襲撃者 戦士と傭兵と騎士
しばらく間を開けてしまいました。定期的に書いていこうと思います。
白の魔女との邂逅からまもない時間。
つまりはセレネが神田悠華とかなり最悪な出会いをしてから明後日の頃である。
魔女という存在が具体的にはどういうものなのか掴めないまま、悠華は状況に流されるままに学生寮に猫の姿で住まわされてしまったのだ。学生寮はペットの持ち込みが禁止になっているので、ルームメイトの奏美はともかく一日に二度やってくる寮監の厳しいチェックを掻い潜らなければならない。その度に猫姿のセレネを隠すのに散々と様々な方法を講じた。
あるいはベッドの布団の中、あるいはクローゼット、あるいは机の引き出し、あるいはシャワールーム、あるいは服の中。
朝と夕だけでその対応に追われて疲労が溜まっているのだった。
「おかげでかなり気分が参ってしまったわね。ただでさえ学校じゃ先輩やら後輩やら同級生が集まってくるのに」
学校では女神像にでも祈るように悠華を取り囲む女子学生の祝福と洗礼が待っていた。授業であろうが、休み時間であろうが、昼食であろうが関係なく取り囲んできた。
それなのにセレネは猫の姿で何事もなく気持ちよさそうに転寝をしており、登校直前にその可愛いらしい寝顔を見て腹が立ったものだ。
このまま放り出してやりたいものだが、セレネと自分がいつ襲撃されてもおかしくないこの状況でそれは危険だ。
契約した以上は履行する、それが決意だ。
「それにしても、魔法少女ってのになったんだから少しはその兆しを見せてもいいんじゃないかしら」
愚痴を一人呟きながら、彼女は近くのコンビニのプラスチック袋を右手に持って、学生寮へと急ぐ。
学生寮では校内の食堂で一日三食を取るのが常識なので、寮生はコンビニに行く事など少ない。ましてや悠華は利用する事など稀なくらいだ。
魔女がどういう生活をしているのかは知らないが、やはり一般人同様に空腹は覚えるもので、つまりは悠華は食糧を調達されていたのだ。
「これって雑用じゃないの? パシられているとしか」
食糧は適当に買ってきたオニギリと緑茶、これで良いのだろうが、たったそれだけの事を行使させられるだけでも十分雑用である。
『ムニャ~適当に食べ物を持ってきて頂戴。ゴロゴロニャ~~ン」
と、寮に帰ってくるなりいきなり言われて、そのあとはずっと悠華のベッドで眠っていたのだ。若干怒りたくなったが、その後に奏美が戻ってきたのでセレネを隠すのに一苦労したのだが。
ルームメイトであり親友でもある奏美にはこの三日間の出来事をまだ一言も語っていない。事情を知らない奏美には何を言ったところで冗談だろうと思うし、そうすることで危険な目に遭わせるわけにもいかない。敵がいつどのような手段で襲撃するか知れたものではない。これは魔女との話だけにして、いつかこの出来事を語り草として綴ることにしようと考察した。
それにしても我疑問に思う。
あの魔女を信用していいのだろうか、と。
突然の事態とはいえ、悠華が契約した相手のセレネは魔女なのだから普通の人間に例えるのは違和感がある。中世ヨーロッパから長く生きてきた彼女が何をして現代まで生きてきたのか、まだ何もセレネについて謎に覆われたままだ。
なぜ「白の魔女」と称されるのかは不明だが、魔女という以上は完全な信頼を置くわけにもいかない。
どういう理屈か、契約した後にセレネは滅茶苦茶に切り裂かれ、潰され、叩き割られていたはずのその扇情的な身体が元通りに治っていた。それならば魔女としての本来の力は戻っているはずだが、それでも彼女は力を取り戻せていないと吐き、猫の姿で静かに緩やかにその時を待っている。
悠華に何をさせる気なのか。
履行する内容は雑用だけではないはずだし、襲撃を防ぐことだけでもあるまい。
あちらからやってくるであろう襲撃者たちに関しては何も聞かされておらず、正体もその特徴も掴めないでいるのでどうも不安ばかりが募るばかりだ。
探そうとしても平日なので学校で授業を受けている時間で、一人では広範囲で探すのは苦労だし当然リスクも伴う。
しかしどうもあの妖しい笑みが気に入らない。
セレネについてもっと疑うべきではないか? 魔法少女になった事はどうしようもない事実としても――
襲撃者なんているのか。
それらを返り討ちにすればいいのか。
終わった先に何があるのか。
セレネの言葉一つ一つが嘘ではない保証がどこにあるだろうか。契約とはいえ自分の力を取り戻す為、襲撃者から身を守る為、悠華を手足として利用しようとしているのではないか。
助けを求めてきたのはセレネだが、同時に撒き餌となる手足を欲して可能性だってある。
――それが神田悠華だっただけだ。
自己申告を信じる限り、数百年も生きた魔女だから世間を生きる為の術と知恵とスキルはあるのだろう。
大体。
肝心な部分をセレネから未だ聞いていないような気がする。
自分が魔法少女として戦うことばかりに考えていて大事な事から目を逸らしているような気もする――そもそもセレネがどうして日本の、しかもこの街に来たのかさえ聞き忘れているのだ。
ジュエルハートが原因ならば造らなければ良かったのに、と思うし、襲撃者から奪われたのならばこれ以上追われる必要もない。
石油が見つかったから油田を設けて搾取しつづけるなどという、欲望に駆られた貪欲な者でもあるまい。
しかし日本ではサブカルチャーである程度慣れ親しんでいる魔女は、元々ヨーロッパで生まれた存在だ。
襲撃者にしたってセレネが連れ込んだようなものだ。
「うーん。まだまだ魔女についてわからないことが多いわね」
いずれにしたって全て推測だ。憶測だけで物を語るのは早計な気がする。
セレネが何を企んでいたところで結局は彼女を助けて、時には頼って縋っていくしかのである。完全にセレネの思い通りだ。
まずは魔女の言う襲撃者を倒して――話はそれからでも遅くはない。
彼女の栄養補給として必要な食糧を持ちつつ、悠華は学生寮へと続く帰路を歩く。
そのときだ。
悠華は自分がどんなに神童と称されても本当は愚物の頂点にいるんじゃないかという錯覚を感じてしまった。
襲撃者について何も聞いていないのが致命傷だった。
如何に白の魔女セレネと対等に渡り合える者がいようと、それはセレネの敵ではない。
だがそれが3人もいたら――?
けれどもう遅かった、自分が遭遇する場面は早いタイミングでやってきたのだ。
ほんと、最悪なタイミングで。
「あ、ああ……!」
悠華の目の前に現れた、それぞれ体格の異なる男女。それが一瞬にして出現したのだ。
まずは正面右側から。
180メートルにも達しそうな身長の、鍛錬されていてそれでも引き締まったボディの女性が、凶悪な程に大きい斧、いや鉞を担いで堂々と威圧感を与えていた。
身なりはラフというかかなり露出しており、肩と膝と胸が質量の軽い鉄板だけを装備している。下半身にかけてはホットパンツだけを身に着けていた。
肌は全体的に焼けており、体中の至るところにアニミズム要素を含んだペイントが施されている。また両腕と首には何かの動物の骨を削って造られた飾りが見える。
アマゾネス、ともいえるその身なりの女性は獲物を捕まえるハンターの如く鋭い目つきでこちらを睨みつけていた。
「う、うう……!」
向かって左側。
アマゾネス風戦士よりも更に背が高く二メートルは超えそうな筋骨隆々の男性で、こちらも上半身に関しては腕を露出しているが、それ以外はプロテクターが充てられていた。
特徴的なのは鉞に劣らない大きさと質量を兼ね備えたバスタードソードだった。両刃で斬るというよりも叩きつけるという方が正しいだろう。
太く、固く、そして重い。三つの言葉がバスタードソードにはお似合いだろう。
見た目からして30代後半くらいの、巨漢の容貌は鍛え上げられた肉体の割にはスマートな顔つきで、無精髭とクセ毛が目立つ。
幾戦もの死線を潜り抜けたのか、露出された腕には無数の傷跡が残っていた。つまりは戦いのプロだ。
「お、おお……!」
そして正面。
アマゾネス風戦士と戦いのプロと続いて出現したのは、中世の騎士の鎧を纏った凛とした女性だった。悠華よりもやや年上くらいでまだ幼さが残す顔立ちではあったが、こちらに向ける視線は二人以上に凄まじい。
鎧は体格に合わせて造られたのか、丸みを帯びたラインを象っている。防ぎやすさよりも動きやすさを重視したのか軽装であった。
腰の左には十字架を模した銀製の剣を鞘に収めており、右腕には体全体を覆ってしまいそうな程に巨大な盾を装備していた。
聖女、と例えるのが相応しいくらいに清廉潔白な雰囲気を醸し出していた。
戦士、兵士、騎士。
この三人がセレネを瀕死に追いやった人物。セレネと対等に渡り合える襲撃者。
「ていうか、こんなのが相手だなんてどうしようもないじゃない!」
まさしく戦闘のプロの三人衆。その3人が悠華を中心に終結しているのだから、まさに袋の鼠だ。
「んー? なんだよ、このか弱そうなクソガキは」
と、最初に口を開いたのは、巨大な鉞を肩に載せた女戦士だった。
見た目通りの、乱雑な口調である。
「白の魔女セレネ・メロディズム・リュシエンヌじゃねーじゃないか。誰だよこの弱そうな女は」
「ヘヘッ、殺しがいのありそうなクソガキだ。まだ青臭ぇところがあるが、中東の成り上がりに売れば高くつくぜ」
(何を言っているの……?)
「いけませんよ、傭兵アーヴェインさん」
すると、悠華を殺意または品定めでもするかのような瞳で見つめていた戦士と兵士を、騎士が諌める。
かなり穏やかな口調である。きっと育ちのいい家柄の人だろう。
というか、この3人絶対に外国人のはずだが流暢に日本語を喋っているではないか。
「私達は互いに利害が一致したから手を組んでいるのですよ? 本来なら私達は敵同士です。もし約定を破談するという事なら、その首を刎ねます」
「ケッ、クソ真面目なクソガキだな。何だってんならてめーを売り飛ばしてもいいんだぜ? 聖女様よぉ。おっと流石にやりすぎるとバチカンの法王と騎士団が黙ってねーか……ヘヘッ、それでもいいんだけどな。俺は戦争大好きだからなぁ!」
「どうだっていいけどさ、何度も言うけどあたしゃぁ主の命令で動いてんだ。さっさとセレネを捕えてジュエルハートを手に入れるよ。だから、あたしの戦いに邪魔をすんなよ」
一触即発の雰囲気の中で三人の視線は一気に悠華に向けられる。
「しかし戦士アテナさんが最初に言った通りですね。この者は白の魔女セレネではなく、魔力を覚醒させられた者、つまりはセレネの眷属なのでしょうね」
「本当かい。アイツに眷属を増やす余裕を与えてしまったのかい」
戦士は不機嫌そうに、傭兵は嬉々として表情を造る。
悠華は自分が彼らのターゲットにされているはずなのに、無視をさせられて複雑な気分を味わっている最中だ。
「マホーショージョとかいう眷属には心底うんざりさせられたもんだよ。チームプレイだと言って五対一かかってきやがって。随分と辛酸を舐めさせられたよ」
「その分、俺様が大活躍だったな。一人捕まえて人質にすりゃあっという間だったぜ。あとは腹を捌くなり、バラバラに斬るなり、ありゃ快感だったな」
「貴方の卑劣な行為には褒められたものではありませんが、そうでなければセレネを追い詰めることもできなかったでしょうね」
「だがここにセレネの眷属がいるという事は。大方アタシらに追い詰められて、やむをえず通り掛かりの奴と契約して手足となる眷属を造ったことになるのかい?」
あまりにも戦闘に特化したスタイルだから、無駄な考察はしないパワーキャラのタイプかと思えば、ピンポイントで悠華の正体を言い当てた。
傭兵が無精髭を触りながらにやにやと笑って言う。
「てぇ事は、唯一の探す手段であった魔力をほとんど失って非常にわからなくなった魔女の行方は、このクソガキの身体に訊けばわかるって事だな」
「そうなりますね」
物騒な傭兵の言葉を、あっさりと騎士は首肯した。
「この少女を殺っちまえば、ジュエルハートは入手できる上に魔女を生け捕りする事も可能か」
「ちょっと待った。魔女はアテナかバチカンの騎士様に渡すがクソガキは生きたままで俺に譲れよな。このクソガキはレベルが高いから売れば一攫千金だし、ちっとばかし調教すりゃ何でもご奉仕してくれそうだ。俺の部下も得意先もマグロ女にはいい加減飽きたって言ってるしな」
「先ほどのお言葉を忘れてはなりませんよ」
と、いつの間にか事後の相談までしていた。
(こ、この人達!私を差し置いて何を……!)
甘かった。元は人間、現在魔法少女の悠華が立ち向かおうなどと所詮無理なものだったのだ。
どうして返り討ちにしようという軽い気持ちだったんだ。
(この人たち、さっきから私を相手にしていない!)
無視ばかりである。つまりは悠華を敵にしていないのだ。
だが逆に言えば。
何時でもお前を自由に殺せる、という事を暗示しているのである。
「さてと」
切り出したのは女戦士アテナだった。
「どのように殺るか。コイツを人質にセレネの行方を聞き出そうと言うのなら、ちょっとばかし手間をかけようじゃないの。しかし困ったねぇ、アタシはこういうのは不得手なんだよ」
「俺様に任せろや。俺様だったらこの女を自白剤投与でもシャブ漬けでも快楽漬けにでもして聞き出すぜ。あんまりやりすぎるといけないか」
「いえ、私がお相手をしましょう。元より魔女討伐は古くから伝わる私の家柄の使命ですので。それにまだ成り立ての眷属ですので助かる見込みは十分にあります」
するとグハハハハ、と下品な笑いをして傭兵は答えた。
「おいおい、お得意様の『神のお救い』ってやつかぁ? ハッハァッ! こりゃぁ傑作だなぁ! これだから信徒共はいつ見ても笑えるなぁ! 存在しもしねぇ野郎に寄付金だの布施だの出しやがって! 神様なんか弱者の作り上げたルサンチマンじゃねぇかよ!」
その言葉に気が触れたのか、騎士は鞘から銀剣を抜いて傭兵に刃を向けた。
「お黙りなさい。神は常に天から私達を見ています。悪徳を為す者は滅ぼされ、善徳を為す者は救われるのです」
しかし返答は傭兵ではなく戦士が答えた。
「アンタは綺麗ごと言えば気が済むんだろうけど、いつだって宗徒は人を殺すなって言っておきながら、自分達を正当化して平然と人を殺してるじゃないか。神様を言い訳にすれば誤魔化せるとでも抜かしてるとでも思ってんの? あたしの言葉、アンタにゃ間違ってるんだろうけど紛れもない真実だよ」
「それは違います!」
そんな中で、悠華は。
「勝手な事を言わないでよ! 大体、私を無視して話し合わないでよ! 貴方たち何でいきなり私を殺そうとする算段を立てているのよ、話し合おうとかしないの!?」
――勇気を振り絞って、そう怒鳴った。
「……」
「……」
「……」
一瞬とは言え沈黙が生じたところを見ると一応彼女の言葉は通じたのだろう。
だけどそれだけであって、誰も悠華に応じようしなかった。
「埒が開かないねぇ。ならばいつものやり方で戦おうじゃない」
「賛成だ。早い者勝ちの殺戮・虐殺・滅殺戦法だな、口惜しいが殺るしかないか」
「私は控えておきます。取り決めた約定に従ってこの場で起こる出来事には非難もしませんし糾弾もしません。お好きなように」
と騎士は剣を鞘に収めて静かに答えた。
「じゃ、あたしらでやりますか」
戦士と傭兵――アテナとアーヴェインはほとんど同時に飛び掛かり、目の前にいる悠華へと鉞とバスタードソードを振りかぶってきた。
その動きがちょっとだけスローに見えるのは魔力を覚醒させられた結果なのだろうが、悠華はまだ魔法少女として目覚めていないのだ。
とっさの行動で頭を抱え、その場にしゃがみ込んで、丸くなるという現実放棄の愚かな行為を悠華はしてしまった。
何が起きたのかはわからないが、頭上にとてつもない速さの風が通り過ぎて、直後に爆発音が彼女に耳に叩きつけた。
――どちらが振りかぶったのかは知らないが、振った勢いで彼女の背後の建物が倒壊した音だ。
「うわああああぁぁぁぁぁ!」
避けただけなのに。それだけで悠華と関係ない人が被害に遭う、そんな事実に悠華は叫んだ。
「現場を見た奴は死ねや!」
「ぎゃあああああああああああああ!」
聞こえたのは男性の悲鳴と鈍い音。きっと爆発音を聞きつけて駆け付けたか、または自宅から現れたのだろう。それをアーヴェインがあの大木さえも斬れそうなバスタードソードで分断したに違いない。
(無理だったんだ、私には到底無理な事だったんだ! 漫画や映画やゲームの主人公でもない癖に、一介の中学生なのに偉そうに戦うとか言って! 戦闘のプロと戦おうしたのが間違いだったんだ)
勝てるわけがない。
勉強ができるだけの、ちょっとばかし優秀なだけの女子に戦闘の経験なんて全く皆無なのに。
(嫌だ、死にたくない! 奏美……助けて……!)
今は命が惜しい!
「っ!」
…
……
………
…………こない。
……いつまで経っても、いつまで待っても2人の攻撃が悠華に振り下ろされることはなかった。嬲られるのかと思ったのか。それとも情けなさに呆れたのか、いやそんなわけがない。
悠華は膝に埋めておいた顔をそっと起こした。
「少女よ、脅えることはない」
と、そんな厳粛な男の声が聞こえた。
「お前達、こんな住宅街の真ん中で何故武器を振り翳している? 物騒な事も吐いていたようだが、反応次第では私がお前達の相手をしてもいいぞ?」
「コイツ!」
女戦士アテナの凶悪で巨大な鉞を、人差し指と親指で白刃取りにし。
傭兵アーヴェインのバスタードソードを本の角で受け止めて。
制したのはロザリオをつけた一人の神父だった。
結構長くなりましたのですみません。