4魔法
少し気持ち悪いかもしれません。グロいの苦手な方は注意です。
沈黙を続けるメアリアンに対してどう接すればいいのかわからないイディスは、蜘蛛の化け物の死体に視線をうつし、息をのむ。ぴくぴくとかすかに痙攣している足はどろどろと溶け始め、ぼたぼたと肉の塊が地面に落ちる。球体の中心にいた赤ん坊は白く濁った眼を見開き、体には赤黒い死斑が出ている。苦しそうに手を動かしながらも、そのうち、化け物は動かなくなり、黒いヘドロとなり闇に溶けて消えた。
光が乏しく詳細は見えなかったとはいえ、あまりの光景にイディスは涙目になってしまった。なんなのかしら、ひどい匂いもするわ、でももう襲ってこないのよね、落ち着きなさいイディス!と自分を鼓舞し、ふらふらと立ち上がるった。
「……メ……メアリアン?」
しばらくの沈黙の後、黙って座り込んで俯いてしまった少女に、声をかけた。
「なんてことかしら……大丈夫?立てる?」
イディスが正面に座って肩に手をのせると、メアリアンはびくりと震えた。
「どうしたの?」
未だに無言のままのメアリアンがゆっくりと顔をあげ、イディスと目を合わせた。
「……イディス、怖くないの?」
ささやくような声でメアリアンが尋ねた。
「怖い?おばけのこと?もちろん怖かったわよ!死んじゃうかと思ったわ」
「いえ、おばけじゃなくて……」
「じゃあどうしたの?さっきから変よ?怪我?」
「いえ、どこも怪我してないわ……そうじゃなくて、イディスは私が怖くないの?」
「なんでメアリアンを怖がるのよ。助けてくれたじゃない。」
「でも、私、魔法であの化け物を殺したのよ。生き物を死なせる魔法を使ったのよ」
「……ええ、そうね……?」
何を言わんとしているのかわからない、と首をかしげるイディスに、メアリアンはそういえば、と思い至った。
「……イディス。あなた、魔法がどんなものか知ってるわよね?」
先ほどまでのか細い声と打って変わって低い声で尋ねるメアリアンに、イディスは気まずげに視線を漂わせ、答えた。
「え?うーん、あの遊園地のランタンとか作ったり、おばけをやっつけたりできる、便利で素敵なものかしら?」
イディスが考えつつ答えると、メアリアンはあきれたようなほっとしたようなため息をつき、立ち上がり、少し迷った後で口を開いた。
「確かに中には素敵な魔法もあるし、便利な魔法もあるわ。でもね、イディス、あなた魔法の一番大事なことを知らないわ」
「一番大事なこと?」
「ええ。魔法を使えるようになるための条件。」
じょうけん?とイディスが反芻した。
「……それって、何かしら……?」
「歩きながら説明するわ……とりあえず家まで急ぎましょう。またイッツィビッツィに襲われたらたまらないわ」
そうして歩き出すと、メアリアンはイディスに訥々と魔法の説明を始めた。
まず、魔法の使用条件。それは、誰にも言えないような秘密があること。その秘密を誰にも知られたくなければ知られたくないほど、知られた時の弊害が大きければ大きいほど魔法の効力は大きいこと。そして、使える魔法と隠している秘密は密接に関わっていること。ユニコーンや妖精のように先天的に不思議な術を使える種族もいるのはいるが、普通は秘密がないと魔法は使えない。
「わかったかしら?」
「うーん……つまりサプライズパーティを開きたいときに便利なのかしら……?」
「ふふ、面白いことを言うわね。でも、サプライズパーティ程度の秘密じゃあ魔法は使えないわね。」
緊張が解けたように力なく微笑むメアリアンに、イディスも笑顔を返した。
「そうなの。メアリアンはどういう秘密を」
「それは教えられないわ」
「ああ、それもそうよね。ごめんなさい。じゃあ、メアリアンはどんな魔法が使えるの?」
「……それも教えられないわ。使える魔法と秘密の内容は密接に関わってる、って言ったでしょう?だから、できれば、今夜のことも誰にも言わないでほしいの。」
「そう。うん、わかったわ。私とメアリアンの秘密ね」
イディスがそういってメアリアンにいたずらっぽく笑いかけると、メアリアンもイディスに微笑み返した。先ほどからの緊張した雰囲気が和らいだ。
「じゃあこれで私も魔法を使えるかしら。えいっ!」
イディスが指を振った。けれど、何も起こらない。つまらなさそうに頬を膨らませるイディスを見てメアリアンはくすりと笑い、つられてイディスもほおを緩ませる。
でも、生き物を殺せる魔法が使えるようになる秘密って、なんなのかしら。
イディスはふと疑問に思いました。