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大陸英雄戦記  作者: 悪一
オストマルク帝国
103/496

高等参事官として

 1月15日午後0時30分。エミリア王女とカロル宰相の会談は終了した。

 宰相府前で馬車と共に待機していた副官のマヤは、エミリア王女が五体満足で宰相府から出てきたのを確認すると仄かに安堵した。


「マヤ。お待たせしました」

「いえ、大丈夫ですよ。それより会談はどうでしたか?」

「上々です。こちらの意見は通りました。たぶん大丈夫でしょう」

「あの……本当に大丈夫でしょうか。まだ私には不安で……」

「行きの時にも言いましたが、大丈夫です。叔父様はこのような時に政略に勤しむ方ではありません」


 エミリア王女はそう言いながら優雅に馬車に乗り込む。マヤもそれに続き、寒空の下から馬車の中に退避する。


「ではマヤ。申し訳ないのですが次の目的地に参りましょうか」

「次、ですか?」

「えぇ。交渉の二連続(ダブルヘッダー)は少し疲れますが、その程度でシレジアが守れるのなら安いものです」


 マヤから見れば、エミリア王女は少しどころかだいぶ疲れているように見えた。思えばここ最近王女は休まれていない。だが、おちおちと休めない状況であるのも確かだった。今日の所はエミリア王女に任せ、明日にでも無理矢理休ませよう。マヤはそう思い、口には出さなかった。


「……それで、どちらに?」

「一度、賢人宮(フィロゾフパレツ)に戻り軍服に着替えます。その後、総合作戦本部庁舎に行きます」

「わかりました」


 マヤはエミリア王女、いやエミリア高等参事官の意図を把握した。今しがたエミリアは「交渉」をすると言ったばかり。それは総合作戦本部にいる人物と交渉をすると言うこと。そしてその本部庁舎にいる中で一番の人間との交渉ということになるだろう。

 つまり王国軍で軍務尚書に次ぐ高位の人物であり軍部の最高責任者である総合作戦本部長が次の交渉相手ということだ。




---




 賢人宮に到着したエミリア王女はそのまま自室に向かうことはせず、一度彼女の父親、つまり国王フランツと面会した。

 無論この面会にはマヤは同席できない。いかにマヤとエミリア王女に揺るぎない友情があろうと、最高権力者である国王の前に事前許可なく謁見することは叶わない。マヤは会見中、国王執務室の外で待機していた。中からは時折声が聞こえるものの、どのような内容かは把握できない。

 王女と国王の面会は20分程で終了した。


 王女は面会終了後自室に下がり、そこで軍服に着替えた。戦闘服ではなく、制服だ。マヤはいつも通り、王女の着替えや身支度を手伝う。通常なら近侍達に任せることだが、王女は信頼できる友人と気兼ねなく会話しながら着替えをしたいという要望もあって、マヤが近侍のように働いていた。普通の貴族令嬢なら、いかに相手が王族と言えど近侍の真似ごとをするというのは屈辱的な事だろうが、マヤは別段気にしていない。

 王女の体躯はよく言えば細身であり、悪く言えば平坦である。身長もそれほど高いとも言えず、何も言わなければ彼女はおおよそ軍人には見えない。

 ただ一度軍服に袖を通せば、不思議なことに歴戦の女性指揮官という雰囲気を漂わせる。亡き母親から受け継いだ輝くような金髪がそれに拍車をかける。


 身支度を済ませたエミリア王女は、その服装と身分に相応しい毅然とした表情で歩き出した。


「それで、陛下とは何をお話になっていたのですか?」


 馬車に向かうまでの道すがら、マヤはそれとなく聞いてみた。無論宮廷内にいるかもしれない大公派の人間に、会話が聞こえないよう声を抑えて。


「ちょっと“相談”を」


 エミリア王女は笑顔でそう答えた。それは王女に相応しい綺麗な笑顔であったが、長年彼女の傍に付き従っていたマヤにはその笑顔の真の意味を知っている。今王女が見せた笑顔は、何か悪い事をする時の顔なのだ。俗な言い方をすれば「小悪魔的な笑顔」である。


「ほう。どのような?」

「大したことではありません。これから総合作戦本部長に会いに行くのですが何か気を付けておくべきことはありますか、と言っただけですから」


 つまり彼女は王族という身分を使ったのである。褒められるようなことではないが、王女が自らの意見を通すためには必要な措置なのだ、と副官は思った。だがこの「必要な措置」だと判定されるには一つ条件がある。


「あまりそういうことをしないでくださいね。ただでさえエミリア王女が高等参事官職に就いていることをよく思っていない者も多いのですから」

「わかっています。だからこうして、高等参事官の名に恥じないことをしようとしているのです」

「どのようなことですか?」


 マヤがそう質問した時、一行は馬車に到着する。マヤが王宮専属の御者に行き先を伝え、エミリア王女は一足先に馬車に乗り込む。

 御者は二人を乗せたことを確認すると、馬車を揺らすことなくゆっくりと発進させた。


「マヤ。ユゼフさんの戦術の授業は覚えていますか?」

「……だいたいは」


 マヤはそう答えたものの、彼女は座学に関する成績は良い方である。無論それは戦術と言う教科に対しても言えるのだが、その戦術の点数を支えたのがユゼフ・ワレサという農民の士官候補生だった。


「ユゼフさんの戦術の授業は、士官学校の教師たちが話す内容よりも興味深いものが多かったです。おかげで、今回の作戦を考えられました」

「作戦、ですか?」

「えぇ。今からその作戦を本部長閣下に上申するところです」

「そのために、陛下を使った(・・・)のですか?」

「使った、と言うのは人聞きが悪いです、が概ねあっています。でも、あくまで本部長閣下に会うために必要な手順を踏んでくださっただけです。通常であれば、たかだか少佐が本部長に会えるはずはありません。会ってどうするか、本部長閣下が私の作戦案を採用するかは私次第ですよ」

「……では、失礼をご承知で聞きます。エミリア少佐(・・)の作戦案と言うものは、どういったものになるのでしょうか?」

「わかりました。説明しましょう」


 エミリア少佐は総合作戦本部へ向かう馬車の中、その壮大な作戦案をマヤに披露した。その作戦案は既に作戦の規模を越えた「戦略」と言っても良い規模であり、マヤは暫く開けた口を閉じることを忘れていた。正気を取り戻したマヤはエミリア少佐の作戦案を称賛しつつも、所々彼女なりの修正と意見を述べ、それは採用された。


 そして馬車は、総合作戦本部に到着する。




---




 午後2時10分。


 総合作戦本部に到着した高等参事官エミリア少佐は、受付にてある書面を見せた。それは国王フランツ・シレジアの名の下に総合作戦本部長との面会を即刻許可するよう命令する書面だった。これが一般人が持ってきた書面であれば鼻で笑われ無視されるだけだっただろうが、これを持ってきたのが少佐で高等参事官でそして王女であるとすれば話は別である。

 受付は書面と国王のサインと国璽(こくじ)とそしてエミリア少佐の顔を10回以上確認し、その全てが正式なものであり本物の王女であると確信すると、本部長との面会を許可した。と言うより許可せざるを得なかった。


 エミリア少佐は本部長室の扉をノックし、返事を待って入室する。中に居たのはシレジア王国軍総合作戦本部長モリス・ルービンシュタイン元帥、そして本部長の副官であるハリー・ロジンスキ中佐だ。

 ルービンシュタイン元帥はこの年64歳。老い先短いこの老人は宮廷内闘争について興味がない。どう定まろうとも決着がつくころには自分は死んでいると思っているからだ。故に国王派、大公派双方から害はないと判断され、現在の職に就いている。


「高等参事官エミリア・シレジア少佐です」

「……うむ。とりあえず掛け給え」


 この短いやり取りの中で、ルービンシュタインは彼女が王女ではなく少佐として面会してきたことを理解し、彼女を王族としてではなく一部下として扱うことにした。ロジンスキ中佐も元帥の心中を察したのか、彼も彼女をエミリア少佐として応対することにした。


 エミリア少佐が着席すると、ルービンシュタインは特に何も雑談をすることなく、いきなり本題に入った。


「残念ながら私は忙しい。だから少佐、用とやらを速やかに済ませてほしい」

「わかりました」


 エミリア少佐は、馬車の中でマヤに話した内容を、マヤに指摘された部分を修正しつつ元帥に話した。元帥はそれに興味を持ち、また驚愕し、そして訝しんだと言う。


 結局「速やかに」というルービンシュタイン元帥の願いは届かず、この話し合いは2時間にも亘る長丁場となってしまった。




---




 午後4時30分。総合作戦本部の外は既に真っ暗で、月が仄かに輝いていた。


「それで、どうだったんですか?」

「五分五分ですね。一応検討してくれるらしいですが」

「ふむ。勝算が五分ということは良いんじゃないですか?」

「えぇ。できれば八分くらいには引き上げたいところです」


 少佐はそう言って微笑むと、寒さに耐えきれず馬車に飛び乗った。

 2人にとっての長い一日は、こうしてようやく終わりを迎えたのである。

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