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GENE SERIES 03 魔法少女たちの輪舞曲  作者: クリスタルナオト
魔法少女大戦Ⅰ 黒の来訪者
31/48

白の魔法少女VS黒の魔法少女 PART6 Torture of wound

「神田悠華……神田悠華……悠華……起きなさい。この場所では痛みなど存在しません。起きて、その可愛い顔を私に見せて……」


 遠い彼方でぼんやりと反響する声に導かれるが侭に悠華は意識を取り戻し、横たえていた身体を幽体離脱の如く起き上がらせた。

 まだ意識が完全に取り戻せていないのか、起床した直後の未だ睡眠から覚めない状態で前後左右を隈なく確認する。

 何処からか、ふと暖かい風が擽るように髪を柔らかく靡かせる。それに仄かではあるがジワリと心地よい温もりが浸透してくる。

 視界全体に広がる、真冬の積雪に似た純白の大地。絵画に描かれる自然の光景を連想させるが故に現実とは浮世離れしている。

 ここは〈虚空メタフィールドダーク〉が作り出す、無限の常闇とは対照的に白が圧倒的に塗り潰されていた。

 吐き気を催す程の邪悪な空間とは異なり、其処は見る者全てを不思議と平穏とさせ、その場に留まりたくなる雰囲気を醸していた。

 虚ろな意識が覚醒した途端に彼女は猜疑の念を抱き、記憶に刻まれていない新鮮な景色をキョロキョロと見回した。


「ここは一体何処なの……? それに私はさっきまで確か……レイヴン・シェイドやシュヴァ……黒豹さんに殺されていたはず」


 脳裏で嫌という位に嬲り殺された記憶がパズルの如く組み直され、陰惨な絵図を構築してしまう。

 意識が途絶えた後の出来事を知る由もない。

 魔性を帯びたナイフで動きを封じられ、初見とはいえ闇魔法で空しく敗北してしまったのだから最早生きていない筈だと思っていた。

 此処には黒の魔法少女たちは見当たらない。放出される魔力の気配なども微塵に感じられない。

 それに深く抉られた胸の傷も無い。


「……天国?」


 言うなれば死者の世界とも言うべきか。

 死後の世界など信じない思想を根本に持つ悠華でも、見蕩れる程に美しい光景を「天国」と例えるしかなかった。


「天国ではありません。此処は悠華が映し出す心象世界、貴方の心中だけしか造り得ない唯一の世界です」


「え!?」


「やっと来てくれましたね。貴女と会うのを長らく待ち望んでいました……我が臓物から生まれた命の子孫にして、遺伝子(GENE)を継承せし娘よ」


 純白の世界を見渡す悠華の目前に、先程まで存在しなかった筈の女性が、気配も察知させずに出現していた。

 女性は銀髪のロングストレートの上にシルクのフードとローブを羽織り、ローブから覗く腕と脚はヴィアージリングの乳白色と変わりないカラーのリングを装着していた。

 慈愛を秘めた瞳、幽艶な容姿、清廉さが漂う雰囲気。


 ――白い。


 普段は化粧などに気を使わない悠華でも嫉妬しまう程に、陶器の如く白い肌の持ち主の女性は謎を秘めながらも此方を見て微笑んでいる。

 

「心象世界……? じゃあ天国でも現実世界でもないとでも?」


「そう。魔力を覚醒させた者が見ることのできる心の内の幻想世界。故に他者から干渉されやすく、影響されやすく、変化されやすく、それでいて崩壊しない不変の世界です」


「……私を既に知っている様子ね」


「然り。此処は貴女が映し出した心象世界なのですから、貴女に関した全ての記録と事実に既知だという事は明白な道理なのです。そして悠華も私を一度だけご覧になった事があります」


 彼女の言う通り、確かに遭遇した女性にしては初めて会ったような気がせず、何処かで邂逅した記憶が存在している。

 首を傾げ、頭を刺激するつもりでポカンと叩く。

 

 今となっては永善の後任としてコルベ神父が赴任する教会の聖堂に隠された地下の洞窟、その先に過去に切支丹が使用したと見做される聖堂の奥が瞼の裏に映し出された。


 其処に安置された一体の石像――〈セラフ・フォン熾天使ファルチゲルド〉と呼称された、三対六羽の羽根を背中から生やす女性の石像が浮かんだ。


 ――似ている。


 多少の違和感があるが確実に石像と目前の女性は一致していた。その事実に悠華は動揺を隠せずにはいられなかった。


「貴女が見た石像はかつての私の肉体です。現在はもう石化してしまっていますが」


「アレが!? 精巧に造られた人形みたいに生気が吹き込んでるなとは思ったけど、あの石像は元々肉体だったの!?」


 ――信じられない。

 教会の地下聖堂で見た石像が元々は生身の肉体で、人としての生存活動と機能を全うしていた事実があったなど。

 もしそうならば如何様に肉体が石化する道理が存在するのか。

 石化する魔法をその身に受けたとするならば有り得る道理ではあるかもしれないが、憶測でしかないので真実は定かではない。

 この心象世界で姿を現す女性は何者なのだろうか。肉体を石化されて失ったというのなら、霊魂という形而上の存在へと化したとでも言うのか。


「申し遅れました、私の名はナハリエル。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


「ええ? 雑音ノイズみたいなのが遮ってて声が聞き取れないんだけど」


 すると白衣の女性はやや呆然とした状態で喉を震えさせ、雑音を数回吐いた後に曇った顔つきで悲しそうに悠華を凝視する。


「■■■■■■……すみませんが、どうやら現在の地球星の言語では存在しない言葉が混濁しました。残念ですが翻訳するのは不可能なようです」


 ――現在の言語では翻訳が不可能?

 それは一体何故なのか。

 現代の世界の如何なる言葉を以てしても、雑音としか例えようのない言葉を翻訳できないと――?

 いや優先すべき事は他にある。

 

「それは兎も角として……ナハリエルさん、かしら。 教会の地下の石像と完全に貴女は似ているわ。私とも素顔が似てるし、まるで実の娘を愛するような目で見てた。ナハリエルさんの言う、『遺伝子(GENE)の継承者』って一体何なの?」


 過去に永善が真実を一つの真実を明かしている。

 魔術師ウィザードクリストハルト・ローゼンクロイツが〈セラフ・フォン熾天使・ファルチゲルド〉から魔力と因子を抽出して取り込み、名門の家柄である神田家当主の妻と不義の姦通を行った。

 その結果として誕生したのが悠華であり、彼女は「神を顕現させる計画」の元で活動していた亡きクリストハルトと永善の手中で運命すらも操作されていたのだ。

 未だ俄かに信じ難いが、ナハリエルと名乗る女性の〈遺伝子(GENE)〉を受け継いでいるならば、悠華は彼女に憎悪とも軽蔑とも言うべき感情を向けざるを得ない。

 歪んだ生命として誕生した原因は彼女にあるのだから。


「……遠くない未来で答えは見つかります。何れその時が来れば自ら見出せるでしょう……しかしクリストハルトの種で歪曲された生を恨んでいるのならば――それは見当違いです」


「ッ! 彼を恨むのが見当違い……!? やめてよ!、まるで彼が犯した罪が正当化してるみたいな台詞を吐かないで! 不義の大罪が許される事なんて絶対にない、永遠に消滅する事もない! でなければ私は何時まで苦しめばいいの!? 何時まで悩めばいいの!?」


 もう全ての事実を受け入れた筈なのに。

 神田家の家庭を崩壊させたクリストハルト・ローゼンクロイツの名を耳にするだけで感情が憤慨し、腹の中で煮え繰り返ってくる。

 もし女ではなく男として生まれていたら暴走の限り拳を振り回し、八つ当たりで他者を傷付ける事に容赦しないだろう。


「――貴女が彼の種で誕生した事実に苛まれているのが伝わりました……けれど貴方はその過去を抱えて未来へと羽ばたかなければなりません」


「それがな……にっ」


 シルクローブを纏った女性が緩やかに近づき、恐れを成してやや後退りするものの、血が通っているとは思えない程に白い手が頬に触れた。

 奇妙にもその手は温かった。


「貴女は地上を照らす一筋の光、光は人を導きませんが希望を灯す事が可能なのです」


「一筋の光……」


 すると今まで恒久的に安穏とした雰囲気を醸した心象世界がグニャリと歪み始め、限りなく広がる白の大地が、澄んだ青空が、ナハリエルの全姿が霞む。

 後に視界に映る全ての景色が混ざり合う絵具の如く虚無の渦へと巻き込まれて消滅していく。

 徐々に悠華の全身が粒子状に霧散し、ナハリエルとの距離が広がる。



「一体何が起こってるの……!?」


「落ち着きなさい。これは現実世界の貴女が意識を取り戻して心象世界から抜け出そうとしている現象の顕れ、崩壊しても死に繋がる事はありません…………もう少しのひと時でも貴女と触れ合いたかったのですが…………一つだけ伝えなければならない事が一つ」


 ホログラムの様に消失するナハリエルの口から再び雑音が漏れ始める。

 その表情には先程とは打って変わって綻びたものから真剣な顔つきへと変化していた。


「魔法しょ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 当然、ナハリエルの言葉は悠華の耳には雑音ノイズとしか捕捉できず、彼女は心象世界から現実世界へと引き戻された。









 ――ザクッ ズシャッ、ザクッ、ズシャッ ザクッ、ズシャッ、ザクッ、ズシャッ!


「ムグウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!?」


「カハハハハハ、やっと起きたかよ! そうだ、そうだ! 悲鳴を上げろ、オマエさんが叫び続ける度にアタシの中のサディズムが更に増していくんだからよ! 傷付け、泣け、叫べ!」

 

 刺しては貫き、刺しては貫き、刺しては貫く。柔らかな肉体の胸に何度もナイフが突き立てられ、白衣を凝り固まった血塊が赤黒く濡らしていた。

 意識を取り戻した悠華の視界に白と青のコントラストを描いた自然の光景は何処にも映らず、〈虚空メタフィールドダーク〉が為す常闇の様に全てが黒に覆われていた。

 いや覆われているのではなく視界がアイマスクの類で塞がれているのだ。


(ナハリエルの言う通りに現実世界に戻った……けど、み、身動きできない……! それに足が地に着かなくて空中に浮かんだような不安定な感覚、肌に伝わる冷たくて固い感触の何かが身体を巻きつけてる……これは!)


 ――そう。彼女は黒の魔法少女の手によって縛り付けられていたのだ。

 目隠し用のアイマスクで視界を遮られて場所は特定できないが、荒い呼吸の度に吸引される埃と全身で感じる冷気からにして、長年使用されていない廃墟の地下だと推測できた。

 

 その推測は大方当たっていた。

 レイヴン・シェイドとシュヴァルツェア・レオパルドに捕縛された悠華=リリウム・セラフィーは、他者を寄せ付けない不気味性を帯びた廃墟へと運ばれていたのだ。

 目隠しの他に口元には猿轡さるぐつわあてがわれ、手足はロープで縛られ、身体を鎖で何重にも巻きつけられてクレーンで吊り下げられていた。

 光が届かず、電源設備もない暗闇で彼女はあまりにも惨たらしい拷問を受け続けていた。


 痛覚が麻痺していて当人には判断できないが、彼女の体には数十か所もの刺し傷が確認できた。

 それだけではなく傷痕から更に抉られて骨を剥き出しにされ、内臓の臓物を掻き出され、爪を剥がされ、骨を折られ――常人であれば絶対に目を逸らしてしまいそうな惨劇がこれでもかという程に繰り広げられていた。

 普通ならば既に致死量の鮮血が体外へと排出され、無骨なコンクリートを赤褐色に染めているというのに、悠華は尚も意識を維持していた。

 それも当然の条理で、白の魔法少女の特殊スキルとして自然治癒が存在し、致命傷でない限りなら重傷でも完全回復が可能だからである。

 レイヴンにナイフを何度も突き立てられている中、あらゆる各所が徐々に治癒され、悠華を死から遠ざけていく。

 だが逆にその現象がレイヴンの嗜虐性を更に駆り立てる事となる。


「カハハハハハハハ! オラオラオラ! そら吐け! 吐けったら吐け! とっと吐け! 吐きやがれえええええええ!!」


 ――ザクッ、グシャ!


「ムグググググググウウウウウウウウウウウ!! ムググググ!」


「アタシが聞きたいのは悲鳴じゃねぇ、ジュエルハートだ! テメェの主人、白の魔女セレネ・メロディズム・リュシエンヌの心臓だ! ソレの在り処を吐けってんだよ!」


 ――ザクッ、ザクッ、ザクッ!

 鎖で縛られた悠華の腕や胸或いは脚に灼熱を帯びたナイフ――魔縛剣クストゥドとは異なる装飾の短剣――が何度も突き立てられた。

 コポコポと鮮血が溢れ、ジュウジュウと肉の焼ける臭いが漂い、灼熱と刺傷の激痛が神経を伝って脳


「ムオオオオオオオ!! ムググググ、ムグッ!」


 刺傷と火傷が新たに刻まれ、悶絶する度に鎖が揺れて金切り声が部屋中に轟く。

 アイマスクと猿轡の間から一筋の透明な液体が漏れるが気付かれる事はない。


「チッ……強情な野郎だなぁ。寧ろその方がアタシとしては拷問し甲斐があるってんもんだがな、カハハハハ。さて次はどんな残酷な拷問を所望かい? 両足を骨が切断される寸前まで大鋏でゴリゴリ削られたいか? それとも全身の肉をサイコロ状に小分けされたいか? それとも針で串刺しにされたいか? カーハッハッハッハ!」


 ――ザクッ、ザクッ、グシャッ、メキョリ、グチャッ、グチャッ!


「ムグアッッッッッッ!!」


「レイヴン、私たちの目的は魔術師ウィザードよりも他の眷属サヴィターよりも早急にジュエルハートを手に入れる事。拷問を楽しむ為じゃない、リリウム・セラフィーから在り処を聞く為……」


 廃墟の壁に寄り添いながら事態を成り行きを傍らで見守っていたレオパルドがレイヴンをたしなめる。


「カハッ、コイツが意外と強情でさっさと吐かないからだ。過去に捉えた奴はみ~んな一瞬で死んだり、全てを解放して汚いモン出してから吐いてたからな。それに白の魔法少女は初めてだ、仕方ないだろ? カハハハハ」


「でも、コイツは今までとは違う。不屈・不服従の理念を宿らせている……予想ではあるけど絶対に口を割らない。どんなに危害を加えても拷問しても屈しない」


「ムグググググ……ムグッ! ムグ……」


「……そんな大器を兼ね備えた野郎には見えねーが、野生の意思が打ち出した勘ってー事なら仕方ねぇよな。カハッ。しかし拷問が無理ってんなら――」


「なら毒液を飲み込ませてから毒沼地獄に浸すポイ」


 激痛に喘ぎ苦しむ悠華の耳に、レイヴンでもなくレオパルドでもない、魔法使いに粉飾した格好の三人目――ポイズン・スワンプ――の声が届く。


(な……く、黒の魔法少女は……二人だけじゃなかったの……もう一人仲間がいたのね……)


 顎に手を当てて考察中であったレイヴンとレオパルドは、隣部屋から突然入室してきた仲間に対して首を傾げた。

 何でお前がとでも言うかのように二人の頭部には疑問符が浮かんでいる。


「……子供はもう寝る時間。さっさと寝なさい」


「そうそう、アタシらの食費潰したヤツがデカイ態度で物申すんじゃねぇよ。さっさと寝ろ」


「な、なななななななななっ! レイもレオも酷いポイッ! ポイはもう子供じゃないもん! 一人でも迷子にならずに歩けるポイッ! それに四つ五つ年が下なだけじゃない、ポイだって二分の一は大人に成長してるポイッ!」


「でも身長も体重も私達より小さい。身体が成熟していない証拠」


 三角帽子をクシャクシャに潰してポイズン・スワンプの頭を撫でる肉球の手。

 それを少女は抵抗して振り払う。


「うるさいポイッ、これから大きくなって絶対に魅力的な大人になるポイ! チチオバケには余計なお世話ポイ!」


「「…………」」


 レイヴンとポイズンの冷やかな視線がレオパルドの豊満な二つの膨らみに集中する。

 対象者は自身が持つプラス要素のステータスを見遣りながら、無表情でクルリとそっへと向いた。


「カハッ。ま、まあアレだ。今は下らねー無駄話で内輪揉めしてる場合じゃない、リリウム・セラフィーからジュエルハートの在り処を吐かせる事だ。拷問に次ぐ拷問じゃ全然吐かねー、レオの鼻で魔力の匂いを辿っても限界があるし、このままだとジリ貧になっちまう――ならポイの毒液と毒沼地獄をリリウム・セラフィーにお見舞いしてやるか」


(や、やめて……!)


 三人の魔法少女から一部始終を捉えて不穏な空気を感じた悠華は、必死に喉から声を出そうとするも猿轡で遮られ、蚊の鳴き声の様な微音が僅かに漏れるだけだった。

 ガチャガチャと物音が聞こえた後にクレーンから吊り下げられた体躯が地面に近づき、乱暴にアイマスクと猿轡が外された。

 眼前には脚立に乗ったポイズン・スワンプが――お互い初対面ではあるが――迫り、短剣で傷だらけになった顔をじっくりと眺めていた。


「プハッ、ハァ、ハァ…痛い、痛い……あ、貴女が……もう一人の」


「フ~~~~~~~ン、アンタが白の魔法少女リリウム・セラフィーポイね。ポイの名はポイズン・スワンプ。かねがね噂は聞いているポイ、魔女討伐部隊の連中をたった一人で倒したって事をポイ。しかも魔殺しの使い手と渡り合ったとか。強大な魔力と無謀な勇気を兼ね備えた眷属サヴィターポイけど――果たしてポイの毒に耐えられるポイ?」


 するとポイズン・スワンプの手元から毒々しい色合いの粘液が口元へと差し出された。

 コポコポと湯気を上げ、鼻をつんざくような汚臭が漂う粘液を、流し込むつもりで口元にグイグイと押し込まれる。


「ング、ンググググググググググググ! しょのひぇひひゃいをひょひふへはひへ!(※その液体を押し付けないで!)」


「しつこいポイね! レイ手伝ってポイ!」


「仕方ねぇな……オラァ!」


「ウグウウウウウウウウウウウウウウウ!?」


 ポリポリと背中をだらしなく掻いていたレイヴンが懐の魔法陣から一振りの短剣を取り出し、悠華の口元へと刃を押し込んで無理矢理開口させた。

 口内で鉄の風味がチョイスされた液体が溢れ、刃でこじ開けられた範囲から毒物が流し込まれ――。

 

 ――そして喉を通った。


「ガハッ! ウゲェ……カッ、カッ、カッ ペッ! 喉が、胃が……!」


 レイヴンが短剣を引き抜いた直後に悠華は口内から喉へ、果てには消化器官内で激しく刺激する毒物を排出しようと、体内の消化物を咀嚼して吐出し始めた。

 だが吐き気に耐えながら汚物と似た消化物を排出しても黒々とした毒々しい液体が吐き出される事はなかった。

 逆にポイの手から流し込まれた液体は緩やかに、喉を軽く焼く程度の熱を放出しながら体内へと下降していった。

 「完了」とでも言いたげにポイズン・スワンプと視線を合わせたレイヴンは、侮蔑のおもてで鮮血を纏った短剣を引き抜いて、漆黒の魔法陣へと収納した。


「一体……ゲホッ……何を……ゲホゲホ……流し込んだ……オエッ……の!」


「〈デス・スワンプ・ハー〉。ポイだけの魔法で、敵を傷つけ、溶かし、害する毒を作り出す。成分や分量は自由自在、意思を植え付けて操る事も可能ポイ。液体だからや狭い場所や体内の何処でも侵入できて、しかも侵入した対象者の痛覚を最大限に引き上げたり、内部から破壊したり、ある程度なら遠隔的に操作する事も可能なスグレモノポイ!」


「な……ん……ですって」


「大丈夫ポイ! 貴女の体内に忍び込ませたのはペロじゃなくて普通の毒ポイ。だけど脳と神経に浸透して痛覚を五百倍に上げる毒だから気をつけた方がいいポイ」


 すると悠華の体躯を縛る鎖がクレーンで再び吊り上げられた後に、今度はグラグラと煮沸音を唸らせる液体が入った等身大の壺が――レオパルドの手によって――彼女の真下に置かれた。

 壺の中身には先程流し込まれた毒々しい液体が八分目まで注がれており、泡を吹いて湯気を濛々と部屋一帯に充満させていた。

 満身創痍の悠華がソレを見るなり青ざめ、鎖で縛られた身体を震わせた。


「ああ、ああああ、あああ……」


「さーて、もうお分かりだと理解できているよーですが、アンタにはポイの毒沼地獄を体験させてもらいまーす。湯加減は上々の熱湯、効能は傷口の刺激・化膿、とぉ~ても最高の地獄温泉をごゆっくり肩まで浸かって堪能してくださいませ。カハハハハハ!」


「じゃ、毒沼地獄へレッツ・ダイブ・イーーーーーーーーーーーーン! ポチッとな☆」


 上下の矢印が付いた作動スイッチのボタンを押した途端に、クレーンに引っ掛けた鎖が下降し始め、悠華の華奢な体躯が壺の中へと迫った。

 

 その瞬間、レイヴンに散々痛めつけられた時には反応しなかった〈アヴォイド・スロー〉が発動し、身体が徐々に降りていく様子をよりスローに見せた。

 

 一秒、二秒、三秒――。


 壺の中の毒液に浸かるまで二秒。つまり二十秒の猶予が与えられたのだが、長いとも短いとも言える時間が刻々と減る一方で、恐怖心が急激に増大し始めた。

 それは過去に味わった事のないモノで、魔女の眷属サヴィターとなってからも体験した事のない感情であった。


 ――死への恐怖、ではなく死への畏怖。


 魔女の心臓を狙った三人の襲撃者、魔殺しの我流拳法で圧倒した永善との戦闘とは違う感情が今まさに彼女を浸食しているのだ。

 一瞬で死ぬよりも、傷つけられ、喘ぎ、苦しみ、悶えながら死を迎えるのが絶大に怖い。


(や、やめ、やめて……!)


 それでも、閉じ続ける瞼の裏に心配しているであろう親友の姿が浮かぶ。

 白の妖精から詳細を伝えられて事態を呑み込められずに震える伊崎奏美の姿が。

 もしかしたら一刻も早急に救助へ行動しているのかもしれないが、魔法少女でもない彼女が危険にさらされてしまう可能性が高くなる。


 ――貴女は地上を照らす一筋の光。


 心象世界で邂逅したナハリエルの言葉が幻聴として聞こえる。

 瞬間、畏怖に駆られていた彼女の精神が狂う直前で強固なものと化した。


(ダメだ。私がここで耐えなきゃいけないんだ! 絶対にセレネのジュエルハートの在り処は教えない。どんなに拷問を受けても、自白剤を投与されても絶対に吐かない! 誰にも壊せない、私の精神と矜持を維持するんだ!)


 やがて〈アヴォイドスロー〉で得た猶予が消滅し、緩やかだったクレーンの下降が急進し始めた。

 ボロボロのブーツの爪先から壺の中へと浸入し、やがて全身が煮沸する毒液へと浸かった。

 レイヴンの嬲り殺しと拷問によって生じ、未だに治癒されていない無数の傷口と破傷された腹部に煮えた毒液が浸み込み――。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああめああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっ!!!!!!!」


 最大限の痛覚が彼女を襲い、部屋中を阿鼻叫喚で満たした。

 その悲鳴は二人の魔法少女――レイヴン・シェイドとポイズン・スワンプの嗜虐的な心情を快楽へと変換させるのに時間を要しなかった。


「カハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 最高ぅっ! 上等ぉっ! 素敵ぃっ! これこそが至高で最低の凌辱ってモンだな! まさに絶頂! カーハカハカハカハカハ!!」


「この光景、最高ポイ……」


 悦楽と哄笑と絶叫が廃墟の地下で蔓延する中で唯一、事態を喜ばしく思わない者が一人。

 部屋の片隅で壁に背中を預けていた黒の魔法少女――シュヴァルツェア・レオパルドが無表情、されど苦々しい目つきで事の成り行きを見守っていた。


(野生の意思。この状態では良くない、目的と手段を吐き違えている。それに彼女を――)


 常人ならば即死であろう――想像を絶する程の痛覚が身体を巡って悶絶させる中、悠華の意識は再び常闇の中へと陥っていった。



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