白の魔法少女VS黒の魔法少女 PART18 ひと時のやすらぎ
〈黒の眷属〉との決着が着いた後、悠華は自らがいるべき場所へと戻った。〈虚空間・光〉から脱出した彼女に、いつもの毎日と変わらぬ日常が帰ってきたのだ。
その日の夜、悠華と奏美は学生寮の自室へと戻っていた。事を全て終えた彼女らに待っていたのは事態の収拾であった。
〈虚空間〉から戻った悠華を襲ったのは奇異から来る視線の集中で、彼女は狼狽えざるを得なかった。
フィーが咄嗟に機転を巡らして即座に奏美とテレジアを連れて退散した。それも姿を消すという形で。
だがクラスメイトの白上相葉や藤宮アグリアが観客に混じって目撃している。そして常盤栞奈や美堂千世に対しても魔法少女としての姿を見られてしまっているのだ。
フィーが大量の魔力を消費したので休眠に入った後、人気の少ない市街地に移動した悠華は羞恥の嵐に見舞われた。
『見られた見られた見られた見られた見られた――恥ずかしい恥ずかしい恥ずかちぃ! むおおおおぉぉぉん』
その様子は誰が見てもわかる程の赤面で、コンクリートの上で彼女は姿勢を丸めて転がっていた。
「私も割と見た目がイタいけどそれは・・・」
スワンプの毒で私服を溶かされ着ぐるみを着る羽目になった奏美も内心恥ずかしかったが、それ以上に悠華が恥ずかしいようだ。
無理もない。事情を知らない者からすれば、白の魔法少女リリウム・セラフィーとしての姿は悠華がコスプレをしているようにしか見えない。
「奏美はいいじゃ~ん、私に比べたらちょっとダサ可愛い程度じゃん・・・」
「・・・・・・・・・殴ってもいい?」
奏美の眉間に皺が寄り、友人の頭を小突いた。
二人の奇行にテレジアはキョトンと首を傾げていたが、状況を察したのか「あなたを許します」と言い頭を撫でた。その優しさと笑顔が逆に心を痛めてしまったが。
とはいえ彼女達を取り巻く不穏な影は関門市から消え去った。倉岡市へ逃げ込んだ可能性もあるだろうが、暫くは遭遇することもないだろう。
テレジアを無事に自治労働会館まで送り返した後、二人は学生寮の自室へと戻った。その頃には外出禁止の時間を過ぎており、寮監の郁芳門院先生にこっぴどく叱られた。最近、行方不明になって心配されていたのに粗雑な扱いをされて悠華は不満であった。
逆に学生寮では彼女を慕う女生徒からの歓待を受ける羽目になったが。
「悠華ー、アンタが頼んでおいたSFストロングサイダー買ってきたわよ」
寮生専用の浴場から帰ってきた奏美が自室に入るなりそう言い、ベッドで横になっていた相方へと投げ渡す。ジュースの名を聞くなり起き上がった悠華が空中に舞うアルミ缶を受け取る。
悠華はキャミソールとホットパンツという軽装だった。おまけにベッドの上で胡坐を組んでおり、品行方正の印象を脆くも打ち破るには易い。彼女は手にしたサイダーの蓋を開けるなり飲み、コクコクと喉を鳴らした。
「くぅー、やっぱり冷えた炭酸飲料は最高だわぁ~! この強すぎる炭酸がシュワッと来た瞬間に頭をクラクラさせて丁度いいのよねぇ~!」
「毎度ながら悠華には呆れるわ。そのジュース甘すぎて誰も飲まないし、好んで飲むのは悠華だけよ?」
「わかんないかな~涙が出るくらいの強さがこのサイダー魅力と商品価値なのよ。それに缶のデザインも秀逸だわ。しかも見てみて、ザヴァーンの胸元のデザインよこれ!」
缶のデザインを見るなり歓喜する様を見て、奏美は「子供っぽい」と言い返した。すると「何を~」と悠華が微かに怒り、サイダーを奏美の喉に無理矢理通した。
むせ返った奏美が抵抗するものの、反動で飲料水をぶちまけてしまい寝る前に整えていた化粧が台無しになった。
「ゲホッ! ゲホゲホ! は~~~~~~る~~~~~~かぁ~~~~~~!?」
「あ・・・・・・ごめん。悪気はなかったんだけど・・・・・・って、悪意はあったわ」
「もぉー、今日はあんな出来事があったから気分が萎えているかと思ったのに! 少しは黙っていなさいよ!」
「はい・・・・・・」
奏美の怒号に正座で縮こまる悠華。藍色の頭髪がこぼれた炭酸飲料水で濡れる。そのせいかアルミ缶は空き缶となっていた。
間を置いてから悠華が物憂い表情で口を開く。
「短期間で一度にあれだけの出来事が起きて・・・・・・本郷刑事さんや水夏が傷ついて、苦しんで悲しんで・・・・・・落ち込んでばかりじゃ心が耐えられないよ」
「悠華・・・・・・」
今回の事件は簡潔になぞれば、「黒の魔法少女がセレネの心臓であるジュエルハートを狙った」という形になる。ただそれだけだ。
だが、それはあくまで魔女や魔法少女に属する者からの観点である。
事情や状況を知る由もない一般人からすれば「少女が凶行に及び、惨殺事件へと発展した」という風にしか補足できないのだ。それに本郷刑事などの警察関係者は、市内で犯行中の中学生を逮捕しようと追跡していただけなのだ。
自らの与り知らぬ事態に巻き込まれ不本意に殺害される。その結果として死傷者が現れてしまった。他人とはいえ、二人の背中にズンと喪失感が圧し掛かった。
水夏と本郷刑事は現在病院で治療を受けている。二人とも一命は取り留めたとは聞いたが、重傷でしばらくは入院生活を送ることになるだろう。
彼らに責任を問われてもおかしくないが、誰も二人を責める事はしない。世間から見れば二人も被害者に含まれているのだから。
「ジュエルハートを守る事はできた・・・・・・でもそれは必要な事だったの? そうまでして守るモノだった? 赤の他人を犠牲にしてでも・・・・・・っ!」
「悠華、そんな事言っちゃ駄目だよ」
「ダメなの? 私わからないの、こっちが道理を通したって結局はレイヴン達とやってる事は変わらない。血で血を洗う戦いの連鎖よ!」
先程とは打って変わってヒステリックな感傷に浸る悠華。そう、これが彼女の言う「耐えられないこと」だ。重き精神外傷を抱えた少女が対立しては殺し合い、一方的な嬲り殺しを行う。
今でこそ勢力や立場は不利だが、状況が逆転していればレイヴン達を一方的に屠る行為に及んでいた可能性も考えられる。
そう、レイヴンが本郷刑事と水夏を殺めた時と同様に。事実、血腥い対決を〈虚空間で行っていたのだ。
リリウム・セラフィーとて危険たる者には相違ない。事実、これまでに斧使いの女戦士、聖女の子孫の騎士、民間軍事会社の傭兵と交戦している。魔力回路を破壊する徒手格闘を習得した神父とも戦ったが、何だかんだ命を取り留めている。十分、脅威に足り得る者なのだ。
二人がジュエルハートを収納したジュラミンケースを見遣る。ケースの中には光を当てるだけで虹色に輝く白色の宝石が入っている。棚横に置かれているが、それは貴重物と見抜かれない為のカモフラージュである。殆ど無意味だが。
魔女の心臓の核を為すジュエルハートは、他の魔女や魔法少女にとってはそれだけで願望の塊だ。1つだけでも敵に渡れば世界の理に影響するとされる。過去に事例があったのかは不明だが、禁じられた事象であることは確定されている。
魔女は配下である魔法少女を駆使して己を守り、魔法少女は主人である魔女を守るために戦う。これまでもそうであったように、これからもこの血腥い争いは続くのだろう。奏美はそんな戦いに身を投じる悠華を案じているのだ。
「・・・魔法少女の戦いが不毛なのはわかってる。レイヴン・・・あの子達とはただ敵同士だったから戦っただけだもの。魔法少女じゃなかったら・・・友人として仲良くできたかもしれない」
「悠華・・・」
「何よりもこの道を選んだのは私だもの。私の道くらい私で切り開いてみるわ。そりゃ、今回みたいに一対三で来られたら大変だけど、絶対諦めない」
既に時間帯は就寝時刻を過ぎている。過ぎれば寮監を担当している教師が見回りに来るので消灯していた。暗闇が増す分、部屋を照らす月光が明るさを増していく。月光に照らされた悠華の表情は勇ましいものであった。
「そういえばまだお礼をしてなかったわね」
「お礼?」
「レイヴン達に囚われて動けなかった私を助けてくれたお礼よ。あの時、奏美がいなかったら私・・・死んでいたかもしれない。だから・・・ありがとう」
「どう致しまして。あ、そうだお礼するのなら今度の日曜日にケーキ屋へ行こうよ。隣の市に出来たばかりだけど美味しいって評判だってさ。テレジアちゃん連れてね、あ、もちろん悠華のおごりね!」
「うげ・・・」
友人の提案に渋面を繕う。
倉岡市で勝手に独断行動を行った事の仕返しなのだろう。思えば二人と一緒に店に行っていない。そう考えると奏美の提案も悪くないものであった。さすがに財布の持ち金が厳しくなるだろうが。
月夜を眺めながら悠華は彼女たち――黒の魔法少女三人の姿を脳裏に浮かべた。
(明日を迎えることは私達からすれば容易いことかもしれない。でもアイツらにはそれだけでも必死だった。もしかしたら明日を迎えられないのは私かもしれない・・・)
黒の魔法少女の追撃はこれだけでは終わらないだろう。白の魔女セレネの心臓であるジュエルハートを入手するまで続くだろう。恐らくはあの三人以外の襲撃者も現れるかもしれない。
その時が来たら――。
(私は受けてたつ。奏美やフィー、テレジアちゃん・・・みんなと明日を迎えるために!)
金色に輝く満月を見つめていた奏美がつぶやく。
「もう寝よっか」
「そうね。もう寝よう」
まだ見ぬ明日をその身で体感するために二人は一先ず眠りに就くことにした。その夜は彼女達にとってはいつもと変わらない静けさが覆っていた。
追記 9月12日に活動報告を載せました。登場キャラのステータス紹介です。