白の魔法少女VS黒の魔法少女 PART16 光の戦士
関門市臨海区 午後一時過ぎ。
みなと市民会館施設の前に設置された舞台では演者がショーの中で役を務めていた。特撮番組「碧海戦雄ザヴァーンⅨ」の登場人物や怪人が登場し、子供の声援を受けて華麗な演技を披露していた。舞台の内容は起承転結で言うところの転まで進行している。脚本によれば主人公の八神宗次が知り合った少女がネオオクトパース将軍に捕まり、配下として洗脳されたところだ。
ネオオクトパース将軍というタコ型怪人が数人の戦闘員と一人の女性を連れて高笑いをしていた。
「な、なにー!? ネオオクパースめ、彼女に何をした!」
「フッヘヘヘヘヘヘヘ、何をした程度じゃあるめぇッパ! アクアエネルギアをちょいイジってこちら側に引き込んだだけだぜッパ! コイツのアクアエネルギアは特別だからなっパァ! ザヴァーンⅨ、コイツが敵とあっては戦えまーいィィィィィッパァァァ!! どうだ、生まれ変わった気分はよおおおおおおおおっパァ!!」
「はい…とても気分が良いです……これがアクアエルギアの力」
「悪の力に侵されてはいけない! 目を覚ますんだー!」
「ゲーッゲッゲッゲッゲッゲェ!! 小娘よ、あんなヤツの言葉に耳を貸すなッパ、ヤツは貴様を惑わす悪魔だッパ!! 我々と共にザヴァーンⅨを倒すのだぁぁッパ!!」
「はい…目標ザヴァーンⅨの排除…」
「くっ…ならば――変身!!」
合図と共にガスが舞台の下から噴き上げ、姿を消した同時に変身後の姿であるザヴァーンⅨが出現する。その瞬間、観客席の子供達からの声援が上がり、舞台の雰囲気が最高潮に達した。大盛況である。
しかし盛り上がった状況の最中で、全く気分が高揚しない者が一人。それは舞台上で洗脳された少女役として演じる女性――御堂千世であった。
「(確かに…露出はしないという約束で出演を許可したわけだけど…何よ、このカッコーーーー!!)」
彼女が着ている衣装は要望通り露出のないものではあった。しかし、露出がない代わりに体型がくっきりと表れている。いわばボディスーツとかラバースーツの類だ。
いちおう踵や肘、胸あたりにプロテクターがあしらわれておりパワードスーツに近い衣装となっているが、それでも中学生にしては早熟した体格がスーツを圧迫し、性的な魅力を醸している。観客の子供達はヒーローであるザヴァーンⅨを応援しているが、成人男性の多くは彼女の容姿に見蕩れていた。おまけに千世のキツいツリ目、手にするムチもあってか視線が彼女に釘付けになっている。
「(こんなの…こんなのやってられないわ。只でさえこんな恰好で恥ずかしいというのに!)」
脚本に従い洗脳された敵役として冷静に取り繕っているが、内心は羞恥で蔓延していた。羞恥で出来た爆弾で爆死したいくらいである。出来るものならば逃げ出したい。
演技の合間を縫って観客の方を向くと、楽しく鑑賞する客の中に常盤栞奈の姿を発見した。表情は笑顔で楽しそうに見てはいるが、ニッコリとした面に腹黒いものが据えられているのは確実だった。
――可愛いわぁ、今のちーたんすっごく可愛いわぁ。
騒がしい声援の中で紡がれた言葉がそのように捉えたのは千世の思い違いだろうか。しかし、罠に嵌めた友人に対する感情は明確だった。
――撃つ、刺す、貫く!
とはいえ今日一日ヒーローショーで役を演じなければならない。午後一時から三回に分けて行われ、休憩時間以外は舞台やスタッフルームの外に出る暇がない。ヒーローショーが全て終わった後もすぐ帰れるというわけでもない。復讐を果たすのは後日になりそうだ。
さて、と誰にも聞こえないように呟き、目前のヒーローと相対する。
青系のカラーリングが施された変身ヒーローは千世の手元から繰り出されたムチで首を絞められ、電流のSE音に合わせて苦しむ素振りを見せていた。
「ゲッーゲッゲッゲッゲ!! 歴代ザヴァーンの弱点は高圧電流だッパァァァァァ! 貴様さえ倒せば人間など只の雑魚よ! 暗き大海の力で陸上の土地を沈めようッパァァ!」
「ぐっ! ネオオクトパースめ……! お前はオレの手で……ぐわあああああああああああ!?」
「ゲッーゲッゲッゲッ! オレの手で何だッパ? 小娘如きに翻弄されている貴様が何を偉そうに言っているんだッパァ!! 小娘を倒さなければ俺様と戦うことはできんッパ!」
「くそぅ……このままではっ!」
するとヒーローショーの進行役を務める女性が舞台の前に現れる。彼女はお茶目な仕草で子供達に笑顔を振り撒いた。
「ザヴァーンⅨを応援しているみんなー!! ピンチになったザヴァーンⅨに力を与えてー!!」
所謂、ヒーローショーのお約束である。全てが同じというわけではないが、ヒーローショーのシナリオにおいてこのようなイベントが行われる場合がある。勿論、子供を中心とした観客を楽しませようとして狙ったものだ。
「ヒーローは守られる者の力を受けてこそ強くなる」とシリーズ監督は度々発言している。この言葉自体は特撮ヒーローにおける常識である。だが近年において特撮があまり制作しにくいと同時に、パロディやネタを表面に出した制作物が多くなった環境では貴重な意見ともいえる。予算の都合と特撮に対する忌避が多い状況で、子供と大人を取り込む制作はある意味画期的だろう。慎重で丁寧な取り組み方といえよう。
もう少しヒーローがピンチの状況を楽しんでいたかったが仕方ない、と千世は思う。進行やシナリオを当然変えるわけにはいかない。サディズム溢れる展開が終わるのは名残惜しいが、これ以上見られるのも辛い。自分の役目がそろそろ終わりを告げる。
「(演出も漸く終わるのね…)」
千世に僅かな安堵感が増した。羞恥だけしか湧かない衣装とおさらばできるからだろう。
そして、進行役が観客たちに呼びかける。これもお約束と言ったところだ。
「じゃあ、行くよー!! せーの! ザヴァーン!!」
司会と同時のタイミングで甲高い声援が海峡へと響いた。幼き観客の絶叫は巨大な木霊と化して青海の彼方に消えていった。
その際の子供達、会場にいた大人すらも想定しなかっただろう。次の瞬間に起きたのが予想外の演出――言わばハプニングである事を現場のスタッフや栞奈、舞台上の千世も予想していなかった。
彼女らが立つ舞台の上で閃光が放たれた後に、大人気の変身ヒーローとは全く姿の異なる変身ヒロインらしき少女が出現したのだから。
リリウム・セラフィーは憧れのヒーローであるザヴァーンの舞台に立っていた。
「え・・・・・・あ・・・・・・?」
その登場は全く脚本や演出には一切描かれてはおらず、舞台の端側や会場の各所で待機していたスタッフを唖然とさせた。特に原作者の監督に限ってはあんぐりと口が開いたままであった。
舞台上にはリリウム・セラフィーが変身時のまま佇んでいた。そして彼女も何が起きたのかと言わんばかりに唖然としていた。ザヴァーンⅨも怪人も正義と悪の対立を続けるどころではなかった
「あの人だれー? ザヴァーンの仲間?」
「ちげーよ! ザヴァーンにあんな仲間いなかっただろー」
「でも舞台にいるってことは仲間じゃないの? なんか見た目が破天荒魔少女プリキュートっぽいけどさ」
ヒーローショーを観覧していた見物客が一斉に怪訝な顔を見せ、躊躇して左右の隣人と顔を見合わせる。中には変身ヒロインの顔見世だの他の番組との共演だのと考察する者もいたが、これが演出でない事に気付いたようだ。
千世は今起きつつある事態が混乱に向かっていると察した。何せ子供向けの変身ヒロインの様なコスプレを着用している中学生が、いきなり出現すれば驚くのも無理はない。
「あなた、神田悠華二年生・・・・・・!?」
「あ、ドーモ。ミドーセンパイ、ベツニナンデモナイデスヨ!? ワタシタダノマホーショージョデスカラ!」
どうやら悠華は多くの見物客に凝視されて固まっているようだ。というか恥ずかしい姿をまじまじと見られて理解が追いついていないのだろう。実際、彼女の全身が徐々に赤らんでおり、頭からは湯気が上がっている。
しかし千世とて悠華ほどではないものの羞恥を感じさせる衣装を着用している事には違いない。対象と比べられるとなると千世も赤面せざるを得ない。
よく見れば幼児を連れた奏美も愕然となっていた。何故か可愛らしい怪獣の着ぐるみを着ていたが。
このままでは混乱が生じてしまう。何とかせねば、と千世やスタッフ全員が慌てていた。
最初に事態の収拾を切り開いたのは悠華であった。
「は、は、は、は、ハァ~イ♪ ザヴァーンⅨ、あらゆる少女を守りし守護者プリズマーナが来たわよ~! 互いに協力して悪の手先ネオオクトパス将軍をぶちのめしましょう!」
「んぇ? あ、あの・・・・・・」
「問答無用! 悪には悪の裁きを! 喰らいなさい、私のぉ渾身の一撃ぃ! プリズマライトパァァァァァァァァンチィ!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッパァァァァァァァァァ!!!!」
ザヴァーンⅨが未だ状況を掴みきれてない間に悠華が拳を繰り出した。年若い女子といえど変身状態での殴打は凄まじく、1トンの衝撃がタコ怪人の頬に直撃した。当然ながらタコ怪人ネオオクトパス(の中の人)は絶叫と共にその場で倒れた。
仮にも美少女戦士にあるまじき暴力行為を目の当たりして観客は困惑していた。逆に子供からは「すげぇ!」「かっこいい!」という好評を博していた。
「え、え~と・・・・・・・・・・・・見事! 見事なプリズマライトパンチ! みんなの願いがザヴァーンⅨに届いて新たなる仲間を呼んだ! 強い、強いぞプリズマーナ! 仲間のピンチを救った!」
突然の状況と展開を飲み込めずにいた司会役の女性が進行を続けた。咄嗟に吐き出した言葉に現実味が帯びているせいか、最初は事故だと考えていた観客が演出だと思い込んだようだ。
「お、あ、ありがとう! 光の守護者プリズマーナ! 君のおかげで悪の将軍ネオオクトパスを倒すことが出来た。感謝する!」
「いいのよ! 私達お互いに仲間でしょ。困った時は私を読んでね」
流石に察したのか司会役の信仰に従ってスーツアクターが悠華の下へと駆け寄る。事前に収録していた音声からセリフが流れる筈だが、急遽として俳優が状況を読んでセリフを出していた。
そして変身ヒーローと変身ヒロインの間に握手が行われた。
「海と光の守護者の絆、ここに正義の味方同士の握手がきました。皆さん、拍手をお願いしま~す!!」
会場に盛大な拍手と声援が飛び交った。どうやらヒーローショーは好評だったようである。
対応に遅れてしまった千世は拍手が上がる中で倒れたフリをして洗脳から解かれた様子を見せた。常盤栞奈は空前の事態によって千世の出番が減った事に涙を流していた。
悠華は内心ビクビクと震えていたが、目前に自らが憧れていたヒーローがいる事に喜びを隠せなかった。
今日は街中でヒーローショーが行われる日。本来であれば悠華は奏美やテレジアと共にこのイベントに行っていた筈なのだ。それは〈黒の眷属〉の奇襲によって果たされる事はなかった。
「悠華っ! あそこ!」
着ぐるみ姿の奏美が悠華の名前を叫んで示した先には、彼女らを襲撃した黒の魔法少女――レイヴン、レオパルド、スワンプ――が観客の中に混じっていた。三人はつい先程まで暗闇で馴染んでいたせいか突然の日光に喘ぎ苦しんでいたようだ。漸く光に対抗できたところでレイヴンが大裂(-ズ)銀鋏(-ズ)を構える。
「リリウム・セラフィィィィィィィィ!!! よくもクソ生意気なマネをしやがってぇぇぇ! 今度こそてめぇの腹掻っ捌いて内臓掻き出してやっからなぁ!!」
心を踏みにじられた事に憤怒を隠せないレイヴンが獣の如く吠える。その姿は悠華や奏美にとっては復讐に身を窶した宿敵に映るが、事情を知らない観客にとっては突然現れた「美少女戦士プリズマーナ」のライバルにしか映らなかった。
そして躊躇は三人の身にも起こった。演出と言わんばかりに出現した黒の魔法少女に子供たちが群がった。
「ちょ、何をするんだポイ。私に触るな、くすぐるなポイ!」
年齢が近いという事もあるせいか、ポイズン・スワンプに近寄る子供達は彼女の奇抜な衣装に触れ、細やかなお腹をくすぐっていた。
その奇怪な姿に千世は見覚えがあった。
(アイツ・・・・・・この前の店にいた生意気なガキ・・・・・・!)
せっかくのひと時を邪魔された恨みがあるのか、千世は拳を振るおうとしていた。だが多くの観客が観賞している手前では冷静を取り繕うしかなかった。
「・・・・・・子供たちがいっぱい・・・・・・」
レオパルドは弱い者に対しては無抵抗であり、自前の育てられた豊満な胸を触られても気にしていなかった。魅力的な肢体と露出の多い肌を見て男性は鼻と口元を押さえていた。
「触るんじゃねェよ!」
レイヴンにも当然子供が寄り付くが、怒りを隠しきれない彼女は巨大な鋏を振り回して追い返した。とはいえ彼女が子供達を相手に危険に及ぼすつもりはなく、あくまで追い返すという行為に留まった。
「どいつもこいつも幸せな顔をしやがってよぉ! ムカつくんだよ、その笑顔がよぉ!」
「・・・・・・レイヴン」
シュヴァルツェア・レオパルドからレイヴン・シェイド――篠塚美羽――の過去を知り、やるせない気持ちに浸る悠華。残酷極まりない手段に走る彼女とて「人の心」はある。「魔法少女」という強大な力を手にし箍を外した以降は、むしろ感情に塗れた「人間臭さ」が漂っていた。
親子の楽しそうな笑顔を直視することで、レイヴンは忘れられない記憶に苛まれているのだ。レイヴンの苦悶の表情からもそれが窺える。
このままでは観客に危害が及ぶ可能性が非常に高い。ただでさえ仲間を殺めてしまうかもしれない殺害衝動に駆られており、即座に行動に移すかもしれない。
悠華は白の魔法少女の姿を見られるよりも観客の命を優先することにした。
「ザヴァーンⅨ、あれは私に因縁がある闇の戦士だわ。あれの相手は私に任せて」
「え、ああ、き、君に任せた」
ザヴァーンⅨに一目見やると、直上にある太陽の光を浴びて魔力エネルギーへと変換させる。それは半ば無限の電池ともなり魔力回路に活力を促す。凄まじき勢いで供給される膨大な魔力が悠華の体内で流れる。それは黒の魔法少女三人を相手にするには十分な量であった。
(一気に〈黒の眷属〉を追い払ってやるなのです!)
脳内に〈白の妖精〉ニードリヒト・フィーの声が響く。気付けば悠華の髪を引っ張る形でフィーが肩にかかっていた。
「わかっているわっ! 〈熾天使の翼〉っ!!」
彼女の背中から瞬く間に羽が生え、輝きを伴って顕現する。その姿に観客は自らの眼を疑う形で凝視し、リアルすぎる演出に驚愕していた。その行為に奏美や千世も驚いていたが、そんな彼女らを横目に悠華は黒の魔法少女の下へと近づいた。そのスピードは観客には捉えきれず、颯爽と三人を捕えた。そして空の彼方へと飛んでいった。
抱かれる形で悠華の腕中に捕えられた黒の魔法少女が抵抗するものの、魔力を十分に供給した彼女相手に太刀打ちする事が出来なかった。しかも陽光を浴びては本来の力を発動できない。
「な!? リリウム・セラフィー!! きさまぁぁぁぁぁぁ!」
「貴方達との決着は必ず着ける・・・・・・・・・・・・でもここではない場所でよ!」
「ま、まさか・・・・・・アレを使うつもりだポイ!?」
「そのまさかよ」
そう、悠華が今まさに発動しようとしているのは、魔法少女が有利に戦うための戦闘領域発現の魔法。
自らを強化し勝利へと導く為の固有結界。レイヴンがリリウム・セラフィーを圧倒した時に発動していた魔法だ。
「今です! その固有結界の魔法を唱えてください!」
「ええ! 光よ拡大せよ…〈虚空間・光〉」
唱えたと同時に上空から眩いばかりの光が溢れ、魔法少女たちは光の中へと吸い込まれていった。




