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GENE SERIES 03 魔法少女たちの輪舞曲  作者: クリスタルナオト
魔法少女大戦Ⅰ 黒の来訪者
23/48

小さな白の妖精 ニードリヒト・フィー

 学生寮での定刻通りの朝食を終えたばかりの悠華と奏美は、これから学校に登校するための準備を用意しようとしていた。時間が残っていればシャワールームにでも行って汗を流したいところだったが、なつと少々喋りすぎてしまったため、そのまま部屋に戻ることとなった。

 ――八階まで上るのに階段だと一苦労なので、常にエレベーターを使用しているが。


「海原さんって小学生の頃はいつもあんな調子だったの?」

「そうね。小学二年生の時にスイミングスクールに通い始めたんだけど、その時には同じクラスメイトだった水夏が既にスクールに入学していたの」


 しかし同じクラスメイトではあっても悠華と水夏は関係が存在していたわけではない。悠華は悠華で多数の生徒と友人関係を結んでいたが、水夏は数少ない友人に非ざる者の一人だったのだ。

 別に水夏の性格に問題があるのではない。彼女の性格は至って明朗快活な人格者であり、周囲の生徒に対して元気を振りまく存在であったという。時には取り巻く友人たちに対してリーダーシップを見せたが、そんな性格が影響してか迷惑になることもあったとか。

 勉学に励むというよりかは運動やスポーツが好きなタイプの人間であるが、成績が平均的に高いだけで猛者ではない。寧ろその面では悠華が優れていた。

 ――二人が友人の枠に交えることもなく、かといって険悪になるわけでもない、付かず離れずの関係を保ちながら月日を経ていた。

 そんな時に――悠華は水夏が通っていたスイミングスクールへと入学したのだ。


「その時は時間を詰めるだけ詰めて習い事に参加していたのよ。所謂いわゆる英才教育の一環でね、だからスイミングスクールに通う理由もあったのよ。それでスクールに通った時は驚いたのよ、まさかなつが通ってたなんて知らなかったから。彼女、水泳だけは際立って得意って事初めて知ったのよ」

「得意げに語るんだから実力は相当なんだろうけど……」

「相当どころか小学生の時点で全国クラスだったのよ、私も目を見張ったわ。だけど水夏はスイミングスクールに入るとわかった途端に、厳しい顔を造って急にライバル宣言したのよ! 『今日から君はボクのライバルだ! 正々堂々と勝負しろ!』って」


 当時のことは全くもって知らないが、きっと一触即発の空気が含まれていたのだろう。水夏の威勢の良さから感じ取れるのは、彼女と悠華は過去に熾烈な争いを繰り広げていたのだという予想だけだ。

 ――奏美は悠華の小学生の頃など知る機会が全く無いのだから。


「これだけは負けたくない……か。それでよくライバルとして張り合ったものね」

「水夏は水泳に関しては負けず嫌いだったから、まだ習い始めの私と常に張り合っていたわ。負けじと頑張っていたけど水夏には一度も勝ったことはない。どんなに勝負しても敗北を味わってたわ」

「天才型の悠華が珍しいわね。それでライバル同士なのによく友情が芽生えたね」

「……私は天才じゃないわよ」


 ボソリと呟く悠華の意味深な台詞に、彼女の後に続いていた奏美は聞き取ることは勿論当然の如く不可能だった。

 ――苛立ちを繕った表情でさえも。


「水夏に何度挑んでも勝つことは全然なかったけど、競泳しているうちに何故か妙に関係も縮まって遂には友達として付き合うようになったのよ。学校でもスクールでも懇意に交遊していたから事実上彼女は私の親友と呼べる者の一人よ」

「親友ねぇ……」

「だから縁を切っていたはずの水夏と久しぶりに出会えた時は本当に嬉しかった。また彼女とやり直せると考えると期待で胸が熱くなるの。負けてもいい、私は水夏との競泳は絶対に受けて立つわ」


 目には見えないが確かに存在する、彼女と水夏との間に結ばれた繋がり――人はそれを絆と呼称して例える。

 六年という長年の月日を経て積み上げられた信頼関係の高さは、細江中学校に進学し、孤独となっていた悠華と共に歩もうとした奏美の比ではない。

 明らかに悠華は海原水夏という一人の少女に信頼を置いている。これまでに接してきた人物の中で誰よりも、どの人よりも、或いは奏美よりも。

 そう考察すると奏美はむず痒い気持ちに襲われた。


「悠華は……海原さんと私のどっちを親友だと思ってるの?」

「え? 今、何て?」

「……別に何でもないわ。それよりも早く急ぎましょ、遅刻しちゃうでしょ」」

「そうだけど、どうしたのよ……?」


 ――悠華の真意が奏美に届かなかったのなら、奏美の真意が悠華に届くことはない。

 振り返った悠華は奏美の曇った表情を繕う様子を見ることもなく部屋のドアの前に立つと、懐のポケットからオートロック式のドアのセキュリティカードを取り出してスキャンを行う。セキュリティカードのデータを読み込んで認証が終了すると、ドアのロックが解除されてガチャリと開いた。

 すると悠華が何かに察知して廊下と玄関の境界線で止まった。


「ど、どうしたの、悠華」

「声がする……誰かが中に入ってるんだわ」

「いやぁ……不審者なの?」


 不穏な空気が廊下一帯に漂う、わずかに悲鳴を上げる奏美。


「部屋の中はちゃんと閉じていたはずだし、セキュリティカードじゃないとドアは開かない仕組みになっていたはずだわ。それに……不審者は男性じゃなくて女性みたいだわ」

「女性? 学生寮の生徒なのかしら」


 ――否。セキュリティカードはそれぞれ部屋のロックに認証されているカード以外では開くことはできない。そのような事ができるのは生徒では不可能であり、保護の役割を託された寮監のマスターカードでないと開けることはできない。寮監も現時間帯では校舎の職員室で教務に就いているので寮には存在しない。

 ――生徒でもない寮監でもない何者かが部屋に侵入している。


「待って、声が聞こえるわ。何か小声で言っているみたいだから澄ましてみよう」

「う、うん」


 そこで二人は玄関に入りながら、やたら楽しげな女性の小声を聞き取ることにした。




 そっと覗いてみると、二人がルームシェアをしている部屋で謎の女性が陽気に駆け巡っていた。

 その姿は人のなりを象ってはいるものの、その大きさと質量はとても小さすぎる。胎児が母の腹から生まれ出でる時よりもかなり小さく、両手の中に収まるくらいのサイズである。

 その身長は約十センチ。しかし身体のバランスは五頭身の人間と変わりない。

 ――だが小人に注目する点は、空中に浮かんでいるということだ。浮力を有する物など身に着けず、ましてや悠華の〈熾天使セラフィンエイル〉のような翼を羽ばたかせているわけでもない。謎の力で空中に姿勢を維持した状態で浮いているのだ。

 光を反映する輝きを見せる銀髪、童顔で円らな瞳、スレンダーな体格が特徴的か。

 指貫のグローブと衣服の背部には幾重にも重なる形を円形で包んだ呪文が刻まれていた。

 そんな小人が部屋を見渡すなり、「はわわわわわ~!」と無闇に可愛らしい叫び声をあげて目を輝かせていた。


「嬉しいのです! とぉ~~~~~~~ても嬉しいのです! やっと復活したのです! やっぱりシャバの空気は美味しいのです! 清々しいほどの光エネルギーを魔力に変えて、妖精ニードリヒト・フィーが現世に再び登場したのです!」


 そして二人の部屋を見渡した直後に、あちこちを巡りまわってベッドの布団の中に入ったり、奏美のぬいぐるみと遊んだり、リモコンを立ててテレビを見たり、棚の中の服を漁ったり、実に充実とした物色を行っていた。


「マスターはとても『りっち』で素晴らしい女の子とうまく契約してくれたのです! おかげで魔法に頼らずとも寒い思いをせず久しぶりに暖かい屋根の下で暮らせるのです! あ、それはそうとしてマスターと契約した眷属サヴィターに挨拶をしておかないといけないのです、帰ってくるまで挨拶の練習でもするのです」


 机の上に立ち、真摯な顔立ちで様々なポーズを構え始める小人。その様子は玄関から覗き見をしている二人にもはっきりと見てとれる光景だった。

 或いはドドドドドドというSE音の出そうなジョジョ立ちのポーズ。

 或いはヨガを意識した運動スタイルポーズ。

 或いは巷で有名な荒ぶる鷹のポーズ。

 ――など、ポーズの種類は様々であり、その度に挨拶と呼べなくもない演劇めいた台詞を叫んでいた。


「我は聖白の魔女が創造せし光輝の守護者ニードリヒト・フィー! その使命は魔女が誓約を契る者の導き! さぁ眷属サヴィターよ、我の導きに従うが良い!」

「……」

「うーむなのです……あまり長々しすぎると眷属サヴィターさんに呆れてしまうのです。フィーには似合わないのです。それにあまり命令口調だと関係がギスギスしそうで嫌なのです……。長らく付き合う為にここは普通に挨拶するのです……」


 

 特定の中学生が発するような台詞を控えようとしたのか、「ションボリ・ガッカリ」を体現する小人の様子に悠華と奏美は微笑んで見守っていた。

 

 ――何と言うか可愛いらしい。抱き締めたい程に。

 

 できればこの場面をいつまでも見届けたいが、登校するまでの時間が徐々に削られてきている。このままでは遅刻になってしまうので名残惜しいが、ご対面と移行しなければならない。

 二人はそっと足並みを揃えて慎重に歩み寄り、息を殺し気配を隠して小人の方へと向かう。

 小人の女性はデスク上で初対面の挨拶にうんうんと唸って悩んでおり、二人に背中を向けていた為、彼女らに気づくこともない。

 やがて小人の背後までに近づくと、悠華が小動物を捕まえる子供の如く両手をそっと差し出し――そして一気に掴んだ。


「のわあああああああああああああああああああああああなのです! 捕まってしまったのです! 何者なのです!?」


 悠華に掴まれた途端に暴れ出す小人。

 しかし彼女の手中でジタバタとする動作はまさに人間に捕まえられたハムスターに似た仕草で、「ふぬぬぬぬぬなのです!」と必死に抵抗して抜け出そうとしながらも抜け出せないで、繰り返すこと数回。遂には悠華の握力に敗北してしまい抵抗するのを諦めてしまった。

 二人を見ることもなく小人は手中の中で頭を垂れていた。


「あの……聞いてる?」

「ああ……魔女セレネの使いがこんな場所で契約者以外の人間に無様に捕まってしまったのです。魔法も使用できないのです……このまま私は人間たちの見世物にされて注目され、檻の中で奇妙な視線のプレッシャーに耐えきれず弱って死んでいくのです……そうに決まっているのです」


 どうやら悲愴な泣き言を吐き続ける小人に悠華の声は聞こえないようだ。

 こちらを見向きもせずに悲観しているのも何だか妙ではあるが、小人に気づかせないとすぐに終わる話も積もってしまう。


「ねぇねぇ」

「絶対にそうなる運命なのです……若しくは籠の中の鳥として悪いオジサンに観賞されたまま飼い殺しにされてしまうのです……」

「ねぇってば!」

「な、何なのです!? ってわわわわわわ! あ、ああああああななななたたたは!」


 背後に振り向いた小人が悠華と奏美を見た途端、まるで有名なタレントと出会ったかのような衝撃を体現していた。同時に抵抗の意が消えてそのまま彼女の手中に身を預けていた。

 これ捕縛しているのも憐憫を招くので、そのままデスク上にそっと置いた。


「私が神田悠華。白の魔女セレネの契約者の魔法少女リリウム・セラフィーよ。妖精さん、初めまして」

「あ、ああ……リリウム・セラフィーでしたか。貴女の名前はセレネとの契約を誓った時に伺っているのです。こちらこそ初めましてなのです! 私は白の魔女セレネ・メロディズム・リュシエンヌの使い、白の妖精ニードリヒト・フィーなのです」

「フィーちゃんって言うんだー、かーわーいーい!」


 ペコリと頭を下げる小人の律儀な挨拶とモジモジとしたぎこちない動作に、奏美はついついと抱き締めて頭を撫でる。

 妖精と名乗った小人はまるで人形の如く愛でられていたが、それを抵抗することもなく寧ろ奏美に撫でられることを受け入れていた。


「ふっは~気持ちいいのです」

「確かニードリヒト・フィー、だったかしら? 貴女、そんな小さな姿で空に浮かんでいるけどそれが妖精の特徴なの?」

「はい、そうなのです! フィーの姿は絵本に出るような妖精さんをイメージしてマスターが魔力で作り出したのです。フィーの役目はマスターと契約した眷属サヴィターの補助、つまり魔法少女のサポートなのです。詳しい説明を教えてあげるのです!」






 妖精というのは便宜上の俗称で、種族としての実質的な正体はマスターである魔女のジュエルハートの欠片から生み出された知的生命体。つまり魔力で生み出された人造ホムン人間クルスという事である。魔女の分身と言っても相違はない。

 歴史上では錬金術から作り出す人工生命体という事になっているが、魔女の使いとして生み出された妖精はそれとは意味合いが異なる。錬金術から造られる人造ホムン人間クルスというのは製造工程がまず乱雑であり、人としての命を全く組み込んでいない。現代の医学では人工授精こそ幾例か精巧しているが、人の命は人の手では容易く生み出されないのだ。

 ――人間の体は複雑で難解な構造をしている。

 だからこそ人造ホムン人間クルスは常に欠陥的な構造で生み出された命が多く、非常に人間とは似ても似つかない姿で維持しているのである。

 その分、魔女から生み出された小人、つまり妖精は体の構造が限りなく人間に近く、複雑に組み込まれた内臓器官や脳器官などが緻密に再現されているのだ。

 しかし妖精も二つの欠陥を抱えている。

 それは見た通りかなり小さいことと、魔女が持つ膨大な魔力を定期的に供給されてないと姿を保持できないことだ。

 説明が遅れていたが、ジュエルハートを陽射しに翳していた時に聞こえたのはまさにニードリヒト・フィーの声であり、彼女曰く「魔力が一定以上溜まったから」という事らしい。

 魔法少女となる者は通常は魔女ではなく妖精のアドバイスを受けて魔法を習得するらしいのだが、悠華がセレネと出会った当初はフィーの姿は何処にも見当たらなかった。魔女からのサポートもままならずに独学で永善の支援で何とか構築魔法だけで戦っていたのである。

 その理由としては明解で、セレネが三人の襲撃者――戦斧を振るう女戦士アテナ、バチカンの意思と先祖の運命に従って討伐する騎士アンジェリーク、欲望と悪徳を人のさがとする傭兵アーヴェイン――に嬲り殺しにされたが為に現世に存在するだけの魔力がなくなり、ジュエルハートの中で再び現世に復活するだけの魔力を蓄えていたのだ。

 その間の記憶は殆ど覚えていない。ただ復活する直前に悠華がジュエルハートをジュラルミンケースに収納しようとして止めたの事ははっきり覚えているらしい。

 しかし永善がセレネのジュエルハートを引き抜いて盗んだので、悠華=リリウム・セラフィーを支援したくても復活できなかっただろう。

 行方を暗ました永善が悠華のサポートしていたのは、要はフィーの代理のつもりだったのだ。尤も悪意のあるアドバイスではあったが。 

 とりあえずとして


「白の妖精フィーの役目はマスターと契約した魔法少女のサポートなのです」

「サポートって……具体的にはどうなの?」

「そうなのですねぇ……契約後の永続的なサポートと言えば簡単なのですが、魔法の取得に関するアドバイスと、実戦での魔法少女の援護と補助、後始末といったところなのです。場合によっては身辺に関することもサポートしますのです!」


 ――サポート。

 妖精を生み出してまで一体何に対してのサポートを魔法少女に支援するというのだろう。

 魔女狩りを陰で行い続けるバチカンの騎士団か? 身元不明の女戦士たちか? リーガル・モントルー社のような戦争幇助の組織か? それとも存在を仄めかしている魔術師ウィザードか?

 それにしてはあまりにも相応ではない。魔術師ウィザード以外は寧ろ相手の方が部が悪い。

 ――では魔女たちの敵は何なのだ?

 相も変わらず奏美はフィーを「可愛い可愛い」と評していたが、悠華は疑心を芽生えさせていた。


「ねぇ、フィーに一つ聞きたいことがあるんだけど……」

「はいはいはいはいはいはいはいなのです! 白の妖精ニードリヒト・フィーに答えられる範囲ならば何でも質問してよろしいなのですよー! 悠華さんをしっかりとサポートするなのです!」


 魔法少女として覚醒した悠華=リリウム・セラフィーに奉仕したい一心の為か、特急で浮遊して突っ込んできたフィーの笑顔に対して至極真摯に対応した。


「魔女はともかくとして魔法少女は何のために存在しているの? 何の為に戦うの?」

「悠華……何が言いたいの?」

「魔女セレネのジュエルハート狙う襲撃者は私が追い払った。効果は一時的なものかもしれないけど、彼らは永善が出した条件を呑んで、魔女に介入する問題は介入しないことを受け入れたわ」


 ここで敢えて彼女は、神田家の当主の叔父であり悠華の遺伝的な父親でもある、魔術師の家門のクリストハルト・ローゼンクロイツの計画とそれを引き継いだ永善の事は伝えなかった。


「もうセレネを脅かす敵は関門せきと市にはもう存在しないはず。なのにまだ襲ってくる敵がいるの? 戦わなければならない程の敵ってどこにいるの?」

「そ、それは……ですね!」

「落ち着きなさいよ、悠華! フィーちゃんに詰め寄っても仕方ないじゃない! ほら、フィーちゃんが泣きそうじゃない」


 気づけばジワリとフィーの瞼から涙が出ている。しかしそれでも悠華は厳かな表情を緩ませることはなかった。

 彼女の内心では焦っているのだ。覆わんばかりに広がっていく靄に。


『君は地平線の見えぬ大海へと漕ぎ出すことになるだろう。だが嵐に遭っても津波に晒されても漂流されても弱気になってはならない。その先に辿り着く未来があるのだから』


 行方不明になる数日前、永善が投げかけたあの言葉がどうしても気になって仕方がない。

 もしかしたら白の妖精ニードリヒト・フィーに聞けば、その抽象的な言葉が理解できるのではないかと予想したのだ。

 しかしどれだけ焦燥しても解答は出ない。

 妖精フィーは奏美のスカートの中に隠れて悠華の様子を窺っていた。小さいが故に彼女の視界に映る全ての物と二人が大きいので、潰されないように気遣うのは大変になるだろう。


「ごめん……フィー、奏美。驚かせてしまったわね。私、どうでもいいことに急いでた」

「……いえ、フィーは妖精で魔女の使いなのです。魔法少女を精一杯支援したいなのです、だからフィーが知る範囲までの事実を教えるなのです」


 奏美のスカートから出るなり、フィーは零れかけた涙をスカートで拭って悠華の疑問を解答へと導くことにした。


「魔女は歴史上で綴られるには人間を魔術で誘惑し害する者として今世に語られていますが、それは人間が持つ偏見なのです。魔術師ウィザードから魔術を教授された魔道士の女性が魔女として誤認されるだけであって、本物の魔女はことわりをその身に宿した女性の事を指すなのです」

「理を宿した女性……?」

「はい。ことわりとは自然現象の事で、全てを踏み締めらせる地、全てを焼き払って進化させる火 全てを流して恵みを与える水、全てを吹き荒らして安らぎを与える風などが該当する自然と、全てを照らして浄化する光、全てを隠して無に帰する闇などの根源マテリア物質ルマターが存在します。そして、それぞれの理を魔力の核であるジュエルハートに宿した幾人の魔女が役割を担っているなのです」


 ――なるほど、全くわからない。二人の脳裏に浮かんだ言葉が重なる。

 妖精の言っていることが意味不明で、うまく飲み込もうとして腕を組む。


「フィーちゃん、全く言っている事がわからないんだけど端的に言えばどういう事なの?」

「はい。つまりは自然現象を魔法として使用することが魔女には可能なのです。例えば唱えれば火を出せたり、水を操れたりとかなのです!」

「改めて言われると魔女ってすごいのねー! 怪しい感じを漂わせていたから胡散臭かったけど。それなら悠華もそんな事ができるんでしょ!?」


 ワクワクとした期待感を雰囲気で醸し出して詰め寄る奏美の眼差しに、戸惑いを隠せない悠華。

 ――あれだけ親友が魔法少女として戦うことを否定して葛藤していたのに、この威勢の良さは何故だ。


「ええー、でも私は火とか水とかは全然使えないわよ?」

「リリウム・セラフィーは白の魔女セレネの眷属サヴィターなのです。白に値するは光なのですから、光と浄化の根源マテリア物質ルマターをメインとした魔法しか使えないなのです。例外も見られるなのです」


 確かにフィーの言う通り、悠華が魔法少女リリウム・セラフィーに変身している時に彼女が使用した構築魔法は光を、それも暖かな白光を魔法に組み込んで駆使していた。「リリウム・ウォーム」も「リリウム・ハンドカッター」も「熾天使セラフィンエイル」もだ。

 だが例外もあった。

 それはバチカンの騎士師団長アンジェリークとの戦いで奏美が瀕死の重傷を負い、抑制できない暴走を起こした時だ。悠華は突如として女戦士アテナの得物と似た戦斧を創造し、それを手に嬲り殺そうとしていた。

 アーヴェイン戦でも彼のバスタードソードの一振りを防ぐ為に、アンジェリークの大盾を完全に再現した盾を使用していた。

 あの魔法は光を全く組み込んではおらず、ただ脳内に浮かんだ物を生み出した構築魔法だ。もしかして、それがフィーの言う「例外」だという事なのか?

 否、重要視する点は構築魔法に関することではない。


「何で魔法少女は――」


 その先を白の妖精ニードリヒト・フィーは読んでいたかのように、悠華の言葉を途中で止めさせた。


「魔法少女はことわりを司る魔女たちを現世に蔓延る異端や脅威から護衛する、守護者として契約し、魔力を覚醒した少女を指すなのです」

「異端と脅威……それって」

「異界の魔物からなのです」

「!?」


 異界の魔物――?

 それはセレネから聞いたことのない敵だ。バチカン市国の騎士でもない、リーガル・モントルー社の傭兵でもない、魔術師ウィザードでもない明確な敵がそれなのだろうか。

 フィーが言うには魔物というのは「魔界ヘル・アース」という世界に住む、人や生物とは異なった姿をした異形の生物であり、その姿は人型からおぞましい程の巨大さとグロテスクを兼ね備えたものまで存在するらしい。

 種族によっては魔法少女や魔術師ウィザードのように魔力を有し、強大な魔力の持ち主ほど支配を行う弱肉強食の構造を基盤として構えているのだとか。

 まるでRPGのゲームのようで実感が湧かないが、そのような世界が人間界へと隔てているだけでも悪寒がする。

 しかも魔界ヘル・アースの魔物は隙あらばと人間界を狙っているのだという。既に人間界に潜んでいる個体も存在しているらしい。


「魔女がその身に宿すジュエルハートは膨大な魔力の凝塊なのです。ですから魔界ヘル・アースの魔物はジュエルハートを願望を叶える器として手中にしようと狙っているなのです。もし奪われるようなことがれば人間界の理が魔物によって歪められる、だからこそ魔法少女は戦うなのです」


 願望の器。それが欲望を渦巻かせていることを示すのが一応に理解できる。

 セレネのジュエルハートは人間以外にも、人外の存在である魔物にも狙われていたのだ。


「……でも、それだったら魔女さんや魔法少女たちが協力して倒せばいいことじゃないの? 悠華もいることだし」

「奏美さん、それはできないなのです」

「できない? 何で? 異界の魔物をみんなで一網打尽にすることができるはずじゃない」


 狼狽える奏美に対して嗜めるようにフィーは冷静に答えた。


「現在、協力関係にあった魔女同士が内部分裂を起こして殺し合っているなのです」

「内部分裂……?」


 妖精が言うには以前までは魔女同士は互いに関係を結び合い、ジュエルハートを求めて人間界に出現した異界の魔物を共に追い払っていたのらしい。それは魔女の力が異界の魔物と対抗できる力を有しているからであるが、彼女らが魔法少女という名の眷属を増やすことで異界の魔物を排除できることが可能だった事にも相違はない。

 だが、現代に於いてはこの関係が崩壊し始め、敵対関係が起こっているのだ。

 ――魔女の持つジュエルハートが膨大な魔力の凝塊であり、世界のことわりをその身に宿しているならば、それを取り込んだ時に魔女はどのような存在になるのか?

 その疑問が欲望と化して多くの魔女の脳裏に浮かび始め、異界の魔物がジュエルハートを願望の器として求めるように、他の魔女のジュエルハートを求めるようになったのだ。

 異界の魔物が鳴りを潜めている現在では魔法少女同士の戦いが何処かで確実に起きている。ある者は魔法を駆使して戦い、ある者は最中で命絶え、ある者は生き残る。何処かで苛烈な少女同士の戦いが起きているのだ。

 セレネはとある目的の為――根源を探すという果てのない目的の為に――魔女討伐部隊に追われて極東に流れ着いたのだが、魔法少女同士の戦いから逃れてきたということも一理あるのだ。


「マスターである白の魔女セレネが消滅した今、マスターのジュエルハートはいつ他の魔女や魔法少女たちや異界の魔物に奪われてもおかしくない状況に晒されているなのです。だから悠華さんと奏美さんにはジュエルハートを守って頂きたいなのです」

「守るって……そんな壮絶な話に広げられると結構面倒なことに巻き込まれるのがオチじゃない」

「悠華さんには白の魔法少女リリウム・セラフィーとして助けてほしいなのです。フィーも精一杯アドバイスとサポートで援護するなのです」


 白の妖精ニードリヒト・フィーの切実な願いを聞いた悠華は、窓際に未だ配置されているジュラルミンケース内の乳白色の石塊へと視線を向ける。

 セレネの魔力の核であるジュエルハートは変遷によって陽射しを既に浴びていないが、それでもプリズム光が眩く輝いている。

 それこそが魔女の心臓であり、同時に幾多の者の欲望を掻き立てる願望の器なのだ。彼女の命は契約者である悠華が守るべきだ。

 セレネを助ける。それこそが彼女の契約だ。

 大義名分や使命など帯びてはいない。ただ奏美と共にある日常をいつまでも守っていきたいという確かな願いが存在する。

 悲惨で払拭しきれない過去と人生を受け入れるだけの器量も手にしたい、とい願いも。


「わかったわよ。もう既に四回も戦っているんだもの、今更驚くのもおかしな話だわ。フィー、私は逃げたりしない、魔法少女リリウム・セラフィーとして戦うわ」

「本当なのですか!? ありがとなのです~~! 悠華さんには感謝してもしきれないほどなのですよ~!」


 満面の笑みで悠華の胸元へと浮遊して直行するフィー。その後に頬を摺り寄せてきた。


「そんな大げさな……」

「あ、そういえば悠華さんには渡しておかないといけない品がありましたなのです! これを悠華さんに献上するなのです!」


 そう言うなり、背中からモソモソと手探りをして自分よりも質量のあるリングを取り出した。

 ――十センチしかない体長で、どこに物を隠せる余裕があったのか。

 そんなツッコミを抑え、悠華は羽の形が彫刻されたリングに嵌められた乳白色の宝石の輝きに見蕩れてしまっていた。


「わぁ、綺麗な指輪……」

「こ、これは?」

「悠華さんにはまだ渡していなかったなのですが、これは魔法少女が変身するときに必要なヴィアージリングです! マスターのジュエルハートから少し削った特製で、これを左手の薬指に嵌めて唱えるだけで魔法少女に変身できるなのです!」

「でも、セレネには唱えるだけで変身できるって言われてたけど?」

「マスターのジュエルハートが取り戻せていない頃でしたから、悠華さんに渡したくても眠ってて渡せなかったなのです。ヴィアージリングを嵌めずに変身すると四割ほど魔力を失った状態でしか戦えないのです」

「え……じゃあ、私は今まで六割しか魔力が覚醒していない状況で討伐部隊と戦っていたの?」


 もしそうだとしたら、悠華は魔法少女として中途半端な力で魔女討伐部隊の三人と魔殺しの拳法を編み出していた永善と戦っていたことになる。

 そんな状況下で戦っていた自分を褒めることよりも、命知らずで戦っていたことの方が衝撃的だ。


「そうなのですねぇ。フィーはマスターの記憶でしか悠華さんの戦いを確認することができませんが、六割で良く戦った方ですよ! さぁ、試しに嵌めてみてください!」


 フィーに催促された悠華はヴィアージリングを左手の薬指に嵌めて陽光に翳した。セレネのジュエルハートには及ばないが、乳白色の宝石がプリズム光を発していた。

 よく特撮番組とかで見るような変身アイテムを獲得した喜びよりも、左手の薬指に嵌めるという事に若干の抵抗感を露わにしていた。


「エンゲージリングみたい……悠華、誰かと婚約してるの?」

「してない! してない! ただ嵌めてみただけだからね!」

「いつ襲われても大丈夫なようにヴィアージリングはいつも何時でも肌身離さずに所持してくださいなのです。大丈夫です、悠華さんなら戦えます!」

「前途多難だけど……まぁいいか」

「……」


 ただ一人、奏美だけは悠華の薬指に嵌められているヴィアージリングの白光を目にしても心を曇らせていた。

 ――私も魔法少女になれないのかな?



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