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GENE SERIES 03 魔法少女たちの輪舞曲  作者: クリスタルナオト
魔法少女大戦Ⅱ 紅炎竜・黄金嬢・嗜喰鬼
44/48

お嬢様二人

今回から新しいお話に突入でございます。

「あが、あがががが! あ、あた、頭が!頭がぁぁぁぁぁ!」

「どうかしら、地べたを虫けらの如く這い回る感覚は。マゾ気質の貴様には気持ちいいでしょう? ああ、そうやって頭を擦り付けるのも汚らしいわ。私が築き上げた財産が穢れるもの」


 ペルシャ絨毯が敷かれた大理石の床で、男が悲鳴を上げながら頭を垂れている。腕と膝も接地しているので体勢としてはほぼ土下座である。そんな体勢の中年男性を一人の少女がベッドに腰掛けながら見下ろしていた。

 少女は金髪を靡かせ、白い肌が露になったネグリジェの格好でウサギを撫でている。およそ十代の少女にしては熟れており、その白い肉体が醸す色気はあまりにも艶美だ。その傍らにはメイドが無表情を繕って控えていた。

 キングサイズのベッドの上では数人の少女が横たわっており、土下座を強いられている中年男性をクスクスと嘲笑っていた。全員とも扇情的な下着姿で頬を赤らめていた。


「無様。醜悪。愚鈍。下劣。それが貴様にお似合いの言葉よ。もっとも貴様に言葉を贈ることすら寒気が走るのだけれど。それとも別の言葉が欲しいのかしら」


「お、が、あが、あが、お……おまえっ、よくもこの私にこんな真似を……こんなことをさせて……早く解け!」

「…あぁん、なんですって?」

 

男に命令口調で怒鳴られたのが気に食わなかったのか、少女が眉間に皺を寄せる。その表情からは憤怒というよりもまるで汚物に対する生理的嫌悪が見て取れた。

 金髪の少女が勢いよくベッドから立ち上がり、兎を抱えて男の前までペタペタと歩み寄る。

「貴様に言われなくとも解いてやるよ、このクソ豚がぁ!」

「がっ!」


 罵倒の一声と共に右足を後ろに振り、そして男の顔を蹴り上げた。

 予想していなかったのか、男は背後へと転げ回る。そして苦悶の声を上げた後に少女の方へと向く。

 そこにはやはり傲岸不遜な態度の少女と、未だ無表情のメイドが見下ろしていた。金髪の少女は先程と変わらぬ目つきで男を睨んでいる。メイドの方は特に感情といったものが見られないが、どうしてかその眼差しには侮蔑の意が込められていた。

 寝室にしてはやけに広大な部屋で齢の半分にも満たない女子が十数人もいる。この部屋に男はたった一人だけ。その事実に中年男性は圧迫されそうになっていた。

 だが屈するまいと少女に向かって口蓋を開けた。


「お前の会社に投資したのはこの私だ! 私が投資を続けたからここまで大きくなってお前は社長の座に就いたのだろう! それなのにこの仕打ちは何だ!」

「何かと思えば下らない戯言を。社長の私がどう動かそうと私の勝手よ、貴様の命令など聞きたくないわ」

「なにぃ…!? この恩知らずの小娘めが!」

「ハッ、恩知らずか…。私、知っておりましてよ。貴方が父を裏切って会社の金を持ち逃げと社員の引き抜きを行った事を」


 その言葉を聞いた途端に中年男性の顔が青褪めたのを少女は見逃さなかった。やはり、と確信を得たように嘲るような笑みを浮かべる。


「ど、どこにそんな証拠があるというんだ。第一、私はそんなことやってないし何故やる必要があるんだ」

「あらあら、しらばっくれても無駄でしてよ。大体の情報は貴方についた掃き溜め共からライジン・エクレールが事情聴取して全部吐かせたから。録音も証拠も資料も全部揃っているわ」


 少女がパチっと指を鳴らすと即座に二人の侍女が現れ、封筒に収めていた数枚の紙を放り出す。ハラリと舞ったそれは中年男性の周辺に落ちる。

その一枚を男が拾い上げて目を通すと次第に体が震え始めていた。額からは脂汗が流れている。


「き、き、貴様! こ、こんなものを……そこまで調べ上げていたというのか!」

「私の情報網を舐めてはいけませんのよ。ま、それだけ貴方が部下から慕われていないのでしょうけど。ああ、それと貴方の会社はこちらの傘下に下るからよろしくお願いするわね」

「なにぃ!?」

「先程も言いましたけど貴方のこと心底気に食わない方がおりましてね。その方に大金と社長の座を約束したら簡単に懐きましたわ。本当哀れね」

「あ、あああ、く、く、くくそう。アイツらめ…うぐぉ、うあああああ…」



 例えようのない絶望と裏切りを全身で体感し、獣のような唸り声を上げる中年男性。頭を垂れて両腕を強く床に打ち付ける様子は、少女達から見て酷く滑稽であった。


「それで……私をどうするつもりだ。報復は成ったんだろう、これ以上どんな仕打ちを下すというんだ」

「そうねぇ、このまま放り出してもいいのだけど……ライジンに頼んで家畜の如く調教するのも――」


 その時だった。


「ねぇねぇご主人様、コイツ食ってもいいかな? お腹が空いたピョン!」

「えっ……?」


 少女と男の会話を遮るように響いた一声。その声を発したのは侍女やベッドで群れる女子でもない。

 だが中年男性の顔は驚愕に満ちていた。


「もー難しい話はやめてさー気に入らない奴は片っ端から食っていいよねー? ていうか食いたいピョン」

「そうね。もうこの男を生かす価値もないし、その方が清々するわね。じゃあお願いしてもいいかしら?」


 男が驚くのも無理はない。何故ならば、少女の腕に抱かれていたウサギが言葉を発していたからだ。それも飼い主であろう金髪の少女と普通に会話をしているのだ。明らかに普通では見られない出来事だ。


(な、何が起きているんだ…こんなの絶対に狂ってる!)


「それじゃこの男の処理は貴方に任せたわ。くれぐれも豚野郎を消化した糞便を撒き散らさないで頂戴」

「うん、わかったピョン!」


 少女がそれまで抱いていたウサギを片手で持つと天井に向かって投げ飛ばす。ウサギは空中でグルグルと回転した後に大理石の床へと着地する。

 しかし――ズシンと音を立てて着地したウサギの姿は――先程の二十センチ程度であった姿とは違い、二メートルを超える巨大な体躯へと変わっていた。

 黒々としていた瞳は充血したように真っ赤になり、頭部からは角が生え、口内は特徴的な門歯にかわって牙が並んでいた。

 もはや草食動物というよりかは肉食動物といった方が妥当か。巨躯のウサギが涎を垂らしてジリジリと男へ近寄る。

 ここで漸く男は自らが置かれている立場を再認識した。そして同時に命の危機を全身で体感する。


「不味そうな人肉だけど美味しくいただくピョン」

「ああ、や、やめてくれ…こんなのあんまりじゃないか。会社を支えたのはこの私…」

「それでは――Adieu」


 別れを告げる合図と共に巨大なウサギが駆ける。

男が後退りするも時既に遅く、牙が上半身に噛み付くとそのまま咥えてドアを突き破る。わずかな明かりだけが灯された通路の向こうで、ウサギの鳴き声と男の悲鳴が轟いた。


「フン、所詮は権力と金に縋るだけの糞豚か」


 静寂が再び覆い始めると共に少女は関心を失ったように背を向ける。そして睨むように視線を無表情のメイドへと向ける。


「おい、ドアの修理と死体の処理をしろ。跡形も残さずにな」

「マドモアゼル、失礼ですがこの私に臭い糞便の清掃でもやれと仰せになるのですか。私は至極イヤでございます」

「黙れ、それがお前の仕事だろうがっ。主人の命令だ、さっさとやれ! この場に男がいたと思うと悪寒がするのよ!」

「…わかりました。それではお嬢様の命令どおり速やかに致します」


 不機嫌な口調で返答すると、胸元からハンターケース型の懐中時計を取り出し時刻を確認する。ケースを閉じると同時にメイドは上品な足取りで部屋を出た。


「それで…私が頼んでおいた例のものは?」

「はい、こちらに」


 先程部屋に現れた二人の侍女のうち一人が少女の元へ近寄り、手紙用の封筒を差し出す。用意されていたペーパーナイフで封を切ると、そこから数枚の写真が取り出される。

 そこには何処かの学校であろう学び舎の風景が映し出されているが、ピントが特定の生徒のみに絞られていた。

 焦点の中心は浅黄色のラインが施された校章の制服を着た二人の女生徒。その一人、藍色の髪を伸ばした生徒を見るなり目が最大限に開く。


「これが全滅した奴等に代わって新しく契約したという眷族サヴィターか……美しい、美しいわ! 欲しい、欲しくてたまらない! ああ!」


 その喜びと欲を体現するように少女は何度も写真の生徒に口付けする。


「いずれは手に入れて我が乙女達の園で……フフフフフフ!」


 胸に秘めた邪な野望を滾らせて笑う少女。やがて冷静を取り戻すとキングサイズのベッドに視線を見遣る。ベッドの上では乙女たちが艶美な姿で主人との逢瀬を待ち望むように体をくねらせていた。


「ご主人様ぁ、早く……早くぅ! 早く私を可愛がってくださぁい!」

「ダメですよぉ、一番先に可愛がってもらうのは私なんだからぁ」

「んむぅ、ちゅっ、ちゅっ………ハァ、ハァ、たまらない…もっとキスしてぇ」


中には待ちきれなかったのか、互いに体を絡ませて何度も唇を重ねる者もいた。

 傍らにいた侍女二人も少女達から漂う艶やかな匂いに魅了されたのか、衣服を即座に剥ぎ捨て、下着姿でベッドの上に横たわった。

 実に選り取り見取り。金髪の少女は見定めるように視線を左右に移し、小指で桃色の唇をなぞる。

 やがて決まったのか、ベッドの前で金髪の少女がネグリジェに手をかける。


「今宵も乙女だけの宴を始めましょう」


 ネグリジェを脱ぎ捨て、早熟した裸体を晒して少女は乙女だけの園へと向かった。







「……」


雨期だというのに乾いた暑さが続く六月の末日。悠華は心ここにあらずといった表情を繕っていた。彼女は高級ブランドの自動車に乗り、窓の外から流れる風に髪をなびかせながら関門市の光景を眺めていた。

 運転席にはヒゲを立派に蓄えた燕尾服の老人がおり、運転に集中するも時節ミラーで悠華の様子を窺っていた。


「お嬢様、暑いのであれば冷風を回しますが」

「いい。関門市の潮風の方が気持ちいいから。それに……お嬢様なんて言われる筋合いはないわよ。『あの人』にとって私は赤の他人だし」

「……お力になれなくて申し訳ございません」

「安永、別にいいわよ。これは私と『あの人』との問題だから貴方に何の責任もないわ」


 悠華の許しを得ても老人は何度も「すみません」と小声で呟いていた。彼は神田家に仕える使用人であり、自動車の運転手として神田家や賓客を送迎していた。悠華に対しても同様で、幼稚園や小学校まで送り、帰宅時には彼女を迎えていた。悠華が中学へ進学してからは寮生の学校ということもあり送迎は出来ず、彼が悠華を送迎するのは実に二年ぶりのことであった。


「用件が終わったら最寄の駅まで歩いて電車で学生寮に帰るからね。車での送りはいらないから」

「そんな。お嬢様、そのような心無き言葉を言われなくともいいではございませんか。学校までこの安永がお送りいたします」


 老人が焦燥したように言う。

 ――やはり。と、悠華は確信を得たように答えた。


「やっぱり車での送り迎えを提案したのは安永だったのね。本当だったら『あの人』が自動車で迎えるなんてとんでもない、徒歩で来いとか言ったのでしょうけど」

「う……その通りでございます。私が当主に頼んだのです。お嬢様を徒歩で向かわせるなどあまりに無心だと……そう訴えたら当主は好きにしろ、と仰せになったので悠華を迎えに来たのでございます」


 神田家の現当主は悠華の「父親」だ。現在、神田家を取り巻いている問題に彼女が対立している相手なのだ。しかし悠華は神田家の一員というだけ何の権力を持っているわけではない。神田家で権力を振るっているのは家長である当主であり、悠華は何一つ優勢を保てるだけの力はない。

勿論、権力を振舞えるのは神田家の人間だけでなく、神田家に使える使用人や関係者に対してもである。当主が何か言えば役に立つ使用人だろうが強引に解雇させることだって可能だ。

しかし、そのような場合においても当主に意見を言えるだけの器量を持つ安永は、悠華にとっては尊敬できる人物であった。


「ありがとう。でもやっぱり用事が終わったら一人で帰るから。その方があの人とっても清々するだろうし」

「左様でございますか…」


 ミラー越しではあるが徳永の落胆した表情が見てとれた。自分を慕う者の背中から漂う哀愁が自信に侵食していくのを、悠華は居た堪れない気持ちになっていた。

 海峡沿いの道路を数分ほど通過したところで舗装された坂道を自動車が辿る。

関門市の市街地から十キロも離れたとなれば郊外であり、辺り一帯は人気が少なくなる。とはいえ家屋やマンションが立ち並ぶ地帯なので完全に人がいないというわけでもない。周辺には県立高校や市立大学が建っているので時間によっては制服・私服の学生を見かけることもある。

 坂道を辿っていくうちに自動車はなだらかな丘陵の上を走っていた。窓の外には穏やかな自然の光景が広がっている。途中で駐車場があり、自動車が何台か止まっているのが悠華の視界に映った。

 それらの光景がかつて飽きるように見てきたものだというのに、彼女には懐かしさを微塵にも感じ取っていなかった。むしろ二年前の忌々しい記憶が彼女の脳裏に蘇る。


 ――お前など、私の娘ではない。


 あの日に聞いた父親の言葉は今でも覚えている。拒絶の意思は二年間経った現在でも悠華を苛み、トラウマとして心身に深く刻み付けられていた。

 かつての自宅に近づいていく程疎ましい記憶が徐々に鮮明になっていく。


(大丈夫。これまでに何度も死線を潜って来たもの。神田家とのしがらみだなんて平気な筈よ…)


 神田家を出てからおよそ二年。

白の魔女セレネと出会ってから一ヶ月。

思えば随分と遠い未来に来たような気がする。特に魔女と邂逅してから起きた出来事の数々は、悠華自身に途轍もない刺激と感覚をもたらした。油断すれば容易に散る死闘の数々が一ヶ月という短い期間に集約しているのだ。普通に人生を謳歌していればあり得ない様な出来事を体験しているので少しは神田家とのしがらみも和らぐかもしれない。


「お嬢様、屋敷に到着しました」


 徳永が自動車を停止し、エンジンを止めてから後部座席にいた悠華を下ろす。自動車の前には洋風の鉄格子が立ちはだかるように設けられていた。

かつては悠華が外出・帰宅する際に何度も歓迎していたものだが、今となっては彼女と父の確執を体現するかのように並んでいる。


「自宅前まで車で送ってくれないのね」


 かつては鉄格子の扉を開けて屋敷の前まで送迎するのが日常だったが、今はどうやらそこまでしてくれないようだ。


「それが当主様の言いつけですので。申し訳ありませんが庭園からはお嬢様だけでお願いします」

「いいわよ。どうせそんなに遠くないし、むしろ丁度いい運動よ」


 徒歩で移動とはいっても、門から屋敷の前まではせいぜい五十メートルくらいしかないのでさほど時間はかからない。それでも煩わしく感じるのが富裕層たる者の感覚なのだろうが、悠華にはその感覚は既になくなっていた。

 安永が鉄格子の扉を開けて屋敷へと誘導する。鉄格子の内側へと入った悠華の視界に映るのは綺麗な花々が植えられた庭園であった。中央には噴水も設置されている。

 四季折々で彩りを変える庭園は実に優美たるもので、屋敷の使用人や庭師の手で入念に手入れされていた。悠華の目で見る限りでは雑草は見当たらなかった。


(ここだけは今でも好きかな…)


 うっとりと庭園に見とれているうちに悠華は、自分が屋敷の目前まで歩いていることに気づいた。どうやら庭園が好きなのは事実だったようで、内心呟いていたことに驚かされてしまった。その様子を見られていたのか、安永は微笑ましい表情で悠華を見守っていた。

屋敷前まで歩いたところで入り口の扉が開き、中から一人の少年が現れた。


「おや、神田邸にお客が来られたかと思ったら……なんだ、貴女じゃないですか。ここに来て何の用です?」


 嫌味を含んだ口調で理知的な少年が話しかけてくる。悠華はその少年に一瞬戸惑うもやがて脳裏に浮かんだとある人物と結びついた。


「えっと……アンタは……そう、悠樹はるきね。しばらく見ないうちに大きくなったじゃない」

「当然ですよ。二年も経てば誰だって成長します。僕も今年から中等部ですしね。それで勘当扱いの貴女が何故ここに来ているのですか」


 そう、彼女の前に立つ少年は――。

 神田家の家系に連なる者であり、当主の座から外された悠華に代わって跡継ぎとなった少年。彼女の一つ年下の弟、神田かんだ悠樹はるきであった。


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