第5話
タクヤのパーティと、俺、それに美鈴のパーティが、転移ゲートを通って第18階層の最終チェックポイントへと転移し、その足でボスエリアを目指す。
俺はボスエリアへと向かっている途中、メニューを開いてメッセージが送られてきていないか確認する。
ログインしてすぐに色々あったから、確認のタイミングを逸してしまったんだが、あれが届いていないとちょっとまずい……お、良かった、あった。
『言われたモノ、調達しといたよ~。確認のハンコ頼むな~』
そのユズ姉から届いたメッセージの後には、売買取引の内容が添付されていた。
添付を開くと、取引内容とともに『この取引を承認しますか? Yes No 』と表示されたので、「Yes」をタッチ。
俺はこの第18階層を攻略しているうちにも、いくらかのゴールドを手に入れていたのだが、その額がまたモリッと減少する。
ユズ姉に頼んでおいたのは、『人間防護』の効果を付与する素材アイテム、『人間封じの鱗』を6個だ。
俺は早速、これらのアイテムを使って、装備している防具に『ダブル』の『人間防護』効果を付与する。
これによって、種族が「人間」のエネミーから受けるダメージを、およそ50%にまで軽減できるはずだ。
さて、これでやれる準備は、全部揃ったかな。
あとは、勝負内容の詳細を確認しておくか。
「ボスに挑む順番はどうするんだ?」
俺が前を歩くタクヤに聞くと、
「そっちから先にやれ。俺らは今までに3回挑んでるからな。先手やった程度で負けたとしても、それでイチャモンはつけねぇよ」
とのことだった。
でも、『そっち』なぁ。
まあ普通に考えて、俺1人でボス戦に挑むとは考えないよな。
そんなことを考えていたら、いつも通りにカチャカチャと鎧を鳴らしながら、美鈴が俺の傍に寄ってきた。
「ね、ねぇ龍一……あのね、ボス戦なんだけど……その、私たちも一緒に戦わせてもらえないかしら」
美鈴は出し抜けに、そんなことを言ってきた。
「えっ……いやでも、それじゃあ俺と美鈴との勝負はどうするんだ」
タクヤとの勝負で忘れそうになるが、そもそもの美鈴との勝負だって無効になったわけじゃない。
そっちに決着をつけるには、俺が1人でボスに挑まなければ成り立たない。
だが美鈴は、首を横に振る。
「そんなもの、私の負けでいいわよ……。ここまでのあなたの強さを見せられて、1人でボスを倒せなかったから勝負は私の勝ち、なんて言えるほど、私も図太くはないわ」
えっ……?
美鈴の負けでいいってことは……えっ?
それはつまりアレですか。
美鈴さんのビューティフルボディからクロースがダイブした姿をルックできるってことですか?
「──で、でも、見せるのは龍一にだけよ! 私は負けたら脱ぐとは言ったけれど、ストリップショーをするとは言ってないんだから」
そんな屁理屈を口にする美鈴。
うっわー……汚いな、さすが美鈴さん汚い。
でも……ってことは何か、そのお姿は、俺の独り占めってこと?
……ごくり。
健全な男子中学生の一介である俺に、否やを言う理由は、もちろんない。
「けど美鈴たち、ボス戦の準備してるのか?」
「してないわ。話の流れ的に、さっきの今だもの。でも龍一の足手纏いになるほど、私たちだって軟じゃないわ。『足し』程度にはなるでしょ」
まあ、それはそうだ。
どう考えたって、俺1人で挑むより、美鈴隊を入れた5人で挑むほうが有利に決まっている。
そういうわけで俺は、結局、半年前のように美鈴たちのパーティと組んで、ボス戦に挑むことにした。
「……ふふっ、龍一と一緒にボス戦に挑むのも、久しぶりね」
そう言う美鈴は、何だか嬉しそうだった。
ボスエリアに到着する。
邪悪なオーラを纏った邪神の神殿に、総勢10名が足を踏み入れる。
ただし、一度にボスに挑めるのは、1パーティ、すなわち5人までだ。
祭壇の間で、俺たちのパーティが先行すると、パーティリーダーである俺のウィンドウに『第18階層のボスに挑みますか? Yes No 』というシステムメッセージが表示される。
俺が『Yes』をタッチすると、俺たちの背後に不可視の障壁が出現し、タクヤたちのパーティと分断される。
その障壁から前が戦闘フィールド、後ろが非戦闘フィールドとなる。
ボスである死霊術師が、祭壇の前で振り返る。
死霊術師がその手の錫杖を一振りすると、その前に4体のアンデッドたちが出現する。
この階で散々目にすることになった、アシュラスケルトンと、スケルトン・グレートアーチャーがそれぞれ1体ずつ。
それに加えて、半透明の白い幽霊姿のエネミー、レイスが2体である。
「さあ──行くわよ!」
美鈴の号令とともに、戦闘が開始した。
まず敵の中に躍り込んだのは、ご多分に漏れず俺だ。
そして──バカのひとつ覚えみたいで恥ずかしいんだが、これが一番有効なんだからしょうがないという一手を打つ。
「《旋風脚》!」
敵陣の中央に潜り込んで放った蹴りの嵐が、ボスとその配下のアンデッドたちを巻き込んで荒れ狂う。
この範囲攻撃に対し、レイス2体は、物理攻撃に耐性を持っているため、HPを2割ほど残して耐えきられてしまった。
ボスの死霊術師に至っては、HPゲージのほんのわずかしか削れていない。
だが、アシュラスケルトンとスケルトン・グレートアーチャーは、きっちり撃破した。
順当な成果と言っていい。
「なっ……マジで、瞬殺だと……!? 不死の龍! てめぇ、どんな不正をしてやがる!」
障壁の外、外野のタクヤが声を張り上げてくる。
「してねぇって、そんなこと! ってか、後にしてくれ! 今忙しいんだよ!」
俺はタクヤに叫び返しながら、《旋風脚》で崩れた体勢を整えて、次の行動に移ろうとする。
だがその俺に、目の前のレイス2体が滑るように迫ってくる。
そして、その冷たい手で、俺の生命力を吸い取ろうと──
「──《インフェルノ》!」
その間際、俺の視界を巻き込んで、紅蓮の炎が巻き上がった。
美鈴隊のソーサラーが、魔法を放ったのだ。
その豪炎の渦は、俺にはダメージを与えず、敵のみを焼き払う。
結果、2体のレイスの残りHPが完全に削り落とされ、消滅してゆく。
「──ふん、あなただけに、いい格好はさせませんよ」
また、駆け寄ってきた眼鏡くんが、斧に紅蓮の炎を纏わせた《シャイニングアックス》で、ボスに斬りかかる。
「──少しぐらいなら通るでしょうっ──《ホーリースラッシュ》!」
さらに一歩遅れて駆け寄った美鈴の、白い残光を発する斬撃がボスを切り裂く。
これに加えて、後衛のレンジャーが放った《ライトニングショット》も突き刺さり、ボスのHPゲージをじわじわと削ってゆく。
その値は、俺が削った分と合わせても、5%にも満たないほど。
だが着実に、ダメージを蓄積させていた。
「行ける! このまま押し切──」
だが、その美鈴の号令が飛ぼうとしたそのとき──ボスの魔法が完成した。
ボスの口から機械音じみた呪文がこぼれたかと思うと、ゴウと唸りを上げ、戦場全体が炎に包まれる。
炎は俺たちプレイヤー全員を呑み込み、焼き尽くしてゆく。
そして、美鈴隊全員のHPが猛烈な勢いで減少して……
「くそっ……1撃でなんて……!」
「み、美鈴さんっ……!」
ソーサラーとレンジャーの2人が、その1撃で砕け散った。
そして、残った美鈴と眼鏡くんのHPも、瀕死を示す赤ゲージ。
俺もさすがに、2割ほどのHPを持って行かれた。
『ダブル』の『人間防護』持っててこれか……。
「くっ……相変らず、無茶苦茶やってくれるわね」
だが美鈴は慌てず騒がず、《ヒール》の呪文詠唱を開始する。
「ですが、この第18階層のボスなのですから──このぐらいやってくることは、織り込み済みですよ」
眼鏡くんも眼鏡をくいと直すと、自分のやることは変わらないとばかりに、ボスに対して《シャイニングアックス》を叩き込み、ボスのHPをわずかに削り取る。
だが、美鈴の《ヒール》が完成する前に、ボスの次の魔法が発動した。
ボスの頭上に3本の太い氷槍が現れる。
氷槍は、2本が俺に、1本が眼鏡くんに向けて、豪速で発射される。
俺は2本の氷槍の直撃を受け、再び2割ほどのHPを持って行かれる。
そして、残りの1本の氷槍は、眼鏡くんの胸部を貫通し、そのHPを全損させていた。
「ぐっ……悔しいですが、僕はここまでです。美鈴さまを、頼みま──」
眼鏡くんは最後に眼鏡をくいと直そうとして、そのままの姿勢で砕け散った。
そしてそのタイミングで、ようやく美鈴の《ヒール》が完成する。
その対象は──瀕死の美鈴自身ではなく、俺。
トータルで4割ほど減少していた俺のHPゲージを、2割ほど回復し、減少量の半分を持ち直させる。
「これが勝つための最善でしょう?」
「──ああ。さすが美鈴だ」
俺に褒められて、美鈴は「えっへへー」と嬉しそうに照れる。
そして、美鈴は最後までそのスタンスを貫く。
パラディンの最たる役割は、仲間を護ること──
次のボスの魔法攻撃に対し、《カバーリング》のスキルを使用して俺の前で盾になった美鈴は、その一撃で残りHPのすべてを失った。
「あと……頼んだわよ、龍一」
俺の目の前で、美鈴のアバターが光の粒となって砕け散る。
「ああ、任せろ」
残った俺は、そう呟く。
その俺に再び、ボスの魔法による灼熱の炎が襲い掛かる。
俺はその魔法に身を焼かれ、残りHPは5割ほどに。
さらに、3本の氷槍が降り注ぐ。
そのすべての直撃を受け、残るHPは2割ほど。
そこでようやく──俺の『準備』が整った。
「──それじゃあ、仇討ちといくか」
今や、俺のアバターは、体中に溢れんばかりのオーラをまとっていた。
スキル、《パワーチャージ》の効果だ。
最初の《旋風脚》を放った後、もちろん、俺は何もしていなかったわけじゃない。
この《パワーチャージ》を連続して使い、その効果を重複させていたのだ。
この《パワーチャージ》というスキル、自分が次に行なう攻撃の威力を上げるスキルなのだが、普通に使ったのでは、何の役にも立たない罠スキルである。
次の攻撃のダメージが1.5倍になる程度でしかなく、だったらこんなスキルを使わないで、2回殴った方が早い、という話なのである。
事実、多くのプレイヤーからは、ゴミスキル扱いされている。
ただ、このスキルの効果は、累乗的に重複する。
2回使えばダメージは2.25倍、3回使えば3.375倍といった塩梅だ。
そして──8回。
この8回というのが、《パワーチャージ》というスキルの効果の最大累積回数であり、俺が最初の《旋風脚》を放った後、これまでに使用した《パワーチャージ》の回数だ。
──俺は身を沈め、ボスの懐へと踏み込む。
左手にスキルエフェクトを纏わせ、拳を握り、スキルを発動する。
俺の体が纏う《パワーチャージ》のオーラが、すべて俺の左腕へと流れ込んでゆく。
「行くぜ──《ガトリングジャブ》!」
俺の左拳が、神速の9連撃を放った。
通常ならば、1撃1撃は軽い、手数勝負のスキル。
だが、この時に限っては、その1撃が大砲の如き威力を持つ。
時間がゆっくりと流れるように錯覚する。
パンッという破裂音にも似たSEとともに、1撃目がボスにヒットし、そのHPをごりっと削り取る。
そして2発目の破裂音。
再びボスのHPをぐいっと抉る。
そして3発目、4発目、5、6、7、8──9発目。
《パワーチャージ》の効果によって、およそ25倍の威力となった《ガトリングジャブ》は、まさにガトリングガンのようにボスを滅多打ちにし──
軽く9割以上は残っていたボスのHPゲージは、そのわずか一瞬で、吹き飛んだのだった。