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大陸英雄戦記  作者: 悪一
オストマルク帝国
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母親

「フィーネさんの母親ってどんな感じの人なんですか?」

「……藪から棒になんですか」


 1月31日。

 いつぞや利用した東大陸帝国弁務官府前の喫茶店「百合座(リリウム)」で俺とフィーネさんは逢引(デート)と言う名の情報交換をしていた。シレジアが動員令を布告したこと、同時に非公式な外交筋から戦争不介入の要請があったこと、王女と大公がぎこちない形で肩を並べていることなど。

 その時ふと気になって、フィーネさんに聞いてみた。


「私の出身はシレジア東部、東大陸帝国との国境付近の農村なものなので、家の事を思い出してたんです」

「……私の家の事を聞く前にご自身の家の事を心配なさっては?」

「してますよ。ずっとね」


 ぶっちゃけ士官学校時代から心配してた。2人だけでちゃんと農業出来てるのかとか、今年は例年より気温が低かったから麦はちゃんと実ったのかとか、体壊してないのかとかベッドの下に隠し……あぁ、いやこれは今は関係ないか。ともかく心配すればキリがなかった。

 でも、王都で休暇取った時に両親から色々話を聞いて安心した。意外と上手くやってるって。だから、今回の戦争でもなんだかんだで生き残るんじゃないかって。確信があるわけでもないけど。少しでも助けになるように、俺は今ここで頑張ってるのだし。

 まぁそんなこと恥ずかしくて話せないけど。


「聞いてみただけですから、答えなくてもいいですけどね」

「わかりました。では答えません」


 即答だった。あまりの早業に俺はポカンとしてしまう。


「……貴方はもう少し無表情(ポーカーフェイス)という言葉を覚えた方が良いですよ?」

「その言葉は知っていますが、知ってるのと実行できるのとでは金粉と木屑ほどの差がありますよ」


 大事な交渉の時とかは頑張って無表情を貫ける……と言うより緊張のあまり表情筋がストライキを起こしてしまって無表情になれる。でもフィーネさんと会話するときは緊張してないから無表情は貫けない。


「貴方がもし用兵家なり指揮官なりを目指すのなら、表情を作る技量も必要ですよ」

「善処します」


 たぶん無理。


「はぁ……まぁいいです。教えましょう」

無表情(ポーカーフェイス)の極意ですか?」

「何を言ってるのですか。私の母親の事ですよ」

「えっ。だってさっき……」

「答えないといいましたね? アレは嘘です」


 危うく椅子からずっこけるところだった。フィーネさんは相変わらず眉ひとつ動かさず優雅に紅茶を飲んでいる……けど、ここ最近よく会うからわかる。絶対心の中でゲラゲラ笑ってる。彼女が笑う所見た事ないし笑うツボも分からんけど。

 ちなみに今日も俺の奢りです。なぜか。情報料と思えば安いものだが……。

 フィーネさんは静かにティーカップを置き、そして本当に俺に彼女の母親について教えてくれた。


「母の正体は知ってますよね?」

「外務大臣クーデンホーフ侯爵の娘、カザリン・フォン・クーデンホーフでしたよね」

「正解です。よく覚えてますね」


 人の名前を覚えることが次席補佐官としての主の仕事だったからね。


「母は確かに侯爵令嬢でしたが長子ではありませんでした。ですのでクーデンホーフ侯爵の家督を継ぐことは叶いません。ですので名のある貴族、または皇帝家に嫁ぐことが運命みたいなものでした」

「でも結婚したのは当時子爵だったローマン・フォン・リンツ、ですよね?」

「えぇ。名のある侯爵の娘が当時まだ無名だったリンツ子爵と結婚、普通に考えたら暴挙に類するものです」


 爵位を継がない娘、もしくは息子は名のある貴族と結婚させて血の繋がりという最強のコネを作らせるのが主な仕事だ。そのコネを使って自らの権利と権限を広げることに貴族は命を懸けている。血が混ざりあってわけわかんないことになることもあるけど。


「まぁ爵位が下でも結婚することはありますよね?」

「勿論です。例えば事業に成功したとか商業系貴族、あるいは王族に独自のコネがある、というのが代表的な例です。でも当時の父はただの子爵、官僚としてはそこそこ能力が高いってだけの普通の貴族でした」

「では侯爵閣下、もしくは令嬢殿がそのような暴挙に出た理由は?」

「簡単な話ですよ。恋愛結婚です」

「……なんとまぁ」


 貴族で恋愛結婚とは珍しい。政略結婚が普通だからな。貴族の恋愛は結婚してから愛人とか愛妾相手にやるものだと相場が決まっている。たまたま恋した相手が家にとっても有用な人物である時もある。


「反対の声は?」

「上がりましたよ。主に祖母が」

「侯爵閣下の方はなんと?」

「父から聞いた話では、以前から祖父と父は交流があったらしく結婚の話も事前承認済みだったとか」


 なるほど流石やり手の高級官僚。ちゃんと外濠を埋めてから結婚したのか。祖母がなんと言っても反論の余地を与えないように。


「祖母は祖母で別の男性を見繕っていたようです。それを聞いた時、少し笑ってしまいましたが」

「誰です?」


 フィーネさんほどの鉄仮面が笑うほどの人物っていったい誰だ?


「ベルタ・メイアー・フォン・ロマノフ=ヘルメスベルガー。現オストマルク皇帝フェルディナントの五子三男です」

「……えっ?」


 開いた口が塞がらない。つまりあの侯爵閣下は皇帝家ではなく無名の子爵を選んだのだ。そりゃお祖母ちゃん怒るよ。暴挙だって言われるだろうよ!

 今でこそ、リンツの名は知れ渡って英雄みたいな扱いを受けてるからいいけど、それでも皇帝の息子を蹴るか普通。


「侯爵閣下は何を考えて……」

「さぁ。噂では、祖父とベルタ殿下の仲が悪かったと言われていますが。真相は不明です」


 これは一生不明だった方が双方にとって幸せなんじゃなかろうか。

 それとも侯爵閣下はローマン・フォン・リンツが成り上がることを見越していたとか? 謎だ。


「それでなんだかんだあって私が生まれました。私は四子三女の末っ子です」

「……末っ子とは意外ですね」

「そうですか?」

「えぇ。末っ子は得てして我が儘だと聞きます」

「私は結構我が儘な人間ですよ?」


 確かに俺に奢らせるのは我が儘だな。なんだ立派な末っ子じゃないか。


「それで、母としてのカザリン・フォン・クーデンホーフ……いや、カザリン・フォン・リンツはどうでしたか?」

「さぁ?」

「さぁ、って?」

「一般的な母親像と言うものを知りませんから評価しようがありません」

「なるほど」


 それもそうか。我が家で常識だったことが余所の家じゃあり得ない、なんてことよくあるもんな。


「まぁ、児童虐待を受けたわけでもありません。母親としての一定の能力があったのは確かでしょうね」


 自分の母親をここまで客観的に評価するのってなんか怖くないか? すげぇ他人事って感じだけど。それが彼女の特徴だけどさ。


「さて、ここまで話したのですから対価を貰いませんと」

「えっ? 対価?」

「そうです。情報1つに対しては情報1つで返すのが礼儀です」

「なにそれ聞いてない」

「言ってませんから」


 鬼! 悪魔! ツリ目! フィーネ・フォン・リンツ!


「さて大尉は私の母について8回質問したので、私も8回質問をします。文句はありませんね?」

「アッハイ」


 こういう時文句を言える男になりたい。




---




 1月31日。


 シレジア東部の国境付近に位置するとある農村に避難勧告が出された。王国軍がどのような迎撃作戦を取るにしても、東部領土は戦果に巻き込まれることは必然であるため、その前に非戦闘員を避難させようとしたのである。

 そしてこの農村の一画にある家に、この農村の避難の責任者である役人が避難計画について個別に説明していた。


「えー……ワレサさんはお1人だけですか? 旦那さんやお子さんは?」


 ユゼフ・ワレサの生家であるこの家は、村の中では平均より少し小さめの家である。元々三人暮らしだったため、拡張することはないと思っていたからだ。


「夫は出稼ぎに、息子は軍人です。なので今は私一人です」


 それを聞いた役人は、何とも言えない表情をした。息子が軍人であるのならば、ほぼ間違いなくこれから起こるであろう戦争に参加することになる、場合によっては夫も徴兵される。そう思ったからだ。

 無論この役人は、ワレサ家唯一の子供が士官で駐在武官をしているなど知る由もない。


「……わかりました。では、3日後に避難を開始します。馬車の数の関係であまり多く積むことはできませんので、手に持てる量だけでお願いします」


 ワレサ家は裕福であるとは言えない。そのため殆どの家財道具を家に残すのは不安が多かった。避難した先で上手くやっていけるのか、しばらくして帰ってきても家が残っているのか。考え出すと止まらなかった。

 そして何より心配だったのは、息子の事だった。


「……今は外国にいるって手紙に書いてあったけど、今度のことで戻ってきて、戦うのかしら」


 彼女は、息子が既に2度も実戦に参加しそしていずれにおいても生還していることを知らない。軍機に触れる内容が多かったのも確かだが、ユゼフ自身が両親を心配させまいと秘密にしていたせいでもある。

 だが例えそれら知っていたとしても、彼女は同じことを思ったということは想像に難くない。


 彼女は暫く家を見回した後、荷造りを始めた。農夫の妻と言えども女性であり、多くは運べない。だから運ぶ物は限られる。


「……これは置いていけないわね」


 ユゼフの母が最初に手に取ったのは、ユゼフが士官学校を卒業した時に贈ろうと思って、結局時間がなくて渡せなかった贈り物だった。

もうメインヒロインはフィーネさんで良いよね?(投げやり)

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[一言] 〉もうメインヒロインはフィーネさんで良いよね?(投げやり) 良いと思いました(追っている最中)
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