第2話
美鈴と時間を合わせてログインした俺は、始まりの街の中央広場で彼女と合流する。
1日1時間の制限がある『FLO』において、今の時間にログインしているプレイヤーの数は、単純計算で全プレイヤーの24分の1程度になるはずだが、それでもこの中央広場やその周囲の露店は、がっつり人で賑わっていた。
「あら、怖気づいてログインしてこないかと思ったけど」
人混みの中から俺を見つけて寄ってきた美鈴が、開口一番、憎まれ口を叩いてくる。
でもなんかこいつは、憎まれ口叩いても嫌みがないんだよなぁ。
ちなみに、美鈴のゲーム内アバターのクラスは『パラディン』だ。
金色の装飾に彩られた白地の重装鎧を身に付け、白の大盾と、片手剣を装備している。
『FLO』のアバターの容姿は、現実の自分の容姿をスキャンしたベースから、プレイヤーの好みで『整形』を施したものが使われるが、美鈴のアバターの容姿はほぼ『整形』なしの、リアルそのままだ。
それでもその辺の『整形済み』のアバターと比べて遜色のない見栄えなんだから、恐ろしいものである。
一方、俺のアバターは、格闘系上級クラスのうちでも打撃攻撃を専門とする『ストライカー』だ。
美鈴と比べて極めて軽装で、衣服系の防具と格闘用のグローブ、ブーツを身に付けている程度である。
「ところで龍一、あなたいつの間にか、第17階層あたりまでクリアしていたの?」
美鈴が疑問を口にしてきた。
まあ、そこは疑問に思うところだろう。
俺は素直に答える。
「いや、まだ最深は第12階層だけど」
「──はぁ!? 第12階層って、私たちと別れた時のままじゃない! じゃあどうするのよ、第18階層に辿り着くまで、何ヶ月も待てっていうの!?」
すると、美鈴がキャンキャンと怒鳴りつけてきた。
う、うるさい……。
『FLO』では、プレイヤーごとに『最深階層』が記録されている。
俺だったら第12階層、美鈴だったら第18階層というのが、現在の最深階層である。
そして下層に挑戦するには、1つ上の階層のエリアを踏破し、ボスを倒すと出現する『階層階段』を下りなければならない。
その階層階段を下りることによって、最深階層が次の階のものへと更新されるのである。
だから、現在の最深階層が第12階層の俺が第18階層に挑戦しようと思ったら、その間の各階層を1階ずつ地道に攻略していかなければならない。
そして、1つの階層の攻略には、順調に行っても半月近くがかかるのだから、美鈴の言うとおり、普通の手段では今から数ヶ月はかけないと、第18階層の攻略には取りかかれない。
だけど、手がないわけじゃない。
「1日階層チケットを使う」
「1日階層チケット? ……そういえば、そんなアイテムがあったかしら」
俺はシステム売買のメニューを開くと、そこに並んでいる『1日階層チケット:第18階層』というアイテムをタッチする。
『システム売買』というのは、『プレイヤー間売買』の対義語だ。
旧世代のRPGでいうところの「道具屋でアイテムを買う」といった行為にあたり、これでしか買えないアイテムもいくつかある。
『1日階層チケット』もシステム売買でしか購入できないアイテムの1つで、これは自分の現在の最深階層に関係なく、現在解放されているダンジョン階層のいずれかに、1日だけ潜れる権利を得るアイテムである。
もちろん、それによってプレイヤーに記録されている最深階層が更新されることはないのだが。
「でも、そのアイテムってものすごく高かった気が……って、18万ゴールド!?」
自分でもシステム売買メニューを開いてみた美鈴が、そこに表示されていた金額を見て驚きの声を上げる。
「18万って……こんなのどうするのよ。このチケットって消費アイテムでしょう? 18万ゴールドって、出回っている最高ランクの通常武器や通常防具が買える値段じゃない」
「まあな。これを、そうだな……とりあえず15枚買っとくか」
「じゅうごっ……! はぁっ!?」
俺は騒ぐ美鈴を尻目に、システムメニューを操作する。
「270万ゴールドです。よろしいですか? Yes No」と表示されたパネルの、「Yes」を選択。
ちゃりーんと支払いのSEが鳴って、俺の所持金が減少する。
おー、さすがにモリッと減ったな。
一方、横で見ている美鈴は、金魚のように口をパクパクさせていた。
「あっ、なっ……270万ゴールドって、なんでそんな金額を持って……」
「いやだって、使わないから、貯まっていく一方でさ」
美鈴たちのようなトップ攻略組は、階層攻略のために、武器や防具をいちいち新調してポーション類などの消費アイテムもバンバン消費しているから、金はいくらあっても足りないっていう感じだろうと思う。
でも、ずっと『グリズリー・フォレスト』に潜っていた俺は、初期投資こそ必要だったものの、途中からはもうほとんど金を使わなくなったわけで。
ほぼ半年分の収入が、丸々、財布の中に入っている状態だった。
「だとしても……今ので貯金、ほとんどなくなってしまったんじゃないの……?」
「んー、まあ、半分ぐらい減ったな」
「半分……そんなに、いいの?」
「いいも何も、15日分ぐらいはないと、階層クリアなんて無理だろ?」
「それは……そうだけど……」
1つの階層をクリアするという行為は、通常、1日では不可能だ。
1つの階層には、階層にもよるがだいたい6~9ほどの『チェックポイント』があり、1日の探索で次のチェックポイントまで行ければ、次回にはそのチェックポイントから探索を開始できるという仕組みになっている。
1つのチェックポイントまでの道のりを攻略するのに、順調に行っても平均2日前後かかる傾向にあるから、だいたい半月というのが、1つの階層を攻略するために必要な最低限の時間の目安になるのだ。
ま、それはそれとして。
「次は……武器か」
俺はそう呟いて、中央広場から露店通りの方へと歩いて行く。
「ちょっ、ちょっと待って龍一! どこに行くのよ……!」
美鈴が慌てて俺の後をついてくる。
「どこって、素材屋だよ」
「素材屋って……どうせアンデッド特効を作るんでしょ。『死者殺しの牙』なら、すぐそこで安く売ってる人がいたじゃない」
『FLO』の武器には、特定の種族に対して1.5倍のダメージを与える効果を持つ『種族特効』効果を付与することができる。
この効果を付与するには特定の素材アイテムが必要で、例えばアンデッド特効を付与したければ、今美鈴が言った『死者殺しの牙』という素材アイテムを使う必要がある。
そして、第18階層のエネミーのほとんどがアンデッドであるという情報はすでに流れているから、武器にアンデッド特効の特殊効果を付与するのは、第18階層を攻略するならば定石と言える戦術である。
ちなみにこのアイテムは、システム売りはされておらず、プレイヤーが探索で手に入れたものが、プレイヤー間で売買されるのみとなっている。
『死者殺しの牙』の現在の取引相場はおよそ6万ゴールドといったところで、さっき広場で見かけた売り手は、5万8千ゴールドで売りに出していたから、確かに美鈴の言うとおり、お買い得商品だったと言える。
「ああ。でも1個や2個買っても、しょうがないしな」
俺はそう言って、露店の並ぶ通りから脇の細道に入り、路地裏へと進んでゆく。
「1個や2個買ってもしょうがないって……ひょっとして、『ダブル』で乗せる気?」
美鈴が、俺の後をおっかなびっくりついて来ながら言う。
『FLO』では、1つの武器に最大3つまでの特殊効果を付与できる。
そして、それらの効果は同種のものならば、累乗的に重複する。
例えばアンデッド特効の特殊能力を2つ持った『ダブル』アンデッド特効の武器は、アンデッドに対するダメージが1.5倍のさらに1.5倍、トータルで2.25倍に跳ね上がる。
しかし、同じ特殊能力を追加で乗せようとする場合、必要なコストも5倍に跳ねる。
すなわち、ある武器にアンデッド特効を1つ乗せるには『死者殺しの牙』が1個必要だが、もう1つ乗せて『ダブル』の状態にするには、最初の1つ分のコスト加えて、さらに『死者殺しの牙』5個が必要なので、合計6個の『死者殺しの牙』が必要になるのだ。
だから攻略組は、通常『シングル』の種族特効を愛用する。
費用対効果や、その階層を抜けたら別の種族のエネミーの相手をすることになることなどから、特定の種族特効を『ダブル』で乗せることは、あまり行なわれないのだ。
とは言えそれも、ケースバイケース。
今回の俺の立ち回りを、通常の攻略組が取る定石に当てはめる必要はない。
「ま、そんなようなもんだな──おっ、ちょうどログイン中か。ユズ姉、ちっす」
俺は路地裏の角を曲がると、その先の狭い袋小路にいた、1人のプレイヤーに声をかけた。
「お~、リュウイチや~。久しぶり、元気か~」
そうほんわかムードで返してきたのは、20歳代中頃ほどの外見をした『マーチャント』の女性だ。
綺麗なロングの黒髪で、母性溢れる体つきが、白と橙色を基調とするゆったりとしたローブで緩やかに覆われている。
その女性──ユズは、この袋小路の主であるかのように、この場所にどっかりと露店を開いていた。
なお、雰囲気的になんとなく『ユズ姉』と呼んでいるだけで、実際に俺の姉というわけではない。
「で~、ウチのトコに来たってことは~、なんか入り用なんやね?」
ユズはにこにことしながら、俺に聞いてくる。
「ああ──『死者殺しの牙』、置いてる?」
「もちろんあるよ~。6個でええの?」
ユズは小首を傾げながら、当たり前のように『ダブル』特効に必要な数を提示してくる。
でも俺は、首を横に振った。
「いや、もうひとつ上」
俺がそう言うと、ユズが「お~」と感嘆する。
一方で、俺の後ろについている美鈴が、疑問を口にする。
「もうひとつ上……? 7個なんて、そんな数買ってどうするのよ。『ダブル』のほかに『シングル』作っても仕方ないでしょうに」
その美鈴を見て、ユズは再び小首を傾げる。
「ん~? あんたは、リュウイチの彼女さん?」
「──はあぁっ!? ちっ、違います! 龍一とは、裸を賭けた勝負をしているだけで──」
「……裸を賭けた勝負?」
「みぎゃああああああっ!」
美鈴が言わないでもいい事を言って自爆した。
俺は「ユズ姉、取引取引」と言って話を戻す。
「ああ、そやったね~。──でもねリュウイチ、今『死者殺しの牙』ってね、価値が高騰することはあっても、下落することはありえん素材なんよ~。今のぬるい相場のままってわけにはいかんよ~?」
ユズのほんわかムードに、商売人のオーラが宿る。
こう見えて、やり手の商人なのだ。
「いくら?」
俺が聞くと、ユズはピースをするように、指を2本立てた。
「200万だったらええよ」
「買った」
ユズが提示した金額に、俺は即決の意思表示をした。
「お~、さすが思い切りがええな~。じゃあ、商談成立ってことで~」
その俺とユズのやり取りを見ていた美鈴が、たまらず抗議の声を上げた。
「に、200万って、何の話よ!? 『死者殺しの牙』の取引の話じゃなかったの!? いくら高騰するかもしれないからって、1個6万ゴールドの素材アイテムが、どうしたら200万なんて──」
そこまで言った美鈴が、何かに気付いたように愕然とする。
「まさか……龍一、あなた……」
ようやく俺がやろうとしていることを理解したようだ。
察し悪いなぁ。
「ん、まあ、そういうこと」
俺は美鈴にそう答えながらコントロールパネルを操作し、ユズが提示した売買をシステム上でも承認する。
「それじゃ、『死者殺しの牙』31個、お買い上げやな。毎度あり~」
そうして俺は、残りの所持金のほとんどをはたいて、自分の武器に『トリプル』のアンデッド特効を付与したのだった。




