ジュエルハート
まだ実力のない者ですがよろしくお願いします。
「ふわっ!」
唐突に意識が目覚めた。
第一声が「ふわっ!」なのは決して欠伸ではなく、脳が睡眠から解放されたからに決まっている。
なぜかパジャマ姿だったがぼんやりとしていて気にするところではなかった。それに比べて身体の調子は良く、まるで幽体離脱でもしたかのように体が軽い。幽体離脱なぞ一回も体験したことはないがあくまでも例えだ。
意識が回復した場所は馴染みある自分の部屋――悠華と奏美がルームシェアをしている学生寮の部屋だった。緑色を基調としたエコでクリーンな色調が特徴としている。
「う~ん……あれ私は確か……ああ!?」
秒単位で時を刻む毎にぼんやりとしていた頭が冴え始め、途切れていた記憶をパズルの如く拾う。
ピースが完全に揃う過程で意識が完全に覚醒した。
――魔女と名乗る女性と出会って、彼女を助ける為に契約した。
たったそれだけの出来事である。
淡々と言えばそう言うのが正しいだろうが何せその途中で眼に焼きついているものがショックなのだから脳裏に蘇らせたくもない。
頭は引き千切れ、内臓は掻き出され、両足は切断され、とにかくも残酷な光景が視覚と嗅覚を襲っただろう。
というか、この時点で思い出してしまった。吐き気を催してしまいそうになった。
「でも私はベッドに寝ているしパジャマ姿でいる。ということはもしかして夢だった?」
夢落ちだったのか、と思えば何だかやるせない気持ちになってしまうが、それはそれで非現実に浸ろうとしていた恥ずかしい言動や行為を心の中に収納することが―
「全然夢落ちじゃないけど?」
――できなかった。
燦々と輝く太陽を身体にいっぱい浴びせようとして身を起こすものの、目の前に現れた非現実的な存在に驚く。
煌めくばかり光を反射する金髪、一国のお姫様を思わせるレース調の白いドレス、妖しく魅せる瞳と唇。
引き千切れた頭も、掻き出された内臓も、切断された足も、ボロボロに破れた服もその跡は全くない。
白の魔女セレネ・メロディズム・リュシエンヌ、まさしくその本人だ。
「…………」
「夢落ちじゃないけど?」
「どうやらまだ意識がとぼけているのね。うん、これは夢よ、きっと夢に違いないわ。もう一度寝れば目覚めるかもしれないわ」
二度寝をしてみた。
「さっさと起きなさい、子供はもう起きる時間よ。そこの貴女、起きなさい」
あえて無視。zzzzzzz…
「お寝坊さんかしらね。仕方ないわ、だったら私の魔術で無理矢理起こしてみようかしら。気持ちいいくらいに太陽が照っているところだし、結晶体で焼いてみるのも」
「起きます起きます! 起きるってば! 起きればいいんでしょ!? 小学生の理科の授業で無視メガネで紙を焼くようなマネしないでよ!」
思わず反射で起き上がった。
なんて陰湿すぎる報復であるか、危うく理科の授業で学習した内容で焼かれるところであった。
「ようやく起きましたか。フフフッ、魔法を少しでも披露すれば、私が魔女だということを信じれるのに。フフフフフ」
「そのために私が焼かれるのはやめてよ。死ぬかもしれないじゃない!」
「おやおや、魔術を実際に見たわけでもないのにどうしてそんな事がわかるのかしらぁ? 貴女、前に一度でも会ったことがあるの?」
「全然。でも魔術って言うんだからもしかしたら簡単に街を壊しちゃうくらいの力を持っているんじゃないか、と思って」
どこのファンタジーだ、と自分で自分をつっこみたくなる。
ゲームでもそんなのない。
「まあ、別にできないこともないわね。街を破壊するどころか、ブラックホールを破壊することだって可能だわ」
「ブラックホールって破壊できるの!?」
そもそもブラックホールが壊せるものだという事を初めて知った。
あらゆるものを吸収してしまう極めて強い重力をどうやって破壊するのだろうか。
「試しにチャレンジしてみてもいいかしら?」
「やらなくてもいいから! やってみたとしても地球に住んでいる私には全然わからないからね!」
「けど私にはブラックホールを破壊するだけの力は全くないわ」
「え?」
そこでトーンを下げて魔女は緩やかに語った。
――生まれた年月はいつの事だがわからなくなってしまったが、生まれた場所はヨーロッパだという事を後になって知った。
肉体の提供者である両親の顔は覚えてもいないし見た事もないが、布に包まれて暗い路地で泣いていたというのは養親から聞いている。
夏目漱石の冒頭のような紹介文だ。
しかしここで重要なのは出自の事ではない。
「私はあらゆる魔術や魔法を習得し、それでいて当然私を知る周辺の者からは魔女と呼ばれるようになった。もちろん当時は魔女狩りが頻繁に行われていた時代だったから、当然私は迫害されていたわね。いえ私の昔話を語るのはやめましょう。過去の話がメインではないし」
悠華が寝ていたベッドに腰かけるセレネ。その間に悠華はパジャマ姿から部屋着に着替えていた。
ちなみにケータイで確認してみると日にちが一日変わっていたらしく、どうやら昨日の夜は夢落ちではなかった。
「魔女としての存在意義が大きかったのでしょうね。迫害の手から追われ、隠れて移り住んでいた私はある者たちから襲われるようになったわ」
「白の魔女とか言われてる貴女なら立ち向かえたんじゃないの? ブラックホールを破壊できるとか言ってたし」
「それができるなら私はその者達から逃げることなく、逆に返り討ちしていたわよ。でもそれが私にできなかったのよ」
セレネは握りしめていた左手の中からある物を悠華に見せつけた。それは宝石ともいえる、1ミリくらいの小さな石の塊で、三角錐の形に精巧にカットされていながらも眩いばかりに白く光っていた。
「これは宝石?」
「見た目はそう思うでしょうね。でもこれはジュエルハートと呼ばれる魔力の塊よ」
「ジュエルハート……宝石の心臓?」
適当に名づけた感がひしひしと伝わってくるが、そのジュエルハートの輝きの前にはそんなのどうでもいい。寧ろその代物に何かしらあるのだろう。
「ジュエルハートは膨大な魔力を還元して石の状態に秘めている状態のモノ。これに秘められた魔力はこの大きさだけでもかなり多いわ。たとえるならそうねぇ、エネルギーで言えばこれだけで自動車が日本列島を余裕で渡れるくらいだわ」
「何だかちょっとシュールな例えね」
ちょっとわかりづらいのが痛いか。
日本列島横断が例えとは如何ほどか。
「兵器で例えるならこの大きさで街一つが跡形なく吹き飛ぶ、と言えばわかるかしら?」
「わからなくもないけど……って街一つぅ!?」
街が吹き飛ぶというのは何となく理解できる気がした。
それどころか1ミリの石で街が吹き飛ぶなどと、どんな核弾頭であろうか。
目の前で見る綺麗な小石が恐ろしく見える。
「この石を持つのは私だけ。私を襲った者はこの石を狙ってきたのでしょうね。ジュエルハートを奪われ、私は昨日のような無残な姿で逃げてきたということよ」
「どう考えてもこのジュエルハートが原因にしか聞こえないんだけど、そもそも何故ジュエルハートという危険なものを持っているの? こんな物が何の目的の為に……」
「散逸した自然のエネルギーを根源へと戻す為、と言えば理由になるかしら?」
「……?」
「つまり、このジュエルハートで失われかけている自然のエネルギーを活性化させようとしていたのよ。でもこのジュエルハートは膨大な魔力の塊だから邪な感情を持つ者があればそれだけで世界が歪曲し、我がもの顔で構成される」
「世界が……」
あまりにも質量の大きい文字であり、代償も大きい犠牲でもある。
確かに大きな力は良い方に利用すれば人々に恵みをもたらすが、悪い方に利用してしまえば脅威となる。
ダイナマイトや原子力がそうであるように。
ジュエルハートもそれと同じ危険な代物なのだ。
「これがある限り、或いは私が存在している限り、私を襲ってきた者たちは私を捕まえようとするでしょうね。その私を守るのが魔法少女である貴女の役目よ」
「魔法少女ねぇ、響きならとても気持ちいいんだけど」
彼女の思い浮かぶ魔法少女と言えば、やたらフリフリなレースやアクセサリーを装着した衣装でステッキや武器を用いて、恥ずかしい言葉を叫ぶイメージ像が浮かんでくる。
中学2年生だからまだ子供でしかないのだが、思春期の真っ只中であるし犯罪検挙の適齢年齢でもあるので、大人になっていく少女には微妙な気分だ。
「今は貴女と契約している状態だから、貴女の魔力を借りて身体を維持しているけれど、いずれは彼らに見つかるわ。彼らを貴女が返り討ちにするのよ」
「ええ!? 私が戦わなくちゃいけないの!」
「貴女が助けてくれるから契約したのでしょう? 契約した次第は私は貴女に魔法少女としての力を与えるけど、代わりに戦うのよ」
そんな無茶な、と悠華は思う。
街を小石一つで滅ぼすほどの力を持つ魔女と対等に渡り合える者達と戦うなどと、齢14歳の人間には無理難題である。
逆に返り討ちにされて跡形もなく消えるのがオチだろう。
「どういう者か、顔もわからない相手に一人で戦うって途方もない話よね」
それでも契約したものは必ず履行されなければならない。
そんな使命みたいなモノが現実として突きつける感じがあった。
「わかったわよ。戦えばいいんでしょ? 感情的になったとはいえ善意で貴女を助けたんだから、とことん貴女を助けてやるわ」
瞬間、セレネの口端が引きつり、妖しく笑みを魅せた。
「ありがとう、恩に着るわ。さてこれ以上この姿で顕現しているのも難しいわね。一旦、魔力を凝縮して温存しないといけないわ」
体を伸ばし、ベッドから立ち上がったと思いきや―。
いきなりドレスがカーペットの上へと崩れ落ちた。
「き、消えた!? どこにいるの!」
ドレスが落ちた場所にセレネの姿は全くなく、ドレスとその中にある華やかで艶美な下着と装着品だけが残っている。
(うわー。セレネってもしかして着痩せするタイプじゃないかなあ。結構スタイルいい方なのね)
すると、もぞもぞとドレスの中から一匹の白猫が可愛らしい鳴き声を上げて現れた。
「にゃーん」
悠華を見るや近寄って、すりすりと頬を寄せてくる。
「え、えええええええ? か、可愛い猫じゃない! にゃ、にゃーん! ごろごろごろ~」
「落ち着きなさい、私よ」
「喋った! ってセレネか。いきなり猫が喋るんだから驚いたわ!」
「私は魔女なんだから人間以外の姿に変えることなんて造作もないことなのよ。今は猫にしか変身できないけれど、本来の私が持つ魔力ならば何でも変身することができるわ」
「何でも……? 本当に何でも変身できるのね」
その時、普段観ている特撮映画を思い浮かべ、子供の夢を擽る怪獣たちの姿を巡らせた。
「じゃ、じゃぁ怪獣にもなれるの?」
「怪獣? 聞いたこともないけどどんな生き物なの?」
「えっと、たとえば背鰭が生えていて炎を吐く二足歩行の恐竜みたいな、五十メートルくらいの大きさの生き物や、三つの首が生えた生き物や、空を飛ぶことのできる亀やあと」
「ある程度の形が整っていればキマイラや鵺だってなれることも可能よ」
「やった! てかキマイラはともかく何で鵺は知っているのよ」
「似たり寄ったりだからでしょ。それに日本に来日するのはこれが初めてじゃないし、何百回も来ているから古典や歴史は精読しているわ」
是非そのあたりを教授してもらいたいものだが、魔力が消費しかけている彼女の状態ではそれも叶わない。
「そういえばドレスはどうするの? クローゼットの中には入りそうにもないわよ?」
「そのうち消えてなくなるから大丈夫よ。もう一度人間に戻るときにまた着ているから問題ないわ。そろそろ魔力を温存するから少し眠るとするわよ」
そう告げて、悠華のベッドに入るや枕と敷布団の間へと入っていった。
何とも勝手な猫で魔女であるのだろう。
これもセレネを助けることだと思えば我慢できるのだが、契約が履行している割に何のサービスを受けてもいないのが不満だ。
「そういえば私の名前を教えていなかったね」
悠華が呟く。
「私の名前は神田悠華。これから魔法少女として戦う者よ」
セレネの耳におそらくは聞こえていまい。
何か訂正があればお願いします。あとアドバイスも受け付けています。