5朽ちた家
メアリアンの家にたどり着いた少女二人は信じられない光景に目をみはっていた。
遠目ではわからなかったが、メアリアンの‘家’はまるで何十年も放置されていたかのように崩れて、立派な廃墟となっていた。屋根は崩れ落ち、壁のそこかしこに植物の蔓が絡み、まるで何かにえぐられたような穴のある壁からは引き倒され色あせた家具が覗いていた。
「一体、どうして……」
信じられない、と呟いたメアリアンは、まるで亡霊のようにふらふらとドアだったものを押し開けて家の中に入った。床は埃をかぶっており、ガラスの破片が月の光を反射して転がっている。
「待ってメアリアン。危ないんじゃないかしら。今にも崩れてきそうよ」
イディスも不安げにあとをついていく。しかし、メアリアンは家の惨状に呆然として、イディスの言葉など耳に入っていないようだった。
「お母さん?お父さん……?」
メアリアンの呼びかけに、誰からも返事は帰ってこなかった。ふらふらと部屋の中を確かめるように見回すメアリアンの瞳は、親とはぐれてしまった迷子のようにうるんでいた。
「嘘よ、だって、なんで、こんな、嘘よ……」
うわごとのように繰り返すメアリアンに、イディスはふと浮かんだ疑問を口にした。
「……メアリアン、ここ、本当にあなたのおうちなの?」
「……そのはずよ」
メアリアンはおぼつかない足取りでかつてテーブルであったものらしき木片に近づいた。すると、何かを探すように木の欠片をかき分け始めた。
「メアリアン!」
怪我しちゃうわ、とイディスがメアリアンの腕を掴むも、取りつかれたように何かを探すメアリアンの手は止まらなかった。細い白い指に細かい切り傷ができていく。じわりと血がにじむも、メアリアンはそんなことを気にしていなかった。
「あ……」
メアリアンが見つけたのは、割れた額に入れられた写真だった。埃を払うと、幼いメアリアンと彼女と同い年くらいの男の子が写っているのが見えた。彼女は、それを見ると、唇を震わせ、しずかに涙を流した。
「イディス、信じたくないけど、ここ、確かに私の家みたいだわ……」
その後、少女二人は、家の中でも比較的無事だったキッチンに避難した。立派な廃墟だったとしても、外よりは安全だろうと、二人はその夜はそこで過ごすことにした。近くの家に助けを求めようにも、最も近い家でも徒歩一時間弱かかるのだとメアリアンは言った。
寝室だった場所から枕と布団を集め、キッチンの床の埃を軽く掃き、そのうえで横になった。ガラスのない窓からは月明かりが指し、静かな部屋には虫の鳴き声が響く。メアリアンは写真を発見してからずっと何かを考えているようで、イディスと話していてもほとんど上の空だった。とりあえず、メアリアンには何か考えがあるらしく、朝になったら考えをまとめてイディスに話したいといった。今にも泣きだしそうな顔をした少女に、イディスはそれ以上何か相談しようとは思えなかった。
そのうち、メアリアンの規則正しい寝息が聞こえてくるようになった。
一方で、イディスはずっと考えていた。
ここは私の夢の世界だわ。
でも、そうならどうしてもっと楽しくて、面白い夢じゃないのかしら。
現実のことじゃないけれど、メアリアンと友達になれたわ。嬉しい。
でも、メアリアンは苦しそう。それが悲しいわ。
そういえば、いつ、夢から覚めるのかしら。
いえ、このまま夢から覚めてしまっていいのかしら。
私が起きてしまえば、メアリアンが苦しいままだわ。
このまま夢が終わってしまったら彼女はきっと、苦しい状態のまま宙ぶらりんだ。
そんなのはいや。友達には笑っていてほしい。
そうだ。
イディスはぐっと手に力を入れた。
決めたわ。私、メアリアンが幸せになるまで夢の中でがんばるわ。
大丈夫、ここは私の夢。きっとできるわ。
そう決めると、イディスは夢の中で深い眠りについた。
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