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8キャロル

その日の宿は、メアリアンが幼いころに家族ととまったことのあるという、首振り亭という名前の素朴なインだった。窓からはやわらかいオレンジの灯りが漏れ、一階にあるらしい食堂からスパイスやスープの香りが漂っている。白く塗られた木製のドアを押し開け中へ入ると、受付係らしき場所からいらっしゃいという威勢のいい声が響いた。


「じゃあイディス、私少し手続きをしてくるから、先に食堂に座っていてもらえるかしら?」


「わかったわ。よろしくね、メアリアン」


イディスは元気よく走りだし、にぎわう食堂へ足を踏み入れた。そして空席を探し周囲を見渡したが、しかし、ちょうど夕飯の時間の食堂に、空席は見つけられなかった。


「席がないわ……」


これは別のレストランに行かなければならないかしら、いいえ、こんな大通りから外れた場所でさえ満席なのだから、ほかもあいてるかわからないわ、どうしましょう、とイディスが逡巡していると、背後から声をかけられた。


「ねぇ、そこの君」


「……私かしら?」


イディスが振り向くと、そこには彼女より何歳か年上に見える綺麗な少年が四人掛けの席に座っていた。まるで店に飾られていた人形のように整った顔にイディスは数秒見とれていると、少年は、アイボリーの髪を耳にかけ、にっこりと笑い、イディスに手招きをした。


「ねぇ、もしかして席がなくて困ってる?」


「ええ、そうなの」


「ふぅん。あと何人来るのかな?」


「あともう一人、女の子が」


「そう。じゃあ相席しないかい?僕は一人だから遠慮はいらないよ」


「いいの?……ありがとう、助かるわ!」


少年は立ち上がり、自分が座っていた向かいの椅子を引くと、イディスにさぁどうぞと席を勧めた。満面の笑みでイディスが座ると、彼はイディスの正面にすわり、自己紹介を始めた。


「僕はキャロルって言うんだ。女の子みたいな名前だろう?」


「そう?素敵な名前だと思うわよ」


そういうと少年ははにかんでありがとうと言った。


「大切な人にもらった名前だからね、そういってもらえると嬉しいよ。君は?」


「私はイディスっていうの」


「イディス?」


キャロルは一瞬怪訝そうな顔をして、イディスは首をかしげた。


「ああ、ごめん、知り合いと同じ名前だったから」


「あら、そうなの。珍しいわね。私、同じ名前の人に会ったことないわ。そういえば、あなたは一人って言ってたけど」


「うん、一人で旅をしているんだ。知り合いを探していてね。この街に来るらしいって聞いてたんだけど一向に現れなかったから、こうやって時間をつぶしてたんだ」


「ふぅん?会えるといいわね」


「ああ。今夜ここに到着するらしいね。もっと早く知っていたら、のんきに観光もできたんだろうけど、あちこち探しまわって疲れてしまったよ」


キャロルはそういうとあれ、と言って食堂の入り口を指した。


「もしかして、君の連れってあの子?」


「え、……あら、そうよ。メアリアン!こっちよ!」


イディスは振り返り、きょろきょろとあたりを見渡すメアリアンに手を振った。メアリアンはイディスを見つけると、安堵したように微笑み、キャロルをみつけると首をかしげた。


「お待たせしてごめんなさい、イディス。そちらの方は……?」


近づくほどに不信感をあらわにするメアリアンに、イディスは身振り手振りを交えて説明した。


「えぇと、席がなくて困っていたら、相席してもいいって言ってくれたのよ。キャロルっていうの。メアリアンと同い年くらいじゃない?彼も人探しの旅をしているんですって。キャロル、この子がメアリアン。私の友達よ」


「あら、申し訳ないわね。ありがとうございます、メアリアンです」


「いえいえ、一人で退屈だったところで。キャロルです、よろしくお願いします」


そういうとキャロルは立ち上がり、まだどこか疑うような表情のメアリアンに手を差し出した。二人は握手すると、メアリアンはイディスの隣、キャロルとは対角線上に座った。


「イディス、もうご飯は頼んだ?」


「まだよ、メアリアンを待とうと思って」


「そうなの、じゃあさっさと済ませてしまいましょう。何が食べたい?」


「メアリアンのおすすめでいいわ」


メアリアンは店員を呼び、注文すると同時にキャロルの前にコーヒーが運ばれて来た。


「二人はどうしてこの街へ?」


キャロルがメアリアンとイディスに聞くと、メアリアンが口を開いた。


「……ある人を探しているんです」


「そう。私たち、魔女を探してるのよ!」


イディスの発言に、メアリアンとキャロルは沈黙した。イディスはしまった、と自分が失敗したことを悟った。言ってはいけなかったかしらとメアリアンを振り返ると、メアリアンは警戒をあらわにキャロルを見つめていた。


「……魔女って、あの、魔女のことかな」


「イディス」


「ごめんなさい、あの、ええと」


「女の子二人で追いかけるにはちょっと危険じゃないかな」


「……あなたには関係ないわ」


メアリアンがぴしゃりと言うと、キャロルが困ったように笑った。イディスは、出会ってから初めて見るメアリアンの不機嫌な様子におどおどしていた。


「うーん、そういわれるとそうかもしれないけれど……」


「えっと、キャロルも人を探しているのよね?」


「そうそう。知り合いの危険人物と、あとついでに魔女を探してるんだ」


笑顔でさらりと言ってのけたキャロルに、メアリアンは苛立ったように口を開いた。


「あなた、ふざけないで」


「いや、ふざけてないよ、というかその様子だと君たちも本当に魔女を探しているんだね」


「悪いかしら」


「いやいや、悪くないよ。ところで君は、どこをどうやって探せばいいか知っているの?」


「……」


答えずに黙り込むメアリアンに向かって、笑顔のままでキャロルは提案した。


「よかったら、教えてあげてもいいよ」


「本当?」


食いついたのはイディスだった。


「ああ、もちろんさ。ただ、一つ条件があってね、それでもよかったらなんだけど」


「条件?」


「そう、条件。僕を君たちと一緒に連れて行ってほしいんだ。きっと君たちと一緒なら魔女を見つけられる」


人形のような顔に花のような笑顔を咲かせて言ってのけた彼は、さめかかったコーヒーを一気に飲み干し、明日まで街にいるからそれまでに返事を聞かせてねと言うと去って行った。


「なんだか、信頼できないわ。裏があるわよ絶対」


メアリアンがむすっとつぶやいた。

読んでくださりありがとうございましたー

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