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神を殺した日

作者: 左松直老

前に投稿していたモノですが、アカウントを消してしまったので再UP2。

 僕の父は飛行機のパイロットです。でも、飛行機には乗りません。お父さんは毎日家から仕事場に通い、テレビ画面を見ながら飛行機を飛ばします。

 初め僕はそれを聞いて「お父さんはテレビゲームをしてお金を貰っているの?」と訊いたことがありました。その時、お父さんは困ったような顔をして、ゲームの話じゃあ無いんだよと、僕をぎゅっと抱きしめてくれたのです。


 白と黒の地表を長時間眺めているのは辛い。

 白と黒を反転させて物体をより鮮明に把握して、不審な動きがないか常にチェックし続ける。赤外線の暗視カメラで撮影された夜間の町並みを俯瞰で見下ろす様は、絨毯に乗ったアラビアンナイトの世界とはほど遠い。

 荒涼とした場所に、人の息づかいらしき建物。樹木、長く引かれた線のような道。路肩に止まる車両、蠢く陰。陰の一つ一つを精査、敵性無しと数人の同僚とで判断した後、次の目標を探す。


 一日数時間程度の操縦なのだが、偵察に昼も夜もない。現地の地上部隊は正確で最も早い情報を望んでいる。常に戦場で優位に働くのは敵情偵察から得られる情報量、情報精度の高さ。

 自分の見つめる先は白と黒の無声映画の世界に近いが、時たまフラッシュを連続的に発する光景は、頭の中で勝手に音を付帯している。

『BANG BANG』

 もう少し目の前に広がる映像のフレームレートが低ければ古臭い、ギャングが撃ち合いをする映画にも見えたのかも知れないが、映っている人間は生憎と自分の同僚だった。

 別に綺麗な赤いカーペットの上で、はにかんだような笑顔を振りまけるような、いい男の集まりではない。泥臭く、硝煙に汚れた、名も無き兵士達のフラッシュ。

 彼らが帰ってくることを切に願い、そして彼らの為にフラッシュを止めて逝く敵の様を喜ぶ他ない。

 頭の中で、彼らの構える小銃が響く、

『BANG BANG』

 子細を俯瞰から眺めるのは好きになれない。自分もそこへ行って共に戦う方が良いのではないかとも思えてくる。自分のやっている仕事が気にくわないだとか、無駄だとかは思わない。現に夜間、敵方のゲリラ部隊との戦闘にだって十二分に役立った。相手の人数、武装の内容だって把握できる。大きなモノを背負っていない限り推進性の炸薬兵器の存在は除外できるし、敵方の陣形だって筒抜けである。

 そして何より、与えられた作戦内容では、遠く離れたこの地から敵の頭上にミサイルを、地獄の業火を撃つことも出来るのだから、今もって自分がどれほど重要な作戦に就いているのか理解している。


 自分に与えられた能力では回数が限られる。要請や命令がない限り自分で攻撃行動は取れない。だからこそ徹するのは味方の部隊への偵察支援行動。上空を旋回し、見える場所全ての情報を現地の基地に提供し続ける。

 突発的に始まる戦闘にも対応し、逐一の状況報告と支援活動を行う。

 そのたびに自分は「撃て、撃て。今だ、そこだ。撃て、撃て」と、内心彼らへの無言の激励を続ける。


 今日、自分が見下ろした先で死んだ同僚は居ないらしい。それだけチーフから聞いて帰宅することにした。

 自宅に帰る際、車に乗り込む時、腰を痛めた。護身の為に携帯していた九ミリの拳銃がどうにも居心地悪いのか、腰に当たって痛めたのである。護身の為に携帯している銃で自分の腰を痛めるなんて皆の笑いものにしかならないので呻き声は抑え、何事もなかったとばかりに帰宅する様を演じる。存外、自分にはカーペットを歩く資格が有るかも知れないなどと、鼻で笑ってみたりした。

 今日の仕事は終わり。これから三十六時間の休暇に入る。深夜二時に車を走らせて三マイルほど離れた自宅に帰る。既に九歳になる息子は夢の中だろうが、妻は起きているだろう。自分が帰ってくる時には絶対起きている。深夜に帰宅する時はテレビでも見ているだろう。太っても居ないのにダイエットマシーンの宣伝を食い入るように見つめる妻の顔が目に浮かぶ。

 明日は、一人息子が始めたというサッカーの試合がある。どうしてベースボールにしなかったのかと息子に尋ねたら『手を使わない分、サッカーの方が難しくてやりがいがある』と、なんだか一人前の男のような事を言い出した。

 息子の成長が嬉しい反面、仕事で長い間見てやれなかった事を悔しくも思う。

 明日は思う存分息子の成長を眺めることにしたい。


 ド派手なイエローのユニフォーム姿で、こちらを見つけた息子が手を振ってきた。自分も空いた右手で手を振り、左手でビデオカメラを向け続ける。スタンド席の中央辺りに夫婦二人で陣取って、左右のゴールを丁度中間から眺められる場所。

 スタンド席に早くから陣取って待機していたのだが、どんどんと人が入ってくる。どうやら自分が考えていたよりも大きい大会だったようで、子供の試合だというのにスタンド席が埋まった。それぞれ似たように親や親類がカメラ片手に自分の子を応援したり、同年代の子供達が友達を応援しに集まったらしい。

 それに、どうやら大会はチャリティを目的としたモノらしく、テレビクルーのカメラまで入っていて驚いた。

 選手入場から何一つ漏らさないように捉え続ける。

 白と黒の二色だけでデザインされたこの大会専用のボールを蹴って試合が始まる。

 息子はフォワード。所謂点取り屋とかいうポジションらしい。ベースボールは良く見るので知っているのだが、どうにもサッカーはあまり知らない。とりあえず相手のゴールにボールをたたき込めば点数が入るのは分かるのだが、オフサイドなどと言うルールが良く分からなくて困る。

 それでも、息子が楽しそうに走っている姿を見られるのは嬉しい限りだ。

 息子が相手ゴール前で果敢に立ち向かう様を見て鼻が高いのだが、味方の後方支援が――味方ゴール付近での混戦がどうにも不安で仕方なかった。スタンドの向う側に居る敵方の親達が、そういう隙を格好の餌食のようにカメラに収める。相手方からすれば自分たちの息子の良いチャンスなのだろうが、こちらとしては不幸なことが起こらないように祈る時間だ。

 ボールを取り返して今度は攻めに転じる。パスを繋いで、相手選手を抜いて、ゴール前でボールをキープする。

「撃て、撃て。今だ、そこだ。撃て、撃てっ」

 気がつけば自分の周りの皆が大声援を送り、スタンドの向う側が絶叫と悲鳴に変わっている。

 白と黒が回る。

 誰かが蹴飛ばして、飛び回る。

 スタンドの上から眺める子供達はド派手なイエローのウェアと、クールなブルーのウェアの対比。

 攻めては、撃てと。

 守っては、フラッシュが瞬く。

 あれだ、あの光だ。撃て、撃て。今だ、そこだ。撃て、撃て。

 地獄の業火を見舞ってやれ。

 それを持っているのは――自分だ。

 気がつけば皆が立ち上がって送る大声援の中、乾いた音がする。



 BANG BANG


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― 新着の感想 ―
[一言] 無人航空機の操縦士は、精神を病んでしまう人が多いらしいですね。 日常と非日常が密接しすぎてるせいで……
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