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大陸英雄戦記  作者: 悪一
オストマルク帝国
101/496

王女として

 ある日、マヤ・クラクフスカがいつもと同じように総合作戦本部高等参事官執務室に顔を出すとそこには貴族用衣装を身に纏ったエミリア王女がいた。


「あ、マヤ。良いところに来ました。早速ですが馬車を用意してください」


 エミリア王女は忙しなく書類を鞄に纏めて、出掛ける準備をしていた。


「畏まりました……が、どちらへ?」

「王国宰相府。その館の主に会いに行きますよ」




---




 王国宰相カロル・シレジア大公。

 大陸暦596年生まれ。国王フランツ・シレジアの弟。貴族学校を首席卒業、剣の腕前は達人級であり、まさしく文武両道な人物。現在は宰相として滅亡寸前のシレジア王国を支え続けている。

 そして親東大陸帝国派の筆頭であり、エミリア王女の政敵である。


 宰相府へ向かう貴族用馬車の中、マヤはエミリア王女の心意を尋ねた。


「殿下。大公は親東大陸帝国派です。このような時期に大公の下に行かれるのは危険が大きすぎます」

「危険は承知しています。ですが今は危急の時、シレジア王国宰相もそれはお分かりのはずです。宰相にとっても私にとっても、今やるべきことは政争ではないのです」

「しかし……」


 マヤはさらに食い下がってエミリア王女を止めようとしたが、それよりも早くエミリア王女は動いた。持参した鞄の中からひとつの封筒を出し、それをマヤに見せた。


「それは先日オストマルク大使館を経由して送られてきた、ユゼフさんからの手紙です」

「…………なるほど」


 手紙の内容は、大公派である駐在武官が「大公派はセルゲイ派であり、今回の事態で大変混乱している」こと等を書いたものだった。


「これではっきりしました。今回の騒動は皇帝派によって急に決まったものであること、そして大公派がセルゲイ派であることです」

「セルゲイ派にとってはシレジア王国領が皇帝派に獲られることは避けたい、そして大公もそれは同じと?」

「はい。叔父様がどんな壮大な計画を持っておいでかは不明ですが、どのような計画だったとしてもこの時期にシレジアが滅亡することを良しとするはずがありません。であれば私と叔父様の利害は一致し、共闘できるはずです」

「そう、ですね」


 マヤは口ではそう言ったが、完全に納得できたわけではなかった。

 カロル大公は6年前、まだ幼いエミリア王女の暗殺を謀った人間である。そんな大公を、利害が一致したからと言っておいそれと信用できるはずがなかったのである。


「でも、マヤが抱く不安も私にもわかります。私だって不安ですから」

「殿下……」


 エミリア王女は馬車の窓から、王都シロンスクの街並みを眺めた。これが見納めであるかのように。


「マヤ。叔父様を信用しろ、などと言うつもりはありません。ですが、どうか私を信頼してくださいませんか?」


 エミリア王女はそう言うと、マヤの手を握りしめた。マヤは王女の手を握り返し、そして強く言った。


「エミリア王女を信頼しなかったことなどありませんし、これからも信頼し続けます」



 数分後、馬車は宰相府へ到着した。

 エミリア王女が下りると同時に、マヤもそれに続こうとしたがエミリア王女はそれを手で制した。


「マヤはここで待っていてください。私は叔父様に会いに行きます」

「はい。御武運を」

「ふふ。マヤ、今の私は軍人ではありませんよ」

「そうでした」


 この日エミリア王女は今貴族用の衣装で宰相府にやってきた。つまりシレジア王位継承権第一位エミリア王女としての訪問である。




---




 エミリア王女宰相府訪問に誰よりも驚いていたのは、当の王国宰相カロル・シレジアである。

 カロル大公とエミリア王女は長く顔を合わせていない。前回会ったのはカールスバート政変前、カールスバートで行われる記念式典の参加を渋ったエミリア王女を、カロル大公が説得したあの日である。それ以来両者はお互いの事を政敵と意識しつつも、また再び会うことはなかった。

 エミリア王女は士官学校に入り寮生活をしたためカロル大公と会えなかった、とういうのもある。だがエミリア王女が卒業し王都に帰還しても、彼女らは会わなかった。王女は軍務を理由に、大公は政務を理由に、それぞれ言い訳を並べ立てて頑として会わなかったのである。


 そのような状況が続いていた中、ある日エミリア王女が自分に会談を求めてきた。王国軍総合作戦本部高等参事官としてではなく、王族に名を連ねる者として。


 カロル大公は悩んだ。王女は何を企んでいるのか、もしかしたら自分を嵌める罠である可能性があるかもしれない。そう考え、考え抜いて、カロル大公は決断した。王女に会うと。


 理由は2つ。

 1つ目は、この逼迫した情勢で王女が何かをするのは得策ではないということ。士官学校で多少頭は良くなったはず、この程度の事はわかるだろう。そう大公は考えた。


 そして2つ目。カロル大公としてはこちらを重視した。5年ぶりに、姪と会いたかった。それだけだ。


 この結論に至った時、カロル大公は自分が意外と感傷的で感情的な人間であると言うことを知り、静かに自嘲した。

 そして思った。

 自分がエミリア王女の謀殺に失敗したのは、きっと感情(これ)のせいなのだろう、と。



 その時、宰相執務室の戸がノックされ補佐官である官吏(かんり)が入室してきた。


「失礼します。エミリア王女がご到着しました」

「……わかった。応接室に通してくれ」


 大陸暦637年1月15日午前11時の事である。

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