魔法少女への覚醒 ~対戦の前日~
神父――永善がセレネと3人の襲撃者の仲介を取り持つと言ってから半日。
つまりは翌日へと時間が経過していたのである。
時刻としては既に昼の十二時を過ぎている為か細江中学校では既に昼食タイムへと突入し、校舎のあらゆる場所で女子たちが弁当を広げてにぎやかな雰囲気を催している。
中でも校庭の中央庭園は人気のあるスポットとなっており、園芸部が繊細に丁重にと管理した花園は季節の移り目には、その華やかな色彩を魅せつけて見る者の心を惹きつける。花の種類も実に様々で蝶や蜜蜂がその芳しい匂いに誘惑されている。
そんな中央庭園をバックに、喫茶店をテイストにした食堂で悠華と奏美は売店で買ってきたカロリーメイトとイチゴ牛乳を手にして飲食していた。
「あれ、悠華ったら全然カロリーメイト食べてないじゃない。どうしたのー?」
食事というよりは軽食を摂っているというのが妥当だが、カロリー調節の為にと食事制限を行っている。思春期なので体重の増量は注意しているのだ。
「いや、なかなか食べる気になれなくて、ね」
女の子とはいえ悠華は運動を頻繁するタイプであるし、脂肪が溜まりにくい体質なのでよく食べる方である。流石に永善が作ったとかいうカツカレーとかのカロリーの高すぎるメニューは食べないが。
それなのにこの日はカロリーメイトを購入し、昼食タイムを30分以上も経っているというのに本数は減るどころか一口食べただけである。
「最近様子が変じゃない? シャワー浴びたのに外へ出て運動をして汗かいてるし、部屋の中を物色してるし、昨日なんか寮を抜けてコンビニに行ったきり深夜になって帰ってくるし、一体何をしているのやら!」
ギクリ、と背筋が跳ね上がる。
「い、いや何でもないよう。ちょっと運動したくなったし掃除とかもしなくちゃいけないなって、大体、心配するほどの事でもないから心配しないで」
まさか昨日の出来事――セレネ三人の人外じみた強さを誇る襲撃者に襲われそうになって、直後に神父に助けられた――を奏美に正直に話すわけにはいくまい。
まるで犯人を捜すように悠華を訝しんで見つめた後に奏美はポンと叩く。
何故かニヘラと場合によっては微妙に腹立たしい笑顔を造った。
「……ははーん、さては彼氏の家でも行ってきたのかしらね。私にはそうと見えたわ」
「え?」
「私の知らない間に気になる男子と接して特撮映画でも見た感じね。それで趣味の合う二人の心は急接近。最初は互いに離れているけれど、手をつないで肩を寄せ合い、そして最後は唇を重ね合い……!」
まずい、このままでは奏美が妄想で暴走してしまう。食堂には同級生だけでもざっと見て三十人以上はおり、先輩や後輩を加えるとそれ以上の人数になる。
あらぬ事実なのに、奏美の妄想が聞かれると噂になって広まってしまう。
「ストップ! ストップ、ストップ! そんなこと全然ないから! 彼氏なんてものに全然興味ないから! 奏美だって知ってるでしょ!」
「あら、本当にそうなの?」
「ぜっっっっったいにないから! 天文学数値で絶対にないから!」
「なーんだ、つまらないわ。異性に興味のない悠華にもついに彼氏ができたと思ったんだけどなー」
「勝手に妄想に耽っていたのは奏美でしょ。大体、私そういう事で悩んでいるわけじゃないから」
「じゃあどういう事で悩んでいたのよ?」
「そ、それはね!」
奏美に指摘されて急に黙り込む悠華だったが、襲撃者や魔女セレネの事などとてもではないが告げるわけにはいかない。それは一つの大きな問題ではあるものの悠華にはもう一つの問題に悩まされていた。
「あ、あの、あくまでもね、架空の話だから引かないでほしいんだけど、奏美は大丈夫よね?」
すると奏美はいじらしくそれでもにこやかにそのスマイルを向ける。これは奏美の悠華に対する信頼の証であり、友達としての友情の証でもある。
「大丈夫よ、私は悠華を信じてるからどんな話でも引かないわ」
「そ、そうよね。じゃあ、早速話すけど昨日の私、夢を見ていたのよ」
「夢? どんな夢を見ていたの?」
「とある日に私が悪の手先に襲われていた人を助ける為に魔法少女に変身して戦う夢」
もちろんこれは実際に起きた出来事であり、一部を改竄して語っている。
まだ魔法少女として戦っている訳ではないので、記憶力と想像力を引き出しているのだが。
「…………」
「そこで私はフリフリのドレスやミニスカートに窶した姿で悪者と戦うのよ。起きた後で考えれば笑っちゃったわ」
「…………末期症状に陥った精神患者のようですね、早くしないと……!」
「はっ?」
奏美がニコリと笑顔の続いた状態でケータイを取り出し、ポチポチとタッチパネルを押して耳に宛がう。するといきなり何かを危ぶむような表情で語り始めた。
「もしもし、細江精神病院ですか? そちらの方にどうしても入院させてほしい患者さんがいるんですけど、その人は私の友達で……!」
「親友を精神病院に送ろうとしないでよ! 私は全く病んでいないから!」
かなり真剣な表情の奏美からケータイを取り上げてパネルを押して電話を無理やり終了させる。
画面には「110」と数字が打たれていた。精神病院ではなく救急車を呼ぶコールだ。
慌てているのにも程がある。むしろ奏美の方が重傷だ。
「だってぇ~! いつもはそういうのとは無縁の悠華が突然語りだすんだから、疲れているんじゃないかと思って!」
「精神病院に行くほどじゃないわよ! 友達として信頼しているんじゃなかったの!?」
「確かに友達として信頼しているけど、だからこそ心配しているんだよ? それにそんな夢の話を語って何が言いたいの? 妄想で作り出した設定を他人に語るオタクみたいなことしないでよ」
「いや、他人から見たらどうなのかなーと思って奏美に話してみたんだけれど……」
「それって幼稚園の園児が夢見た中学生って感じがするよ。はっきり言って子供っぽいし、現実離れして夢見がちな女の子って気もする。はっきり言って危ないよ」
「そ、そうかしらね……やはり夢でもダメなものはダメなんだ。あー、やる気が出なくなったなー」
親友の適格で心を突く発言に悠華は項垂れてしまう。
しばらくカロリーメイトを頬張りながらイチゴ牛乳を飲むと奏美が語りかけてきた。
「まあ、何ていうか……悠華の口からそんな話が出るのは初めてかもね」
「え?」
「細江中学校に入学したての頃は、フリーズドライっていうのかな氷のように冷たくて渇いた感じで周りの生徒が近寄りづらい雰囲気だったよ。それなのに今はこうして私と普通に話してるし、ラフな服装で自由に特撮映画を見て、同級生から慕われてるから結構変わったと思うな」
「そうだったかしら……?」
中学校の入学式当初、つまり一年前のことになるわけだが、まだ新しい記憶のはずなのにどうも思い出すことができない。
覚えていることは奏美が恐る恐る「友達になりませんか?」と話しかけた事と特撮映画に魅入られた事だけだ。
当時としての悠華は小学生までに付き合っていた友達と別れてしまい、一人きりになっていたので奏美からの勧誘はまさに救いの一手だった。
思えば奏美との出会いこそが現在の悠華に至る理由になっているのかもしれない。
奏美に出会ってるのとそうでないのとでは大いに人生が変わっているだろう。
「でも、特撮映画を見てるようなのじゃダメよ! メロドラマを見て恋愛小説を読んで女子力をアップしないと! そうだ、今度の休みに服でも買いにショッピングしよっ♪ 駅前のショップでいい服見つけたから試しに来てみたいわ!」
「ええ~別にいいじゃない。まだ『ガメラ2 レギオン襲来』を観てないし、それと――」
「必ず行くの!」
奏美のかなり圧力のあるプレッシャーに押されて一蹴されてしまった。
部屋にずっとこもるのは健康によくないので外の空気のもいいかもしれないが、逆に紫外線が肌を刺激してしまうので服装には気をつけるしかない。
いつの間にか奏美のカロリーメイトがなくなっているのを見て時間を見ると、時刻は午後の授業開始の10分前になっていた。悠華も急いでカロリーメイトを頬張っていると奏美が席を立ち上がっていた。
「一緒に教室行かないの?」
「クラスメイトからCDを借りてるの。それも世間で流行ってる、平均年齢18歳の実力系新米ジャニーズの『Kon-Ton』の最新曲のCDなのよ」
「ああ、奏美が毎晩聞いては唸ってるあのCDね おかげで寮監に叱られることが度々起きて――」
「悠華も一回を聴いてみなさいよ! 五人メンバーの中でボーカル担当のリーダー、龍牙クンは特にカッコ良くて甘い声の持ち主だから虜になっちゃうわよ。じゃ、私は急ぐから!」
説教を最後まで聞かない奏美の態度に、悠華はミッフィーの顔を作り上げた。
食堂から飛び出るように急ぐ奏美を見送ると、窓の外の中央庭園を見て物思いに耽る。
外では弁当を食べ終わって楽しそうに会話をしている同級生が見えた。
「あともう少しでこの穏やかな日常とはおさらばになるんだよね……」
永善が仲介を取り持てばそれでいつもの日常とは別れることになり、破談の場合はいつ襲われるかもわからない中で脅えるしかない。
アテナとアーヴェインを相手に渡り合った永善ならば少しくらいは助けてくれるかもしれないが、どこまでがアフターケアの範囲に入るのかわかったものではない。
「はぁ~あ、何で魔女なんかに手を貸したんだろうなー」
ため息をしながらも他の生徒に聞かれない程度に呟き、かつてセレネに差し出したように右手を空へと突きだす。
「奏美の言うとおり、現実離れしたかったかもね……」
――非現実の受容に至る理由があったとすれば、それは2年前の家庭崩壊が起きたあの出来事だろうか。
――私は不義の娘。あの家の正式な子供じゃない。
「悠華、悠華、悠華」
――だからこそ魔女の眷属である魔法少女になることを望んだ。
「はーーーーるーーーーーーか」
「うわぁ!?」
耳元で突然囁かれた為かオーバーなリアクションで席から落ちそうになった。体勢を取り直して声の方向を確かめるやいたのは魔女セレネだった。部屋にいる時の猫姿とは違って昨日と同様のドレスを着た女性の姿だ。
「何でここにいるのよ?」
「フフッ、部屋にいるのも退屈だったから人目を憚って出てきてみたら、目の前にある庭園の花の匂いに誘われてここまで来たという感じかしら。ついでに悠華も発見というわけ」
「でも、今ここにいたら生徒に怪しまれるわ!」
「大丈夫よ、今の私は都合のいい魔法で姿を消しているから」
悠華に猜疑心が湧いて辺りを見渡せば、食堂に未だ残っている生徒たちは誰一人としてもこちらに気づいてもいないしセレネに注目もしていなかった。
中央庭園を眺めることのできる席は入り口からは遠い位置にあり、左右に分かれた席に座っている生徒がいれば生徒でもないセレネの姿はどうしても見えてしまうはずだ。中央庭園から入れる事は窓からでもない限り入ることはできないし、ましてやそんな生徒などいるはずもいない。
「本当に魔法を使ったというの?」
「魔女だからこれくらいは朝食前よ。とはいっても流石に頻繁には使えないようね」
それは魔女の魔力の源であるジュエルハートを奪われ、襲撃者に思うように叩きのめされたからである。魔女の脅威を鑑みれば当然だろうが、その度にシークットミッションと称して、目撃してしまった地元民を殺害するのは許されざる行為だ。
どちらにも正義は存在するが、対立してしまえば悪となるのが人の業か。
人外じみてはいるが。
「ここはいい場所ね、休憩のひと時には丁度いいわ。また今度来るときはハーブティーでも飲んでお花畑を見ようかしら」
「それで……私の元に来たのは何の用?」
「あら、いきなり本題に入っちゃうの? もう少し庭園を見ていてもいんじゃない?」
「はぐらかさないでよ。いずれは私がやらなくちゃいけない事なんだから、持ち帰ってきた情報を私に教えなさいよ」
他の生徒に気づかれない程度でボリュームを抑えてセレネに逼迫する。
「ふむ、今の時代の女の子はせっかちね。人格の矯正が必要かしら」
「余計なお世話よ」
すると扇で口元を隠して表情を隠し始めた。しかし笑みが消えていることは眼差しだけでも確認できる。
「永善から連絡があったのよ。三人の襲撃者と対面することに成功し、仲介を取り持って提案を受け入れることにも成功したわ。貴方の作戦が功を為したようね」
「まだ始まってすらもいないけど、とりあえずはやってくれたみたい……それで対戦するのはいつ頃になるの?」
「明日の夜よ」
今回はただ話しているだけの話になってしまいました。次こそ本格的な話を書いていこうと思います。