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大陸英雄戦記  作者: 悪一
オストマルク帝国
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動員令

 1月24日。シレジア王国宰相カロル・シレジアは、王国全土に動員令を布告した。これにより王国は戦時体制に移行し、予備役兵に召集が掛けられ再訓練の後現役に復帰することになる。

 またそれに加えて総動員待機命令も布告した。これは「国家総動員に備え、国民の選別や産業の軍需移行準備及びそれに伴う事務処理を行え」という命令である。

 これらの一連の命令によってシレジア王国軍は数ヶ月の内に5個師団、あるいはそれ以上の新規編制師団を手に入れることになる。




---




「動員令が布告されたと言っても、依然彼我の戦力差は巨大です。帝国軍はおそらく40から50個師団を投入して来るでしょう。この戦力差をどう埋めるかが鍵になります」


 エミリア少佐はこの日自身の執務室で発令された動員令及び総動員待機命令に関する事務処理を行っていた。その処理を何事もなく片手間でこなしつつ、副官のマヤに語りかける。マヤも、上司の事務を手伝いつつ会話の相手をする。


「それに動員令をかけたことによって早くも国内経済に悪影響が出ています。軍事予算が拡大した分、公共投資、福祉、教育、そして宮廷予算の削減が成されました。それでも足りず借款を積み重ねています。今やシレジア財政は火の車、財務尚書がお嘆きになってましたよ」

「しかしそうでもしないとこの国は間違いなく滅亡します。もし仮に敵が無能でも、この兵力差では……」

「勝っても負けても、絶望の未来しか見えませんね」


 勝てば必ず未来が切り拓ける、というのは創作物上にしか存在しない。むしろ中小国にとっては一度の戦闘で国家財政が破綻することもある。戦争によって黒字を獲得できるのは、大国でないと難しい。


「我々にできることは、その絶望を限りなく小さくすることくらいです。少なくとも今ここでシレジアが滅亡するよりは、瀕死でも生きながらえた方がマシと言うものです」

「それで、生きながらえるための具体的な手段については、上層部はどう考えてるんですか?」

「意見は別れていますね。主に3つの案があるみたいですが」

「ほう、3つですか」


 この軍事小国に3つの作戦案がある、ということにマヤは少し驚いた。軍隊の規模が多ければ多いほど、戦術上の選択肢は増える。平時400個師団を抱える東大陸帝国相手に3つも案を用意できるとは、シレジア王国軍もまだ衰えていないのだ。と、マヤはこの時思っていた。だが、現実は常に非情である。


「1つ目は即刻降伏すべしという案ですね」

「……え?」

「つまり『東大陸帝国相手に勝てるわけないから戦わずして領土を割譲して国家の安寧を図ろう』というわけです。あまりにも情けない話ですが、真面目に議論が交わされているみたいですよ」

「なんとまぁ……」

「しかし、この案が採用されることはありませんね。戦争終結の権限を持つのは国王である父だけです。戦わずして自国の領土を売るほど父は落ちぶれていません。……たぶん」


 最後の「たぶん」という言葉だけなぜか小声だった。エミリア少佐が、国王の軍事及び政治上の才覚をあまり信用していないという証左でもある。


「まぁ、その即時降伏案は脇に置いておくとして、2つ目はなんですか?」

「2つ目は焦土作戦です。東部方面の町や村から人員や物資を引き払って帝国の補給線に負担をかける。そして補給線が限界に達したところで反撃という案です」

「なるほど。とりあえず即時降伏案よりはマシですね」

「えぇ。ですがこれもいくつか問題があります。1つ目は、シレジアの領土自体が小さいため、シロンスク以東のすべてを焼き払わなければおそらく効果がないと言うこと。2つ目は、よしんば勝てたとしても終戦後に残った戦火の爪痕が大きすぎること。そして3つ目は、当地を治めている貴族らの反発を招くことは必至であることです」

「……一番まずいのは最後の貴族ですね」

「えぇ。反発を招いたために貴族領がまるごとシレジアを裏切って東大陸帝国に協力する可能性があります。これでは勝てません」

「じゃあ残る作戦案は、もしかしてエミリア殿下の?」

「そう言うことになりますね。もっとも発案者が発案者なので、採用されるかは未知数ですが」


 エミリア王女はそう言って自嘲した。自分が王族という立場を利用して半ば不当に意見を通していることを自覚していただけに、上層部にそう言われてしまっては反論できないのだ。


「でも他の作戦案を聞く限り、エミリア王女の作戦案が最良に思えますが?」

「ありがとうございます。でも、自分自身この作戦に自信があるわけではありません。それにだいぶ博打を打っている作戦でもあります。帝国相手にどこまで通じるか……」


 エミリア王女はその発言以降作戦について語る事はなく、淡々と事務処理を続けた。




---




 シレジア王国の戦時体制移行に伴い、エミリア王女と苦楽を共にしてきた者たちも一時的な異動が命じられた。ヴロツワフ警備隊補給参謀補ラスドワフ・ノヴァクもその一人である。


「……転任ですか? あの、小官はまだここに来たばかりなのですが」

「君の意見はもっともだ。警備司令官も着任してきたばかりの君を転任させることを渋っていたが、命令だからな。それに、この情勢じゃ仕方ない」

「はぁ……」

「ともかく、1週間後を目途に君は王都に行ってくれ。それまでにやるべきことをやるように」

「了解です」


 ラデックはこれによって、たった2ヶ月で王都に転任となった。しかし肝心の次の役職が未定で、単に王都に召還しただけという意味合いが強い。そのためヴロツワフ警備司令部も彼の転任をギリギリまで引き伸ばし、その間に仕事を片付けてもらうつもりだった。


「やるべきことね……そういやユゼフに送る手紙、忙しくて出すの忘れてたな。それやるかな」


 警備司令部の期待は大きく裏切られ、彼は書類ではなく個人的な手紙を上司に提出したと言う。




---




 一方、戦時体制に移行したにも関わらず平時と変わらぬ日々を過ごしている軍人もいる。近衛師団第3騎兵連隊第15小隊隊長、サラ・マリノフスカである。彼女は相変わらず部下をしごいていた。


「よし。10分休憩!」

「ッス!」


 この2ヶ月の間彼女が直々に、そして徹底的にしごいたおかげで、第3騎兵連隊の練度は天井知らずだった。だが、まだ一般的な騎兵隊より少し強い程度であり、彼女は満足してなかったと言う。


「ま、ユゼフよりはマシだから教えるのは楽だったわ」


 と彼女は後日、士官学校時代の友人に語ったそうだ。ユゼフをよく知るその友人は「彼を基準に考えるのは間違っているのではないか?」と思ったそうだが。


「マリノフスカ隊長! 連隊長が御呼びです!」

「え、こんな忙しい時に……まぁいいわ。貴方たちは休憩が終わったら自主練でもしてて。サボったら殺すわよ」

「は、はい!」


 彼女は有言実行がモットーである。故に殺すと言ったら本当に殺す。そこまで行かなくても半殺し、いや八割殺しくらいにはされるだろう。



 サラは若干キレ気味で連隊長の下に来た。敬意が一切感じられない敬礼の後、彼女は連隊長に「訓練の最中なので早くしろ」という意味の敬語を浴びせかけた。


「単刀直入に言おう。マリノフスカ大尉、君は恋人はいるかね?」

「……はぁ?」


 もしかしてこの連隊長は自分を口説こうとしているのではないか、そう思った彼女は腰にある剣を引き抜きかけた。連隊長はそれを見ると、慌てて否定した。


「あぁ、いや。君を口説こうと言うわけではない。私には妻子がいるしな。これは軍務に関わることなのだ。『(タク)』か『(ニエ)』で答えてくれればいい」

「『(ニエ)』ですが、それが何か」


 サラは未だ剣の柄に手を置いたまま答えた。連隊長が発する次の言葉によっては即刻切り捨てるつもりでいた。だがそうはならず、連隊長は淡々と部下に伝えた。


「そうか、なら遠慮なく言おう。この度の動員令によって近衛師団第3騎兵連隊は前線に出ることになった」

「動員令……?」


 彼女は本当に士官なのか、とこの時連隊長は思った。動員令を知らないなんて、まさかそんなことがあるのかと。


「……動員令の説明は後ほどするとして、ともかく大尉には実戦参加に向けた準備をすることだ」

「えー、と。それはエミリア、王女殿下が前線に出ることでしょうか?」

「いや、殿下は今のところ出る予定はない。だが現在兵が足りぬ状況にある。少しでも集めるために、近衛師団も王都を離れ実戦参加することとなった」

「えー、じゃあエミリア殿下の護衛は……?」

「それは親衛隊がやることになっている。問題はない」

「……わかりました」


 彼女は納得しなかった。だが命令とあれば動くしかない。エミリア王女と離れることは少し心配で寂しかったが、前線で奮闘すれば王都に敵が押し寄せてくることはないという考えに至り、彼女は準備をすることにした。

 彼女は挨拶もそこそこに踵を返すと、部下のいた場所に戻って行った。

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