白の魔法少女VS黒の魔法少女 PART15 反撃の刻
約一年ぶりの投稿です。読んでくださった皆さん、本当に申し訳ございませんでした。
遡ること数年。幼児のレイヴン、いや篠塚美羽は母の篠塚美愛と一緒に灼熱の太陽が容赦なく照りつけるアフリカの地へと出発した。母が働く風俗店の常連客で、同時に愛人だった外資系の会社員の人事異動による海外出張で、彼を慕う母と共に旅立ったのだ。
美羽にとって会社員の男は父親と呼べる男で、同時に切実な願望の体現でもあった。
身寄りのない母子家庭で育った彼女は、貧しい生活を送っていたにも関わらず健気に成長していた。愛嬌ある笑顔を分け隔てなく振り撒き、感受性豊かで関心が強く、性格も明るい。同年代との友達はそれなりに多く交流も深かった。現在とは反対の性格である。
しかし彼女には一つだけ疑問を抱えていた。
――「美羽にはなぜパパがいないの?」と。
保育園や幼稚園で友達や同じ組の子が父親と戯れる度に疑問が生じ、母に何度も尋ねた。自分とよく似た容貌を持つ母は、笑顔で頭を撫でてくれたが疑問を解決してくれなかった。
日に日に父親に対する羨望は増し、一日三回「パパが欲しい」と頼んでは母を困らせ、友達の父親に甘え、遂には年に一度のクリスマスプレゼントに「パパをください」と書いたメモを靴下に忍ばせて枕元に置く程に進行した。
そんな時に外資系の会社員が美羽の前に現れたのだ。
若手のカリスマ社員だと自称・誇示する彼は美愛と親密な関係を結び、ついでに美羽を可愛がったのだ。当然、美羽は会社員の男に懐き、彼も喜んでくれた。幸福の絶頂へと達していた瞬間であった。
そのような出来事もあり、会社員の海外出張に付き従う形で美羽はアフリカへと赴いた。慣れ親しんだアパート、遊んでくれた仲間、幼稚園の先生と離れて若干の寂寥を覚えたが、「両親」が傍にいれば心強かった。
しかし。アフリカの地で待っていたのは、彼女の幸福を奪う無法の者達であった。
予定地に到着してから数日後。突如として爆発が起こり、街の各地から火の手が上がったのだ。直後に銃火器を抱えた兵士達が駆け込み、街は戦場と化した。
異なる武装の兵士が互いに発砲し始め、逃げ惑う街の住人が次々と凶弾に倒れていく。そんな悲惨な光景を目撃した美羽も巻き込まれ、危険を察知した母の美愛に従って宿泊中のホテルのベッドに匿われた。
ベッドの下で隠れている中、ドアが開かれる音と同時に耳を劈く騒々しい物音が部屋中を満たした。その間、美羽は声を漏らさずに耳を塞いでいた。
やがて静寂が部屋を包み、侵入者が部屋から出た後、ベッドの下で縮こまっていた彼女は両親の安否を確認しようと這いずり出た。
散乱した室内で見たのは、身体の彼方此方に銃弾で穿たれた痕で埋め尽くされた「モノ」が二つ。赤い液体を噴出しながら捨てられた石ころの如く転がっていた。
「ソレ」が蜂の巣状に射殺された「両親」の遺体だと理解するまで三分程要しただろう。
絶叫と悲鳴が室内を満たした。
鮮血に塗れ、誰もが目を背けそうな痛ましい姿で骸と化した母の遺体に縋りながら少女は大粒の涙を流した。
泣いても紛争は止まらなかった。寧ろ悪化していった。
――うええええええん。うええええええん。うええええええええん。
――やっとパパができたのに。これからパパとママで幸せに暮らせるのに。
――どうして酷い事をするの? 誰がこんな事をしたの?
――パパとママを殺したのは誰なの? どうして殺したの?
やがて美羽の頬を止め処なく伝っていた涙が枯れてきた時、何者かが彼女の背後に立っていた。自分を覆う影の正体を突き止めようとして振り返ると、そこには一人の巨体の男が葉巻を咥えながら此方を珍しそうに見ていた。
陽光を浴びて焼けた褐色の肌、青海を描いた瞳、筋骨隆々の肉体、ボサボサに伸びた無精髭、紳士的な風貌を低俗に飾る下賤な笑み。
その特徴を持つ男に対し「誰?」と聞いた瞬間、彼は葉巻の煙を吐きながら逆に問うた。
――テメェの両親を殺した奴が憎いか?
と。
相手が大柄の男性という事か、それとも質問を質問で返された事で躊躇したのか美羽は瞬時に答えられなかった。「両親」を殺害した者か、或いは一味が美羽の悲鳴を聞いて駆け付けたかもしれないからだ。
証拠に男は肩にライフルを抱えており、ナイフや弾倉も所持していた。それなのに美羽を射殺しようとせず葉巻を吸って余韻に浸っていた。
再び男が先程と同じ質問を繰り返した時、少女は頬を濡らした涙を拭い、静かに頷いてみせた。
胸の奥で湧き起った感情が彼女を揺り動かしたからである。
――それが憎悪だという事を知らずに。
彼女の返事に男は下品な笑みを浮かべ、拳銃を渡して戦場へと誘った。
彼の名はギルバル・イブン・アーヴェイン。紛争・テロ幇助を目的とした民間軍事会社「リーガル・モントルー社」の傭兵で、米軍から「アフガンの狂犬」と畏怖される嗜虐的国際犯罪者。
しかし彼女に彼を知る由など無いに等しかった。
「あの男は武器を渡した後、戦場と化した街の広場でアタシの手を汚させた!」
「それは……まさか! レイヴン、貴女はまさか人殺しを!?」
奏美が目を見開く。
「その通りだ、カハッ! 足に弾を喰らって動けず仲間に見捨てられた、無様な傭兵をアタシの的にしてな! 今思い出せば不思議で愉快な感覚だったよ。未就学のガキがライフル持ってヒト一人ブチ殺すなんて只の人間だったらロクなものじゃない。だが、あん時のアタシは復讐に囚われていた。幾人も平気で殺害してきた兵士がアタシの前で泣き叫んで命乞いするもんだから益々殺したくなったぜ! カハッ!」
「……」
「アホ面見せんなよ、ソーミ。テメェも同じ事が言えるんだよ。それともテメェは家族を殺されても敵を憎まないとでも言うのか? それに憎悪するべき敵が目前にいて殺さないとでも?」
「それは……私もレイヴン同じ判断をしたかもしれない。だけど私は貴女じゃない、だから貴女の気持ちには理解しかねるわ」
「ほほぉ、そんな事を言うかぁ。ま、別に同意なんざ求めてねぇけどな、カハッ! 話は戻すが――敵を射殺した後、アイツはアタシをリーガル・モントルー社の傘下に下しやがった。少年兵としてな! 利用されたんだよ、アタシは! 少年兵の欠員の補充として!」
激情に塗れたレイヴンがゴスロリ衣装を脱ぎ始め、上半身の裸身を悠華たちに曝した。
曝されたのは胸元から腹部に至るまで刻まれた数々の傷痕。切傷、擦り傷、裂傷、火傷、縫合、痣の箇所も見当たり、何者かによる暴力の行使が刻々と語られている。
特に左胸の下から臍にかけて刃物で刻まれたと思われる切傷の痕は、誰もが視線を逸らす程のグロテスクな様を浮き彫りにしていた。
それからレイヴンは自らの背中を曝し始めた。
其処には美麗の女性を背中に乗せた牡牛、王冠を戴く双頭の鷲、瞼を閉じて眠る獅子、蛇が絡み付いた蠍の刺青が東西南北に顔を向ける形で刻まれていた。
四方の動物達の中心に描かれた円陣に十三の星とピラミッド型の建設物があり、頂点には光に包まれた目が描かれている。
誰もが見ても異様に感じる刺青の下には英語で「Children of legal is to unify the world」の文字が彫られていた。
「(えっと、何……リー……リーガルの、子供達、世界……統一? リーガルの子供達が世界を統一? どういう意味なのかしら? 言葉が単純だけに意味深な含みが見え隠れしているけど……)」
その意味を理解しようと凝視していると、レイヴンが視線を不快に感じたのかゴスロリ服を瞬時に羽織る。直後に「ジロジロ見るな」と叱られた。
「(見せたのはそっちなのに……)」
「リーガル・チルドレン――別名『堕天されし神の子達』と呼ばれる少年少女は、奴らの飼い犬として調教された最強の少年兵たちだ。世界に数百人は存在とされている。無論、アタシも含めてな! ニュースでも何回か報道されただろ? 中東・アフガニスタンで少年兵が頻繁に戦場で目撃する例。アレ、殆どはアタシと同じ出身の奴らが報道されてんだよ。カハッ!」
そういえば一カ月前に悠華とコメディー映画か特撮映画を観賞するかで争っていた時に、紛争に関するニュースを偶然見た覚えがある。戦場で背中に刺青が施された少年兵が確認されたとかいう報道だ。
「(あの時だわ! 確かに少年兵と刺青の話が報道されていた筈だけど、その後で悠華と言い争いになってニュースどころじゃなかったわ。全く、悠華のせいで……いや、悠華のせいじゃないか……私達、戦争から離れた場所に住んでいるものね)」
レイヴンが自身の過去を語るだけで奏美の脳裏に戦争の悲劇性が嫌でも感じられる。只でさえ暗闇の空間に閉じ込められて悪寒がするのに肌が更に立ち始めた。
彼女にしてみれば一般人である奏美に同情を誘われたところで憎悪しか出ないだろうが。
「奴らに引き取られた、或いは誘拐された子供は全員例外なく刺青を刻まれた。そして銃器、格闘、暗殺、戦車、戦闘機……あらゆる戦いの技術を叩き込まれる……殺人機械としてな。後はもう戦場に駆り出されるだけだ。生か死か、ガキのアタシたちには常にソレしか考えていられなかったさ……戦場で人を沢山殺せばそれに見合う報酬を獲得できる。報酬なんて金銭よりも食糧が一番わかりやすいに決まっている。アイツらの幹部はアタシら少年兵にランク制を敷き、戦場で敵を多く殺害するように仕向けたんだ。ランクが高ければ空腹を凌げるだけの食糧が日々与えられ、更に高くなれば安眠できる個人部屋が与えられた」
「…………っ」
「何か言いたげなツラしてるよなぁ、ソーミ。アタシが大勢殺して安住の生活を得たとでも思っているのかぁ? リリウム・セラフィーも同じ意見か?」
〈忘却せし頃に来る魂の傷〉の効果が消えてから数刻が経ち、徐々に悠華の体の傷は〈自然治癒〉で塞がりつつある。だが一般人ならばショック死する大ダメージをその身に受けているのだ。顔を上げているだけでも必死だ。
錆びた鉄の味を唇で味わい、悠華は粘性の黒土を這いずる。
「ぐ……か、は……あ、はぁ! 貴女が少年兵だったくらいレオパルドに……でも、まるで多くの敵を殺害していないみたいに聞こえるわ」
「確かにアタシは戦場で殺めた経験がある……が少年兵として腕前は乏しかった。脳味噌も体も大人より小さいガキの女が銃器持って敵を射殺するなんざ大変な『重労働』だ。少し成長すれば体を敵に売り払ってスパイ行為も出来たんだが……生憎ガキはガキ、何にも出来ない。だからランクは低かった。ランクの低い少年兵には調教と騙った拷問が施された。勿論、アタシもだ」
「……ひどい」
奏美の口からその言葉が漏れると、レイヴンは〈大裂銀鋏〉の刃先と共に害意を含んだ視線を向けた。
「ひどい? ひどいだと? 一言で片づけるんじゃねぇよ、ソーミ。テメェみたいな温室育ちの良家のお嬢様がアタシを憐れむなよ。悲哀の目で見るのも禁止だ。無性にブチ壊してバラバラに引き裂きたくなっちまうぜ。シスターのガキと共々にブッ殺される時間を少しでも遅らせたれば口に糸でも縫い付けて沈黙してろっ!」
憤慨の感情を交えた殺意と脅迫に奏美とテレジアは戦慄し、漆黒の空間で鈍く煌めく鋏の刃と紫紺の魔法陣が発動したと同時にお互い抱き寄せた。
倉岡市で何度か目撃したが、黒の魔法少女レイヴン・シェイドは一定の距離から相手を屠る魔法を習得している。彼女に接近した水夏と本郷刑事達数名が一度に負傷したのだから間違いない。
負傷する直前に彼らの首元辺りに魔法陣が展開されたのを見たが、一瞬の出来事なので詳細な様子は確認できていないし魔法の効果は理解していない。
理解できるのは「殺ろうとすれば何時でも殺せる」という意味合いを含んだ脅迫だけだ。
吐き続ける悪意は終わらず、レイヴンは再び続けた。
「奴らにとって拷問は悦楽の時間でアタシらには地獄だった。惨殺され、凌辱され、殴られ、蹴られ、麻酔なしで解剖され、麻薬を注射され……ランクの低い者はそれぞれの分隊長の手で拷問を施された。痣が残るのは当然、最中でショック死する者もいた。不当な暴力を受けても治療はされず戦場に出撃する事を強要された。寝室は固いコンクリートの上、食事にはガンパウダー入りの飯を食わされた」
「が、ガンパウダーって……あの銃弾の薬莢に使用されてる粉? アレが何……?」
「ガンパウダーには麻薬と同様の効果を持つトルエンが含まれている。テメェは当然知らないだろうが、戦場に駆り出された子供は麻薬漬けにされて利用されるんだ。そのうち自滅して見捨てられる。使用済みの役立たずは捨てられる運命にあるのさ! カハッ!」
以前に奏美はリーガル・モントルー社の傭兵であるアーヴェインと接触し、悠華を不利に陥れる為の人質として利用された経験がある。彼女の安否を確認しようと深夜の校庭に向かったところでアーヴェインに捕縛されたのだ。
そして危うく人間を一瞬で廃人と化す麻薬(死の薬)を投与されて失命しそうになった。魔法に関する知識を所持していない傭兵相手に、悠華は機知を巡らして対等に戦ったが。
悠華が戦闘して勝利した相手はレイヴンが憎悪して止まない犯罪組織だ。戦争・紛争の幇助を目的としており、その為なら手段は厭わない戦闘狂の集団だ。
だからこそ猶更レイヴンの悍ましい過去が身近に感じられる。報酬と戦闘と快楽を求めて白の魔女セレネの眷属を虐殺し、挙句の果てに悠華をも殺害しようと企んでいた。神父と謎の者の射撃がなければ悠華は当然、奏美も同じ末路を辿っていたであろう。
レイヴンも同じ事だ。一つ選択を誤れば即死の険悪な道を辿り、〈黒の魔女〉の下で眷属として現在に至っている。いつ暴走してしまうか予測できない憎悪と復讐の念を従えて。
「あの男……最低ランクに落とされたアタシを見て狂ったように笑っていた。『テメェに期待していたのに残念だ、失望しちまったぜ…だから調教してやるぜ!!』とな。拘束したアタシに軽度の麻酔を注射し、ありったけの刃物を用意して腹を掻っ捌きやがった!!」
「レイヴン……やめるポイ。それ以上は」
「いいや! やめねぇ!! ポイズンは地に這い蹲って黙ってろ! レオもだ!!」
「……レイヴン」
「あの男はアタシの中身を掻っ捌いて内臓を弄繰り回して悦楽に浸っていた。死なねぇ程度にアタシの内臓をブチ撒いてアイツは嘲笑っていたんだ!! まるで実験体のようにな!」
――チョキン、チョキン、チョキンと。
〈大裂銀鋏〉の一対の刃を喧しいくらいに鳴り響かせ、アーヴェインへの害意を増加させるレイヴン。憤怒で歪められた表情が更に顰められ、女性の尊厳を捨てた何者かへと変化していた。
現在も尚喘ぎ苦しむポイズン・スワンプとシュヴァルツェア・レオパルドを横目に、凶器を携えた黒の魔法少女は刃先をリリウム・セラフィーへと定めた。
今度こそ完全に屠る気で拷問の類の比ではない恐怖が悠華を待ち構えている。奏美としては彼女を一刻でも早く救出したいのだが、暴走するレイヴンを相手に下手な行動に出れば一瞬で死角から致命傷を喰らわされる。水夏や本郷刑事を屠った魔法が奏美とテレジアを襲うのだ。
ジュラルミンケース内で魔力を貯蓄しながら二人の援護を任されたフィーも先程から気配を見せない。迂闊に仕掛ける事が出来ない故の沈黙なのかは判断がつかない。
次第にジリジリと悠華=リリウム・セラフィーへと着実に距離を狭めるレイヴン。今度こそは逃さないとばかりに鋏の金属音を唸らせ、刃を悠華の首元へと据える。
「身体も精神も汚染された後に〈黒の魔女〉に救い出されたアタシは、魔法少女としての実力を磨きながら静かに復讐の時を待った。他の眷属との接触・抗争で多くの少女が弱者として消えゆく中でアタシは憎悪と復讐の念だけを募らせて戦場を生き抜いてきた。この鋏はあの男がアタシに施した行為を象った罪悪、腹の掻っ捌いた糞野郎が手にしていた得物を具体的に再現した精神的外傷だ。魔法少女なんてものはタダの飾り付けられた名称に過ぎない、その実態は魔女に取り入られたワケアリのガキって事だ。テメェが過去に何を体験して資格を得たかは知りたくねぇが、その首を取らせてもらおうか。何せ、あの男を屠った奴はテメェなんだからな! カハッ!」
ケラケラと狂おしい笑みを浮かべて大鋏を振り、芋虫の如く這う悠華=リリウム・セラフィーの艶気のある夜空の様な藍髪を乱暴に掴んだ。
そして一対の銀刃を彼女の首元に再び向けた。銀刃は過去に幾人もの魔法少女や魔術師、或いは任務の過程で無関係ながらも排除した一般人の鮮血に塗れたのか、赤の光沢を煌めかせていた。
それがまるで肉を喰らう猛獣の如く――シュヴァルツェア・レオパルドは黒豹に変身するが――今まさに悠華を仕留めんと牙を剥き出していた。
数日前にレイヴンからの拷問を受け、白の魔法少女が持つ特有スキルで自然回復しても記憶を掘り起こされ、悠華は既に精神的に摩耗している。一般人ならば絶命してしまう程の深い傷を負わされ、ポイズン・スワンプに傷の記憶を再起させられたとなれば廃人と化すのも無理はない。
「カハッ、カハハハハハハハハハ!! ザマァねぇ姿だよな、〈白の眷属ァ!! あの男をこの手でブッ殺してバラバッラにして中身グチャグチャしたかったが仕方ねェや! 仕留め損なって悔しさ100倍ってェ事でアーヴェインを倒したオマエの首をチョンパしてやるよ! それでアタシがあのクソ男よりも強い事を証明してやる!」
途切れる事のない欲望が暴力を生み、絶え間のない暴力が憎しみを生み、切れる事のない憎しみが一人の人間を容易に歪ませる。
人を聖人君子に育て上げる事など一苦労という言葉で例えられるものではないが、壊す事などパズルの如く簡単である。人は陶器よりも脆く壊れやすいものだから真理に近いとも云える。そして壊れたモノは修復できても二度と元の形に直ることはない。
だが、その時はレイヴンだけではない。
生まれや環境に格差があろうが、襲い掛かってくる不幸はみな平等にいずれ来るし、それを予想する事は出来ない。幸福の差は異なるが不幸は全て平等なのだ。
故に美羽と悠華の間に格差は無いのである。
悠華は己が母と祖父の不義の子として出生し、美羽はようやく「本当の家族」を得られたところで一瞬にして失った。
前者は己の出生の真実を知らされて一時期とはいえ自暴自棄になり、後者は憎悪から少年兵になり多くの敵の血でその手を濡らした。
道のり次第で状況は変わるが、やはり不幸に差異はない。皆、僅かな幸福を求めようと一生不幸の道を歩むのだ。
満身創痍の悠華は苦し紛れに呟く。
「ハッ……皮肉よね。あんな戦闘狂の傭兵を憎んでるって言うけど……貴女だってその戦闘狂の男と変わらないんだから……」
「何ィ? なんか言ったかァ?」
「リリウム・セラフィー、それは言ってはならない! これは野生の意思、レイの怒りを滾らせては――」
「ええ、言ったわ……何でも言うわよ。貴女とアーヴェインは変わらない……何一つも変わらない! それどころか同じよ、全くの同一人物だわ、イコールよ!」
レイヴン・シェイドの憤怒に凝り固まった面がより極められ、最早鬼の形相と化してしまった。それを見て悠華は口角を引き上げる。
「テ、テメェェェェェェェ!! よくも、よくも、よくもおおおおおおおぉぉ!! アタシとアーヴェインを同じにしやがったなァァァァァァ」
「フン……だってそうじゃない。アイツは私がセレネと契約を結ぶ前に、五人も眷属を惨い仕打ちでやったのよ。完全にアイツはイカレてた……戦う事が、人間を嬲り殺しにするのが嗜好だった……」
肉体を鍛え、精神を極限の境界に置き、油断すれば死の地を踏む戦場で悦楽を享受するアーヴェイン。彼の瞳には禍々しい純粋さえ宿っていた。金・暴力・快楽の為なら事件やテロを容易に起こし、卑怯な仕打ちさえ犯す。
レイヴンも彼に似ているのだ。彼そのものとは言い難いが、魔縛剣クストゥドや〈忘却せし頃に来る魂の傷〉で悠華を苦痛の底に貶めた際、彼と同じ者の臭いを漂わせていた。
「レイヴン、貴女も私を拷問に掛けた時……楽しんでいた。力のない弱者を甚振るのが楽しみなのよ……蛙の子は蛙、親に似ているわね……」
「あのクソ男が親だとぉ!? ふざけんじゃねぇや! アタシの家族は篠塚美愛とパパだけだ!」
一瞬ではあるがレイヴンが言い放った時、ポイズン・スワンプとシュヴァルツェア・レオパルドが瞳を潤ませていたのを奏美は見逃さなかった。
「あの二人……そうなのね」
だが、レイヴンの怒りは収まるどころか寧ろ更に燃え滾っていた。
「ンガァァァァァァァァ! もう許さねェェェェ、リリウム・セラフィー!! チョンパどころじゃねぇ、中身もブチ撒いて回復が追いつかないくらいにコマ切れにしてやるよ! 後でソーミとガキも処分決定だぁ! カハッ!」
「フ、フン……殺りなさいよ。レイヴン、貴女の気が済むまで私を犯り続ければいいじゃない。どうせ貴女はアーヴェインと何も変わらない……なーんにも。生い立ちは不幸と思っても哀れには感じないわ。笑ってやるとも、ハハ……」
「テンメェェェェェ!! クッソオオオオオオ」
「悠華っ!!」
「ハルカっ!」
二人の友人の呼びかけに応じようと途切れそうな意識を微睡みの底から覚ます。肉体も回復してきて感覚が戻ってきているが、ポイズン・スワンプの毒で倍以上に増した痛覚は未だに悠華を蝕んでいるのだ。
奏美がジュラミンケース内のフィーに何度も呼びかけているのが視界の端に映る。しかし、反撃の時は未だに成らない。手遅れだったのだ。
その間にも〈大裂(―ズ)銀鋏(-ズ)〉の刃は悠華の首に取り付き、切断の時を待って舌なめずりしている。
「カハッ! リリウム・セラフィー、今度こそお前の終い時だァ! 命乞いをしても無駄だァ!!カハ、カハハハハハハ!」
――もう躊躇する事無く鋏の凶刃で首を切断するだろう。
奏美とテレジアが悠華の名を何度も呼びかけても無駄な徒労に終わってしまうだろう。既に首には鋏が食い込んでいて、今に彼女の首を切断してしまうからだ。
頼りになる戦力を持った者はここにはいない。白の魔女セレネは悠華の命を救う為に多
くの魔力を使用して肉体を失い、永善は街から姿を消してしまった。決して一人ではなかったとはいえ常に己の肉体を以てして戦ったのは事実だ。これまでにピンチを乗り越えてきたが、今回だけは無理だ。
「(首が切れた後もまだ意識があると話で聞いたけど、その時は最期に奏美やテレジアちゃんの顔を見られるのかな……)」
諦念の表情を繕い、レイヴンに敗北と死を悟らせる。それを汲み取って尚彼女は憤怒の火を消そうとはしない。恐らくは奏美とテレジアを細切れにしても収まらず、水夏や本郷刑事も序でに屠るだろう。
「(せっかくセレネに助けてもらった命なのに粗末にするなんて……なんて私は愚かしいんだろう……)」
どうせならロイヤルハニークィーンを三人で食べたかった。ヒーローショーに行きたかった。そんな淡い想いが激しい後悔と変化する。
それも叶う事はあるまい。レイヴンに首を切断されてしまい全てが終わるのだから。
「(バイバイ……)」
瞳を閉じ全てを諦めた時――、瞼に水が一滴だけ触れた。
「(ん……なに……水?)」
瞼を再び開けると〈虚空間・闇〉で覆われた上空から水が滴り落ち、雨のように地を濡らす。
異次元空間でも雨が落ちてくるのかと考察したが、どうやらそうでもないようだ。リリウム・セラフィーを惨殺せんと刃を向けたレイヴンが訝しんでいたのである。しかも雨水は全体に降っていたのではなく、二人の周囲だけ限定的に降ってきた。
「ああ? 何だァ? なんでこんなところで雨が降ってきたんだァ? リリウム・セラフィー、テメェ何か仕掛けたか?」
「ガフッ……私は何にもしてないわよ。大体こんな状況で――」
――その時である。
小雨程度だった雨水が急遽自我を持ったかのように集合し、巨大な水の塊となって集合した。まるで滝の底の様なうねりを起こし、水は空を舞う龍の如く行進する。
その様子は闇の空間に閉ざされた者達を圧倒するには造作もなかったことだろう。
意思を持った水はそのまま悠華と美羽に迫り、二人の口内へと侵入した。
「オ、オ、オ、オ、オポボボボボボボ!? オボアアアァァァァァァァ!!」
喉を通して水が体内へと侵入した瞬間、美羽は溺れる者の如く苦しみ始め、切断する寸前だった鋏を手放して地面をのたうち回る。
「レイ、大丈夫かポイ!?」
童女の心配すら耳に入らず胸を抑えて苦しむレイヴン。だが、その声は口内を満たす水のせいで発する事すら難しい。どうやら体内に侵入した水は胃腸の方でなく、肺の中を満たしているようだ。
一般人であれば窒息し溺死するが魔女の眷属はその程度で倒れる事はない。苦痛は伴うが並みならぬ生命力で生存できるのだ。だが、それが仇となりレイヴンは肺に留まる水のせいで激痛をその身で味わっていた。しかも負傷という行為が起きない範囲で。
一方、悠華も水を口内から侵入されてはいたが、レイヴンとは違って苦痛に歪んでいる様子は見受けられなかった。
「ゴ、ゴポゴポゴポ!」
それどころか水は黒く毒性のある液体と混ざり合って、口外へと吐き出されていた。それはポイズン・スワンプが拷問の際に飲み込ませた毒物だった。
「あの水……アイツの体内からポイの毒を強制的に排出してるポイ! 水の操る奴がここにいるんだポイ、これは〈青の眷属〉がここにいる筈だポイ!」
「でも魔力の匂いは感じない……まさか魔女の魔力で匂いを消した……?」
二人が狼狽している間にも悠華の体内に留まっていた毒は水によって体外に排出され、彼女を蝕んでいた苦痛は徐々に消えていく。数倍に増した痛覚が引いていくのが全身で感じられる。朦朧としていた意識も覚醒し、敢然なる勇姿で佇む。
そして水と共に全て排出され、悠華は毒から解放された。レイヴンも同時に肺に溜まった水が吐き出される。
「ゲェェェェェェ! オウエエエエエエエエ!! あ、味なマネをしやがる! これはオマエの手の内というわけか!?」
「さぁ? どうかしらね? 少なくとも私じゃなくて別の誰かが助けてくれたみたいだけど?」
「クソッ、どこに潜んでいやがるっ! 〈青の眷属〉ァァァァァァ!!」
「(ホッ、よ、良かった……!! 誰かわからないけどまだまだ死期は訪れていないって事ね。なら、最後まで悪あがきするしかないわ!)」
背後で奏美とテレジアが喜色の声を呟く。まだ万全というわけではないが悠華は二人を安心させる為にⅤサインを向けた。
肺に水が溜まって強烈な苦しみを味わったレイヴンが鋏を持って、その凶刃を〈白の眷属〉に向ける。
「だがなぁ、これで優勢になったと思うなよ! ここはまだ〈虚空間・闇〉の結界の中、ここが破られでもしねぇ限りアタシらが有利だ!」
「ならばその結界、フィーが破りますよー!!」
「何ィ?」
飛び回る蚊の様な声がしたかと思うと、リリウム・セラフィーの背後――奏美の傍にあったジュラルミンケースが開き、中から〈魔女の心核〉と〈白の妖精〉フィーが現れた。
どうやら反撃の時が成ったようだ。
「我が主の魔力を大量に集めて光の魔力を打ち込めば、結界なんて簡単に破れるなのです!」
〈妖精〉たる彼女らには魔女の代理としての役目があり、〈魔女の心核〉が傍にあれば、ある程度眷属と対抗できる力を有するようになるのだ。
魔女の心臓から抽出された膨大な魔力を手中でコントロールし、それを上空に打ち出す。
「光よ! 全てを照らす灯となりて闇を浄化する術となれ! さぁ、これで綺麗な花火を咲かすなのです!!」
「は、花火?」
奏美のツッコミを余所にフィーは凝縮した光の玉を闇の空へと投げた。リリウム・ウォームが一筋の光となって地を照らしたように、その光も地上の全体を照らす。暗闇に慣れた〈黒の眷属〉には目が眩む程の光だ。
やがて一定の高度へと達すると光は花火の如く爆散し、見る者に関心を齎す。
次の瞬間――闇に亀裂が生じ、粉々となった陶器と似た罅割れが生じる。
「カ、カハッ! 〈虚空間・闇〉が破られるだと……!?」




