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大陸英雄戦記  作者: 悪一
オストマルク帝国
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決定

 グリルパルツァー商会から帝国軍の情報が送られてきたのは2月14日のことだった。

 シレジア討伐軍の規模は40個師団、後方部隊や非戦闘員を含めた動員数は60万。具体的な侵攻作戦や編成は不明、か。まずまずだな。


 この情報を経緯込みで王国軍総合作戦本部高等参事官たるエミリア少佐に伝えるために、またオストマルク外務省の力を借りなければならない。

 というわけで翌2月15日、例の大衆食堂でいつぞや以来の灰かぶりの少女フィーネさんに会う。話す内容が内容なので、弁務官府前の喫茶店は遠慮した。

 大衆食堂にはフィーネさんの随員である例の2人組がいた。前に俺が指摘した通り、服に虫食いの穴が開いてたりするし、手や爪も工場労働者のようにボロボロになっている。職人芸ですね。


「大尉がグリルパルツァー家に出向いたことは承知していましたが、まさか個人的な繋がりがあるとは存じませんでしたよ」

「えぇ。私もつい最近まで知りませんでしたよ」


 ラデックからの手紙で初めて知ったからね。そしてグリルパルツァー商会があんなにでかい組織だと知ったのは本当に最近の事だ。なんてったって俺は外国人だし。

 ていうかフィーネさん、今サラッと俺のことストーキングしてたってバラした? いや、俺はいいけどさ。バラしてもいいの?


「にしても随分情報が早いですね」


 フィーネさんは俺の不安を余所に話を続ける。指摘しないほうがいいか。


「おそらく、東大陸帝国が動員を始めた時点である程度知っていたのでしょう。そして外交官たる私が接触を図った時点で情報を纏めた、と」

「なるほど。11日から14日までの間は商会経営陣の意思確認と情報の地盤固めをしただけ、ということなのですね」

「そういうことです」


 でも動員規模はこっちの予想通りだった。今のままでは予想に証拠がついただけ。もっと具体的に、どの方面に何個師団なのか、指揮するのは誰なのかが分かれば良いんだけど……。そこは皇太大甥派がどの程度協力してくれるかに依るか。


「しかし開戦まで残り一月半、なのに王国軍総合作戦本部とやらは未だ具体的な迎撃作戦案を考え付いていないようですね?」

「軍機につき話せません」

「話さなくてもわかりますよ。私は用兵と言う物には疎いですが、これを見れば王国軍の動きが随分鈍いと分かります。何も考えていない証拠でしょう」


 そう言ったフィーネさんはボロボロの服の懐から小奇麗な書面を出した。

 視線だけ移して紙面を見てみる。内容はシレジア王国軍の動員状況と子細な配置。我が王国の情報統制ゆるすぎじゃないですかね……。

 それはともかく、この紙を見た感じ王国軍の動きが少し遅い気がする。東部国境地帯はやっと住民の避難が開始され、軍隊は10個師団が集結。ただ、どう配置していいかわからないから国境地帯に適当に分散配置されている。うーん、まずいな……。


「大尉がグリルパルツァー家での商談の内容を話してくれたので、我が方も情報をひとつ教えましょう」


 そのルールまだ有効だったのか。


「……なんですか?」

「シレジア討伐軍総司令官、及びその幕僚の名前です。ついでにその人物たちの政治的な立ち位置も、おまけ(サービス)として教えてあげますよ」

「……その情報、後で料金請求したりしませんよね?」

「別に払いたいのなら払ってもいいんですよ?」

「あ、いえ。教えてくださいお願いします」


 人目を気にせず額をカウンターにゴリゴリする。プチ土下座をしつつ横目でチラッとフィーネさんを見るといつぞや以来の呆れ顔をしていた。


「……お話してもよろしいですか大尉?」

「あ、お願いします」




---




 2月20日。


 この日総合作戦本部高等参事官エミリア・シレジア少佐は、本部長ルービンシュタイン元帥から呼び出しを受けた。


「何の用ですかね?」

「まぁ、十中八九例の作戦案の可否についてでしょう」


 軍部のトップである本部長に呼び出されたにも関わらず、この若き女性士官たちは落ち着いていた。それは彼女らが王族と公爵令嬢という身分と言うのもある。しかし大部分はこの1ヶ月の総合作戦本部上層部の慌てようを見ていたからである。帝国軍に対する迎撃案が現れては消えを繰り返し、最終的に残った3つの作戦案が終わりなく議論されていた。それは戦術や戦略に関わる議論ではなく、高等参事官という職と大公の政敵であるエミリア王女という存在について政治的な、時に感情的な討論が交わされていたのだ。特に、大公派である総合作戦本部次長は強硬にエミリア案に反対した。


 その総合作戦本部上層部の醜態とも言える討論に終わりが見えたのが、この2月20日だった。

 王国は既に動員令を布告し、間もなく全ての予備役動員が終了する。残りの1ヶ月で部隊の編制と配置を行わなければならないのだが、それに際して対帝国軍の迎撃作戦が何も決まってないと言うのであれば部隊の編制も配置もしようがなかった。

 そこで総合作戦本部長ルービンシュタイン元帥の鶴の一声で、最終的な迎撃作戦案が決定されたのだ。


 午後1時55分、エミリア少佐は本部長室を訪問した。本部長とその副官、そして本部次長だった。エミリア少佐は本部次長の名を思い出そうとしたが、本部長が口を開いたため記憶の発掘作業を中止した。


 本部長は挨拶もそこそこに、起立状態のまま本題に入った。


「先日貴官から上申された作戦案は『(タク)』と判断された」


 本部長は短く答えた。エミリア少佐は、内心で大きく喜びつつそれを表情に出ないように抑え、そして感謝の意を述べようとした。

 だが本部長の唇は止まらず、エミリア少佐が予想だにしなかった言葉を発した。


「ただし、成功する可能性については疑問が残る。貴官自身を以って作戦実行の責任者になる意志があるのならば、総合作戦本部はこの作戦案を承認し、且つ協力を惜しまないだろう」


 要約すると「エミリア少佐は最前線に行って作戦の指揮を執れ」と言うことである。


 これは大公派である本部次長と妥協した結果生み出された提案だった。本部次長は、エミリア王女は宮廷内に残り安全な壁の中で作戦を指揮するのだろうと考えていた。女性で、しかも15歳、極めつけは王族。普通に考えれば15歳の少女がそんな危険地帯に自らの意志で行くことはない。

 本部次長はエミリア王女が「(ニエ)」と答えることを期待、いや確信していたのである。


 だが残念なことに、現在のエミリアは「王女」ではなく「少佐」だった。


「承知しました」


 彼女は短く答え、本部長は満足したかのように首を静かに上下に動かした。本部長は、この作戦案が戦利に適っていること、そしてエミリア王女が一般に言われる王族とは別個の存在であると知っていたからだ。


 そして一方の本部次長は、何とも言えない滑稽な顔をしていた。

 本部次長は知らなかった。彼女が既にラスキノ独立戦争時に前線に立ち、そして少佐の体は人間の血を浴びたことがあるということを。


 エミリア少佐はそんな本部次長の表情を見て満足すると、本部長に向き直った。


「本部長閣下。質問してもよろしいでしょうか?」

「うむ。構わん」

「ありがとうございます。質問は、作戦中の私の身分についてです」


 エミリアは、まだ少佐だ。20個師団が動くこの迎撃作戦案の責任者としては階級が低すぎる。せめて大将の地位になければならないだろう。誰がどう見ても、彼女に20個師団を動かす権限はない。


「問題ない。君は高等参事官として、この迎撃作戦の総司令官を補佐してほしいのだ」

「幕僚として、ですか」

「いや、幕僚ではない。総合作戦本部から直々に派遣された高等参事官。これが貴官の職だ」


 この言葉によってエミリア少佐は理解した。今この瞬間、初めて高等参事官という役職に具体的な役割が決められたのだ。高等参事官は前線に出て、総合作戦本部長の代理として指揮官を補佐するのが役目になったのだ。であれば、例え彼女自身は少佐であっても彼女の意見は本部長の意見としての効力を持っている、ということになる。

 ちなみにこの決定は、本部次長の与り知らぬことである。



 エミリア少佐はやっと自身に明確な仕事を与えられたことを喜び、次に自由に動くことが少なくなったことに対して残念がった。


 だが喜びの方が大きいだろう。これで、シレジアが勝つための基礎が整ったのだから。

フィーネさんの人気に嫉妬。マヤさん涙拭いてください

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