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大陸英雄戦記  作者: 悪一
オストマルク帝国
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商談

 2月2日。


 我が親友ラスドワフ・ノヴァクから手紙が来た。戦時体制下に手紙を送るなんて遺書みたいじゃないか。あいつはそんなに死にたいのか。戦争が終わったら結婚でもするのか。今度パインサラダでも奢ってやろう。


 封筒には綺麗な文字で差出人宛名その他諸々が書かれている。どうやらこの世界では文字の綺麗さに比例して顔面偏差値も決まるらしい。畜生め。ちなみに俺の字は士官学校の恩師曰く「可もなく不可もなく」らしく、つまりは俺の顔もそんなもんなのだろう。鏡を見た感じでは悪くないと思う。前世比で。外国人補正はかかってると思うけどね。外国人ってみんなイケメンもしくは美少女に見えるし。

 封筒をよく見ると「検閲済」の判が押してあった。ご丁寧にご苦労様。なんで我が愛しのフィー()さんの時には検閲印が押されてなかったのかなんて突っ込まないからな。


 参事官殿のポカはともかく、問題は手紙の内容だ。こんな有事の時に送られてきた手紙。きっと重要なことが書かれているに違いない。もしかしたら本当に遺書かもしれない。やばい、心臓がバクバク言ってる。


 俺は封筒を丁寧に開け、中の便箋を取り出す。便箋は計2枚。一応封筒の中を覗いてみたがフィー()さんみたいに職人芸が仕掛けられているわけではなかった。便箋をザッと見た感じ検閲された跡はない。軍機に触れるようなことはないってことなのかな。にしても便箋も封筒も文字だけではなく形式とか行間とか文字間がしっかりしてる。まるで公文書だ。


 よし。気合、入れて、読みます!


 1行目、2行目、3行目を読む。どんどん読む。数分で2枚目に移り、読む、読む、読む。

 一通り読み終わって、最初から読み直す。


 俺は読み終わった便箋を綺麗に畳み、丁寧に封筒に仕舞う。


 そして叫んだ。


「ただの嫁自慢じゃねぇかぁああああああああ!!」


 この後滅茶苦茶ダムロッシュ少佐に怒られた。




 手紙の内容を要約すると「女っ気のない大使館勤務で大変だろうけど頑張れ。俺は婚約者いるけど。そうそうその婚約者から手紙あったんだけどその手紙が(以下略)」である。死ねばいいのに……は少し不謹慎か。じゃあさっさと別れて心に穴を開ければいいのに。俺はその穴に丁寧に塩を塗り込むから。

 畜生め。俺も返信して「実はナンパに成功して美少女といちゃいちゃしてるんだぜ」って送ってやろうか。いや送らないけど。いちゃいちゃしてないし、ナンパは演技だし。仕事の延長線上みたいなものだ。


 でも手紙には興味深い情報も載っていた。それはラデックがヴロツワフ警備隊から一時的に王都に転任になるという話だ。それと同時にヴロツワフ警備隊から百人単位で東部国境地帯に転属になったらしい。南部国境からほど近いヴロツワフ警備隊の人員を減らす、というのはフィーネさんが言ってた「非公式の外交」の結果だろう。つまり、シレジアが「東大陸帝国との戦争中は不介入を貫いてね」っていう要望が各国に通ったと言うことだ。外交上の安全が確保されたから、少なくとも南部国境地帯の人員が引き抜かれた。シレジアは東部国境に戦力を集中できるわけだ。たぶんこの調子ならリヴォニア方面も大丈夫だろう。

 でもまだ油断はできない。彼我の戦力差は巨大、あまり長引くと約束を反故にして攻め込む可能性もある。あくまでこれは非公式な口約束だし。辛い状況であることには変わりはない。


 だからこそ、俺は外交官という立場でシレジアの勝率を少しでも上げなければならないのだ。でも限界は近い。今の所情報はオストマルク帝国外務省からの情報が殆どだ。それに調査局全面協力とは言っても、別の視点から見なければ全貌が見えないこともある。

 他の情報ルート……あるかな。オストマルクに着任したばかりの俺には有効な人脈はリンツ伯爵くらいしかな……あ、いや、あったわ。俺が今手にしてる、この手紙の中に、間接的な人脈がある。やることはやってみるか。ダメで元々じゃないか。




---




 ラスドワフ・ノヴァクの婚約者の名はリゼル・エリザーベト・フォン・グリルパルツァー。貿易業を営む勅許会社「グリルパルツァー商会」の現社長の次女である。そしてグリルパルツァー家はこの会社の成功によって多くの資産を手に入れるに至り、最近は帝国から男爵位を“買った”ことでも知られる。とりあえずオストマルク国内では超有名であり、グリルパルツァーの名を知らない者はそれ即ち異国人であると言われてるほど。

 ……ラデックさん、もしかしてあんたって予想外にいい所のボンボンなの? 少女漫画によく出てくる超有名財閥の息子というポジションなのだろうか。なんで士官学校に入ったんだアイツ。そしてグリルパルツァーは男爵。ってことはラデックが婿に入ったらラデックは貴族に……。アカン、俺の周りが貴族だらけだ。神様お願いだ、平民の友達を俺にください。


 ま、まぁいい。

 俺は今そのグリルパルツァー男爵家の本邸にいる。外観は東大陸帝国弁務官府並の豪華さ、内装はクラクフスキ邸以上の華麗さがある。……お、落着け、ま、まだあわ、わわわわわてるような時間じゃない。


 現在の日時は2月10日午後2時。休暇を利用してアポを取っていたグリルパルツァー家に突撃、そして今は虜囚の身。哀れなりユゼフ。外交官という身分を明かしてアポを取ったためだろうか、すんなり許可は取れた。そしてこのザマである。単身突撃は無謀だったか……あぁ、せめてフィーネさんがいてくれれば……。


 と、そこまで悩んだときやたら広い応接室の戸が開いた。現れたのはプラチナブロンドの髪を持つ美女。美少女じゃなくて美女。ここ大事。年齢は見た感じ20歳前後。間違いない、彼女がラデックの婚約者であるリゼルだろう。まさかいきなり本人登場とは驚いた。

 とりあえず貴族式の挨拶。昭和アニメの宇宙戦艦の乗組員みたいに胸に手を当てお辞儀をする。


「今回はこのような場を設けていただき、ありがとうございます。私はシレジア王国大使館駐在武官のユゼフ・ワレサです」

「いえ、(わたくし)も噂の大尉に会ってみたかったのです」


 また噂か。いつの間にかオストマルク内での俺の知名度は上がっていたらしい。俺が何をしたと言うんや。


「私の名はリゼル・エリザーベト・フォン・グリルパルツァー。ワレサ大尉の友人であるラスドワフ・ノヴァク中尉の婚約者です。どうぞリゼルと御呼びください」


 噂の原因はラデックであることは間違いない。あの野郎今度会ったとき一発殴ってやる。


「手紙で知ってはいましたが、若いですね」

「よく言われます」


 肩を竦める。この台詞何回言われたことか。いい加減聞き飽きた。15歳は十分成人って言ってるだろ。蒸留酒(ウォッカ)はまだ飲めないけどさ。


「ラデックにこんな美しい婚約者がいたとは驚きです。あいつには勿体ない」

「あらあら。でもノヴァク商会はこの国でも有名ですよ?」


 あいつは一体何者だ。

 この後俺らはラデックを肴にお喋りをした。基本的に俺が遠回しにラデックの陰口を言って、リゼルさんがそれに対してラデックを擁護する、と言うのを数回繰り返した。これからわかることは、どうやらリゼルさんはラデックにぞっこんだと言うことだ。末永く爆発しろ。


「それで、今回はどのようなご用件ですか?」


 ラデックの話題が尽きかけた頃、リゼルさんは本題に入った。こっからが、俺の腕の見せ所だ。


「欲しい商品があって来ました」

「ほう、どのような?」

「形のない物なので、どう言えばいいか……。」


 するとリゼルさんは笑った。


「略奪愛をご所望でしたら、残念ながら私は扱ってはおりません。売約済みです」

「次回入荷予定は?」

「未定です」

「では、今回は諦めて別の商品にしましょう」


 諦めるも何も最初からそんなものは望んでない。望んでるのは離婚とか別れ話とか婚約破棄とかだ。


「では、何をお求めに?」

「情報です」

「ほう……」


 グリルパルツァー商会は貿易業だ。当然、東大陸帝国でも商売している。東大陸帝国が大規模な動員をかけるというのなら、グリルパルツァー商会も何らかの形で関わっている可能性が高い。商会から買った物資の種類や量から、おおよその軍の規模は推定できるだろう。それに、もしかしたら詳細な軍の編成が知れるかもしれない。グリルパルツァー商会による諜報活動によってね。

 シレジア王国が今抱えている問題は、グリルパルツァー商会なら恐らく知ってるはず。外交官である俺が「情報」と言えば、彼女もおそらく理解したはずだ。


「……どの程度の情報でしょうか」

「詳細な情報。具体的には軍の規模や編制、指揮官の名前を」


 無論これは軍事機密にあたる内容だ。おいそれとわかる事じゃない。だからこそ各国の諜報機関が必死になって探すのだが、当然帝国も警戒する。

 そこでグリルパルツァー商会が持つ絶大な資本力で、それを明かしてしまおうと言うわけだ。


「それは当商会にとって扱いに大変気を遣う商品です。下手をすれば東大陸帝国で今後一切の商取引が出来なくなる可能性を秘めています。それに対して貴国はどういう“対価”を支払ってくれるのでしょうか」

「……もしかしたらラデックからの手紙で知っているかもしれませんが、私はシレジア王家と個人的なつながりを持っています」

「……ほう?」


 情報を売ればシレジア王国での商取引で優遇する。少なくとも王家にそう言って規制緩和を進言できるんだぜ。と言ったようなものだ。俺にそんな権限ないけど。でも、シレジア王国にとってもメリットはある。今度の戦争、もし勝てたとしてもシレジア王国は経済的にかなりのダメージを負う。戦後の経済不調を乗り切るには、どうしても外国資本の力が必要になるのだ。そんな時、よくわからない外国資本から経済的に乗っ取られる危険性がある。それを避けるためには、今のうちにコネを作って知ってる資本による投資があれば少しは安全だろう。


「興味深い提案ですが、東大陸帝国とシレジア王国を天秤にかけたらどうなると思いますか?」


 当然、東大陸帝国側に傾く。シレジア王国のために東大陸帝国という巨大な市場(マーケット)を見捨てるわけない。


「リゼルさんの言うことは正しいです。我々の為に東大陸帝国を見捨てろ、などと言えませんからね」

「では、今回の商談は破談ですか?」

「いえ。それはまだですよ」


 破談なんてさせるものか。


「東大陸帝国は現在、二派に分かれていることはご存知ですか?」

「皇帝派と皇太大甥派ですね」

「えぇ。そして今度の戦争は、皇帝派の独断です」

「でしょうね」

「加えて言うのであれば皇太大甥派にとっては、この戦争は身の危機なのです」

「……迂遠な言い方をしますね。つまり、どういうことですか?」


 リゼルさんの顔つきはどんどん険しくなっていく。商人の顔だな。ラデックもたまにこんな顔をするし。


「グリルパルツァー商会は、皇太大甥派にこう言えばいいんです。『貴方たちは皇帝派に負けてほしいのでしょう? じゃあ情報をシレジアに流しましょう。なんなら我が商会がシレジアに情報を売るのを手伝ってあげてもいいんですよ』とね。具体的な交渉方法はお任せしますが、おそらく皇太大甥派は断らないと思います」


 皇太大甥派は皇帝が失脚するためにシレジアに勝ってほしい。

 グリルパルツァー家は東大陸帝国と関係を維持したまま、シレジアに恩を売りたい。

 そしてシレジアは皇帝派が動かした軍の全貌が知りたい。


 三者皆が納得するWin-Win-Winな取引の成立だ。


「……なるほど。でも、それには条件がありますね?」

「条件?」

「お分かりのはずです。シレジア王国が、今度の戦争に勝つということです」

「勝ちますよ。必ず」

「口ではどうとでも言えます」


 そこを突かれるときつい。具体的な作戦案はまだ決まってないと言うし……。


「ではリゼルさんは、私の提案は取るに足らない、唾棄すべきものだとお思いで?」


 少し意地が悪い問いだが、リゼルさんは笑って見せた。


「そんなことは思っていません。15歳の少年には見えない、そう思ったのです。商品偽装はしてませんよね?」

「残念ながら、私は正真正銘の15歳です」


 敢えて言うなら15歳と240ヶ月くらい。


「それで、お答えの程は?」

「……そうですね。即答は致しかねます」


 ま、それもそうか。あまりにも規模が大きい話だ。却下するにしても呑むにしても時間が必要だ。


「でも、私の愛する婚約者の命が関わっています。前向きに検討し、社長である父に進言いたしましょう」

「……! あ、ありがとうございます!」



 ラデックを殴るのはやめよう。お前がモテ男のおかげでシレジアは救えそうだぞ。

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