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GENE SERIES 03 魔法少女たちの輪舞曲  作者: クリスタルナオト
魔法少女大戦Ⅰ 黒の来訪者
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白の魔法少女VS黒の魔法少女 PART4 敗北

 神田悠華が、篠塚美羽が変身する。

 ヴィアージリングを翳し魔法少女の命を得る中で、シュヴェルツェア・レオパルドと名乗る魔法少女の足場から濛々と湧出した暗闇が二人を覆う。

 それは倉岡市のメインストリート一体へ拡散して広がるのではなく、まるで一定の対象だけを限定的に覆っているのだ。以外の対象を捲き込む事などない。

 次第に実体のない黒暗が彼女らを包むと闇は、誰にも目撃される事なく確認される事もなく靄の如く消えた。

 全体を覆った闇で灯籠の光から突き破って現出した悠華――白の魔法少女リリウム・セラフィーの命を得た彼女――はそこで驚愕と畏怖の情を面に浮き立たせた。


「ここは一体……さっきまで倉岡市内にいたはずなのに! 一寸先が見えない……!」


 彼女の視界には漆黒の壁が万遍なく塗りたくられていた。

 夜が如何ほどに黒く塗り潰そうとところで完全な黒には成り得ない。科学が飛躍して発展した現代に於いて外灯やネオンの灯火が深夜になっても色取り取りに――端的に言えば夜を光が絶やす事なくカラフル染めているからだ。

 陽光が照らさない陰影の世界でも光は何処かに存在する。世界各地の至る場所で。

 科学技術そのものすら発明されていない旧世界でも完全な闇は存在しない、存在しなかったのだ。

 陰影の世界を月が仄かに照らしていたのだから。

 漆黒というよりは悠華の藍の髪の方が近いとも言えよう。

 

 ――だが彼女に広がる漆黒はその認識を超えるものと化していたのだ。


 先程から瞳を澄ましても、辺りを探って手を奥へと掴んでも、何も見えない、空を掴むだけだ。

 三十センチも手を動かせば暗闇の彼方へと掻き消えてしまう。

 視界が非常に黒いせいか通常時に比べて体勢のバランスが維持できない。

 足場に何があるのか危険で、思わず前屈みになって猫背で構えてしまう。


「これが……〈虚空メタフィールド〉!」


「ほう、テメェも魔法少女の端くれならばトーゼン、魔法の知識はあるよなぁ。カハハハハハ!」


 静閑とした不気味な空間に佇む中、何処からか美羽――レイヴン・シェイドの声がエコーで響いた。

 リボンで纏められたストレートロングの髪を靡かせながら一度も緩慢になる事なく警戒する。

 だが視界に広がる暗闇を見渡してもレイヴンとレオパルドの姿を発見する事はない。

 不可能なのだ。


「現世と似て非なる異次元の空間、それが〈虚空メタフィールド。この魔法は夢幻の空間を創成し、限定キープ距離リミテッド内の詠唱者と同族である眷属サヴィターを強化する……」


「つまり、この場所は貴女たちが有利に戦える空間って事ね」


 〈虚空メタフィールド〉。


 その単語を耳にしたのは白の魔女セレネでもなく白の妖精ニードリヒト・フィーでもない。

 まさかの靖國永善からだ。

 教会を去る以前――三人の襲撃者と一対一の決闘に持ち込む策を提案した時に、神父は結界の仕組み次いでに〈虚空メタフィールド〉を示唆したのだ。

 ――もし使用する者と遭遇した時は戦おうとするな。君が痛い目を見るからな。

 一言だけ呟いていたが、その時の悠華は魔法少女として戦う事に精一杯で、〈虚空メタフィールド〉など範疇に捉えていなかったのだ。

 魔法少女の存在を警戒はしていたが、相手に発動されては愚策である。


「カハハ、そうだぜ! ここは常闇の空間、〈虚空メタフィールドダーク〉! アタシらの本場ってコトだっ! 暗闇はアタシらのエネルギーみたいなモンだからな、この無限に広がる暗黒がある限りアタシらは通常時よりもバイに強くなってテメェを滅茶苦茶に屠れるって事さ! カハハハハハ!」


「〈虚空メタフィールド〉は一度使用されれば消滅する事はない。出る事も入る事も不可能。詠唱者である私――シュヴァルツェア・レオパルドが解除するか、若しくは私を常闇の暗黒から引き摺り出して弱体化に陥らせるかの二つしかない」


「だがなぁ前者も後者も不可能な方法なんだよなぁ、カーハカハカハ! テメェがそこで這いずり回ってる間に解除なんてバカな真似するかよ。後者も無理だ、何故なら黒の魔法少女のアタシらをこの夢幻空間が強化しているんだ、力ずくでどうにかなる道理なんざ微塵もねぇよ! カハハハハ!」


 光がない、風も吹かない、水が滴らない、火もない空間――宇宙の遠い彼方の虚無で、レイヴンの気味悪い嘲笑が更に不気味さを増している。

 その声の方向がエコーで特定できない。

 


「……ならば貴女たちを引き摺り出すまで! リリウム・ウォーム!」

「おいおい、いいのかぁ? それでよ」


 構築魔法を編み出し、瞬時に両手で膨張した白色の熱球を暗闇の空へと片手で勢い良く投げ飛ばす。

 慣性の法則に従って勢いよく投げ出された熱球が一定の高度に達したところで、まるで意思を持ったかのように停止した。

 太陽の役目を課せられた白色の熱球が強く輝き、暗黒の壁に閉鎖された悠華の麓から十メートルを淡く照らした。


 ――ようやく光が届いた闇の空間で見えたのは暗色に変色してしまった不毛の大地、其処彼処に散らばる謎の骨の群れ、黒々とした水溜りだった。

 まるで寿命を全うした生命が辿り着く終焉の場所だ。

 それを見た瞬間に胃袋から喉へと内容物――奏美が美味しいと仕切りに評価していたたレストランで食べたメニューの消化物――が逆流してきたのを感じた。


「う……ぷっ! うげえええええええええええええええええええええええええ……」


 吐き気を催すほどの邪悪と恐怖に充てられてしまい、悠華は口内に逆流しそうな内容物を抑える為に膝をついた。


「あーあ、見ない方が良いと忠告しようとしたんだけどなぁ、カハハ! とはいえ光の……それも構築魔法を使用するとは少々厄介じゃねぇか、レオ?」


「……同感、構築魔法自体は魔法の中でも最弱。でも契約主マスターによればリリウム・セラフィーは構築魔法を主体にした戦闘を得意とすると聞いている。しかも既に魔女狩りの追撃者を苦しくも三人各個撃破してる……白の魔女セレネが瀕死の際に契約した相手にしては上出来すぎる。もしかしたら突飛した魔力を持つ強力な魔法少女かもしれない」


「カハハハハ……それは笑えない冗談だな。アタシより強い『かもしれない』魔法少女の一人って事なら潰さない手はねぇ! どれ、アタシからバラすか……」


「待って。急いで白の魔法少女の前に出る必要はない、私から出る。ポイがいないのは気になるけど、…………そのうち彼女は恐怖で冷静でいられなくなるから倒す事は造作もない。いずれにしても光と闇は対峙する属性……でも虚空メタフィールドダーク〉の中では光は全てを照らせない。すぐに消える」


 彼女の言う通りなのか、リリウム・セラフィーが発動した魔力の熱球が若干弱々しくなり、陽光を照射する範囲が徐々に狭まっていた。

 視界も再び闇に遮られてしまい、前後も左右もない暗闇で悠華は猫背で身構えた。

 

 ――此方からは狼狽える白の魔法少女が見えても彼女には姿が見えない。

 ――ならば試してみよう。貴女の光で私たちの闇を何処まで打ち消すのかを。

 ――野生の意思に身体を委ねよう。生存欲に身を浸食させよう。


「私は豹。〈大地トランス・ブラッう、王者パン化身サー〉」


 無限に広がる暗黒の中、シュヴァルツェア・レオパルドは四つん這いとなって一種の魔法を唱えた。


 ――その瞬間、彼女の豊満な肢体が深い体毛に覆われた。


「うげぇ、ゲホゲホ……このままでは一方的に嬲られるばかりで埒が開かない! レイヴン、隠れてないで堂々と姿を現しなさいよ!」


「カハハ、それは無理な相談だな………………っと言いたいところだがそろそろオマエさんの言葉に従って現れるとするか。見物も飽きたしな。じゃあ決めつけ通り、レオからだ!」


 何処に隠伏しているのか判明できぬ中、痺れを切らした彼女を侮蔑するかのように笑うレイヴン。

 魔力が消費しつつあるリリウム・ウォームの照射範囲で立ち往生しながらも身構える悠華は黒の魔法少女に怪訝を覚えて顔を傾けた。


「レオパルドから……?」


 その時。

 白の魔法少女の双眸に魔力が宿され、特殊スキルの〈アヴォイドスロー〉が自動的に発動した。

 

 あまりにも突然で何が起こったのか本人にも瞬時には判定できない。

 だが瞳には次に暗闇から飛び出してくる物体、動物を視界に確固たるものとして捕捉していたのだ。


「グルルルルルルルルルルルルッ! ガウウウウ!」


「ああっ……!」


 現実と夢幻空間の変わらぬ一秒。死に直結する攻撃が彼女の身に降り掛かろうとすると、一秒が十秒と化して視界に映るものが全て緩やかとなる。

 

 僅か1.5秒の出来事、それでも十五秒の出来事。

 

 二つの黄金色の輝きを捉えた瞬間、絶え絶えで消滅しそうな熱球の照射範囲に黒い塊が――体長二メートルの巨体を有する黒豹が突出してきたのだ。

 噛みつかんとばかりに剥き出して開いた牙、獲物を脅えさせる獰猛な視線、対象を逃がすまいと駆ける前肢が、悠華を恐れ戦かせたのだ。

 肉を容易く引き裂きそうな牙が華奢で細い腕に噛みつく寸前で、彼女の反射神経に雷電が走って即座に回避行動を取った。

 

「グルルルルルル……!」


 そのまま黒豹は横切って体色以上に黒い常闇へと溶け込んでいった。


「チッ、レオの攻撃を避けるとは不本意ながら相当の手練れだな。オマエさん、〈イビルアイ〉とは興味深いスキルを持っていらっしゃるなぁ、カハハハハ!」


「結構危険だったわよ! それよりもあの豹は〈虚空メタフィールド〉に存在しなかった筈! それにレイヴンの仲間のレオは………………まさかっ!」


「気付くの遅いなぁ、カハ! テメェのご察知の通りレオは自らの体を黒豹に変身して戦闘する、変身魔法の使い手だ。変身すれば体内に宿る動物の本能が覚醒して理性よりも増し、契約主マスターと同士以外に誰も止められなくなる……その後は肉の祭典カーニバルが待ってるぜ、カハハハ!」


 ――変身魔法以外の魔法は全く習得してないんだけどな、と追加。


「おっと、余所見はしていられないぜ? 野生化したレオがオマエさんを食い殺そうしてるんだからな」 


 その間にも暗黒の中から黒豹が何度も飛び出し、その度に牙と爪の追撃が襲う。

 〈アヴォイドスロー〉が発動するが、全てを往なせるワケではなく、今度こそは仕留めんと牙が左腕の柔らかい二の腕に噛みついた。


「ガウウウッ!」


「がっっっっっっ!!!!!!」


 灼熱の鉄板を直接押し付けたかのような激痛が左腕の神経から脳を刺激して、常闇の閉鎖空間に響き渡った。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 離せ! 離せ! 離せ! 離せよおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


「貴女の肉は非常に柔らかい。とても美味しそう……骨の髄まで舐めつくしてあげる」


 咆哮と唸り声だけしか吠えない筈の黒豹の喉から無機な語調の少女の声が漏れた。

 しかも黒豹は噛みつくだけでは終わらず、泉の如く滴る鮮血が濡らす腕の肉を引き千切ろうとしているのだ。

 苦痛に歪む悠華が黒豹をギロリと睨んだ直後、彼女は苦し紛れに回路の魔力を右手に凝縮させて白光を灯す。


「リ、リリウム・フォトンフィスト!!」


「ガウッ!?」

 

 火の温度を超えた白炎――いや光線束が球形状に変化し、拳を振るった途端に黒豹へと直撃した。

 とっさに創造した構築魔法であるが、威力が高かったのか、それとも光と闇が対峙する物質だからこそ効果が現れたのか肉食動物が苦悶の悲鳴を上げて横に倒れた。

 光線束が触れた箇所である左側頭部には火傷の痕がくっきりと浮かび上がり、黒豹は低い呻き声を上げながら小刻みに震えていた。


「ぐうっ!…………」


「〈虚空メタフィールドダーク〉の範囲内でレオを苦しめるとは……リリウム・セラフィー、やっぱテメェはタダモンじゃねぇな。カハハハハ、ならアタシも嬲り殺しの饗宴に参加するか……カハッ!」


 閉鎖空間の影響で自然治癒の魔力が微弱となり、膝をついて左腕の傷に悶える悠華を。

 レイヴンは三度目の哄笑を響かせた。


「では白の魔法少女、アタシの姿を披露してやるよ!」


 遠くまで響くエコーが消滅した後に。

 ――コツコツと足音が聞こえた。

 それも微小な程度からやがてはっきりと此方に接近してくる足音が。

 仄かに照らす陽光の範囲に黒衣の少女が、夢幻空間に閉ざされる直前と変わらぬ歪んだ笑顔で――悠華を軽蔑する笑みを維持しながら現れた。


 そこに出現した黒の魔法少女は確かに変身していた。

 だからこそ倉岡市内での邂逅の時とは明らかに異装だったのだろう、篠塚美羽がパンクファッションに身を纏めていたのなら、レイヴン・シェイドはゴスロリファッションだった。

 

 殆どが閉鎖空間と同じ漆黒。

 パンクファッションと相変わらずに赤のチェックが縫合されているが、やたらウェーブのかかったドレス、ヘッドドレス、暗褐色のコントラストのストッキングとハイブーツ、腰部に結ばれた頭部大のリボン、ジャラジャラと装飾された金色のアクセサリーなどが特徴的だった。


 円に沿った呪文や奇妙な目玉が描かれた魔法陣が手の甲に彫られた右手には、幾何学模様が刻印された一振りの短剣が握り締められていた。


 未だ治癒しない傷で焦燥する相手をレイヴンは冷たい目で、それでも嘲笑の面で短剣の刃を卑しく舐める。

 淫らな舌使いで銀色の糸が滴り落ちてゆく。


「それが貴女……レイヴン・シェイドの姿なのね」


「カハハハハ。そうだ、これがアタシだ。テメェが光ならアタシは闇、陽なら陰だ。全てを殺し、荒らし、漁り、貪り、食い、捕え、掠め、奪う。それがアタシ、レイヴン・シェイドの闇だ! さーてっと……………そろそろ、あの邪魔な太陽を消すか」


 唾液塗れの黒鉄の短剣を、闇に飲まれまいと形状を維持するリリウム・ウォームへと投擲する。

 すると切っ先が接触した瞬間に、白色の熱球は針に突かれたゴム風船の如く弾け、常闇へと消えた。

 

 再び閉鎖空間に宇宙の彼方の虚無が襲来し、レイヴンとレオパルドの姿が完全に闇へと溶け込んだ。

 視界が遮られてしまった悠華は動揺を隠さずにはいられない。ススの如く黒々とした空間で、黒の魔法少女は此方の動揺を見て笑っているに違いないだろう。


「また暗闇が……!」


「カハハハハハ、怖いだろうな。そうだろぉ、怖いんだろぉ? 本当の事を言えよぉ、暗闇が怖いと! 恐怖で脅えていると!! 孤独でいるのが辛いとなぁ!!!」


「……奏美、テレジアちゃん」


 市内に残っているであろう二人の笑顔が脳裏で容易に想像できる。円満に手を繋ぎながら商店街を通り、きっと駅前辺りの飲食店で小腹を満足させているのだろう。

 親友が夢幻空間で相対すべき敵と対峙している事など更々浮かぶ筈もない。その場所に悠華は存在しない、其処に存在すべき枠も席もない。

 

 今の私はたった一人。他に誰もいない。

 

 胸中で孤独と寂寥が増幅していながらも彼女は親友たちの身を案じていた。

 ――二人が心配だ、と。

 そんな風に思って、目前から迫る対象を警戒する事もできないから。

 

 〈アヴォイド魔眼・スロー〉が発動しても、短剣が容易く胸に突き刺さってしまうのだ。

 

 ――グサリ、と。

 鋭利な刃物が白の魔法少女の胸に深々と。


「っっっっっっっっ!?」


 だが奇妙にも悲鳴が上がらずに彼女は内臓まで刺さった短剣を抱えながら、命の終焉の残骸へと無様に倒れた。

 コポコポと胸から噴出する鮮血が徐々に白衣を真紅を染めていく中、悠華は激痛に苦しむも口が開かない、手足が動かない、起き上がる事も儘ならない。

 

 ――動かない!?

 

 短剣が刺さってから神経が麻痺していて動けないのだ。

 何故だ、と疑問符を浮かべる彼女を、幽霊の如く闇から出現したレイヴンが不気味に笑う。


「カハ、カハハ、カハハハ! テメェの困惑してるアホ顔が哀れに思えてくるぜ! そのアホ顔で何考えてるのかわかるぜ……何故自由に動けないのかってな! それはテメェの胸に刺した魔縛剣クストゥドの効果さ、カハハ! その刃を対象に突き刺した瞬間、魔力回路の機能が停止、体も動けなくなる! レア度は高くねぇがテメェみたいな眷属サヴィターの動きを封じるのには持ってこいの武器さ! カハハハ!」


「!?」


「オウオウ、呆然としてんのが顔に出てるぜ。カハ! さて……テメェには罪を先程犯した。罪状はレオを眩しくて鬱陶しい魔法で傷つけた事だ。テメェが受けるべき罰は………………アタシの傷だ。現在に至るまでに刻まれた傷を、テメェに与えてやる」


 映る景色全てが漆黒で見えない悠華の視線の先に、レイヴンの胸から紫紺に光る球体が現れて膨張しているのが確認できた。


「我の傷を力に刻んで仇為す者に悲痛を授けよ、〈レス・スカ・デラム〉」


 構築魔法のリリウム・ウォームとは形状が似ているが、半透明の球体には激しく暴走する刃が幾つも内在している点で異なっている。

 やがてサッカーボールの大きさに増幅したところで、黒の魔法少女はニヤリと口元を引き攣らせた。


「さぁ……味わえ。恐怖と絶望をアタシの傷でゆっくり味わえ! 死ぬ方が楽と思える程の辛い痛みを喰らいやがれ!」


 紫紺の球体が胸に刺さる短剣――魔縛剣クストゥドを媒体にして悠華の身体に潜り、トプンと波紋を立てて消えていった。

 ただそれだけである。〈アヴォイド・スロー〉が発動したが。

 紫紺の球体に触れたらリリウム・ウォームの如く爆発するわけでもないらしい。

 だが―――


「うあああああああああああああああああああああ亜あああああああああああああああああああ啞ああああああああ阿あああああああああああああああああアああああああああああああああああああああああああああああああアあああああああああああああああああああああああ唖ああああああああああああああああああああああああああ亞ああああああああああああああああああああああああああアあああああああああああ吾ああああああっっっっっっ!!!!!」


 悲鳴が、咆哮が、絶叫が、叫喚が、しんぎんが。

 常闇の空間に轟音として、決して辿り着く事のない虚無の果てに響いた。


「うううううがあっ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい! 止めて止めて止めて止めて止めて止めて! もう駄目だ、このままじゃ死んじゃううううううううう! お願いだから解放してええええええええええええええええええ!! それが出来ないならぁぁぁぁぁぁぁぁ殺してえええええええええ! もう死なせてくださいいいいいいいいいいい!」


 これ以上開かないくらいに最大限に目を見開いて涙を流し、眉間に皺をクシャクシャになる程度に寄せ、整った並びの歯を剥き出しにして。

 悠華は凄烈な呪詛を喉が潰れるのでは思う程に奥から吐き出した。


 ナイフで手足や内臓を切り刻まれる痛み、殴られたり蹴られる痛み、神経を切られる痛み、無数の針で何度も貫通される痛み、歯を無理矢理抜かれる痛み、耳や鼻を削がれる痛み、目を抉られる痛み、舌を切り取られる痛み、表皮や爪を剥がされる痛み、骨を折られる痛み、臓物を鷲掴みにされる痛み、四肢を分断される痛み、化膿する痛み、火にあぶられる痛み、水中でもがき苦しむ痛み、地面に叩きつけられる痛み、銃で射殺される痛み、地雷を踏んで爆破に巻き込まれる痛み、砲台の的にされてバラバラになる痛み、高所から落ちて生じる痛み、身体が悴んで凍結する痛み、死ぬ方がマシな痛み。

 

 その他数えきれない、例えようのない無数の激痛が合わさって悠華の全身と全身を巡り襲来する。

 目に見える外傷が所々に現れることなどなく。

 ジタバタと暴れたくても胸に刺さる魔剣の効果で動く事すら出来なかった。


「か、かかかかかかかかかかか可かかかかかかかかかかかかかかかかかかか科かかかかかかかかかかかかかかかかかか加かかかかかかかかかかかかかかかかかっっっっっ!!! かぁな…………み、かはっ!」


 奏美、とでも言いたかったのだろう。

 想像を絶する激痛に悶えながらも未だ倉岡市に残る親友の事を心配に想う。

 そして喉がしわがれて悲鳴が上がらなくなった後に、彼女は瞳を開いたままに、だらしなく開いた口元から唾液を零し、意識を失ってしまった。


「……カハハハ、いい気味だ! 激痛に苦しんで泣き叫ぶテメェの悲鳴、しかと聞いたぜ! カハハハハハハハハハ!!」


 そして勝利を勝ち誇るかのように白の魔法少女を重々しく踏みつけた。

 黒の魔法少女の勝利と判定するにはそれだけで明白だった。

 意識不明で戦闘不能に陥った様子を悟ったレイヴンは、彼女の胸に刺さる魔剣を引き抜き――

 

 ――闇に溶け込む魔法陣の中へと収納した。


 暫く経た後に黒豹がパチクリと目を瞬かせて体毛に覆われた巨体を起き上がらせた。

 すると漆黒の体毛が次々と抜け落ち、体勢が変化して四足歩行から二足歩行となり、体格が緩やかに縮んでいった。

 そこにはもう黒豹ではなく少女の姿だけがあった。


「カハ、もう大丈夫なのか?」


「問題ない。光魔法をゼロ距離で喰らったけど野生の意思でそのうち癒える。それよりもリリウム・セラフィーの状態は? 動かないようだけど……殺したの?」


「カハハハハハハハ、まさかな! まだ白の魔女セレネのジュエルハートの在り処も聞いていないのに殺すかよ。外出用の身形みなりで来た様子だと、この街の市民じゃないみたいだな。これ以上探索するのも骨の折れる話だ。コイツから聞けば在り処も聞けるだろ、カハハハ!」


「…………となるとリリウム・セラフィーを拷問にかける気ね?」


「なーに、死なない程度に酷く嬲り殺して辱めるだけだ。白の魔法少女の専用スキルは自然治癒だからな。それに……」


 ゴスロリファッションの魔法少女が捕捉できぬ暗黒の中で、意識不明の悠華の左腕を掴み、二の腕を仲間に観察させる。

 そこには茶褐色の血が流れた跡が確認できたが、咬み傷は何処にも見当たらない。


「少々の時間で完全回復する白の眷属サヴィターは聞いた事がない。カハハハハハ、これは拷問の遣り甲斐がありそうだな。久しぶりにポイの毒沼地獄が楽しめそうだぜ! カハハハハハ!」


「そうね……抵抗しないように拘束着で捕縛しないと。でもまた変身しないと運ぶのが面倒……」


 暗黒の夢幻空間で少女は再び四つん這いの体勢になり、身体を野生の本能に委ねながら黒豹へと変身した。







 オレンジの陽光が街を染める時間帯に経過した。

 倉岡駅内に設立された飲食店「Honey sweet」の入り口から一人の客が、厳格な表情を緩めずに出てきた。


「今日のロイヤルハニークィーンの味は上々と言ったところね。前に店員をシメたのが効果を為したようね。店で働く以上はサービス精神出さないとね」


 僅かにズレた眼鏡を直しながら、昼間に出会った異装の少女――ポイズン・スワンプと名乗った少女――との始終をふと蘇らせた。


「ポイズン・スワンプ……ふざけた名前ね。本名ではない事は確実に判定できるわ。あの子、油断も隙もありやしない……私のロイヤルハニークィーンを奪おうなんて千年早いわ」


 注文されたメニューが届いた瞬間、異装の少女が涎を皿の上に垂らして千世の注文メニューを自分の取り分にしようという腹黒い行動を取ったのだ。

 勿論、対策としてフォークを首に差し向けたが。

 一方で差し出されたメニューをさも美味そうに頬張り、泣き目で見守る少女を横目に幸せな気分に浸っていた。

 だが、その時にケータイ(プリペイド式)が鳴り、何度か頷いて通話を済ませた後に子供とは思えぬ妖気を漂わせ、少女は千世の方を二度振り向いて店から出て行ったのだ。


「あの時の表情はまるで……」


 ――何人か屠ってきた殺人犯の目。

 その瞳と視線が合わさった時、何事にも誰に対しても冷静な表情に動揺が走ったものだ。


「……アレは只者じゃない……ん、アレは…………?」


 店を出た矢先に。

 多くの人間が群がって通り抜ける者たちの人混みの中で、沈鬱な表情を浮かべる者が一人。

 陰鬱な雰囲気で視線を落としていた。

 その者の顔つきに千世は見覚えがあった。

 細江中学校で見かけ、いつも何処でも神田悠華と付き添っている友人と相違ない。


「伊崎奏美二年生……?」


 

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