屈強な女戦士 PART2
「これで……どう?」
通称リリウム・ゴッドハンドパンチと名付けられた適当な技名を叫びながらアテナの鍛え上げられた腹部へと打ち込まれた。
魔法少女と変身して身体能力が向上した言えど、掌を拳にして人を殴るなど無縁な少女の悠華=リリウム・セラフィーの右手がアテナの腹部にジャストミートしたままだ。
それほどまでに拳の威力が高かったのだろう。
強化された拳をまともに受けたのか、直撃を喰らってからのアテナの様子は沈黙したままで、その表情は暗闇で全く何も見えなかった。
左腕はだらんと伸びており、今まで担いでいた鉞は、刃が地面に食い込んでいた。
何の動きが見えない事態に、流石に悠華=リリウム・セラフィーは訝しむ様子を見せた。
「ど、どうしたって言うのよ? ま、まさかただのパンチでやられたわけじゃないでしょうね。これくらいで――」
躊躇うように、あるいは勝負が決まって勝ち誇るかのように悠華は言い聞かせる。実際、いつ終わるか測れない一対一の対決がここで終わることを望んでいた。
――さっさと降伏してよ!
そう思ったとき、人形が意思を持ったかのように突然としてアテナがニヤリとした企み顔を見せつけた。
獲物を見つけた鷹のような猟奇的な瞳が光っているではないか。
「な……!?」
「やれやれ、危なかったよ。魔法少女に成り立てだったから少しは甘い目で見ていたけど、一瞬でもなめてると痛い目に遭うようだねぇ。これも白の魔女セレネがもたらした力っていうのかい!」
「な、何を言ってるのよ!」
「だが、アンタは近づきすぎたようだねぇ。アタシがこの一撃でやられるとでも思ったら大間違いだよ! 私は戦士だからこれくらいのことは慣れているのさ!」
チャンスと考えたのか、未だに叩きつけていた悠華のか細い右手をガシリと掴んだ。
その力強さは凄まじく、魔法少女である悠華=リリウム・セラフィーの抵抗を以てしても不可能で離すことができなかった。
「く! 離して、離しなさいよ!」
「離せと言われて離すような奴が戦士にいてたまるか。とりあえず近づいたのがアンタの油断というものだよ」
「どうするつもりなのよ?」
「決まっているじゃないか。こっちから殺らせてもらうよ」
悠華がどんなに抵抗しても右手は一向に解放される様子がない。
「こ、このぉ! 離しなさいってのがわかんないの!」
空しい抵抗にも左手の拳を突きだす悠華。
しかし、それはアテナに回避されて空気に打ち込まれるだけになった。
悠華が抵抗している間にも戦士アテナは地面に食い込んでいた巨大な鉞を担ぎ始め、それを月光に翳して浴びせる。
一体、何人もの頭をかち割り、身体を潰し、内臓を飛び散らせ、足を寸断し、骨を断ってきたのかわからないくらいにその鉞は赤く輝いていた。
まるで肉を喰らおうとする獣のように、その鉞は舌なめずりをしていた。
「さぁ、その腕をブッ潰してもらうよ!」
鉞が咆哮したかのように聞こえると、空気を切り裂く唸り声を上げて鉞が振り下ろされた。
まるでスローモーションの如く、それが悠久に続くかと思えた。
――鈍い音がしたかと思うと、次の瞬間に見えたのは真紅に染まる右腕と肩口から泉のように吹き出す、赤い水だ。
それが自分の鮮血だと確認すること二秒後――激しい痛覚が全身を襲った。
「ィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!?」
夜天に少女のものとは思えぬ甲高い悲鳴が轟く。同時に肩の付け根から鮮血が再び迸り、辺り一帯と純白のドレスを真っ赤に濡らして染み渡らせた。
――あの日、悠華がセレネと出会った時の彼女のドレスのように塗り潰されていく。
「ぃ痛い、痛いぃ、痛いぃ、痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「それが戦うことの痛みさ。そら、もっとその痛みをその身体に理解させとくんだね」
最早、痛みを超えた何かが全身を苦痛へと襲い、痙攣を引き起こし続ける。
痙攣を起こしているのは寸断された右腕も同様で、ビクビクと別の生き物のように痙攣している。
やがて流血も止まり、アテナは興味もなくなったのか、その右腕をグラウンドへと投げ捨てる。
その始終を注目することなく悠華は、激痛とまだ流れ続ける鮮血を止血しようと、または傷口の化膿を防ごうと肩の傷口を押さえる。
無様にのた打ち回る様は漁場に揚げられる魚のようで、きっと戦士には無様だとか哀れだとか滑稽だとか思われているのだろうが、実際その通りで激痛から回避する為に悠華は暴れまわっていた。
「痛い、痛い、痛い……ぁ、あ、あれ?」
痛みが突然消えたかと思うと――何故か寸断されたはずの右腕が当然そこにあるかのように存在していた。
「何で、右腕が……確かに持っていかれたはずなのに」
鮮血に塗れていた肩の付け根から右腕が有るのだ。糊か接着剤でくっつけたのかと思ったが、その考えは中止させられる。
――グラウンドに転がる華奢な右腕が有ったのだから。
つまりは。
「これが魔法少女の一つの能力――あらゆる損傷部分を治癒する、再生能力……!」
それも一瞬で損傷した部分を再構築する、驚異的な能力だ。
「チッ、やっぱりそうだったか」
面倒だ、とばかりに舌打ちするアテナ。
「ど、どういう事よ?」
「魔法少女に成り立てと聞いたもんだからまだ能力が宿ってないと思ったんだが……やはり白の魔女の眷属は油断ならないねぇ。魔女やその眷属は何度も殺り合ったけども、セレネの眷属だけは厄介だよ」
「他の魔女や眷属……」
その発言から考察するに。
魔女の存在が白の魔女セレネ・メロディズム・リュシエンヌだけではないこと、その他の魔女にも魔法少女と呼ばれる眷属がいること、そして白の魔女の眷属には再生治癒能力があってその能力の持ち主がいたという事が推測できる。
以前にアテナは、セレネの以前の眷属らがチームプレーと称した連携行動を相手に厄介だと吐いていた。
魔女でも専門のプロを数人雇わなくては倒すことなど限りなく不可能に近く、魔女よりかは強さは下であるが能力の厄介さは随一。
それなのに、それらをどうやって圧倒できたのか。
襲撃者と魔女のどちらが強いのだろうか。
しかし、その考察は鉞が空気を切り裂く音で中止させられた。アテナがこちらに向かって鉞を振るってきたのだ。
「さぁて、その再生能力が発動したところでどうする!? 迂闊に近づいたら最後、身体を分断されるよ! さっさと戦ってみせろ、セレネの眷属!」
「く、そういう呼び名は私は好きじゃないのよ!」
ブオオオオン!! と唸り声を上げて振るわれる鉞の追撃を、バック回転することで避けてみせた。
やはり魔法少女として変身しているためか、身体能力が一躍して向上しており、一度もやったことのないバック回転をいきなり成功してみせたのだ。空中での宙返りも不可能な事ではない。
そうやってバック回転で向かったのはグラウンドの両端に配置されているゴールポストである。
全国的に数少なく、橙ノ木中学校でも文化部に比べれば、入部している人数の比率が少ない運動部の中でも、女子サッカー部は人気があって盛んに活動している。
一定の部活に入部していない悠華も何度か、女子サッカー部の部員たちと共に汗を流しているので交流はあるのだ。
馴染みのあるゴールポストを掴むと、片手で持ち上げた――ボルトで固定されており、それがなかったとしても女子数人ではとても持ち上げられないゴールポストを一人で持ち上げたのだ。
「その馬鹿デカい斧で近づけないならば……その大きなマトをより質量の大きい物でぶつける!」
「投げるつもりかい?」
「全く、その通りよ! 喰らいなさい! 当たればただでは済ませないよ!」
そして腰に溜まった力を上半身に乗せて振りかぶると――アテナに向かって一直線に振りぬいた。
ゴールポストが轟々と唸り、そのまま戦士へ直撃しようとする。
「……策を弄してくるかと思いきや、その愚直さは嫌いじゃないけど……だけどその小賢しさは気に入らないねぇ!」
ゴールポストが今にも直撃しそうな瞬間。
巨大な鉞を刃の方ではなく柄の方を前方に向けて、まるでプロ野球選手のように構えると――スイングさせてゴールポストへと振るった。
ゴオオオオオオオオオオオオオン! と金属の破壊した音が辺り一帯に響いて、ゴールポストがグラウンドの彼方へと旋回して、地震でも起きたかのように地面を揺らして落ちた。
グラウンドがものすごい凹みをして歪む。
「何で! 当たったら斧だって無事じゃ済まないのに!」
「この鉞は長年、アタシのパートナーとして使用しているんだ、簡単には壊させないよ。今度はまたこちらがやらせてもらうよ!」
滅茶苦茶に歪んだゴールポストに注目していた為か、アテナの追撃を目で捉えても反応することができなかった。
その結果――鉞の柄が悠華の頭部に必中した。
「が……はぁぁぁぁっ!?」
強烈な痛みが生じ、右側頭部が一部凹んで脳細胞の一部が破壊され、脳震盪を起こした。
「うぐ……おああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! こんなので倒れてたまる、もんですかぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのまま倒れそうになるものの即座に再生能力が働いたので、危うく失いかけそうになった意識を取り戻して、倒れかけた体勢を直す。
しかしの怪我や損傷した部分は再生できても出血してしまったものは元の血管に戻ることはなく、額や鼻からの流血はそのまま流れていた。
脳にまだ血が溜まっているのか、視界と意識がグラグラと揺れて体が思うように動かない。
「捕まえた!」
そのせいか――アテナに取り押さえられ、無理やり叩きつけられて顔面が砂に塗れた。
「何を……!?」
塗れた砂を取り払い、振り返ってみるとそこにには――今にもその鉞を振り下ろそうとするアテナが見下ろしていた。
再び月光で鉞が血に彩られた赤が浮き彫りになり、今から演出される事の次第を語ろうしている。
「さぁてもうお遊びの時間は終わりだよ、大人しく両断されろぉ!」
そう叫んだ瞬間、ズドン! と鉞が鈍い音を立てて――悠華=リリウム・セラフィーの上半身と下半身の繋ぎ目である腰へと食い込んだ。
「ぃっぐううううううううううううううううううううううぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!」
喉が潰れるくらいに叫んだ悲鳴が、誰もいるはずのない深夜の校舎に木霊して響いた。
たった一発目の振りおろしで悠華の肉を裂き、腰骨を砕き、脊髄をも両断させてしまい、すでに下半身には再び起きた激痛と共に足や皮膚の感覚が失われ、上半身が痛みでジタバタと痙攣しても、下半身は一つも動かなくなっていた。
それでもアテナは鉞を振り上げては振り下ろし、振り上げては振り下ろし、幾度なくその動作を続ける。その度に鉞と彼女の筋肉質の身体に真紅の液体が彩られていく。
「がぁっ! がはっ! や、やめ、ぐはっ! ぐぇ! 」
鉞が振り下ろされて何度目くらいだろうか――ついには回復能力が間に合わず、腰骨が完全に切断されてしまった。
「それにしても哀れだねぇ、魔女に言いように誘惑されて操られるままに眷属にされるのは。二十にも満たない少女が無残にやられていくんだから。全く魔女はとんでもない存在だよ、人を人ではない存在に歪めていくんだからどうしようもない。ただ確実に倒して潰して殲滅していくしかないよ」
「っ!……これは……私の意志で望んだ結果よ! セレネが誘惑したものじゃない!」
「それが自分の意志じゃないと言っているんだよ! アンタは何のつもりで白の魔女を助けたつもりかは知らないけど、哀れだと思って助けたのなら、それは正しい事をしたことに心酔してただけだ! アンタは正義の味方にでもなったつもりだろうけどそれは子供騙しの夢さ! だから、せめて叶うことのない夢を抱いて倒れるんだね!」
「違う! ……ぐはっ!」
もう一度鉞が振り下ろされて、吐血で喋ることもままならなくなっていく。
――白の魔女を助けた時、決意は確かにあった。自分自身の揺るがない決意が確かに存在していたんだ。だから私は魔女を、白の魔女を助けることしたのだ。
自己満足でも、心酔でも、陶酔でもない。
一つの変化を得るチャンスだったから。
不義の娘という烙印から解放することのできる機会だったから、それを逃そうとしたくなかったからこそ、白の魔女セレネとの邂逅は好機だった。
拭えない闇を、浄化することのできる光。
どんなに求めても手にいれることのできなかった光をセレネは持っていたのだから、それを手に入れようとして光を掴むことができたのだ。
だから手放すわけにはいかない。
最底辺からはるかな高みへと昇っていくことのできる翼を、縛られることなく自由に飛んでいけることのできる羽を得るために!
誰かが争って奪うのではなく、誰にも代わることのできない唯一無二の高位な存在へと昇華するために!
もっと強く、もっと賢く、もっと高く!
「…………!?」
願った瞬間、背中に異変が起こったのを感じた。
辺り一帯の地面が明るくなり始め、褐色と化していた鮮血もはっきりと見え、目の前にゆっくりと落ちていく何かに悠華は注目する。
――これは……羽?
そう、彼女が見たものは鳥類の羽についている羽毛で、その羽毛は柔らかく、白く、そして触れる者に温かみを与えてくれる。
「な、何が起こったんだい…こんなことがありえるのかい!」
驚いているのはアテナも同じことだったようで、背後へと振り返ると――そこには白く、淡く、それでも輝く羽があった。
――――――はるかな高みへと羽ばたくことのできる翼。
それを見た瞬間、悠華の全身に凄まじい熱が灯ったのを感じ、弾かれるように上半身を起こした。切断されてしまった下半身を残して弓なりに背中を反らせて、真上へと向かう。
瞬間、折り畳まれていた一対の羽が左右に大きく展開し、バサバサと羽ばたいて空へと上昇していった。
「と、飛んでええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!」
強く願う度に展開された翼は大きく羽ばたき、上へ上へと上昇していき、その速さは徐々に増していく。高度もどんどん増して、学校のグラウンドから校舎全体、周囲の建物、そして街全体へと視界が広がった。
見渡す限り様々な光に溢れている街を見下ろしながら、漂う雲の層を抜け、空気が冷たくなったのを肌で感じ、そして羽ばたくことを続けながら、空中に浮遊して止まる。
「不思議な気持ち……こんな風に飛ぶだなんて……」
ため息まじりの声が漏れる。
想像を絶する光景が眼下に広がっており、うねりながら流れていく雲海の隙間から、あらゆる場所で輝き続けるLEDの光を確認することができる。
その光は日本の国土の形を象り、東は中国と韓国を、南には東南アジアとオーストラリアを光が象っていた。北では光はあまり少なかったが、ロシアの最東端とアラスカが見える。
全く黒でもないが藍色の太平洋が広大に広がっていた。
どれくらいの高度へと上昇したのか、それさえも定かではないが、それでも――
「この小さな世界の中で幾億の命が輝いているなんて……綺麗……」
ミクロの世界の中で人はその命を輝かせながら人生を全うする。その命を次の世代に託しながら。
悠華=リリウム・セラフィーは浮遊するのを止めて、下へ、下へとゆっくり降下し始めた。やがてその速度は加速して空気を摩擦する。
魔法少女の再生能力で再生された下半身を下に落ちているのではなく、突き出した右手の拳を下にとんでもない速度で下降していく。
――今、やるべきことはたった一つ!
向かう位置は―――――――細江中学校のグラウンド、そしてアテナの真上!
対戦の相手である悠華=リリウム・セラフィーの背中から生えてきた羽に少々驚きを隠せずにいながらも、アテナは当の本人が消えて行った空をじっと眺めていた。
「ううむ、空全体を見渡しても全然見えやしないよ。なぁ、エイゼン、これはどこかへ逃亡したんじゃないのかい? 早く試合放棄と見做して終わらせた方がいいんじゃないかい?」
グラウンドと校舎を繋ぐ石階段に鎮座し続ける審判――神父の永善は素っ気ない態度で応じる。
「それを試合放棄と見做すのは貴様の役割ではない。仲介人でもあり中立の審判としての私の役割だ、まだ勝負は終わってもいないし、決着はついていない。終了を告げる時は、貴様が神田君を降伏に追い詰めるか、またはその逆だ。例外などない」
「フン、アンタの勧誘には大人しく従ったけどやっぱり気に入らないねぇ。どうせなら今ここでアンタをブッ潰したいんところなんだけど……大体、あの身の動かしと捌き方といい、普通の人間じゃないね? 何者だい?」
「貴様に言う筋合いなどない。言うなれば私はこの街に住む一介の神父であり、それ以上でもそれ以下でもない。貴様に教えることは全くないし、これからも教えることは全くないだろうよ――――――何故ならば、貴様はここで敗北するからだ」
「何?」
永善の敗北宣言にしかめっ面を向けるアテナ。
「あれを見ろ」と指摘されて上空を眺めてみると、はるか遠くから此方に向かってくる一つの隕石――――いや流星でもない何かが落ちてくる。
遠距離の獲物を捕らえるために上がった視力を持つ目で凝らして見つめると、戦士はカッと最大限に瞼が開けた。
「あれは…………………っ!!」
隕石ではなく、拳を構えて下降してくる悠華だ。そのスピードは地上に空気抵抗など関係ないかのように増しており、爆音を轟かせる。
「ハアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!! 当たっ、れえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
リリウム・ゴットハンドパンチと名付けられたタダの強力なパンチを繰り出して、一直線にアテナへと向かい、そのスピードを更に翼で加速させた。
判断すること二秒、攻撃できないと悟ったアテナは担いでいた鉞を振りかぶり、刃ではなくその側面を盾にすることで防御の体勢を上空へと整えた。
ドゴオオオオオオオォォォォォォォォン!!!!
ダイナマイトが爆発した以上に咆哮する爆音と同時に、グラウンドがビキビキとアテナを中心として蜘蛛の巣状に地割れが生じさせ、砂埃と爆風を噴かせた。
巨大な鉞の側面に必中した拳の打撃力と上空からの重圧に戦士は防ぎながらも、どんどん圧力でグラウンドの割れた地面へと陥没していった。
それでも下降したことで得られた重力をため込んだ拳の一撃だけは防がないと必死に鉞を構え続ける。
「こんなのでぇぇぇぇ、ま、け、て、た、ま、る、かあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「こ、っち、だ、ってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!」
悠華の拳が、アテナの鉞が、拮抗しつつ鬩ぎ合い、互いに力を押し出す。
やがて―――――――――メキメキメキメキメキメキメキ!! と鉞が情けない破裂の音を立てて崩壊するのが、アテナの視界ではっきりと確認できる。
「―――――――――っ!」
やがて無残にも崩壊していった鉞の先に見えたのは――――――眩しくて直視しづらい極度の白い光から出現する悠華と、その直後に視界を塗りつぶした黒だった。
爆音。轟音。そして無音。
藍色、白色、また藍色。
二つの変化の過程が終了した時、対戦試合の審判を務めている神父――永善は事の顛末を知って、鎮座していた石階段から一歩ずつ歩み始めた。
強烈な衝撃で割れたグラウンドを見渡しながら、その中で最も崩壊している部分を見つけて、そこへと近づいていく。
直径四メートルくらいのクレーター。深さは2メートルくらいか。上空から悠華の攻撃で出来上がった穴を見やりながら、状況を確認する。
「――――――この勝負、神田君の勝ちだ」
「…………ふはぁー、あーーーーー死ぬかと思ったーーーーー」
クレーターの中心で白目を向けながら仰向けに陥没しているアテナとは対照に、悠華はその中で片足を引きずりながらも立ち上がっていた。
衣装はボロボロで、その身体もかなり負傷しているのが見受けられる。
それでも悠華は審判役の永善からの勝利の報告に無邪気な笑みを表し、グッと親指を立てて了解の意を示した。
「全く骨が何十か所か、折れたわよ……!」
「その割にはとても負傷しているようには見えんが……まあいい、アテナは君の攻撃を受けて気絶、しばらくは意識を回復させるのに時間がかかるだろうが死んではいない。そして君は立ち上がった――――もう一度言う、この対戦は君の勝ちだ」
「他人事のように言われるとあんまり勝った気になれないけど、とりあえず受け取っておくわ」
「君の戦い方はとても魔法少女とは思えぬ無骨なものであったが、少々甘く見てやるとするか」
「うるさいわね! 仕方のないことじゃない、 魔法少女になったというのに魔法のマも使えない状況だったんだから! …………でも〈翼〉が生えたのは丁度良かったというか、奇跡だったわね」
アテナとの決着の後、いつの間にか翼は背中には存在していなかった。
不思議な感覚であった。
あの翼は彼女の願いに呼びかけて背中から生えたように見えるし、鳥類とは基本的に骨格の構造異なった霊長類のヒトなのに翼はまるで腕や足と似た感覚を持っていた。
それが今はない。
しかし能力として目覚めた以上はずっとお世話になるのだろう。
「その言葉には頷ける。君が魔法少女となって得たものだからな、必死に足掻いて習得したものはこれからも君の力となって宿っていくだろう」
――――これからよろしくね、私の翼さん。
と、今は隠れているのであろう白き翼に子供らしく挨拶を届けた。
「だが、今回のようにシリアスな戦いでは本当にこの作品がドラマCD化に進出するかどうか不安だ。となるとアニメ化も当分難しいであろうな」
「ドラマCD!? 私達、二次創作の中で生きているの!? あとアニメ化ってどういう事よ! その言葉を信じたらとんでもないメタ発言よ!」
「どう考えてもアニメ化までの道のりは遠いか……ライトノベル化もしていないこの有様ではアニメ化も夢のまた夢、ということか……残念だ」
「何でアニメ化に拘るのよ!」
「それは……だってアニメ化とかしたら、この作品は一応魔法少女ものだからエンディングロールで君が爽やかな笑顔で踊るのが確定するじゃん? グロテスクな描写が目立つからカットされるシーンもあるだろうが」
「踊らないわよ! ○リキュ○じゃないんだから! 確かに今年の春からダンスが体育の必要種目になったけど絶対に踊らないからね! あと微妙にキャラ崩壊してるし!」
陰謀にも腹黒過ぎる。きっと何か他にも画策しているに違いない。
「ともあれ、アテナ……だったかな、あの戦士さんに勝ったということは当然、アテナさんはもう二度とセレネを狙わないし、奪ったジュエルハートも返すことになるんだよね?」
「勿論、そうであるが……彼らはジュエルハートを三等分に分けているようだから全てを返してもらうにはあと二回も戦うことになるぞ、覚悟しておくんだな」
「うぇ……マジで?」
「うん、マジでだよん」
「再び微妙にキャラ崩壊してるし」
「後始末は私に任せてあとはゆっくりと休むがいい。それにしてもまだ一回戦だというのにド派手にやってくれたものだな。誰にもバレないように準備するだけでも一苦労だったというのに……これではセレネの手を借りなければ明日までに間に合わんぞ」
中間管理職のサラリーマン親父のような泣き言を吐くが、それも無茶苦茶に破壊されたグラウンドを見れば文句も当然の事で、さらにまだ気絶しているアテナと、転がっている悠華の右腕と下半身の処理、それと二人の襲撃者への報告を合わせば、かなり疲労が溜まる役割だ。
苦労人は皮肉にも目立たないところで苦労している。
手伝いたくなる気持ちが湧き出るが、ボロボロになった身体ではかえって邪魔になるだけだ。
その役割に甘んじて任せよう。
――ご苦労だったわね、ありがとう。本当にご苦労様
どこか遠くでセレネの妖しい声が聞こえたような気がする。脳に直接伝わってくる響きだ。
「ふぅ……あとは神父さんに任せたわ……」
安心したかと思うと、悠華の意識は暗闇へと入り込んでいくのであった。
これでアテナ編終了です。