白の魔法少女VS黒の魔法少女 PART1 予兆
『えー次は倉岡ー倉岡ー倉岡駅に到着します。本線はここで終点となりますので西倉岡駅以降にお越しの方はここで乗り換えてください』
黄色と赤銅色の車両を連結した列車が駅に停車し、半自動ドアのオープンと共に多くの乗客が溢れ出す。
日曜日という恵みの安息日でも仕事に追われる不幸なサラリーマンや、やたらと派手なファッションの熟女たち、遊び気分で来た青年や女子高生たちが次々と列車から出て改札へと向かう。
ぞろぞろと出てくる乗客が少なくなったところで、三人の少女が列車から引き続いて現れた。
一人だけ他の二人よりも背が圧倒的に小さく、彼女らに連れ添う形で列車に出る。
「三週間ぶりの倉岡市にようやく到着しました! 今日の倉岡も人が多いわねー! 電車の中が人で混み合ってて大変だったわよー! あーきつかったー」
他の二人よりも先に出た少女――伊崎奏美が少々くたびれた様子で暑そうに手を振るわせていた。続いて出てきた悠華も奏美ほどではないがやや疲れた表情だ。そんな二人とは対照に、幼児の少女――靖國テレジアは笑顔だった。
「奏美、日曜日だから人が多いのも当然じゃない。それに倉岡市はここ一帯じゃ中心的な都市だから私たちみたいに遊びに来る人がいてもおかしくないわよ。人が混み合ってるのも毎日のことよ」
「でもね、倉岡って東京の駅内みたいに混むよねー。テレジアちゃんは電車に乗るの初めてだから大変だったでしょー?」
「うん……電車のなか……ひとがいっぱい……だっ……た。おみどうに……やってくるひとよりも……いっぱい……」
「そうね、人が沢山いたわね。でも街にはもっと一杯いるわよ。テレジアちゃんは倉岡市に来るのは初めてだから、私と奏美お姉ちゃんたちとはぐれないように手を繋いで街に行きましょ」
「テレジアちゃん、今日は私たちと街を探索して遊びましょうね!」
「うん……!」
今日は日曜日。
靖國テレジアと街に出かけて遊ぼうという、予てからの約束を果たす日であった。
彼女は靖國永善が拾った身寄りのない孤児であり、両親や住居の宛てのない身元不明の少女である。
神父の彼がどうして警察に届け出ずに養子として引き取ったかは、既に教会から去った現在となっては謎のままであるが、テレジアは彼の苗字を貰って教会の隣にある自治労働会館でコルベ神父の手伝いとして共に暮らしている。
幼児ゆえにお手伝いとしては拙いが働き者であるというのはコルベ神父の言葉であるが、彼は神父という聖職者に就いているので彼女の身を案じているようだ。
日曜日のミサに参加する信者――その多くが高齢者――に可愛がれ、若い夫婦の年端もいかない息子や娘と積み木遊びや鬼ごっこなどで戯れてはいるがそれでは心許ない。
だからこそ年上の友達である悠華と奏美と共に街に出かけて遊んでもらうように頼んだのだ。
――午前に行われるミサの後に二人が保護者としてテレジアを預かり、出かける場所には最適な倉岡市へと鈍行で移動して今に至る。
倉岡市は関門市とは海峡を隔てた先に位置する都市で、関門市を含んだ周辺の市町村の中核を為す都会の街である。
都会と言われるだけに商工業が発達し、倉岡駅周辺には様々なアーケード街が立ち並んでいる。
市役所や株式会社が所有する高層ビル群を中心として商店街や娯楽施設が周辺を囲み、繁華街として多くの人で賑わっている。
関門市でも臨海地域では商店街が多く並ぶものの、倉岡市と比較すれば差が見えてしまう程だ。
都会としての機能を持つ倉岡市は関門市から行くとなれば、鈍行でもおよそ十五分で運賃は二百円と割安である。乗用車でも関門市と倉岡市を繋ぐ大橋を渡ればすぐに到着する。
すぐに到着できるような距離にあるので、関門市に住む悠華と奏美としては行かないはずがない。ましてやテレジアと一緒に遊びに行くにはこの上ない最適な場所だ。
エスカレーターで上り改札口を抜けたところで奏美がはりきった調子で振り返る。
「さぁーてっと! どこから手始めに行く? センストップのニューデザインの服でも着る? 話題の映画でも見る? ショッピングエリア回ってみるのもいいわね! 悠華、行きましょ!」
「行きたい気持ちは私もわかるけど、今日はテレジアちゃんと一緒に来てるんだからね。奏美じゃなくてテレジアちゃんが楽しめるようにしなきゃ……て」
「肝心のテレジアちゃんはどうしたの?」
悠華の私服の裾を掴んで傍にいたはずのテレジアが、いつの間にか姿を消しており二人の視界から消えていた。
――いきなりはぐれた!?
その驚愕と焦燥にたどり着くまでにかかった時間に一秒を要すことはなかった。
「さっき私たちとはぐれないでねって言ったばかりなのに! 少し目を離しただけでこんなことにーーーーーーー!? 私たち保護者失格だー!」
「待って! 落ち着いてよ奏美! 私たちとはぐれてから時間は経っていないはずよ! それにあの子はそこまで遠くに行かないから探せば見つかるはずだわ!」
コルベ神父の話によると、靖國テレジアは興味のある物を追いかけるクセがあるらしい。
蝶や蟻や雀や鳩を見ればそれに向かってどこまでも追いかけるが、一度だけ帰る道に迷ってしまった経験が身に染みわたり、防衛昨日で特定の範囲を一人で出ることはしないのだとか。
悠華の言う通りならば彼女はそこまで遠くまでは行ってない。駅内で立ち往生しているはずだ。
「でも、もし見つからなかったら?」
「その時はその時よ! 早速テレジアちゃんを探して――!」
慌てる様子で肩に縋ってくる奏美を振り解いた時に悠華は何かに気づいた。
その視線の先にある光景。それは先ほど迷ったばかりと誤認していた、靖國テレジアの姿だった。
どうやら逸れたのではなく、改札に置いてけぼりしてしまったらしい。
しかし、不思議なのは彼女が何故か改札をじっと見つめている事だ。期待に胸を膨らませているようで、目を光らせながら改札の前で待機している。
首を傾けながらじっと見つめる姿に、改札を潜る観光客やサラリーマンなどが彼女の可愛さに心を打たれて手を出してしまいそうになるが、そこは駅員の目が光って理性を取り戻させていた。
「あの子……何を待ってるのかしら?」
「わからないわよ。でもすぐに見つかってよかったわ。このままだと変質者が攫うかもしれないから早くしないと」
何はともあれすぐに発見できたので、二人は改札の傍で見つめ続けるテレジアの元へと急いだ。
例外ではなく改札口の駅員さんの目が光ったが、彼女らは保護者なので気にする必要はなかった。
二人の気配を察知したテレジアは僅少ではあるが、心配されていた事に気づく気配すらなく無邪気な笑顔を向けた。
途轍もなくワクワクとした雰囲気だ。
「はるか!」
「あのテレジアちゃん? 一体何に期待をして改札を見ているのかな~?」
「うん……改札さんが……きっぷを出してくれるの……ずっと待ってるの。だけど……改札さん……いつまで待っても……こない……でてこないの……だから待ってる」
どうやら関門駅で切符を自動改札に切符を入れたのが彼女にとって妙に楽しかったらしい。
読み取り済みの切符が出るのをいつまでも待つつもりである。
――切符を買うのは初めてのようだ。
プリペイドカードで済ませた悠華としては、切符を買うことの期待感は懐かしい遠い思い出にしか見えなかった。
幼児の幼気な気持ちを害するのは本心ではないが、いつまでも待たせるわけにはいかない。
「あのね、関門駅とは違って切符はもう戻ってこないの」
「え……戻ってこない……の?」
「そう。改札さんが切符を狼さんみたいに食べちゃって、もうお腹の中よ!」
子供の邪心のない質問の繰り返しを起こさせないために悠華は子供心にそう答えた。
切符の行方を悠華から聞いた直後、硬直してしまったテレジアは瞼にジワリと涙を浮かべた。
「ふえ……ふええええ……ふえええええええええええええええん! わたしのきっぷがぁ……きっぷがたべられちゃった……ふえええええええええ!」
「ちょ、ちょちょちょ! 急に泣かないで! 落ち着いて!」
「ふええええええん! えいぜーーーーーーん! えいぜーーーーーん! わたしのきっぷがーーーーーー!」
赤子のように泣き叫ぶも駅内を行き交う者たちの足音や騒ぎ声によってかき消され、傍らにある自動改札を通り越す者にも届かない童女の悲鳴を聞く物は悠華と奏美だけだった。
対応に困った悠華にやや呆れた様子の奏美は、すぐに彼女らの元へ駆け寄った。
「あー、全くもー悠華ったら何をやっているのよ。テレジアちゃんを泣かせちゃダメでしょ!」
「でも私のせ――」
「でもじゃない! 泣かせたんだから責任は悠華にあるのよ。特撮好きが見事に悪い方向に影響しちゃってるじゃないの。さっきの言葉、全然フォローになっていないからね。テレジアちゃんが泣くのも当然よ」
「あ……」
「フム、わかったなら少しは反省の色を見せなさいよ。それと特撮だけを見る生活も振り返ることね」
「ぐじゅ……ふえええええ……」
瞼と瞳を赤く腫らして涙や鼻水を特製のシスター服の袖で拭うテレジアに、奏美は宥めてからハンカチを取り出して彼女の顔を柔らかく拭う。
「泣かない泣かない。テレジアちゃんは天使みたいな笑顔の持ち主なんだから、泣いたら皆が悲しくなっちゃうよ? ほら笑顔笑顔!」
「ふぎゅううう……でもきっぷさんが……いなくなっちゃった」
「大丈夫、あとで切符さんは戻ってくるからね。絶対に戻るから」
「本当……に?」
「本当の本当だよ。だから今日は泣かないで楽しく遊ぼうよ」
「……うん」
ちなみに奏美の案では帰る際に倉岡駅で一枚多く切符を買い、関門駅に到着して先程と同じような事が起きた時に密かに渡す算段のようだ。
――子供を相手にするのは難しい。
少しだけ悠華は奏美が羨ましく感じた。
「じゃあ、まずは『Honey sweet』にでも寄ってみますか……悠華のオゴリで!」
「ええ!? あのお店すごく高いじゃない!」
「ハニー? オゴリ……?」
『Honey sweet』とは日本全国で二百店舗も広げ、ドーナツやパンケーキなどを提供するチェーンストアである。倉岡市にも駅内に一つ、市内に二店舗が設立されている。
十代から三十代の女性向けに展開されており、低カロリー・低脂肪の素材と調理法とその美味しさに注目され、人気の的となっている。
ただ値段が高価で、バイトに勤しむことのできる高校生ならともかく、基本的に禁止されている中学生の身としては財布に厳しい。
だからこそ悠華の驚きも当然と言えば当然だ。
「丁度お昼だから寄ってみるのもいいじゃん、それに今週から割引セールがあるから入ろうよ。テレジアちゃんを泣かせたお詫びとしてね!」
「うぐっ……その責任はあるけども、それは単に奏美が行きたいだけじゃない! テレジアちゃんの意思が入ってないわよ!」
「ジュル……」
奏美の口元から流れる一筋の透明な液体――涎だ。
「ああ、やっぱりそうだったのね! 食べたいのね!? 私の持ち金で『Honey sweet』の一番の高価メニューのロイヤルハニークィーンを注文する気ね!?」
「フフフフフフフフフフ……フハハハハハハハハハハハ! バレてしまっては仕方ない! そうよ、その通り! テレジアちゃん泣かせた詫びは建前で目的はロイヤルハニークィーンを食べ尽くす腹積もりよ! 弱味を握られたが最後、悠華は注文しなくちゃいけないのよ! テレジアちゃんも御馳走にありつきたい様子よ!」
それを意図する証拠としてテレジアの口元が引っ切り無しに開き、奏美以上にダラダラと涎が零れ落ちていた。
「あーーーーーーーーもうーーーーーーーーーー! そんな顔しないでよーーーーーーーーー!」
「ジュルルルル……ろいやるはにぃくいーん……おいしそう……どーなつもたべたい……かなみ、おごりってなに……?」
「そうね、悠華お姉ちゃんに頼めば無料で御馳走ができるってことよ!」
「ただで……ごちそう……?」
「コラッ! まだ幼気な子供に何を吹き込んでるの! 教育上にオゴリなんて宜しくないわよ! この卑怯者!」
「フフッ、卑怯でも何とでも呼びなさい。さぁ……悠華はどうするのかな!?」
「ううっ……確かに『Honey sweet』のドーナツは食べたいけど……でも我慢しないければ!!」
このままでは奏美の陰謀に屈服してポケットマネーが湯水の如く流されてしまう。
悠華としては何としてでもテレジアを此方に抱き込み、この時期に全国で上映されている「碧海戦雄ザヴァーンⅨ 決戦! 宇宙海皇の侵略!」を見るのが目的であった。それと劇場版限定の変身フォームのフィギュアを買う事も合わせて。
その為に用意された資金は運賃・食費を除いて一万円、テレジアのために割り当てた資金はおよそ三千円。
奏美から洋服を買うように催促されたがそのつもりなど更々ない。
だが、詫び=罰を与えられた状況で、もし彼女らの要求に従えば資金が大きく削られてしまい、映画は見れても限定フォームのフィギュアが買えなくなってしまう。
――そんな事はさせない!
「あのテレジアちゃん、『Honey sweet』に寄るのは後にしましょ? 今日は私たちと遊んだり楽しんだりする日なんだから街を練り歩いて楽しもうよ」
「でも……どーなつ食べたい……ろいやるはにぃくぃーんも食べたい……」
「ロイヤルハニークィーンはともかくとして、ドーナツなら帰る時にお持ち帰りで注文してあげるわ。そこのドーナツは超絶に美味しいけど、その美味さをテレジアちゃんだけが独占するのではなくてコルベ神父にも分けてほしいな。私の気持ちがわかるかな?」
「……わかった……えいぜんも……こるべ神父も言ってた……人と分かち合うのは……いいことだって……だから……がまんする」
「えー、それでいいのー? 今すぐに注文した方がいいのにー?」
「奏美は黙りなさい。とりあえずテレジアちゃんの答えはしかと聞いたわ、我慢するって事でいいわね?」
「うん……!」
「ブーブー。うまく言いくるめたね、私はロイヤルハニークィーン食べたかったのに……ブーブー」
「奏美は黙りなさい」
陰謀が覆されて、稚拙な文句を吐く奏美を威圧させる悠華。
しかし野望を砕くのは野望である。
彼女の心中では倉岡市のアーケード街や商店街を練り歩いてうちにテレジアが別のものに興味を引き、それでドーナツなど興味が失せるだろうという腹黒い企みが渦を巻いていた。
――子供は容易い。
一遍の優しさもない言葉が内心で吐かれた後に悠華はテレジアの小さな手を握った。
「いつまでも駅内にいるのも何だから早く街に出かけよう。今度は迷子にならないようにちゃんと握るから、テレジアちゃんもしっかりと握ってね」
「わかった……はるかとかなみの……めいわくにならないよう……ちゃんとつなぐ!」
「そうね。私も悠華お姉ちゃんもテレジアちゃんの手ちゃんと握るからね! いざ――」
その時。
「ちょっと失礼。君たちに聞きたいことがあるんだが」
「ふぎゅう! ちょっと何なの!」
背後から声を掛けられ、倉岡駅の南側の出口へと向かおうとして三人の足が止まった。
悠華は即座に止まり、よろけそうになったテレジアは彼女の手に掴まり、一人だけ勢いのあった奏美は転げてしまった。
びたーん! と顔面が地面に直撃して、その衝撃が引き金となって怒りに身を任せた奏美は声を掛けた人物を睨んだ。
だが彼女が睨んだ相手は予想以上に相手にするには分が悪かった。
およそ二十代後半くらいの男性がそこにいたからである。
刑事ドラマの主人公が度々装着する黒のポリスサングラスを身に着け、日焼けが目立つ肌、無精髭のない整った口元と顎、左手に装着された腕時計、涼を取ったラフなスーツ姿が特徴的。そして掲げられた手帳には身分証票、旭日章、写真が配されている。
つまりは警察だ。すぐに判断した奏美はサングラスの奥から覗く怜悧な視線に委縮して背筋が棒と化してしまう。
「私は倉岡市警察署刑事課所属の本郷彰人だ」
「刑事……?」
「ああ。この通り警察手帳もある。ドラマしか見ないかもしれんがモノホンの刑事だ。堅そうなイメージがあるだろうが気軽な態度で対応してくれると有り難い」
「けいじさんって……なに?」
悠華と奏美以上に事態が呑み込めてないテレジアの頭を、刑事と名乗る男性が野暮に撫でる。
「お嬢ちゃん、刑事ってのは悪い事をして他人を困らせる人を捕まえる仕事をしている正義の味方なんだよ。お兄さんもその一人なんだよ」
「わるいひとを……つかまえる……ひと……?」
「そう、三百六十五日朝も昼も夜も街を守るヒーローなのさ。何かあればすぐに駆けつけて守ってくれる。お嬢ちゃんもね」
「ひぃろぉ……テレジア、ひぃろぉは大好き……おじさんはひぃろぉ……」
「オジサンじゃなくてお兄さんな。けどいい子だ」
「あのっ! 私たちに何か用があるんじゃないんですか!」
その言葉と共に、ガサツに撫で続ける刑事の手からテレジアの頭を離す悠華。
すると男性から笑みが一瞬にして消滅した。
「――遊楽日和で気分を害したらすまないが私は仕事に関しては人三倍に熱心でね。君たちに一つ聞きたいことがあるんだが、この生徒たちを見なかったか?」
懐のポケットから取り出して提示された四枚の写真をじっと眺める三人。
その写真には、左から優男、ハリネズミヘアー、ピアスだらけの顔、日焼け顔のそれぞれ異なる特徴を持つ人物が写っていた。
学校で撮影されたものなのか四人の男子は制服姿であったが、良心の欠片が備わっているとは思えないほどに険悪な顔つきをしていた。
「この生徒たちは左から三谷秀彦、手嶋要、柴崎剛章、真田幸也だ。市内の中学校に通う中学生なんだがコイツらの悪事が群を抜いていて、校内での陰湿なイジメや暴力、販売店での窃盗や強盗、他人を恐喝しての財布やカードの巻き上げ、塾帰りの女子を狙っての強姦を繰り返している。容疑は五十件を超え、警察も総出で彼らを追っているが奴らは大胆で巧妙な手口で行方を暗ましているんだ。倉岡駅にも頻繁に姿を現していると聞く。だから注意の序でに君たちに声を掛けたんだ」
「お勤めご苦労様ですけど、私たち関門市の市民なので見覚えはありません」
悠華の答えを聞いた刑事は呆れとも失望とも判断できない顔つきで三人を見つめた。
「……そうか、ならいいんだ。彼らは残酷極まりない性格だ、君たちみたいな可愛い子を見れば容赦ない。それに彼らは暴力団やヤクザとも関連があるらしいからくれぐれも気を付けるんだな。君たちが住んでる関門市も物騒になったみたいだがね」
「関門市……?」
「話は聞いたが何でも連続殺人事件が横行していたようだな。今のところは大人しくなったようだが未解決らしいじゃないか。できればすぐに割り込みたいくらいだが、生憎私はこの写真の屑野郎を逮捕せねばならん。事件とは関係ないが関門海峡でフライングヒューマノイドも確認されたくらいだから悪い空気が流れ込んでいるな」
「フライングヒューマノイド!?」
関門市で連続殺人事件。海峡で見かけたというフライングヒューマノイドの姿。
それらのキーワードにテレジアを除く二人、特に悠華は心当たりが大いにあった。
連続殺人事件。それは一つの理を司る魔女、セレネ・メロディズム・リュシエンヌが極東の日本へ逃げ込んできた事で起きた一連の事件の事だ。
三人の襲撃者たちが彼女の命を狙い、眷属の魔法少女や無縁の人間が犠牲となってしまっている。
痛ましい出来事ではあるが、この事件が悠華を魔法少女へとなる切っ掛けを作っているとなると複雑である。
関門海峡で見かけたフライングヒューマノイドというのは、〈熾天使の翼〉を発動させた悠華=魔法少女リリウム・セラフィーの事だろう。残虐無慈悲の傭兵アーヴェインを倒すために空中から海峡へと落とした覚えがあるから、何者かが視界に捕えてたのだ。
UMAの一種であるフライングヒューマノイドと例えられるのだから、人とは確認できていないようだが油断は禁物である。
――バレていないかな。
僅少ではあるが冷や汗を掻く二人。それとは逆に童女は何もわからない様子だ。
目の前にいる警察官、いや刑事とはあまり関わることもないだろうが警戒を怠るのは良くない。
この男は危険だ。彼に記憶喪失のテレジアを任せるわけにはいかない。
男はこれ以上は三人からは情報を得られないと判断したのか、「失礼」の一言だけを吐いて警察手帳を収めて踵を返した。
倉岡駅の北側の出口へと向かい、数歩踏みしめた後に彼らは振り返った。
「そうだ。言っておくが、もしも何かがあれば私を頼るといい、全力で対応することを約束する。私は齢二十八にして既に十三回も引き金を引いた男だからな」
「……!!」
その言葉を残して、本郷彰人と名乗る刑事は倉岡駅を行き交う者たちの人混みへと消えた。
遊楽日和の気分を害されるほど大袈裟ではなかったが、複雑な気分が混雑している二人としては早くそこから離れたい衝動が増していた。
両手を彼女らに繋がれ、共に倉岡駅の外へと出たテレジアはしばらく首を傾げていた。
今日は日曜日。
倉岡駅内に設立された「Honey sweet倉岡駅店」ではこの日が休日と、毎月行われる割引セール週間の一日である事実が合わさり、店内は非常に女性客で賑わっていた。中にはカップルで訪れた男性客もいるが、その多くはやはり女性客である。
割引対象のメニューを頬張り、比較的値段の安い飲料で喉を潤しながらテーブルを囲って談笑を続けている。
そんな雰囲気を醸す店内に、一人の女性が店に訪れる。
「いらっしゃいませ~!」
レジカウンターにて待機していた女性店員が訪れた客に対して慣れた挨拶と作り笑顔で対応する。
しかし、そんな店員とは逆に訪れた客は不満とも無表情とも見てとれる顔つきだった。
黒髪のセミロング、アンダーリムフレームの眼鏡、口元の黒子。正しく美堂千世だ。
バイトで店に勤めたばかりの女性店員には見覚えがなかったが、会計係のベテラン男性店員が来客を見るなりビクリと揺れていた。
――もしかしてあの人が強面の常連客とか先輩が言ってた人か。
如何にも真面目な顔つきで注文し、強面で頬張る特殊な客。その割に支払いが物凄いという特殊な客とは聞いている。
しかし、それを除外すれば均整の取れた美しい女性客である、というのは女性店員の見解だ
見渡す限り全ての席が先客に占領されており、千世はやや困惑した様子、とは言っても強面で女性店員に尋ねてきた。
「席が空いてないんですが……」
「ぴっ……!」
「ぴ?」
「いえ、何でもありません。それで席なんですが……只今満席となっておりましてどこも開いてない……」
すると会計係の男性店員が女性店員に意思の籠った瞳を向けて言葉を伝えてきた。
――奥の席があるだろ!
その意図に気づいた女性店員は千世の強面に臆しないようにとぎこちない動作で接客を続けた。
「お客様、只今奥の席なら使えます。相席になりますけど宜しいでしょうか?」
「? いいですけど……」
「では、お客様一名入りま~~~す!」
バイトで働く身だから高校生或いは大学生で確実に千世よりも年上なのだが、女性店員は年下の女性(勿論知らないが)に脅えながらも奥の席へと必死に案内した。
奥の席――「16」と書かれたナンパープレートが配置された席へと千世を座らせた店員はホッと息を漏らす。まるで役目が終わったと言わんばかりに。
「ではお客様、ごゆっくり寛いでくださ~~い!
「ちょっと待ちなさい」
「ぴっ!」
冷水が注がれたコップを置いて立ち去ろうとした瞬間、刃のように鋭く研がれた言葉が店員に投げかけられた。
恐る恐るといった様子で振り向くと、そこにはやはり強面の千世が眉間に皺を寄せて此方を睨んでいた。
やはり怖い。
「相席とは聞いたけど、あんな子供がいるなんて知らなかったわよ。一体アレは何なのかしら?」
彼女が指差す先には、黒のマントを羽織りながら座席で少女が横たわっていた。
全姿の殆どがそのマントで覆われていて視認できないが、小学生相当の少女だという事実は店員と千世にもはっきり理解できる。
しかし鍔が広がりクラウンの尖った帽子で顔が隠されてやはり確認できなかった。
「ふひゃひゃひゃひゃひゃ……まだまだ食べられるのじゃ……むにゃむにゃ」
「口でむにゃむにゃ言って寝てるけど、この子を何とかならないの? 追い出せとは言わないけど退出してもらえないかしら?」
「お客様……あのお子様は昨日からずっとこの席に居座っているんですよ。後から来店されるお客様の迷惑になるので退出するように願ったんですが、聞いてもらえなくてですね……放っておいたままなんです」
「それは面倒な事ね」
「でも支払いはいいんですよ。食い扶持が結構あるみたいなんですよ」
「そう……ともかく注文入るけどよろしいかしら?」
「は、はい! ご注文は何にしますかっ!」
非常に畏まった態度でオーダーを取る店員を傍らに、千世はメニュー表を一通りに閲覧してメニューを決める。
「ロイヤルハニークィーン二つとチョコドーナツ三つとチーズケーキ二つとカスタード二つ、それとフレンチトーストとカフェオレを。カフェオレには砂糖大さじ五杯入れて頂戴」
「はい、ご注文を繰り返させて頂きます。ロイヤルハニークィーン・カスタード・チーズケーキを二つ、チョコドーナツを三つ、フレンチトーストとカフェオレを一つですね」
「砂糖大さじ五杯を忘れずにね」
「……はい、畏まりました! お客様の注文が揃うのに時間がかかりますがよろしいですか?」
「問題ないわ」
強面の常連客から意外と普通にオーダーが入り、厨房係にオーダーを取り次ごうとする。
すると先程レジにいた男性店員が額に汗を浮かべながら急ぎ、カフェオレ――大量の砂糖が入った飲料――を千世のテーブルへと置いた。
「お客様、たった今カフェオレが届きました! 砂糖大さじ五杯入ってます! スティックシュガーも用意しましたので足りない場合はご利用ください!」
「用意がいいわね」
「お褒めに預かり光栄です!」
賛辞の言葉と共に大量に砂糖の入ったカフェオレを啜る千世。彼女がカフェオレを啜る音の中にサラサラと砂利が滑る音が混じっていた。
わずか五秒の出来事に呆気を取られていた女性店員を、カフェオレを届けた男性店員が肩を叩いて耳打ちする。
「あのお客様は非常に甘い物が好きで、特に砂糖が大量に入ったカフェオレが好物なんだ。分量が足りないとあの美人顔が般若になるぞ。そしたら泣きたくなるぜ」
「……!!」
「さぁ仕事だ仕事。オーダー取ったならさっさと厨房に行けよなー」
男性店員がレジへと戻り、女性店員が厨房へと取り次いだ後に千世はカフェオレを二度啜りながら一方で相席の客である少女へと視線を傾けた。
寝ていたはずの少女の状況が打って変わり、注文が終わった後に急遽として起き上がっていたのだ。
テーブルに転がっていたフォークとナイフを取り上げ、早く注文が来ないかと期待して。
そこで千世は少女の顔を初めて確認した。
ローブの上にマントを羽織り、尖がった帽子、呪文の入った刻印――如何にも魔法使いといった風格だ。
顔は長髪で隠れかかってて暗く確認しづらいが、他人が見れば可愛いと評されるかもしれない。
だが千世は違った。
「ニヒヒヒヒヒヒ、お姉ちゃんロイヤルハニークィーンを注文したポイね! ポイはこの店のメニューを殆ど食べ尽くしたけど、ロイヤルはまだ食べてないポイよ! 二つも注文したってことはポイの分も注文したってことでいいポイね?」
「黙りなさい。そこの、今からすぐに席から離れなさい。私は子供が嫌いなの。特に貴女のような生意気なガキはこの世で嫌いな物にカウントしてるわ。これ以上怒らせるとフォークが飛ぶわよ」
「イッヒヒヒヒヒ、そんな事言ったってポイは脅迫に屈しないポイよ~! ロイヤルハニークィーンを食べるまでは挫けないポイね!」
――ヒュン。
千世の懐から銀色に光る棒状の個体が瞬時に投げられ、目に見えない速さで少女の顔を通り過ぎた。
銀の個体――フォークが少女の頬を掠め、そして背後の壁へと深く刺さった。
凶器と化した食器に触れた頬から一筋の鮮血が流れ、内装をあしらったコンクリートの壁に刺さったフォークがユラユラと揺れていた。
突然起きた恐怖と死の危機に少女は傷のついた頬を抑えながら慄く。
「ひ、ヒイイイイイイイイ! ポイの柔らかな頬に傷がついたポイーーーー! ああ、傷物にされちゃったポイーーー!」
「誤解を招くような言い方はやめなさい。そして早く退出しなさい、語尾にポイポイつけるのウザいから」
「そんな事言わずにポイーーーーー! 後生でロイヤルの欠片をくださいポイっ!」
「欠片もあげない。ロイヤルハニークィーンが食べたかったから、床に落ちてる欠片でも食べてればいいじゃないの」
「ひどいポイーーーーーーー! 人間としての情緒も品格も感じないポイーーー! ああああああもうお腹が空いたポイ! 分けてくれポイーーーーー!」
「何度頼んでもあげないわよ。大体、食い扶持が良い客の貴女ならロイヤルハニークィーンを注文する代金があるでしょ?」
「それが……レイとパルに怒られちゃって、これ以上の食費は出せないって事で没収されたポイ……もっと食べたかった……ロイヤル食べたいなぁ」
「……そう、それは仕方ないわね。甘いものが食べられない事は苦痛だわ、私も甘いものを取り上げられたらこれ以上生きていけない。可哀想な事だわ」
「同情してくれるポイ? ならロイヤルの欠片を――」
「あげない。私は甘いものが好きって事を暗喩してたのが理解できなかった? 誰かに取り分を分けるくらいならアルゼンチンアリかスズメバチに分けるわ」
「どれだけ食欲があるポイ!? そこまで上げたくないなんてひどいポイ!」
「名も知らぬ貴女に分ける取り分はない。貴女は一体誰よ」
「人に名を聞くときはまず自分からじゃないの? お姉ちゃん?」
「チッ……生意気な子供ね。いいわ、少しは賢しい面も見せたから紹介するわ。私は美堂千世よ、苗字で呼びなさい。貴女とは初めてだし」
「ミドー……ミドーね。じゃ、お姉ちゃんの知り合いはチセって呼んでるポイね。親しい仲になれそうにはないけど宜しくするポイ」
――癇に障る子供だ。これだから子供は生意気で嫌いだ。
「……それで貴女の名は」
「ポイ? ポイは名前らしい名前は持っていないポイ」
「名前がない? ふざけないで頂戴、貴女にだって名前は当然あるでしょ。それがないって一体どういう事なのよ」
「わからない。だけど名前に代わる名前ならポイは持っているポイ」
「?……」
そこで魔法使いの身形の子供が取り持つ独特の笑みとは異なる、妖しい笑みを浮かべて目を細めた。
「ポイの名前はポイズン・スワンプよ」




