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第4話

──side:拓也




 新田にった拓也たくやは、『トップ攻略組』という呼ばれ方を好まない。

 何故なら、それは事実と異なるからだ。


 実際には、『FLO』の最先端を切り拓いているのは、常に拓也のパーティである。

 ほかの連中は、すべて拓也の後塵を拝する、言わば金魚のフンのようなものだ。


 拓也は『FLO』に8つのアカウントを持ち、毎日8時間を『FLO』に継ぎ込んでいる。

 うち7つのアカウントはメインアカウントのサポート要員で、素材集めや資金繰りに費やしていた。

 そうして、サブアカウントで獲得した高価なアイテムをメインアカウントに横流しし、その潤沢なパワーリソースを使って、拓也のパーティは常に、この『FLO』の世界の先導者リーダーであり続けてきたのである。


「そういやタクヤさん、聞きました? 不死の龍(イモータルドラゴン)のこと」


 その拓也に、パーティメンバーの1人が問いかけてきた。

 場所は第18階層。

 彼らが、最終チェックポイントからボスまでの道のりを進んでいるときだった。


「イモータルドラゴン? 何だそりゃ?」


「えっ、知らないんすか?」


「知らねぇよ。イベントエネミーか何かか?」


「違います。プレイヤーっすよ。何でも、攻略に復帰したらしいんですが……」


 あー、と拓也は思い出す。

 確か半年ぐらい前、第12階層で攻略組から抜けたリュウイチとかいうプレイヤーが、そんな渾名で呼ばれていた気がする。


 何でも、第12階層までの攻略で1度も死んでいないから、不死の龍(イモータルドラゴン)なんて渾名がついたらしいが、拓也はその噂を、尾ヒレの付きまくった眉唾な話だと思っている。

 拓也だって、第12階層までの間だけでも、3回か4回ぐらいは死んでいるのだ。


「そいつがどうしたよ。第12階層で攻略から逃げた腰抜けだろ」


「いや、そいつがミスズんとこのパーティと組んで、猛烈な勢いでこの第18階層を進んでいるって話で」


「ミスズ……あの調子乗った、小生意気なメスガキか」


 拓也はミスズという名前を聞いて、顔を歪める。

 ミスズには以前、「俺の女にしてやる」と誘ってやったのに、「……マジキモいんですけど」と一蹴されたことがあり、拓也としては許せないクソ女だった。


「しかも噂によると、不死の龍(イモータルドラゴン)は、この第18階層のエネミーを《旋風脚》での1アクションで瞬殺できるんだとか……」


「1アクションで瞬殺だぁ? しかも《旋風脚》で? はっ、ありえねぇだろ!」


 拓也はその噂を一笑に付す。


「288レベルウォーリアの俺が、『トリプル』使って《シャイニングアックス》叩き込んでも7割がいいとこだぞ? 格闘クラスの範囲多段スキルで、そんなことありえるか? なあ?」


「あ、ありえないっすね」


「だろ? そのリュウイチってやつは、つくづく尾ヒレを付けるのが好きらしいな。──だいたいお前もよぉ、もうちょっと常識で考えるクセをつけようぜ? な?」


「……ははっ、すんません」


「んなくだらない噂に踊らされてる暇があるならよぉ、この先のボスを倒す方法でも考えてくれよ。全部俺任せにしないでよぉ」


 拓也はそのパーティメンバーの無能さに対し、呆れと侮蔑を露わにする。

 だいたいいつも、戦術は拓也1人で考えて、ほかの連中は何の役にも立たないのだ。

 もっともそれは、拓也が常に自分の考えを譲らないから、ほかのメンバーが半ば諦めとともに持ったスタンスだったのだが、そんなことは拓也の知る由ではない。


 そうこうしているうちに、拓也たち5人のパーティは、ボスエリアの前まで辿り着く。

 そこは、禍々しい紫色のオーラを端々から漂わせた、大理石造りの邪神の神殿である。

 拓也を先頭にして、一行は神殿の入口に足を踏み入れる。


 それにしても、と拓也は思う。

 ここのボスの強さは、本当に異常だ……と。


 この第18階層は、通常フィールドで出会う雑魚敵からして今までとは桁違いの強さを持っているのだが、それは別段、拓也にとっては驚くほどのものではなかった。

 この階層ではその分、大多数のエネミーが、アンデッドという単種族に固まっているからだ。


 攻撃力が低めのクラスではほとんどダメージが通せないほどの防御力を持っているなら、攻撃力の高いクラスにリソースを集中して大ダメージを与えればいい。

 壁役の防御力を容易く突破してくる攻撃力を持っているなら、それに応じた防護属性を防具に付けて防げばいい。


 『FLO』にはそのために、『種族特効』や『種族防護』といった特殊効果を付与する素材アイテムが設定されているのだ。

 『種族特効』は武器に付与し、1枚ごとに与ダメージを1.5倍にする。

 『種族防護』は防具に付与し、1枚ごとに被ダメージを0.7倍にする。


 要は金さえあれば、どうにかなるようにできているのだ。

 そして拓也に言わせれば、『FLO』は複数アカウント前提のゲームで、ゴールドなんてものは、その気になればいくらでも稼げる。

 そんな知恵を絞ることもできないバカ攻略者が、トップ攻略組気取りで「第18階層は無理ゲー」などと書き込んでいるのを見たときには、心底から嘲笑ったものだ。


 だがそんな拓也をして、この第18階層のボスは、とんでもない難敵であった。


 ──拓也たちが神殿の中を進んでいくと、祭壇の前に立つ漆黒のローブ姿が振り返る。

 第18階層のボス、この階層のアンデッドたちを生み出している死霊術士ネクロマンサーである。


 拓也たちにとって厄介なのは、この死霊術士は、種族が『人間』であるということだった。

 『アンデッド特効』や『アンデッド防護』の装備では、対応できないのである。

 ただ、だからと言って、『人間特効』を付与した武器と、『人間防護』を付与した防具を使えばいいかというと、そう簡単にもいかない。


 ──黒ローブ姿は、拓也たちの姿を認めると、手に持った錫杖をひと振りする。

 すると、その死霊術士の前に青い光が4つ立ち上り、4匹のアンデッドたちが出現する。

 ちなみにここまでは演出タイムであり、プレイヤーにはアンデッドたちが出現するまでの硬直時間が入る。


 ボスにはこうして、取り巻きとしてアンデッドたちが付く。

 だから『アンデッド特効』と『アンデッド防護』を完全に切ってしまうと、今度は取り巻きの相手がままならなくなるのだ。


 結果として、拓也はアンデッド対策と人間対策を、『シングル』及び『ダブル』で組み合わせて挑んでいるのだが──


「くそっ……!」


 奮戦したものの、パーティで最後に残った拓也のHPが今、ボスの魔法攻撃によって完全に削り落とされた。

 斧を振りかぶった姿勢のまま、拓也の体は崩れ落ちる。

 これで3戦3敗。


「……まあいいさ。どうせほかの連中は、しばらく追いついて来れねぇんだ。ゆっくり攻略させてもらう」


 拓也はブラックアウトしてゆく視界のなかで、そう呟く。


 現在の『FLO』の先端攻略は、言わば、凄まじく難易度の高いテストのようなものだ。

 ほかの人間がすべて30点以下の赤点しか取れないところで、拓也が1人だけ40点を取れば、それでトップが取れる──そういう類のゲームなのだ。




──side:龍一




 第18階層攻略9日目。

 この日も俺は、ここ最近の恒例として、美鈴と時間を合わせてログインした。


「げっ、あの人……」


 すると、中央広場で合流した直後、美鈴が嫌悪感を露わにした顔を見せた。

 美鈴の視線の先を見ると、そこには1人のウォーリアがいた。


 そのウォーリアの外見は、黒髪の少年的なものだったが──ご多分に漏れず『整形』を施されているであろうその見た目は、何と言えばいいのか、「俺カッコいいだろ?」的なオーラが全開の、絶妙な嫌らしさを感じるものであった。


「知り合いか?」


 俺が聞くと、美鈴が説明するのも腹立たしいという様子で、それでも教えてくれる。


「龍一だって知っているはずよ。トップ攻略組の中のトップパーティ、“パイオニア”リーダーのタクヤって言えば、分かるでしょう?」


「えっと……悪い、分からん」


 正直攻略とかあんまり興味ないから、攻略の有名人とかよく分からないんだ。

 あ、でもタクヤって名前は見たことがあった気が……あれはどこだったか……。


「──はぁっ、知らないの!? それ本気で言ってるの!? あなた本当に『FLO』遊んでるの!?」


 そう思っていたら、美鈴にひどい罵られ方をした。

 いや、今その『FLO』を遊んでいる最中なんだけどね……。


「──なんだ、キャンキャン騒いでるメス犬がいると思ったら、ミスズじゃねぇか」


 すると、美鈴の声に釣られて、当の本人──タクヤがこっちに向かってきた。

 それに気付いた美鈴が慌てて、俺の後ろに隠れる。


「……ちっ、そいつがお前の今の男か? 俺を振ったのはそいつのせいか」


「ふっ、ざっ……! 私の前の男みたいな言い方しないでよ、このキモ男!」


 うーん、なんだかよく分からんけど、この2人の間には痴情のもつれがあるようだ。

 美鈴は美鈴でパニクって「違う、違うの龍一! あいつの言っていることは、まったくのデタラメなの!」とか言って、俺を今の彼氏みたいな役割にしてしまっているし。

 すると、その美鈴のパニック言語を聞いたタクヤが、その目をスッと細める。


「リュウイチ……? ってことは、てめぇが不死の龍(イモータルドラゴン)とか呼ばれて調子に乗ってる尾ヒレ野郎か」


「イモータル……?」


 え、何それ?

 俺が首を傾げていると、深呼吸をして少し落ち着いた美鈴が、はぁとため息をつきながら教えてくれる。


「あのねぇ……不死の龍(イモータルドラゴン)、あなたのことよ、龍一。あなた今まで、『FLO』内で1度も死んでないんでしょ。それでついた渾名が、それよ」


 何かと思ったら、俺のことだった。

 何なのその、とっても恥ずかしい厨二病的なネーミングは……。


「はっ、どうせ誇張なんだろ? 1回も死んでないなんてのはよ? なあ?」


 タクヤがそう、問いただして来たので、


「いや、正式サービス開始から、1回も死んでないのは事実だが」


 俺はとりあえず事実を伝えておく。


 ……にしてもそれって、そんな厨二ネームを付けられるほどのことなのか?

 そう思っていたら、突如、タクヤの表情が一変した。


「……んだと? テメェ、そりゃ嘘言ってるって面じゃねぇな」


 タクヤは俺を睨みつけてくる。


「……いや、安全マージンを高くとれば、不可能じゃねぇのか? ──じゃあテメェ、第18階層のエネミーを《旋風脚》で瞬殺したってのは、どうなんだよ?」


「本当よ! 私が実際に見たんだから、間違いないわ!」


 今度は俺が答える前に、美鈴が声を張り上げた。

 が、タクヤはその美鈴を一瞥し、


「メス犬にゃあ聞いてねぇんだよ。なあ不死の龍(イモータルドラゴン)、どうなんだ?」


「なっ……!」


 美鈴が背後で気色ばむのが分かる。


 ……ちょっと俺も、このタクヤって男の態度が気に入らなくなってきた。

 だから、こんな言い方をしてみてしまった。


「アンタにはできないのか? 攻略のナンバーワンってのも、案外大したことないんだな」


 この俺の一言で、タクヤは完全にブチ切れたようだ。


「……第12階層で攻略から逃げた腰抜けが、随分吹いたもんだな。──いいだろう、勝負しようじゃねぇか。今日から1月待ってやる。それまでに第18階層の最終チェックポイントまで来い。テメェが嘘ついてるんじゃなければ、そのぐらいはできるよなぁ、不死の龍(イモータルドラゴン)? なあ?」


 ……ふむ。

 何だか勝手に勘違いしているみたいだが、面白そうだからそのまま話を進めてみるか。


「……それで、その後どうするんだよ。最終チェックまで辿り着けたら、俺の勝ちってもわけでもないんだろ」


「たりめーだボケ。そこから、どっちが先に第18階層のボス倒せるかで勝負すんだよ。俺が勝ったら、そうだな……その女(ミスズ)を貰うぞ」


 何かとんでもない条件を出してきた。

 このタクヤって男は、女子をモノか何かかと思ってるんだろうか……いや、まあなんかこう、ここまでひどいといっそ清々しくもあるんだが。


 さすがにその条件は、勝敗云々以前に呑めないから、断ろうとしたのだが──


「い、いいわ! 龍一は、あんたなんかに絶対負けないんだから!」


 なぜか当の美鈴さんが、声を震わせながらオーケーを出してしまった。

 奏多といいこいつといい、どうして俺の周りの女子はこう、向こう見ずなのばっかりなんだろうか……。


「あのな美鈴、あのタクヤっての、多分典型的な男尊女卑思想の持ち主だぞ。いいのか?」


「いいわけないでしょバカ! 何よ、あんな男に負ける気なの?」


「……いや」


 ふー……。


 そうか……そうだな。

 美鈴は俺を信頼して、オーケーを出したんだ。

 だったら男の俺が、その心意気を汲んでやらないで、どうするってんだ。


「──分かった」


 俺はタクヤと美鈴に、了解の意志を示す。

 そしてタクヤには、


「だが俺が勝ったら、美鈴をメス犬だの何だの言ったの、謝ってもらうぞ。──心からだ」


 そう、こちら側の条件を提示した。

 あんな条件を出したんだ、その程度を呑めないとは言わせない。


 だがタクヤにとっては、それはとんでもない条件だったのか、一瞬躊躇いの表情を見せた。

 しかし次の瞬間には、


「……はっ、いいだろう。嘘つき尾ヒレ野郎をブチ折るには、いい塩梅だ」


 タクヤがニヤリと口角を上げて、そう言った。


 ……んー、まあ、この辺が頃合いかな。

 俺は先に黙っていたことを切り出す。


「あ、そうそう。1月待ってくれるって言ってたけど……あれ、必要ないから」


「……あん?」


 怪訝な顔をするタクヤに、言ってやる。


「だって俺もう、最終チェックには到達してるし」


「なっ……んだと……っ!」


 第18階層攻略開始から9日目──

 元より俺は今日、ボスに挑むつもりだったのだ。


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