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GENE SERIES 03 魔法少女たちの輪舞曲  作者: クリスタルナオト
魔法少女大戦Ⅱ 紅炎竜・黄金嬢・嗜喰鬼
47/48

砂浜に現れた青年

神田邸を後にした悠華は、ひとり海沿いの道路をとぼとぼと歩いていた。

父から用件を一通り聞き終え、邸宅から徒歩で駅まで向かって学寮へ戻るつもりである。案の定、安永が自動車で送り届けようとしていたが丁重に断った。


――ビュオォォォォォォォ。


潮風が吹き付けると同時に垂れていた頭を上げ、波が押し寄せる関門の海を眺める。

時刻は12時を過ぎた頃。太陽が真上に昇っているせいか、海が白く輝いていた。

数十メートル歩いたところで、道路近くで波に打たれる岩場から砂浜へと景色が変わる。そこは盛夏になると海水浴場として幾人かの客に利用されているのだが、まだ梅雨期から抜けてないこの頃はひと気がなかった。

 気休め程度に悠華はその砂浜へと歩を進める。踏む度にスニーカーの底でギュウゥと砂に圧力のかかる音が耳に届いた。

 海峡の水平線を直視しながら彼女は刻まれたばかりの記憶を脳裏に浮かべる。


「お父様……なんで、なんで……私を見てくれなかったのよ……」


 背を向けたままの父の姿は大きくはなかった。しかし、そこにはあまりにも強大な拒絶の意思が見て取れる。

 それを痛感して目頭が熱くなり、思わず顔を上空へと向ける。眩い太陽光が視界に入り、何度か瞬きしているうちに涙が頬を伝う。


「やだ、私……なんで泣いているんだろう。こんな事、わかりきっていたことなのに」


涙を拭おうとハンカチで顔を抑えるが、瞼から滴り落ちるそれは止め処がない。1滴、2滴と砂を濡らしていく。

他に方法がなかったわけでもない。父に真実を打ち明ける事だって出来たはずなのだ。

靖國永善が悠華に告げた事実――それは大叔父クリストハルト・ローゼンクロイツが魔術師であり、自らが数十年も費やした研究成果を実らせること。「偽創(セラフ・フォン)熾天使(ファルチゲルド)」と呼ばれる謎の像から魔力を抽出し、特性を持った子を適齢期の女性に産ませること。

――クリストハルトが神田麗華を利用し、神田家の嫡子として悠華を産ませたこと。

その事実をどうしても告げたかった。今となってはその機会すら無に等しい。

それにその事実を言ったところで何かが変わるのだろうか。クリストハルトが魔術師だという事自体、神父から教わるまで知る由もなかった。そもそも魔術師の存在そのものが胡散臭いことこの上ない。その事実を言ったところで信じる筈もないだろうし、逆に期限を悪くして今の立場が更に危ういことになるだろう。

言い様のない虚無感に心身を侵され、悠華はペタンと尻餅をついて座る。その後、衣服と髪に砂が付着するのを気にせずに横たわった。

 穏やかな晴天の中で雲が関門市の空を過ぎり、波は飛沫を散らしながら揺れる。傷心の彼女とは関係なく平穏な日常がそこにあった。

 砂浜で横たわる悠華の視線の先に小指程度のカニがうろついていた。彼女はそのちっぽけな生き物を「幸福」だと思った。


(思い出すだけでも辛い……いっそのこと何も考えずに生きていけたらどんなにいい事か……)


 寄せては遠のくのを繰り返す波の音にふと眠気を誘われそうになる。沖返しの鉄筋コンクリートの向こうで自動車がすれ違っているが、波の音に相殺されて耳に届かない。


「しばらくここで仮眠でもしようかな……」


 じりじりと照り続ける日差しのせいで砂が暑くなっているが、時折吹き付ける潮風が涼しく感じる。

砂浜には彼女以外誰もいないので見られる心配はない。そっと瞼を閉じた。


◇                        ◇


「――でね、碧海(へきかい)戦雄(せんゆう)ザヴァーンⅨのショーを見ていたんだけど、ショーの途中で…」


 休日の午後。

 細江中学の校内にある喫茶店テイストの食堂「Ageratum」では、寮生たちが至福の時を迎えていた。各々持ってきた菓子やスイーツを頬張り、趣味や最近の話題を会話のタネにして和気藹々と楽しんでいる。

 その食堂で奏美は同級生の白上相葉と藤宮アグリアと談話をしていた。午前中に二人が買ってきたショートケーキで舌鼓を打ち、他の寮生同様に午後のひと時を堪能していた。


(悠華ったら家族の人とうまく取り合っているのかな……。久しぶりに帰宅するくらいだし、和解できるけどいいけど)


 時折、中央庭園の方に視線を移し、自宅へ戻ったであろう悠華の身を案じていた。

 家族との和解。それがうまく事が運ぶわけがないことは奏美も重々承知している。これまで一度も邸宅に戻らなかった彼女が、一時的なものとはいえ帰宅したのだ。その珍しさとこれまでにない異常性が神田家での険悪な人間関係を物語っている。


(妹の恋華ちゃんのことも気になるよね……)


 倉岡市内で起きた黒の眷属(サヴィター)との戦闘後、彼女はどうしても喋らずにはいられなくなり、妹の恋華が行方不明になっていることを告げたのだ。そのことを聞いた悠華は詰め寄り、詰問する程に動揺していた。本郷刑事から聞いた情報だと答えると今度は彼に問いただそうとしていたが、刺傷で搬送されていたため詳しい情報は得られなかった。

 悠華が神田家からの招請に応じたのも、そのことを問う為だったのだろう。今となってはそれが正しかったのかと奏美は後悔せざるを得なかった。


「奏美ちゃん聞いてるー?」

「あっ、えっ、えっと、聞いているわよ!」


 思案に沈んでいたところを白上相葉に怪訝そうに見られ、焦った奏美はティーカップを持って紅茶を飲んだ。勢いよく含んだせいか、口内、喉、胃の箇所で火傷(やけど)する感覚に襲われた。


「ゲホゲホ、それで……何の話だっけ?」

「もう奏美ちゃん全然聞いてないじゃないっ。先日のヒーローショーの事だよ。途中で変な人が現れたっていう話」

「あー、そのことねー…」


 白上相葉の言う出来事に奏美は羞恥と焦燥の念に駆られる。できればその出来事にはふれたくない、と内心呟く。


「いきなり変な格好の女の子が現れて……なんか急にそこに出た感じだったよネー。それでいきなり消えて……アレは何だったんだろうネ」

「ねー不思議よねぇ。そういえば付近に着ぐるみを着た子もいた気が」

「あ、あわわわ……」


 相葉とアグリアがお互いに顔を見合わせて顔をやや傾ける。その様子に奏美は冷や汗をかいていた。

 言うまでもなく、黒の眷属サヴィターとの対決で起きたトラブルを指している。あの時は悠華もレイヴン・シェイドも死に物狂いで戦っていた。虚空間メタフィールドダークを打ち破った後にまさかあの場に出ようとは思わなかったものだ。

 その時の機転でヒーローショーのイベントという形で事無きを得たが、こうして一部始終を他人から聞くと頭が痛くなってくる。


「そ、それよりもさっ! 別の話にしよう――」

「あら、その話と~~~ても興味があるわ。私も交ぜて交ぜて」


 そう言って三人の気を惹きつけたのは、生徒会長の常盤ときわ栞奈かんなであった。背後にはモジモジとした様子で美堂千世が縮こまっていた。

 二人とも制服姿である。


「あれっ生徒会長じゃないですか。今日は休日なのになんで制服なんですか?」

「伊崎さん、それはねさっき個人的な進路相談があったからよ。三年生も高校進学で忙しくなる頃合だし。それで、貴方たちの話なんだけど詳しく聞かせてくれないかしら」

「いいですよ、何なら生徒会長も美堂先輩もケーキ食べます?」

「ケーキ……!」


 相葉が持ち帰り用の箱からケーキを取り出した途端、千世が目を光らせる。だが、その様子を生徒会長に見られたのが恥ずかしかったのか、急にしおらしい態度をとった。


「ソういえば美堂先輩ってザヴァーンⅨのゲストヒロイン役を演じてましたよネ!」

「うっ、そ、そうだけど……」

「見応えのある演技でシタよ! すごいと思いまス!」


 アグリアの賞賛に千世は堅い表情をしていながらも頬を赤らめていた。


(そういえば美堂先輩、結構きわどい衣装をしていたような……)


 その日はヒーローショーをまともに見ていなかったが、千世があらぬ姿でいたのを記憶に留めている。とはいえ奏美も着ぐるみ姿だったので覚えている人は少なからずいるだろう。そう思うだけで奏美はテーブルに突っ伏したくなる気分だった。


「ま、そのあたりの話はケーキ食べながら詳しく話しましょう。伊崎さん、相席しますよっと」


 空いていた席に二人が座り、会話も一層賑やかなものとなる。そんな中で奏美と千世は複雑な心境で友人たちの会話を聞き流していた。

 箱の中にあるケーキは一人分だけが残っていた。


◇                       ◇


――ドド、ドドドドドドドド、ドルン、ドルン、ドルン!

砂浜でひと時のまどろみに身を任せている中、ふと気になる駆動音が耳に障る。


(こんなときに一体誰よ……)


 やがてその駆動音は近づくと同時に大きくなるが、わずかなブレーキ音の後に聞こえなくなった。代わりに誰かが砂浜をギュムッと踏む足音が聞こえてくる。

 ――ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。


(私の方へ向かっているの……?)


徐々に近づいてくる足音。それは適当に歩を進めたものではなく、明らかに悠華の方へ向かっている。そして一メートル付近まで近づいたところで足音は止んだ。


「そこで何をしている」


 青年が悠華に問いかけている。砂浜で仮眠をとっていた彼女はすぐに起き上がり、自分を問う者の方向へ振り向いた。

 その者はあまりにも異質な男であった。

 長身痩躯で整った容姿、黒髪と鳶色の瞳――明らかに日本人の外見と一致している。男でありながら少し肌白く、見様によっては女性に見間違うこともあり得そうな容貌であった。

 青年――20代前後の男――は黒を基調としたライダースジャケット、デニム、ミリタリーブーツ等を纏っていた。

夏に移りつつある季節の中でその格好はあまりにも不似合いだ。日差しや気温ですぐに蒸れてしまうだろう。だというのに青年は全く汗を流していなかった。眉すら動かない冷徹な表情からは暑さなど微塵も感じているようには見られなかった。


「べ、別に何でもいいじゃない。ちょっとここで休憩を取っていただけよっ」


 仮眠を取っていたところを見られた恥ずかしさで瞬時に立ち上がり、髪や服についた砂を取り払う。

 身長差のせいか、悠華が青年を見上げる形となる。


「そうか。海辺で寝ている奴なんてそうそう見かけない。お前ぐらいの物好きしかいないか」

「何よアンタっ! 馬鹿にしているの!?」

「気を悪くしたのならすまない。お前が倒れているように見えたから声をかけてみただけだ」

 

 ――見られてしまったか。

確かに青年の言うことも一理ある。砂浜で横たわるなど真夏に海水浴を楽しむ客ぐらいのものだ。況してやそれとは無関係の一般人が横になっていれば、誰でも怪訝に思うだろう。

 青年以外にも誰か仮眠していた自分を見ていなかったか確認するが、依然として人の気配は彼をおいて一人もいない。どうやら杞憂であったようだ。


「……目が赤いぞ。泣いていたのか」

「えっ」


 思わず手の甲で瞼を拭うと、小粒程度の涙がついていた。既に乾ききっていると思ったが、悠華の心中で巡る

悲哀はそう簡単には消せないものであったようだ。

 時既に悟られているものの、彼女は青年から顔をそらした。


「アンタに言うほどのことじゃないわよ……ただ、色々と目まぐるしいことが一度に起きて、取り返しがつかなくて、どうしようもなくて……」


 神田家を取り巻く忌々しい事情を曖昧に吐露するだけでも涙がこみ上げられそうになる。

 ――駄目だ。また泣いてしまう。

 そう思った矢先。


「お前も――」


 悠華の頭にそっと青年の手が置かれた。

その行動に彼女は驚いた眼差しで見上げる。青年の表情は未だに無を繕っているが、敢然たる意思を持っているように見えた。


「お前も、また深い悲しみを持つ者か」


 ただ置かれたその手には慰撫の意が込められているのだろうか。その真意は彼にしかわからない。ただ彼なり何か出来ることをしていたことだけは悠華にも理解できた。

 しかし、見知らぬ男に慰められるのが気に食わない。悠華は「離して」と言った直後に青年の手を拒んで払いのけた。


「アンタに心配される義理なんかないわよ! 別に……本当に大したことじゃないし」

「……そうか。ならいい」


 感謝を述べられるでもなく自らを拒否された青年に嫌悪の情は見られなかった。どうやら感情の起伏が乏しいようだ。

とはいえ、頭に手が置かれた時にほんのりと心が温まったような感覚があったのは確かであった。いつの間にか心中を蝕む悲壮感も消滅していた。


(変な奴……どうしてこんな奴に……)


彼女が悶々としている間、青年は陽光で白く輝く海峡を眺めていた。それはまるで何かを感じ取っている様にも、探しているようにも見て取れる。

 暫くの沈黙の後、青年は悠華を見て口を開いた。


「この街は不思議だ。只ならぬ者を魅了して止まない何かが潜んでいる。まるでこちらを窺って誘っているかのように……」

「はぁ? 別に何の変哲もない普通の街だと思うけど」

「そうだといいがな。ここには尋常じゃない力が集中しているように感じる。お前の中にあるものと似ている力が」


 その言葉を聞いた途端、悠華の表情は驚愕に(まみ)れた。

 まさか、この男は見抜いているのではないだろうか。自分が魔女の眷属サヴィター――魔法少女であることを。

 しかし、その推測を確かなものと断定するには判断材料が足りない。適当な事を述べているかもしれないし、もしかしたら当てずっぽうかもしれない。そもそも出会ったばかりの青年の言葉に耳を傾けるというのは些か人が良すぎる。


(でも、もしかしたらこの人も……セレネを狙っているかも)


 数週間を経たとはいえ、白の魔女セレネとの邂逅は未だ間もない出来事だ。どこかで情報を聞きつけて関門市を訪れた可能性もあるだろう。

 この男もジュエルハートを狙う者なのか。


「お前もせいぜい気をつけることだな。この街はこれから良くないことが起こりそうだ」


 彼女の憶測など知る由もなく、青年は背を向けて道路の方へと歩み寄った。砂浜から公道へと続く舗装路には一台のバイクが置かれている。黒とグレーをメインとしたツアラータイプのバイクで、シートの横にボックスタイプのケースが設置されていた。


「そういえばアンタ、名前なんていうの。私、神田(かんだ)悠華(はるか)っていう名前だけど」


 その言葉を聞いた途端に青年の動きが止まる。が、すぐさまバイクの方へ歩き出した。


「名乗る名前などない」


 背を向けた状態でそう言うと、青年はバイクに乗りヘルメットを被った。そしてエンジンを起動して、アクセルを強く回す。

 獣の如く唸ったバイクはそれを手繰る者の意に従い、悠華を砂浜に残してあっという間に去って行った。


「ホント、変な奴。無駄にクール振り回してキザな台詞吐いて……なーにが『名前などない』よ。今度から名無しの権兵衛って呼んでやるわっ」


 ――また会えたら、だけど。


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