白の魔法少女VS黒の魔法少女 PART3 衝突
活動報告の方で登場キャラのステータスを随時追加していくことになりました。詳しくは活動報告をご覧になってください!
これからも更新していきますのでよろしくお願いします!
少女は街路の樹木の太い枝にその艶やかな身体を横たわらせて目を瞑っていた。
市内で流れる川の両端を一定の距離で並ぶ木々の群れは、都市機能が驚異的に発達した市の環境汚染防止と、ビルが並ぶ殺風景な景観を彩る為に十数年前から植えられているものである。
川の上に架かる石橋は駅とビルを繋ぎ、より近い距離の交通路だ。
昼間になれば多くの自動車やバスが通りかかって当然交通量が多く、観光目的や激務に急ぐサラリーマンなどの歩行者も勿論見かける。
更に川の両端にはカップルや夫婦を対象にしたボートの乗り場が設置しており、東端には小児が遊べる噴水公園が敷設されている。
だからこそ幹に横たわる彼女を発見するのは造作もないわけで。
子猫をふくよかな胸に埋もれるように抱いてスヤスヤと眠る少女を、三メートルもある樹木の下で数人の通行客が凝視していた。
人が木に横たわるのは普通は見かけない。しかも、胸と股間を覆うだけの毛皮、猫耳のヘッドドレス、肉球付きのグローブとブーツ、ペット用の首輪、付け尻尾が彼女の服装なので奇妙な事はこの上なかった。
動物マニアのコスプレイヤー、と言うのが正しい。
その樹木は二メートル以上にしか枝がない。それに幹の表面がツヤツヤとしていて、とても指や足の力では登れそうにない。
彼女がどうやって登ったのかも見当がつかない。脚立があるわけでもないし、近くには飛び乗れる足場が存在しない。
いずれ寝返りで落下するのでは、と彼女の身を案じて心配する者が「おーい、危ないよー」「今すぐに降りなさーい」と先程から呼びかけているものの、心配されている本人は何も知らずに右へ左へと寝返りを打っていた。
しかし無意識にバランスを保っているのか、何度も寝返りを打っているのにいつまでも枝から落ちない。何とも不思議な光景である。
寝返りを打つ度に二つの果実が揺れ、男は欲望、女は嫉妬の眼差しを向ける。カップルや若夫婦の仲が険悪になる程に魅力的だった。
――ニャア。
「ん……んん」
子猫の鳴き声に誘われて夢現から引き返す少女。
硬い質の枝に肢体を横たわらせていたせいか、固まってしまった全身の筋肉を解すために肢体を弓なりに撓らせて、腕と脚を最大限に伸ばした。
すると彼女の胸の間の子猫が肩までやって来た。
「もう昼寝はいいの? まだ太陽は沈んでいないからもう少し気持ちよく昼寝ができるのに……」
――ニャアニャ。
樹木の下から此方を凝視している一般人には到底理解できないが、彼女は子猫が何を言っているのかが理解できた。
再び鳴く子猫の頭を少女は柔らかく撫でた。
「……そう、そろそろ住処に帰る時間なのね。あなたの仲間が心配しているかもしれないから、我儘は言えないね。ありがとう、昼寝に付き合ってくれて」
撫で続けていた頭から手を離すと、子猫は枝から三メートル下の地面へと器用に飛び降り、目撃者が集中する人混みの中を掻い潜って姿を消していった。
その子猫が消えた先を変わらぬ無表情でじっと見つめ、撫でた際に吟味した柔らかい感触を思い出してうっとりする。
ただ直に素手で触ったのではなく、肉球グローブで触れたので感触はすぐに消えたが。
すると。
何かが鼻を刺激したのか少女は瞳をキツめに狭め、スンスンと鼻を鳴らして子猫が消えた先とは異なる方角を睨んだ。
その先にあるのはアーケード街や商店街が立ち並ぶ建物の群れだった。
「……魔力の匂いが此方に漂っている。それも私達の魔力とは明らかに異なる魔力の匂いが。昨日に比べてかなり匂ってる……やはりこの街にいる」
――私達の敵が。
「でも……同じ匂いが二つ? それも違う方向から漂ってくる……これはどういう事? けれど強い魔力の匂いが近くから空気中に流れ込んでる。場所は………………………………レイヴンの周辺!」
――狙うべき敵がそこまで近くに迫っている。
白の魔女の眷属がすぐ傍までに近づいている。
相手が愚かなのか、それとも仲間の命を狙っているのかは即座に判断できないが、獲物が捕獲範囲に入っているなら狙わない事はない。
――体内に宿る野生の意思が滾る。
『黒豹』が爪を研ぎ、牙を尖らせ、舌舐めずりをしている。今にも暴れたいとでも言うかのように静かに唸っている。
――このままでは抑えきれない。
ならば。
暴れてもいい場所を用意しよう。野生の意思に身を浸らせても問題ない空間へと行こう。
「レイヴン、待ってて。今から貴女の元に行くから」
一般人が不安そうに見守る中で毛皮を纏った少女は太い枝の上で立ち上がり、わずかに上半身を下すと重量を感じさせぬ跳躍力で、川を隔てた先に植えられている樹木へと飛び移った。
彼女を身を案じていた一般人が、奇妙な光景を終始目視して呆然となり、その場に残っていた。
悠華は倉岡市に潜んでいるという敵――白の魔女セレネと対立している魔女の眷属の存在に警戒しながら、奏美とテレジアが寄っているであろう場所或いは店へと向かっていた。
二人に襲来する危険性がある事を踏まえてフィーを向かわせたが、靄として消える事のない不安を消滅する為に一刻も早く合流しようと急いでいた。
北に倉岡駅が位置するメーンストリートの道端で、彼女は息を切らせながら周囲を隈なく見渡していた。
だが何処を見ても、当人らしき人物は発見できなかった。
「結構、市内を駆け回っているのになかなか発見できないわね。テレジアちゃんを引き連れているから広範囲で移動できる筈じゃないのに。ハイスペースにも程があるわね」
およそ奏美が寄りそうな場所を回ったが、未だに発見できていない。尤も他に寄る可能性のある場所を見回ってないか、探索する範囲が違う事も有り得る。
その時、ふと懐かしい感慨が蘇った。
「そういえば……あの時の私もこんな風に一人で街を歩いていたなぁ。何で一人になる事が自由だと思い込んでいたんだろう……」
誰もいない時程悲しい事はない。
一人は孤独を感じなければ自由である。
規制という枷で縛る者が存在しなければ、自由に伸び伸びと勝手にしていられる。
悠華もまさに身勝手な自由を否応にも享受していた。
かつての彼女――家庭崩壊で性格が歪んでいた時――ならば喜んで享受していただろう。信頼すべき友など周囲から排除し、孤独になる事に必死だったあの時ならば。
けど今は違う。違うと断言できる。
「…………やっぱり奏美に謝らないと」
やはり喧嘩の原因を作る源になってしまった自身を戒める悠華だった。
「さてと、休憩もこれくらいにして探さないと………………うぉい!?」
「カハハハハハハハ……」
二人を再び探そうとメーンストリートを北に向かおうとすると、突然としてアーケード街の死角から目の前に人影が現れた。
女性だ。
それも年齢が悠華と同年齢に相当するくらいの少女だ。
黒と赤のチェック柄の短パン、髑髏と薔薇があしらわれた黒ジャンパー、グラディエーターブーツ、刺々しい腕輪と首輪、耳には蝶のピアス――パンクファッションである。はっきり言って趣味が悪い。
そんな身形の少女の顔が少々やつれていて今にも倒れそうな体位でヨロヨロと横切る。
「カ、カハハハハッ! カハッ!」
少女としては適当とはいえない薄気味悪さを備えた哄笑の後に、呻き声を上げて頭からアスファルトへと倒れた。
その時にガツン! と鈍くて明らかに痛そうな衝撃音が聞こえた。
頭から倒れたという事は鼻がアスファルトに直撃した筈だ。ゆっくりと倒れるのではなく速度を兼ねて倒れたので、折れてしまうのではないかと思う程に強烈な痛みが生じただろう。
「カハッ! カハッ! カハハッ! 痛い痛い痛い痛い痛ぇなオイ! カガガガガガガガガガガッ………きゅぅ」
アスファルトの上で激痛に喘いで転げ回って苦しむ少女。言わん事ではない。
一筋の鼻血がだらしなく垂れている。
その様子を(・×・)で暫く見守っていた悠華は、未だに倒れている少女の元へと腰を深く下ろした。
「……大丈夫なの?」
「カ、カハハハハハ……通行人に心配される程じゃねぇ……けど腹が減った。アタシはモーレツに腹が減っているんだ。骨と皮だけになってしまいそうなんだ。飢え死になるのは嫌だ……だから何か食い物をよこせ。アタシに食い物を恵んでくれぇ」
他人に物を頼む態度としてはあまりにも相応しくない。やや腹が立つ。
軽く青筋が浮き出たこめかみを隠しながら、持つ者は持たざる者に一つの紙袋を渡す。
紙袋には英語で「Epicure Blead」と書かれていた。
「……駅前のパン屋で買ったクロワッサンとかがあるけど食べる?」
「カハハハハハ、食うぜっ! アタシはパン大好き、実は食えるモンなら何でも大好きだけどな。特にジャンクフードが好みだ! よこせよこせ、恵め恵め!」
掲げていたベーカリーの紙袋を奪取して中身を軽く漁り、クロワッサンを握り潰して口の中へと運んだ。
「むぐ! むぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐ!」
「すごい勢いで食べてる……!」
鰐の如く最大限に口を開け、自身の手を口内に入れてしまうかのようにパンを次々詰め込む。
女性だという事を忘れてガツガツと暴食して汚い食べ方だ。
間もなくして餌を貯めるリスのように頬が膨らみ、わずかに咀嚼を繰り返した後に少女は喉を鳴らして飲み込んだ。
直後に「い~~~~~~~~~~~~~~~~~やっほおおおおおおおおおおおおお!!!」と叫んで立ち上がる。
「ぷはぁ、食った食った~! おかげで満腹満腹エネルギー前回120%ってところだな、カハハハハ! そこのオマエ、アタシにパンを恵んだ事に感謝するぜ!」
「普通、感謝するのが当たり前けどね。大体、飢え死になりそうなくらいに腹を空かせていたのはどういう理屈なの。そもそも貴女は誰?」
「アタシ? アタシの名か……そうだなぁ」
そこでパンクファッションの少女は躊躇うように黙り、ポリポリと頭を掻いた。
何故そこで躊躇う態度に悠華は違和感と怪訝を覚えた。
(もしかしたら彼女が――でも素性を隠すにしては油断も隙もありすぎる。私の思い込み……?)
「アタシの名はしの、しのつ、しのつか……そうだなアタシの名は篠塚 美羽ってんだ。篠塚、美羽な。好きなものはジャンクフードと黒系統の物、嫌いなものは明るい物だ。覚えても覚えなくてもいいぜ、カハハ。そういやオマエさんは何て言うんだよ?」
「私? 私はかん――むぐ?」
名前を言いかけたところで悠華は篠塚美羽と名乗った少女に口を押えられた。
「オマエの名なんざ知ったところで意味もねぇから紹介しなくてもいいぜ。どうせ、これを最後に二度と会うこともねぇんだからな。カハハハ」
「ぷはぁ。意味もないなら勝手に紹介しとくわよ。神田 悠華よ」
「カハハハハハハ、その名勝手に覚えとくぜ。さてオマエさん……神田に聞きたい事があるんだが――レオとポイを見かけなかったか?」
「レオ? ポイ? 何だか変な名前ね。篠塚さんの――美羽の友達なの?」
「カハハ、いいや。友達というよりかは仲間だな。普段から何時でも何処でもメシ時も寝る時も一緒にいる事が多くてな、今日は散り散りで別行動を取ってるんだよ。レオはこの街の動物と戯れて、ポイはアタシらの生活費で店に入り浸って食い倒れさ。全くアタシを放っておきやがって……」
険悪な憎しみを発揮する美羽に呆れてしまう。
それは仲がいいのか悪いのか。
でも嫌いという感情も好きに含まれるらしく、相手に感情を向けるだけで好意があるようなものだと言われている。
好きも嫌いも同義、相反するのは無関心。
「カハッ、話が逸れちまったがレオは背が高くて動物マニアでバインバインな奴だ。それとは対照的にポイは何もかもが小さいくせに大食いが特徴さ。どっちも変わった服装してるから目撃してる可能性はあるんだがな」
「貴女もその服装で十分変わってるわよ……。目撃したかどうかは多分、見かけていない筈よ」
「そうか……いや見かけていないならいいんだ。アタシらはなるべく人前から姿を隠している方が丁度いいからな。カハハ」
「……私からも美羽に聞きたい事があるんだけど――やっぱり何でもない」
悠華は刺すように冷たい悪寒に襲われて言葉を飲み込んだ。
美羽が不審者でも確認するかのように訝しむので思わず目を逸らしてしまう。パンクの少女は怪訝で細めていた目を緩ませて、また薄気味悪い哄笑を漏らした。
「何でもない……か。カハッ、カハハハハハハハハハハハハハ! そうかそうか、秘密というワケだな。いいぜいいぜ! 秘匿にしたい事なら秘密にカハッ!」
「……!?」
「そういえばアタシらはこの街に用があってだな、とある奴を探してんだよ。カハハハハハ」
「とある人を……探してる?」
ドクン、と心臓が著しく跳ね、それ以降は激しい鼓動へと打って変わる。
メーンストリートを駆け抜ける温い風が悠華の髪を靡かせた時、ふと白の妖精の言葉が脳裏を過った。
――マスターとは異なる魔力が市内の各地で感じられるなのです。
――例え一メートル以内にいたとしても変身するか、又はヴィアージリングを嵌めた状態で触れなければ特定できないなのです。
判断はできない。まだ判断したわけではない。判断してはならない。
――彼女がセレネのジュエルハートを狙う、敵の眷属などと決定付ける証拠がない。
だがどうしても美羽の口から出る言葉の一つ一つに、そうであると判断させる節が幾つか混じっているのだ。
シロかクロか。
警戒しながら奏美とテレジアの元へと慎重に向かおうとしていた時に最悪のタイミングだ。
確認する術が全く無い事はない。フィーの助言通りにヴィアージリングを嵌めれば、彼女が眷属――つまり相対する魔法少女か違うか判断できるらしい。
そうだとしても。だとしてもだ。
彼女がもしその本人としたら。
ヴィアージリングを取り出した時点で威嚇か襲撃のどちらかの手段を講じられる可能性がある。
相手は悠華よりも以前に契約主である魔女と契約して魔法少女へと化しているのだから。形は違えど見慣れたヴィアージリングを間違える筈がない。
完全に手詰まりだ。
ここは無理矢理にでも美羽の前から消えるしかない。出来れば奏美とテレジアの二人と合流して倉岡市から逃げたいが、二人を危険に遭わせるわけにはいかない。
待て。落ち着け。冷静になれ。
まだ彼女が――篠塚美羽という少女がまだ敵だと準拠して見做す証拠が無いではないか。
勝手な思い込みで憶測でしかない。
「カハハ、オイどうしたよ? アタシの顔をジッと見つめてよぉ、何か付いてんのかぁ? そうかパン屑が付いてるのか?」
人形のように固まっていたせいか、美羽に怪訝に思われて我を取り戻した悠華は、手に汗を湧き上らせながらもクルリとメーンストリートの南へと向いた。
ちなみに美羽は頬に付いた(と勘違いしている)パン屑をガラスで確認しているところだ。
これならば逃げられる。
「じゃ、じゃあ短い間だけど別れるわね。急用が――」
「カハッ、そうか。アタシらも急用があるからな。無駄な時間食わせてすまねぇ」
「お互い様だから良いって事――」
その時、カチンと。
金属の棒で鉄塊を叩いたかのような音がどこからともなく連続して響いた。
「この音は……!?」
一帯にずっと続く響く金属音は悠華にしか聞こえていないのか、メーンストリートを通行する一般人は何事もないかのように通り抜けていた。
ただ一人を除いては。
付いているはずもないパン屑を取り除こうとしていた美羽が、獲物を察知した狩人の如く鋭い視線で此方を睨んでいるのだ。
「見つけた。これは野生の意思」
その声は美羽の声ではない別人。
悠華が適当に去ろうとしていた先――五メートル先の横断歩道の前に立つ、肉食動物のコスチュームに身を纏わせた少女の声だ。
猫耳のヘッドドレス、肉球付のグローブとブーツ、ペット用の首輪、胸と股間を覆うだけの毛皮、臀部から生える尻尾の飾り。
やや乱れてはいるが悠華と同じストレートロングの髪が靡き、鳶色の瞳が爛々と輝いている。
「レオ!」
どうやら美羽にとっては見識があるようだ、悠華はまだ状況が飲み込めないでいた。
――レオ? あの少女が?
「レイヴン、ここにいたのね。見つかって良かった…………それよりもレイヴンの傍にいる子から私達とは異なる魔力の匂いがする。しかもヴィアージリングが反応してる」
「カハッ! カハハハハハハハハハハハハハハハハ! カハカハカハカハ! やっぱりやっぱりそうかそうか! アタシの目論見通りだったか! いやぁここで会うのは偶然みてーなモンだが、やっぱり最後は必然的にこうなるんだな!」
喉から息を吐き出したかのような薄気味悪い哄笑が、未だに響き渡る金属音と共鳴する。
予め予測していた最悪の出来事が現実に起こったものとなってしまった悠華は焦燥感から一歩も動けないでいた。
前門のコスプレイヤー、後門のパンクファッショナー。世界でも絶対に見かけない光景だ。
――ヴィアージリングを知っている! これで彼女らがセレネのジュエルハートを狙う輩だと嫌でも理解できた。
すると、身構えている悠華を挟んで並び立つレオが左腕を纏う肉球グローブを外し、美羽も黒ジャンパーの懐を弄る。
まずグローブを外したレオの左手の薬指。
そして黒ジャンパーから取り出した美羽の手元。
――そこには不気味な生物の群れをイメージしたオニキスの指輪――黒のヴィアージリングがあった。
しかもレオのヴィアージリングに限っては不気味に輝いており、あの喧しい金属音を響かせていた。
ポケット内にある白のヴィアージリングが拒否反応で細かく震えている。
間違いなく彼女らは魔法少女だ。それも相対すべき眷属だ。
「カハハハハ、神田悠華とか言ったっけな! アタシの名は篠塚美羽だがそれは世間での呼び名だ。アタシは黒の魔女エレクトラ・ヘクセ・リュドベックの眷属、黒の魔法少女レイヴン・シェイドだ!」
「同じく黒の眷属、シュヴァルツェア・レオパルド……」
「……わざわざ自己紹介してくれるとは有り難いわね」
動けないでいる悠華にはそれくらいしか反応を見せる事ができなかった。
「さーて、てめーが白の魔女の眷属リリウム・セラフィーと判定した以上は……恨みはねーがアタシらの契約主の命令で消さなければならねぇ。そしてセレネのジュエルハートを手中にする! カハハハハハハハ!」
「……貴女達はアレが何なのか分かっているのか知っているんでしょう?」
途轍もなく膨大な量が凝縮された宝石の塊。その正体は魔女の魔力回路の核であり心臓でもある。願望の器ともなるジュエルハートが欲望を持つ者に渡れば、それだけでも強大な影響が齎される危険な代物と化す。核爆弾以上の脅威になる事だってあり得る。
だが――。
「確かに私達はジュエルハートについては概ね理解できている。けど契約主は賢明な方、下僕である私達はただ意向に従うだけ。だから貴女を――リリウム・セラフィーを私の牙と爪で全て消す。これは野生の意思」
「……!」
「そういう事だ、カハハハ。大体、敵の話なんざ聞いたところでキリストに愛を解くようなモンだよ! 故に無駄だ、無駄! カハハハハハハ!」
「ポイがいないけど……相手が一人ならやれる――」
「リリウム・セラフィー。ヴィアージリングを今すぐに嵌めて変身しろ。血肉が迸るパーティへ案内してやるぜ。アタシは変身する、早くしろ。カハハハハハハハハ!」
「舐めた真似をしてくれるわね、言われなくても当然そのつもりだわ。私の拳で二人とも黙らせてやるわ!」
ポケットから乳白色のヴィアージリングを取り出すと、彼女はそれをすぐに左手の薬指へと嵌め――。
――陽光へと翳した。
「白き天翼は熾天使の象徴! リリウム・セラフィィィィィィィィィィ!!」
それとは対照的に美羽はオニキスの指輪を隠すようにして陰に翳した。
「我は我を覆う陰の霧、全てを闇へと誘え! レイヴン・シェイドォォォォォォォォ!!」
光が。
闇が。
二人の身体を飲み込むようにして包んだ。
ただ一人だけ――シュヴァルツェア・レオパルドと名乗った少女だけは唱えなかった。
だが彼女の手にはヴィアージリングを嵌められており既に変身が完了していたのだ。
「闇よ、拡大せよ。〈虚空間・闇〉」
無表情で彩りのないレオから一つの『特殊魔法』が唱えられ、更に大きな闇の煙が辺り一帯を覆い、三人を飲み込んだ。