かつての幼馴染
「はむはむ、ところであの子について奏美は正直どのようなお考えをお持ちでしょうか? はむはむはむ」
朝食を一口――ブルーベリージャムが万遍なく塗りたくられた狐色のトーストを口に――運ぶなり、悠華は同じく朝食を摂っている奏美に質問を投げかけた。
ここは私立橙ノ木高校付属細江中学校の学生寮の一階にある食堂。中学校に通う生徒のうちの三割が入寮し、その寮生が毎日必ず利用する学校最大規模の食堂である。
ただ学生寮の食堂は基本的に寮生限定でそれも朝と夕方の利用である。そのため昼は校内食堂「Ageratum」が多く利用される頻度が高い。
とはいっても寮生が生徒の全体の人数の三割を占め、一度に百人以上の生徒が入れるように敷設されているので食堂内はかなり広く、食事の時間帯は常時寮生が戯れて賑やかである。
敷地が広いため細江中学校の年中行事に利用されることも度々あり、体育祭や文化祭の休憩所&食事処、新入学生&卒業生との交流、場合によってはパーティー会場として使用されることも。
食事形式はセルフ方式。和食から洋食、メインからデザートまで様々に日替わりメニューで提供され、寮生の食育環境を整えるために一流ホテルで勤めていたコック(五十六歳、男性、独身)が調理を担当していて抜かりはない。
ちなみに悠華は今日は洋食であったが、奏美は珍しく和食の定食メニューを摂っている。
「悠華。あの子って一体誰の事よ? 名前くらい言ってよね、あの子だけじゃわかんないじゃない」
「ほら、あの子だよあの子。神父さんが着任していた教会に今住んでる、あの子」
ズズー。
ワカメが具として入った味噌汁を一口吸ってから奏美は悠華の質問に答えた。
「……テレジアちゃんのこと?」
「そーそー、テレジアちゃんだよ。何かおかしいとは思わない?」
「おかしい、って………あんなに可愛い子に人には見せられないようなクセがあるわけないでしょー。ちょっと幼稚な面もあるけど、変って言うほどのことでもないじゃない」
――靖国テレジア。
クリストハルト・ローゼンクロイツが長きに渡る期間を経て為そうとした計画を引き継ぎ、悠華を魔法少女へとなる運命へ誘った、自称「一介の神父」靖國永善が引き取った娘。
その正体は彼が養子として引き取った以外は謎に包まれていて特定することもできない。
身寄りも住所もない、記憶喪失の哀れな孤児。
しかも新たに教会に着任したコルベ神父の話によると、体の各所に乱暴をされた傷跡が残っている。
家庭内暴力か或いは犯罪によるものであろうが、その結果として彼女は身体的にも精神的にも痛めつけられて、精神が弱って幼くなってしまったのだろう。
童女の見た目は小学生相当ではあるが、その見た目の割に合わず精神年齢が幼い。会話は曖昧で片言、幼児特有の内気な性格でコルベの太い脚に隠れるほど人見知りである。
食べ物を食べる際も、フォークとスプーンを使わないと食べられず、箸では使い方が分からずに諦めて投げ捨てたりする。それに好きな食べ物と嫌いな食べ物の差が激しく、ハンバーグやカレーはすぐに平らげるがピーマンやナスなどの野菜は口に含んで吐き出したりするのだ。
ナプキンを用意しないと服を汚してしまうこともあり、場合によっては手掴みで食べることもあるのでチョコレート菓子などを与えると手がベタベタに汚れることも度々起こっているようで、家政婦の悩みの種になっている。
とはいえ悪いことばかりだけではない。
短期間ではあったが永善が養父として引き取って可愛がっていたこともあり、コルベ神父も教会の信者もテレジアを十分に可愛がっているようである。それに永善がしっかりと教育していたのか、家政婦の手伝いを自ら進んでやっているとか。
ちなみにテレジアが着用している修道女の服は、信者が彼女の身体に合わせて作ったコスチュームらしい。
「あんなに可愛くて大人しい子は他にいないわ。ああーーー! もうっ! 今すぐに抱きしめたいくらいだわ!」
モジモジと悶える奏美の様子に悠華は溜息をついて呆れた。
トーストを一口運ぶ。
「はぁ~、そうじゃないって。可愛いのは同じ気持ちだけど、私が言いたいのはテレジアちゃんの両手がおかしいってことなのよ。あの子の両手、大きさが不揃いだったのよ」
「両手ぇ?」
そう――靖國テレジアの両手は大きさが左右とも異なっていた。
先週の日曜日の茶会の時にテレジアの両手を悠華が確認した時、童女の右手は大きく左手はやけに小さかったのだ。
まっさかー、と奏美は再び味噌汁を啜って答えた。
「あの子の手がおかしいくらいのは別に異常な事態とは思わないわよ。ほらあの子、暴力とか受けてた可能性があるっていうんだから発達障害があったかもしれないでしょ? 栄養失調に陥ってた可能性もゼロじゃないわ」
「そうだけど……でも」
「悠華らしくないね、いつもなら鋭い着眼点で物事を見るのに。他に問題はあるでしょ? 例えばテレジアちゃんが刃物を怖がるとか」
奏美の言う通り――彼女は刃物を恐れている。
永善がコルベ神父に伝えた話によるとテレジアは鋏、包丁、カッターなどの刃物を見るとひどく脅え、急に泣き出して暴れまわるのだという。その様子はとてもではないが尋常とは呼べず、コルベ神父も家政婦も対処に困っている。どうやら記憶喪失の原因と身体に刻まれた傷跡は刃物によるのではないかと考察され、彼女の前ではなるべく刃物の類は見せない触れないようにと信者たちにも肝に念じさせているらしい。
「アレは絶対に刃物を使った虐待を受けてきたことの表れなのよ。誰かは知らないけど、テレジアちゃんにひどいことをした人を見つけたら、絶対に殴ってやるんだから!」
「ちょ、ちょっと! 奏美!」
一種の正義感に気分が高揚してしまったのか、奏美がテーブルを叩き立ち上がってしまった。
バンッ! と強く打たれる音とともに、食堂内にいた周辺の生徒の多くが悠華と奏美の方へと一斉に奇妙な視線を向けた。
珍奇に思う者、何が起こったのか疑う者、ある者は悠華と奏美が喧嘩しているのかと不安がる者と様々である。
流石に奏美と悠華は気まずくなって何でもないとも言うように、ブンブンと手を振り回した。だがそれが逆に後輩や同級生の不安を煽ることとなる。
「悠華お姉様、まだ奏美先輩と喧嘩なさっておりますの?」
「いいえ! 喧嘩してない喧嘩してないって! もう仲直りはしたし、ほらいつも通り一緒に食事を摂ってるじゃない!」
「でも、奏美さん先輩が興奮してテーブル叩いておりますけど……」
「アレは私が好きなジャニーズ……じゃなくて歌手についてちょっと熱く語っただけで、思わず力が入っただけで悠華とは喧嘩してないよ!」
「……本当にそうですか?」
「うん、本当本当! 私たちなかよーーーーし!」
とりあえず仲良しの証拠として外国的友好のハグをしてみた。顔はスマイルをキープ。
二人の間にテーブルが割り込んでいるためか、顔だけくっつけた形のハグでもないハグになってしまったのだが。
しかし何故か周辺の席に座っていた後輩や同級生は頬を赤らめるのだった。
遠方から此方を白い目で見る寮監の厳かな雰囲気に耐えられず、二人はやや正気を取り戻して席に座って食事を再開した。
「なんかドラマで夫の仇を討つ妻のノリで興奮してごめんね。私どうかしてたみたい……」
「いや、その例えはわからなくもないけどドラマの見過ぎじゃない?」
「特撮番組が大好きでテレビ占有してる悠華に言われたくはないわよ。おかげで最近ドラマ見てないし、見たいメロドラマもあるんだから気をつけてよね」
ギロリと睨む奏美。
彼女の言うとおり、悠華は寮の部屋にいる間は特撮を見ることに専心しているのでテレビを占有してしまっている。
そのせいで奏美は好きなメロドラマを見ることができないでいるのだ。
しかし特撮に対する悠華の思い入れが激しければ、メロドラマに対する奏美の思い入れもかなりなものであり、感動の場面ともなればティッシュを手にして鼻を噛んで涙を流している。
「…………………そういえば、おかしいことと思えば神父さんて養子を引き取れるのかしら?」
「あ、養子縁組を結んでるんじゃないの?」
「奏美、養子縁組っていうのは普通養子縁組と特別養子縁組の二つがあって、普通養子は養子となる子供は六歳未満じゃないといけない決まりがあったはずよ。テレジアちゃんはどう見ても小学生だし」
「え、養子縁組って簡単に結べないの?」
「簡単に結べるようだと養親と実親との間に問題が起こるし、実親との遺産相続問題が生じて養子の利益を著しく害するのよ。特別養子縁組となると六歳未満は確実、既婚であること、養親となる夫婦の片方が二十五歳以上、実親との親子関係とは離縁、養父と養母が養親として育成する、他にもあるんだけどそれらをクリアできないと特別養子縁組は成立しないの。十五歳未満は家庭裁判所の認可が必要になるけど」
「じゃあ神父さんとテレジアちゃんはどんな親子関係になっているの……? 悠華の言っている通りだと……」
「…………」
――複雑な親子関係だ。
法律上では成立しない、全く無関係の親子。実の親が見つからない今、靖國テレジアは社会上では存在が認められない透明人間と化した哀れな女の子だ。生活している以上は今のうちは問題なく過ごせるが気休め程度だ。
――いずれは彼女は無事に住めなくなる。そのうち孤児として孤児院に連れて行かれるのが結果に見えてしまう。
それでも悠華と奏美がテレジアに与えられるものはあるのだろうか。
「今度テレジアちゃんと一緒に街へ遊びに行くのはどうかしら?」
「悠華、いい提案ね。テレジアちゃんともっと仲良くなりたかったから丁度いいわ。 吹奏楽部と合唱部の部活も休みが何日かあるから予定も取れるから、何とか都合を取ってみるわ」
「私も……」
「悠華は別にいいじゃない。入部しているわけじゃないんだから」
「それがね、いつも運動部の部長同士が取り合いをしててなかなか思うように予定が取れなくて~。そうじゃなかったら基本ヒマなんだけど。ドタキャンできたらどれほど楽なことか」
「ムムッ、それはクラスメイトの信頼失うからそれだけはやめなさいよ。私から言いつけておくからね」
「フフッ、肝に念じておくわ。だけど必ずテレジアちゃんと一緒に遊び行く約束だけは守ろう。絶対に」
その時だ。
「――失礼」
と、悠華の隣の席に居座る者が一人。半袖のランニングウェア姿の生徒がセルフの朝食を持って相席してきたのだ。
短めな髪型、引き締まったボディ、見た目が全てボーイッシュでやや中性的に象られた容貌。簡単に言えばいかにも少年らしく、スポーティな少女といったところか。アクセサリーといったものはほとんど身につけておらず、リストバンドだけが唯一の装飾である。
そんな女性が悠華の席の隣に座ってきたのだ。
奏美は「誰?」とも言うような表情であったが悠華はその人物に面識があった。
「こうやって一緒に食事に摂るのは久しぶりだね、悠華」
「貴女……水夏じゃない」
「水夏?」
「ああ、そういえば奏美に紹介が遅れていたわね。この子は私の小学生時代からの知り合いで、スイミングスクールに通った仲間なの。奏美よりも親友歴が長いって感じかな」
「私よりも……」
――つまりは幼馴染。
その時、奏美は心が震えたような感覚を味わったような気がした。
――今のは何だ?
「ボクの名前は海原水夏、同級生だから何度か会ったかもしれないけど話すのは初めてかもしれないね。よろしく。アダ名は水夏王子と何故か呼ばれているらしいけど、適当に呼び捨てでいいよ」
「どうも、伊崎奏美です。こちらこそよろしく…………海原さんて去年の水泳の授業で悠華と競った……」
――その通り、と水夏。
去年の夏季。屋外プールで行われた水泳の授業で、クラス対抗の競泳で運動能力抜群の悠華と熾烈な勝負を繰り広げた女子が注目されていた。
スポーツに関しては万能な悠華を優に超え、連続で勝利したという出来事があったのだ。
――その当人が奏美の目前にいる。
「覚えてくれてありがとう。君の予想した通り、去年に悠華と競争した水泳選手はこのボクさ。悠華とボクは小学生の時に同じスイミングスクールに通ってた仲間で、いつも絶えず競争していたライバル同士だったんだよ。小学六年生の途中まではね」
そのキーワードに悠華がピクリと揺れてしまったのを奏美は見逃さなかった。
小学六年生――神田家の当主の叔父であるクリストハルト・ローゼンクロイツが病死した年であり、悠華が当主ではなく叔父の子と知らされた年。その日を以て家庭崩壊が勃発し、彼女の運命を著しく変えることとなった事件の年。
今でこそ悠華は誰に対しても等しく接し他人から尊敬されるような人格者であるが、事件以降から中学一年生の春までは荒れに荒れ、奏美に出会うまでは心を閉ざし切っていたのだ。
水夏の真っ直ぐに見据える瞳から悠華は思わず逸らしてしまう。
何か言いかけようとしたが、それはすぐに止められた。
「スクールを辞めた理由は知らないし聞くこともない、これからもね。ボクと悠華は小学校が違ってたから仲間がいなくなって寂しかったけど。でもボクは再会できて満ち足り得てるよ、また君と競泳できる時があると思うと嬉しさで心が一杯なんだ」
爽やかな笑顔をそのままに、自分の胸を強く抱き締める。
その時に「お一つ頂戴」と水夏が悠華の齧りかけのトーストを奪って口に含み、咀嚼して飲み込んで喉を通らせた。
彼女は悪食である。
「……水夏、もしかして水泳の授業でまた競泳しようとか言う為に私たちの席に?」
「おや? ボクから話そうとタイミングを計ってたのに察するとは、悠華は超能力者なのか!」
「いや、多分それが目的で私たちの席に座ったんでしょ? それにこれからは夏になるんだから水泳の授業も当然あるんだから気づくのは当たり前じゃない」
「むぅ、そうだったな。ま、手間が省けたから良しとして……」
情熱の炎を瞳に焚き上がらせて席を立つ水夏。
「その通りだ! 我が友、神田悠華よ! 夏のクラス対抗の競泳で勝負だ! 水泳はボクの得意スポーツ、いくらスポーツに万能な悠華でも勝てない唯一の種目だ! 悔しかったら大人しくボクと勝負するがいい!」
ビシッ! と悠華に指をさす水夏。
そのノリとテンションが幼稚園児と似ていて聞くに堪えず、奏美は白い目で彼女を見つめていた。
しばらくの沈黙と逡巡の後、悠華は熱意の炎を瞳に灯して彼女に応えて席を立つ。その頃にはもう朝食を終えて部屋へと戻る女子生徒が多数いたので視線の的にはならなかった。
寮監も校舎へと向かって教務に就いたのか既にいない。
「いいわ、受けて立つわよ! 水泳では水夏には勝てない、だけど簡単に諦めるほど私のメンタルは弱くはないわ! 私のプライドにかけて勝負を受け入れるわ!」
「うむ、その度胸は見事だ! ボクも俄然とやる気が湧き上がって来たぞ! よし! 水泳のクラス対抗リレーまでに力をつけてこよう! ついでに言えば試合用のオリジナル水着もそこで披露しよう、クラスメイトの前で!」
「もう何コレー。何か熱血スポーツ漫画みたいな展開になってきたじゃない……しかも水着を披露するって……」
魂から燃え上がる炎を体現させる二人に文句を漏らす奏美であった。
余計ではあるが細江中学校での水泳の授業で使用する水着は、スクール水着以外の使用は可能とされており、競技用に特化されたものであれば少々派手なものでも構わないという変則があったりする。
今回はできれば新展開にしたかったのですが、会話だけのお話になってしまいました。
この作品は一応バトル小説が中心なんですが、会話も重要視した結果こうなりました。
会話がかみ合ってなかったり、表現がおかしいと思うのですが徐々に力をつけていこうかと思います。




