2 メアリアン
「あら?あなた、大丈夫?」
優しくて暖かい、けれどよく通る声が暗闇から尋ねてきた。警戒しつつイディスが暗闇に目を向けると、明滅する街頭の下にイディスよりいくつか年上の女の子が現れた。ふんわりと揺れる長い金髪が不安定な明かりをきらきらと反射し、まるで星空をかぶっているように見える。髪とおなじ色の眉は心配そうに顰められていた。
夢の中で出会った初めての人物を前に、イディスは黙り込んでしまった。初対面のはずのその女の子に妙な既視感を覚え、じっと彼女を見つめた。
「怪我かしら?調子が悪いの?」少女が近づき、イディスの顔を覗き込む。
「あ、いえ、」
イディスはあたふたしつつもすぐに笑顔を取り繕い答えた。
「ただ、ずっと遊園地を歩いていて疲れちゃったの。誰かいないか探していたのに誰もいないし」
「それはそうよ、夜中だもの。もう閉演時間もすぎちゃったわ。」
少女はイディスに手を差し出していたずらっぽく笑った。
「誰かに気付かれる前にここを出ましょう。怒られちゃうわ」
イディスの警戒心は、少女のその笑顔にやわらかくつぶされてしまった。
「そうね!でも、エントランスのゲートも占められていたの。出られないわ」
イディスは少女の手を取り立ち上がった。
「あら、そうなの。困ったわね、どうしましょう?」
「ええと……」
イディスが口籠ると、少女はそういえば、と何かに気付いたように話題を変えました。
「失礼、そういえばあなたの名前を知らないわ。私はメアリアンっていうの。あなたのお名前を教えていただけないかしら?」
「ああ、私はイディスよ。よろしくね、メアリアン。」
「イディス!素敵な名前ね。ところで、あなたはどうやって遊園地の中に入ったの?」
「えっと…気づいたらここにいたから、どうやってきたかわからないの」
イディスは不安げにメアリアンを見上げた。
「あら……そうするとどうやってここを出ればいいかわからないわねぇ」
メアリアンとイディスはついたり消えたりする明かりの下で考え込んでしまった。
「そうだ、メアリアンこそどうやってここに来たの?」
イディスがメアリアンに尋ねた。メアリアンはしばらく黙ってしまった。頼りない明かりのせいで表情が読めない。
「実はね、私もあなたみたいに気づいたらここにいたの。不思議よね。何かの魔法かしら」
メアリアンがため息をつくように答えました。
「そうなの……じゃあ、とりあえず、だめかもしれないけれど、一度エントランスに向かってみない?ここで立っていてもしょうがないわ」
ディスはメアリアンの手を引っ張った。メアリアンもそうね、と言ってイディスと並んでエントランスへ歩き出した。
エントランス付近は、最初はまっくらでしたが、イディスとメアリアンがゲートへと近づいていくと、彼女たちの後をつけていくように明かりがともりはじめた。振り返ると背後の道は星型の光であふれていた。
遊園地の入り口には、園内で唯一安定して光る、星を模ったランタンが設置されているの、とメアリアンが説明しました。夕日色の光を放つ星は、木につるされ建物の縁につけられ柱に巻かれ、あたりを照らしていた。星があまりにも明るすぎてエントランスに立つと周囲が暗すぎて何も見えなくなってしまう。
「綺麗ね」
イディスが息をのむようにささやくと、メアリアンもうなずいた。
「こんなの、見たことないわ」
「私もよ。そもそも、こんなに真っ暗になるまで遊園地にいたことがないし」
そうやって歩いていくうちに、何百個と配置されたランタンに照らされオレンジ色に染まったイディスとメアリアンはゲートの前についた。鉄製のゲートは押しても引いてもびくともしない。よく見てみると、ゲートの外側にがっちりと南京錠がついていた。ゲートの陰になっていたため見えにくかったのだ。それを見て脱出は難しいと判断したメアリアンは、ゲートの横の管理部屋あたりを調べ始めた。
イディスもゲートを離れ、周囲を調べてみることにしました。ふと興味本位でランタンをひっくりかえしてみると、星型の灯りからはコードもなにも伸びていない。もしかして中に蝋燭が入っているのかしら、でもそれなら先ほどひっくり返した時に蝋燭が倒れて引火しているはず。よくわからないけど便利そう、これだけあるんだから一つくらいいいわよね、と持っていくことにしたイディスは、大きな本くらいのサイズの星を一つ服に括り付け、探索を再開した。
「ねえメアリアン、もう、ここをよじ登るしかないかもしれないわ」
そうイディスが諦めて声を上げた瞬間、ゲートのほうでガチャリと鍵が開く音がした。見回りの人に気付かれたのかしら、とゲートに視線を向けたイディスだったが、彼女の目に映ったのはギィと音を立てながらかすかに開く扉だけだった。誰もゲートの隙間から出てこない。
「なんですって?よじ登る?私もあなたもワンピースじゃない、無謀じゃないかしら……あら?」
一拍おいてメアリアンが管理室の前から戻ってきた。
「開いてるわね。」
メアリアンが目線でどうして開いたの?とイディスに聞いたが、イディスは肩をすくめる以外何も答えられなかった。
「勝手に開いたのよ。」
「勝手に?でもさっきは南京錠があったわよね。」
ゲートの隙間から暗闇に顔を出したメアリアンが聞き返した。
「あれ、ないわ。怪しいわね。誰も見なかった?」
「ええ。誰も見えなかったわ。ランタンを調べてたから」
そう言ってさっきとったランタンを胸に抱えた。
「外も暗いし、一つ持っていこうかと思って。」
「……そう。ああイディス、そのランタンはね、この遊園地の入場券なのよ。入ると一度だけ光が灯るの。中にいるうちはきれいに光るけれど外に出ると消えちゃうわ。だからみんなこのゲートの前において帰るの。」
「そうなの?」
イディスが子犬のようにしょんぼりとうなだれるとメアリアンが励ますように笑いかけた。
「その代りに、管理室でこのあたりの地図とこんなランプ見つけちゃったわ」
そう言ってメアリアンは持っていた月の形をしたランプを掲げた。
「よし、なんでかはわからないけれどゲートも開いたし、ここを出ましょう!」
メアリアンはイディスの手をつかみ、やさしく引っ張りった。






