白の魔法少女VS黒の魔法少女 PART14 大裂銀鋏
「た、助けて! 八神さん!」
「ゲッヘッヘッヘッヘ!! 貴様が八神宗次! 否、碧海戦雄ザヴァーンⅨ! 今度こそ貴様を抹殺する為に一つの策を講じてもらった! それは貴様と接触した、この小娘を人質として捕縛する事で貴様の動きを封じる事だ! もし変身したり僅かにでも抵抗する意思を見せたら小娘の命は無い!」
「な、何だと!? ネオオクトパースめ! 女の子を盾に取るとは卑怯な手を! お前に大海の様な広い心はないのかー!?」
「ゲッヘッヘッヘ! 大海の如き広い心だと!? 貴様が過去に葬った幹部から幾度も聞いたが、貴様の常套文句は笑わせる! 我等は貴様ら人類の悪意が海を汚した結果が生み出した存在だ! 海を汚す人類が地上から消え去るまで我々レビアタンズは負けぬ! 消えぬ! 滅びぬ! シーマンズども、ザヴァーンを叩きのめせ! 小娘が我の手中にある限り、奴は変身する事も戦う事もできぬザコ同然よ! 行け、ザヴァーンⅨを叩きのめすのだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「イーーーーーーーーーーギャーーーーーーーーーーーーー!!! ヒャッハーーーーーー!!」
「くっ! 囲まれたか! しかし人質を盾に取られて身動きができない……下手に動けば、あの子の命が! ぐわっ!」
「ライフセーバーさん! きゃ、何するのよ、この化け物!」
「ゲッヘッヘッヘッヘ! 小娘には人質以外の他にも役に立ってもらうぞ! 貴様の中に秘められているアクアエネルギアを我々レビアタンズと同様に悪の心に黒く染めてな! さぁ大人しく来い! ザヴァーンⅨは雑魚共に任せるとしよう! フハハハハハ!」
「きゃああああああああああああああああああああ!!! 助けて、助けて! いやぁ! ライフセーバーさん助けて――!」
舞台でうら若き女生徒がタコ怪人の腕の中で悲鳴を上げると、子供とその保護者が舞台に立つライフセーバーに向けて歓声と応援を叫ぶ。「負けるな!」「やれー!」「頑張れー!」と。
本日は晴天なり。天気予報に因れば今日は一日を通して快晴である。
海峡から吹き寄せる風に乗って潮の香りが僅かに漂い、鼻腔を微かに擽る。遠地からは青く眺められる海峡は金色とも橙とも見て取れる陽光に晒され、プリズム光を反射しては眩いばかりに輝いている。
市内の臨海区に所在する市民会館では、関門市設立数十周年記念のイベントの一つである、ご当地ネタを基とした人気のシリーズ特撮番組「碧海戦雄ザヴァーンⅨ」のヒーローショーが行われていた。
当然と言えば当然であるが地方でのヒーローショーや芸能人のお笑いライブは集客しやすい。一種のアイドル崇拝にも似た心理が作用していると言えば間違いではない。
特設ステージの舞台上では一人の水着姿の青年が数人のクラゲ怪人に羽交い絞めにされて集団で襲撃されているのが窺えた。一方で巨体のタコ怪人は自身より小さい体躯の少女を捕縛しており、ステージ付近から発火物の硝煙が上がったと同時に舞台から姿を消した。直後に数で青年とクラゲ怪人も同様の行動を取った。特設ステージに残るのは司会を務める女性スタッフ――関門市の市役所で働く若い女性――だけであった。
「さぁて! 聡美ちゃんを人質に取られてしまい、ネオオクトパース将軍の策に嵌ってしまったザヴァーンⅨ! 思うように動けない彼に勝ち目はあるのか! 碧海戦雄ザヴァーンⅨヒーローショー前半はこれにてお終いです! 後半は十分後に行われますので皆さん暫くお待ちください! ヒーローショーの最後にはザヴァーンⅨ達との握手会や撮影会が行われますから良い子の皆はすぐに帰らないでね! それと良い子の皆は握手会や撮影会の時はちゃんと並ぼうね、悪い子はアクアエネルギアを汚されて怪人にされちゃうよ~!」
歓声と応援に沸く特撮ヒーローショーの舞台裏ではスタッフが後半のショーに向けて準備を迅速に執り行っていた。
市民会館のメイクルームでは先程、タコ怪人に攫われた少女が疲労の色を見せてメイク用の鏡と向き合っていた。傍らにはニヤニヤと怪しい微笑を浮かべる親友の姿が存在していた。
懐からカーマインのアンダーリムフレームの眼鏡を装着し、少女――堂千世は親友の栞奈から補給用の飲料水を受け取った。舞台での演出で太陽に照らされる内に滲み出た汗をタオルで拭き、清涼飲料水を一口含んで喉に通す。
「くふ、くふふふふ~! 碧海戦雄ザヴァーンⅨの出演、本当にご苦労! 後半はいよいよ悪の組織レビアタンの幹部ネオオクパースに洗脳されてザヴァーンⅨの敵として登場よ! たわわに熟成したちーたんのむちむちワガママボディが衆目に晒されちゃうのね、栞奈ちゃん大喜びだわ! デュフフフフフフ!」
「まるで変態親父の反応ね、それ以上そのツラ見せたら潰すわよ?」
「じょ、冗談だから怒らない怒らない~! それは兎も角としてヒーローショーの演技、上等のモノだったわよ! 初めて指導を受けたにしては練習やリハーサルは上々の成果だったし、披露中もちーたんの演技に観客も一目置いていたわよ!」
当然と言えば当然である。
現在、市民会館で行われている「碧海戦雄ザヴァーンⅨ」で千世が演じる少女はショーの脚本に於いて重要な立場に立つ人物として描写されている。しかも原作者である制作プロデューサーが総合演出やシナリオも兼ねて制作を担当しているのである。
話に依れば「ザヴァーンシリーズ」のプロデューサーは、関門市の海峡沿いの砂浜で遭遇した少女のアイディアで脚本を制作したのだという。都会の放送スタジオで番組の視聴率ばかりを狙ってスタッフに全く気遣いを配らず、当然の如く自業自得でスタジオを追放された彼は偶然出会った少女に心を救済されたのだという。だからヒーローショーにおいて千世が演じる少女には感慨深い思い入れが強く、シナリオでも彼女の存在が強調されたシーンが台本やプロデューサー直々の演技指導で所々見受けられている。余程、砂浜での少女との邂逅と一連の出来事が記憶に残留しているようである。
その少女をモチーフに構想された登場人物がメインとなる此度のショーでは、現在人気上昇中の若手俳優である八神宗次演じるライフセーバーが海をこよなく愛する少女と出会い、純粋で膨大な彼女のアクアエネルギアを狙う悪の幹部レビアタンから守るというシナリオ。幼児向けのジャンル故に脚本は単純な構想で描かれている。
因みにアクアエネルギアという固有名詞は海に関わる者だけが持つ超常的な自然エネルギーで、ザヴァーンやレビアタンは能動的にアクアエネルギアを体内に取り込む事で超常的な身体能力を得ているのである。またアクアエネルギアは善悪の概念が存在し、巧みに頻度や状況に応じて使い分ける者は善、道理に外れて乱発すれば悪に染まるという。当たり前ではあるがザヴァーンは善、レビアタンはアクアエネルギアを悪に染められていると設定が存在する。
今回のヒーローショーに於いてはプロデューサーが悪ノリしたのか、脚本で実在の人物をモチーフに構想した少女をレヴィアタンの幹部であるネオオクトパースが捕え、彼女の体内に潜在するアクアエネルギアを悪に染め、少女を無理矢理レビアタンに引き込むという展開が舞台で描写されている。
つまりは洗脳で千世が演じる少女が悪の幹部となり、あられもない姿で正義の味方とも言うべきザヴァーンⅨと対決するシナリオが後半のショーで展開されるのである。悪ノリしたプロデューサー兼原作者も、流石に学生である彼女の意向に従い露出の薄い衣装に変更したのだが、千世が観衆に晒されて羞恥を感じざるを得ない事態が回避不可なのは間違いようのない事実である。
しかし彼女にとって最も重要事項なのは、羞恥を感じる衣装でも己の優れた技量に対してでもなかった。
「――それよりも会場に来場した観客の中に、神田悠華二年生と伊崎奏美二年生の姿は見当たらなかったかしら?」
「うん? 神田さんと伊崎さん……そうねぇ、外出の際に白上さんと藤宮さんから一応聞いていたけど二人の姿は全然見当たらなかったわよ? 神田さんの趣味を考察すれば真っ先に会場に来る筈だし、既に来場してもおかしくないし……どうしたのかな?」
「本当に、ね……」
眼鏡を外し、普段とは違う様子を見せる千世の美顔には落胆の情が浮かび上がっていた。
一寸先も見えない暗闇の空間で甲高い嘲笑が響く。
「カーーーーハッハッハッハッハッハッハ! アタシらが策無しにテメェに拷問を仕掛けるとでも思っていたのかよ? 大間違いだっつーの! カハッ! カハ! カハカハカハカハ! リリウム・セラフィー、お前さんって奴は馬鹿だな! 稀代の大馬鹿者だよ! コイツは愉快! カハ! カハカハ!」
「プークスクスポイ! ポイが拷問の際に飲ませたスライムの効果も合わさって痛覚は絶大だポイ! 三対一では所詮敵う筈もないんだポイ! ニシシシシシ!」
唯一、黒の魔法少女の一人シュヴァルツェア・レオパルドだけは二人と同様の嘲笑を吐き出すことなく、豊満な胸を掬い上げるように腕を組みながら哀愁漂う瞳で満身創痍の悠華を見据えていた。
全身を駆け巡る激痛で這いずり回る悠華を横目に、レイヴンとスワンプは年齢相不相応の嘲笑を続けた。
詠唱魔法〈忘却せし頃に来る魂の傷〉は、レイヴンが有難く説明するところ対象者の身体が記憶する傷を呼び覚ます魔法だという。詠唱に必要な時間は三分、残存する魔力で制限が課されるものの対象人数は最大で五人、その効果時間はおよそ五分である。
あらゆる生物はその生命を全うしている間に様々な傷を負う。それは人間とて同じ事、いや寧ろ他の生物や霊長類に於いて頂点に立つ人類ならば、故意にでも傷を負うので当然と云えよう。現代社会にはリストカットという一種の病的な負傷行為もあるのだから。
彼女が繰り出した魔法は刀傷、打ち身、掻き傷、切傷、刺傷、擦傷、掠り傷、骨折、打撲、切断など対象者が負った傷を『記憶に新しい順』から呼び覚ますというものなのだ。
その魔法の特性を嫌でも脳裏に叩きこまれた悠華には、レイヴンの悠長な説明など苦行以外のものでもなかったが。
「カハッ! 呼び覚まされる傷の記憶は、現在から短ければ短い程威力も効果時間も高い! それに消費する魔力も少なくて済むからな。この魔法は余程重傷を負った者じゃないと殆ど効果が薄いだけで終わるし、最後に負った傷の記憶が古いとその傷を痛感させるのに大量の魔力を無駄に消費するからな。効果絶大のダメージを与えるにはアタシらの手で死なない程度に最大限の傷を与えるしかない! だから拷問としてテメェに傷を与えた! 全てはこの時の為になぁ!! カハッ、カハッ! カハッ!!」
「グ、ググググググググ!! わざわざ有難い説明をどうも……ぐあっ!」
華奢な身体の各所から――先日、レイヴンの手で刻まれた数々の重傷の箇所――から鮮血が噴き出、悠華は強がりを全て吐き出す途中で呻いた。
体内で粘性と弾力のある液体が巡っているのが感じられる。ポイズン・スワンプが無理矢理飲ませたスライムが痛覚を最大限に倍増に上げられているのだ。魔法少女という一種の超人という事もあり、身体能力が向上している状態の悠華は意識を保持していられるが、これがもし奏美やテレジアならば意識喪失どころかショックする死かもしれなかっただろう。
だが状況は酷く悪い。
人数も戦力も上回る黒の魔法少女を相手に優勢に戦うも、レイヴンが所有する魔法であっという間に覆されてしまい、悠華――リリウム・セラフィーは戦闘続行不可能。奏美とテレジアは全くの素人だ。一方で黒の魔法少女たち――レイヴン・シェイド、ポイズン・スワンプ、シュヴァルツェア・レオパルド――は、黒豹の娘を除いて二人は負傷どころか疲労の情も浮かんでいない。レオパルドは先程の戦闘で多少のダメージを受けたものの、いつもと変わらぬ無表情が繕える程度に健常であった。
「オラオラァ! 今度は此方から行かせてもらおうかぁ?」
神経が麻痺してしまい激痛に喘ぐ事も儘ならなくなった悠華は、頭上で紫紺の魔法陣――恐らくこれが〈忘却せし頃に来る魂の傷〉を発動している魔法陣だと窺える――を維持するレイヴンから咢を蹴り上げられた。痛覚が麻痺していた悠華に痛みは伝わらなかったが、口元から酸化鉄の味が溢れた。
後に続いてスワンプがレイヴンと同様に顎を蹴り上げ、レオパルドは冷たい瞳で藍髪を掴んでは叩きつけた。
黒の魔法少女らの暴力を止める者はいない。奏美とテレジアならば抵抗ぐらいは可能かもしれないが、異様な殺気に晒されては何も出来ない。蛇に睨まれて食われるのを待つ蛙の如く縮こまるしかないのだ。
魔法で使用してすらいない一方的な暴力。
黒の魔法少女は既に享楽に浸っていた。
やがて虫の息の悠華をレイヴンが胸倉を掴み、〈忘却せし頃に来る魂の傷〉の魔法陣を解除して、懐から別の魔法陣を具現して武器を取り出す。
しかし、それは短剣でもなく魔縛剣クストゥドでもなく――五十センチもある巨大な銀塊だった。
「カハッ! さぁてお楽しみのハサミでチョッキンチョッキン処刑タイムに突入するかぁ! アタシが所有する武器の中でも好み、いやアタシを体現する武器『大裂銀鋏』でリリウム・セラフィーの腹掻っ捌いてハラワタ全部ぶちまけてやるよ! その後で伊崎ソーミとガキも同様に内臓掻き出してやるから楽しみにしな! カハハハハハハ!」
「ヒッ!」
「カッハッ! 響きの良い悲鳴をどうも! でも後でもっと気持ち良い悲鳴を聞かせてもらうから少しの辛抱だぜ! まずはリリウム・セラフィーからだ!」
紙や髪を切る小型の鋏ではなく枝切り鋏の様に挟んで切断する巨大な銀の大鋏。その先端から後端まで鋭利な棘が装飾されており、使用者以外の者が触れるには危険である。しかも鋏の先端は突き刺す事も可能な程に刀剣の如く尖っている。更に鋏の外端には鋸の刃が施されており、貫いたら容易に抜けないように刃が内側に向けられていた。
正に人を虐殺すべくして製造された、凶悪にして最悪の凶器。
その凶器の刃が虫の息同然の悠華の首元に据えられているのだ。抵抗しようにもレオパルドが悠華を羽交い絞めにしていて逃げる事も不可能だ。
鋏の刃が閉じれば切断は免れない。その先に起こる未来は間違いなく死である。
「やめて、悠華を殺さないで! 殺すなら……私を先に殺しなさいよ!」
「カハッ、親友を殺されたくないから自己犠牲とは美しい友情ごっこだねぇ。伊崎ソーミ、残念だがテメェの願いは聞き入れないなぁ。コイツは我が契約主が組織する〈黒の眷属〉と相対する〈白の眷属〉だ、アタシらに仇なす邪魔者は真っ先に排除しないといけないんだよなー。物事には順序ってものがあってだな……つまりはリリウム・セラフィーを先に処刑しなくちゃいけないワケなんだな。カハッ!」
「それがどうしたって言うのよ! 単に私達を殺害するだけなら順序も順番もないでしょ! さっさと殺せばいいじゃない!」
「うーむ、一般人にしては珍しく恐怖しない奴だ。親友の友情か、或いは女の本性が濃く出ているのか……まぁいい、魔法少女でもない只の人間に殺害する順序を問われる必要はない。やはり先にリリウム・セラフィーを殺す。その後で伊崎ソーミとガキも『大裂銀鋏』で四肢を分断してハラワタ掻っ捌いてやるよ! カハハ!」
「伊崎ミーソにはリリウム・セラフィーと同様の感度数百倍に上げるスライムを飲ませてやるから楽しみにしてポイ! 味噌汁の悲鳴はさぞ聞くだけで気持ち良くなるポイね、後でじっくり聴いてやるポイ!」
「カハッ、ではお待ちかねの処刑タイムと突入しますかぁ! リリウム・セラフィー、その白い衣装を真っ赤に染めやがれ! 序でにアタシらの黒にも染まりな! カハッ!」
ジャキィィィィン、と。
巨大な銀の鋏が唸りを上げ、交差する刃が閉じていく。
肉体も精神もボロボロに廃れた悠華の視界にはソレが緩やかに見えた。多分、〈絶避の眼〉が発動しているからだろう。レイヴンが首を切断するまで凡そ0.5秒――あと五秒の猶予がある。
たかが五秒、されど五秒。
彼女が死を回避するには、五秒という僅かな時間で何かしらの対抗策を為すしかない。
(でも……私一人で三人に相手にどう戦えと……? 自分でも既に限界を超えてることぐらい、嫌でも頭で理解してるのに。あの時……あの時は神父さんが傍にいたから勝てたけど、こればかりは……)
意識が薄れゆく中で悠華は二人――伊崎奏美と靖國テレジアの保全と救済を求めようとする。だが〈黒の眷属〉は自分を殺害した後、二人を必ず殺害せんとするに違いない。程度はあれ惨殺の運命が待っている。
(それだけは……私が死んでもそれだけは……!!)
一秒…………………………何も出来ない。鋏の刃が少し閉じる。
二秒………………………………何かを考える。鋏の刃が更に閉じる。
三秒……………………………………ふと、ある出来事が脳裏を過ぎる。
四秒。鋏が首に触れる。
五秒。皮膚が切れて鮮血がジワリと出た途端、レイヴンが驚愕の面で動きを止めた。
「んだと? リリウム・セラフィー、もう一回行ってみろ! アタシの耳に狂いがなければ気に入らねェ事を吐いた筈だが?」
そのまま閉じれば確実に切断する直前、悠華が死にもの狂いで吐いた言葉がレイヴンに懐疑の念を齎したのだ。そして驚愕に見舞われたのは彼女だけでなくレオパルドもスワンプもであった。
「レイヴン・シェイド、貴女は契約主か或いは〈黒の眷属〉に私の抹殺と〈魔女の心核〉の奪取を命じられて此処に到着した……だけど貴女は使命を果たすに見せかけて、とある人物を探していたのよね。しかも私に関係のある人物を。ソイツの名はギルバル・イブン・アーヴェイン」
「……」
「貴女はアーヴェインが憎かった。 その手で、いや私の首を切断しようとする、その鋏で殺したかったんでしょう? 残念だけど彼はもういないわ。私が高度の上空から海峡に落としたから生きてる可能性はゼロに等しいわ!」
「……日本に到着するまで噂が真実かどうか疑っていたが、今ここではっきりと理解できた。噂はどうやら本当だったみたいだな。これは参った参った…………で、アタシがあの糞野郎を憎んでいる事を密告した奴は誰だろうな? カハッ!」
「「!!」」
ギロリ、と。
大人でもひれ伏す怒気と人を殺せそうな憎悪を含んだ瞳で睨んだ先に、表情を引き攣らせたポイズン・スワンプの姿があった。彼女は集中的な視線の対象となった瞬間に肩を竦ませ、両手を前に突き出してブンブンと振った。
悠華を羽交い絞めにしていたレオパルドも流石に無表情というわけではなく、若干の狼狽を見せて顔を背けた。
「カハ、カハハ、カハカハカハ! そうか、そうか。テメェらか! そうだよな、アタシの秘密を知るのはテメェらか、契約主しかいないもんなー! ああ、そういえば数日前の深夜に目覚めたら二人ともいなかったが……まさかそういう事だったとは。カハッ!」
「ポ、ポポポポポポイはレイの秘密なんかバラしてないポイ! 絶対に嘘なんかついていないポイ! 本当にバラしてないから信じてポイ! コイツらが偶然秘密を知っていただけで別にポイとレオが関係しているわけがないポイ!」
「スワンプ、もういいの。嘘なんて今更吐いたところで意味なんてないから。寧ろ不信感を募らせるだけ、これ以上は無駄よ」
「レオ……」
数日前――シュヴァルツェア・レオパルドとポイズン・スワンプは関門市に向かい、臭いを辿って、橙ノ木高校付属細江中学校に到着した。其処で外出していた悠華と奏美と必然的に遭遇し、若干の譲歩の形で取引を突きつけた。
それは、今後一定期間〈白の眷属〉を対象とした襲撃を中止するというものだった。一方的だが彼女らの要望としては、任務とは別の目的を第一としたレイヴンの暴走の阻止であり、その為の条件を突きつけたのである。
しかしレイヴンはギルバル・イブン・アーヴェインとの接触、彼に凌辱された傷とトラウマ、一連の惨事を仲間のレオパルドとスワンプにしか語っていない。
無論、口外すればタダでは済まないとはレオパルドからの談。何人か参入していると予想される〈黒の眷属〉でも二人だけにしか語っていないのだから、赤の他人に――しかも仇敵の〈白の眷属〉に過去を知られたとなるとタダでは済まないどころか、ハサミで体をバラバラに切断された程度では彼女の怒りを抑制できないだろう。
それなのにレイヴンは不気味に渇いた笑みを続けては絶やさない。やがて嘲笑が切れると、首を切断する直前の大鋏を下してスワンプに歩み寄る。
「……ダメ!」
殺気を感じ取ったレオパルドが声を荒げ、羽交い絞めで拘束していた悠華を捨てると、スワンプとレイヴンの間に立って両腕を広げた。
「……レオ、邪魔だ。其処をどきな。じゃねぇと……〈大裂(-ズ)銀鋏(-ズ)が黙っていないぞ。レオの皮ごっそり剥ぎ取るぞ?」
「私には出してもポイには手を出さないで! レイ、これは私の責任。私がレイの過去を〈白の眷属〉に打ち明けたのが原因! だからポイは悪くない。 全ては三人一緒に『家族』でありたい私の責任にある。だから――」
「うるせぇよ、しつこい!」
そう吐いたと同時に、スワンプを庇うレオパルドの剥き出しになった腹部を蹴り上げる。魔法少女と変身した時点で身体強化している上に憎悪を込めた蹴りは凄まじく、レオパルドは一瞬だけ体を浮かして無様に転がった。その直後、当然怒りを抑えられないレイヴンはスワンプの頬を殴打し、よろけたところで数回蹴りまくった。
その仕打ちは一般人の奏美とテレジアには惨たらしく見えた。
「ひどい……仲間なんでしょ!? 何で仲間に暴力を振るうのよ! しかも小さい女の子に何て事を!」
「カハッ! 伊崎ソーミ、勘違いをしてもらっては困るな。仲間だから暴力を振るわないのは所詮上辺だけの関係を築く奴のやる事だ。現代社会とは程遠い世界で戦ってるアタシらだが、上っ面だけの奴とは一緒に殺り合いたくもねぇしな。だから! ポイとレオに制裁を下した! アタシの過去を曝しやがった! 暴走するアタシを止めたいなどほざいて暴露したんだぞ! 眷属全員が抱え持つ、全裸を見られるよりも恥ずかしい過去を吐いたんだ! この程度の仕打ちなら軽いぐらいだ! 無論、アタシの腹で煮え繰り返ってる感情は収まりそうにねぇがな! カハ! カハ! カハハハハハ!!」
「コホッ…………痛いポイ…………でもレイの痛みに比べたら痛くなんか……ないポイ……生易しいポイ」
「ガッ、ハッ! 私も同じ……自然で生きてきた獣は怯まない、肉食の獣ならば猶更僅かな傷で恐れを抱かない……これは野生の意思」
「こんなの狂ってる……」
以前、黒豹の娘は「魔法少女は全員、誰も語られたくない過去の傷を抱え持っている」と打ち明けた事がある。
個人毎に深さはあれ、他人に共有させたくない心の傷を所持している。
悠華もその一人だ。彼女は神田家の苗字を賜る者だが、母は夫の叔父――魔術師の家柄の出身であるクリストハルト・ローゼンクロイツの魔術による催眠で無理矢理交わらされた結果として生まれている。
事実が判明したと同時に彼女は崩壊し、奏美と出会うまで性格が荒みきっていたのだ。
今のレイヴンは嘗ての悠華と似ている。
「ではレオパルドの話は本当だったのね……」
苦痛に顔を顰める悠華の問いにレイヴンは振り返った。
「カハッ。ああ、そうだとも。アーヴェイン――名前すら言いたくもねぇ、あの男は戦争孤児であったアタシの前に突如現れやがったんだ。大方、アタシの出身を聞いているんなら話は早い。コンゴだったかソマリアだったか……兎に角クソガキの時にアフリカの紛争地域で両親を失ったアタシが悲しみに暮れていた時――アイツは突如として現れたんだっ!!」




