農民士官譲りである。

 そしてその農民士官の事、そしてサラの事をよく知っているエミリアは再び微笑んだ。


「本当に、相変わらずですね」





 2月25日。近衛師団は王都を出立し、東を目指した。




---




 2月26日。


 オストマルク駐在武官スターンバック准将を始め、俺やダムロッシュ少佐の下に総合作戦本部の具体的な迎撃作戦案が届けられた。

 無論、最重要軍事機密として一切の口外が認められていない。検閲の恐れがある通常の郵便ではなく、外交特権を利用した専用の郵送方法を利用して。そんな方法があるのなら普段から使えばいいのに。いやいつも使ってるのかしら。


 そうこうして届けられた迎撃作戦案は、上司は勿論、俺にとって驚愕のものだった。


「作戦提案者及び責任者は総合作戦本部高等参事官……」


 エミリア殿下、いやエミリア少佐が考案した作戦案は、俺の想像以上の出来だった。

 エミリアを信頼してはいたが、これほどまで細かい部分にまで配慮した作戦を考えられたというのは意外だった。そしてエミリア少佐の作戦が、おそらくシレジアを救うために最良な手段であると確信した。


 だが、まだ完璧ではない。これではまだ勝算は五分五分と言ったところだろう。せめて八割は欲しい。そのために必要なのは、帝国軍の配置状況だ。

 俺は急いで出掛ける支度を始めた。この作戦案を有効なものとすべく自分が動かなければならない。グリルパルツァー商会か、もしくはリンツ伯爵家と協力して情報収集に勤しむべきだ。


 でもその動きは、首席補佐官ダムロッシュ少佐によって止められた。


「どこへ行こうと言うのかね?」

「市街へ、情報収集をしに」


 俺はいつもと同じようにダムロッシュ少佐を躱そうとしたが、少佐は通せんぼをする形で無理矢理止めた。カバディでもするのかな?


「その必要はない。貴官はここに残って准将閣下の補佐をしてくれ」

「なぜです!?」

「それが次席補佐官の本来の仕事だからだ」


 補佐官は補佐をするのが仕事。ある意味では当然の論法だ。それに次席補佐官の仕事に、本来は情報収集は含まれていない。でも俺にも言い分はある。


「しかし、私は准将閣下から直々に『情報収集に専念せよ』と命令されています。少佐に止められる筋合いはありません」


 准将と少佐から相反する命令を出されたら、准将の命令を順守する。当たり前だよなぁ?

 だが、ダムロッシュ少佐は表情一つ変えずに返答した。


「その命令は先ほど取り消された。君は本来の仕事に戻りたまえ」

「……っ!」


 スターンバックのクソ親父め。ここ最近執務机の上で天井を見上げるのが主な仕事だったくせに急に悪い方向に勤労意欲が目覚めたな。

 どう言い返そうか、それとも今は補佐官としてスターンバック准将に会って、その場で再び命令してもらうか。言質を取ればこちらのものだ。


 そう思っていた矢先、ダムロッシュ少佐は意外な言葉を発した。


「ワレサ大尉。貴官の外出は首席補佐官として認められない。これ以上あの『灰かぶりの少女』と会うのはやめたまえ」

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