非情なる戦闘狂の傭兵 PART1
今回もつまらない回になるようです
二回目の対戦は結果として悠華がアンジェリークに打ち勝った。途中でロンギヌスのレプリカをアンジェが投擲して、また親友を追ってグラウンドに到着した奏美が巻き込まれたことで悠華は暴走状態に陥った。
だが永善の諌めもあり、彼の助言に従って構成した構築魔法で瀕死の奏美を救出することができた。更には暴走状態の彼女が危うく殺めてしまいそうになったアンジェとその腹に宿る胎児(要するにアンジェは妊婦である)まで助けることに成功したのだ。
そんなこともあってか二回目の対戦はアンジェが降参する形で終わりを告げることとなった。
仲介役として審判役として務めていた永善は一回目の対戦と同様に後始末を行い、悠華には奏美の看護を任せるように取り計らった。
とは言っても、校舎とグラウンドを隔てて張っている魔力結界の回収、アテナ戦よりも荒んでしまったグラウンドの均し作業で一苦労であろう。悠華は奏美を抱えながら、仕事に明け暮れる中間管理職のサラリーマンと永善の姿を重ねて退場するに至った。
「やれやれ、進んで挙手したとはいえ何でこうも後始末の掃除に時間がかかるのだ。私が荒らしたわけでもないのに、猫の手も借りたいくらいだ……ブツブツ」
「――神父さん、本当にごめんなさい。あとは任せます」
「うん? 別にいいのだよ。私はこの対戦の審判なのだから構わずに君は休養したまえ。君が元気でなければセレネが困るのだからな――――ああ、明日のミサも告解も大変だな。仕方ない、明日は仮眠を取って備えるしかないな……ああ腰に響く」
白の魔女セレネに助けを請われ、魔女の眷属となって襲撃者たちを迎え撃ち、身が引き千切れるような思いをしながらも(本当に体がバラバラになっていたりする)打ち勝っている苦労人の悠華であるが、本当の苦労人は一介(自称)の神父である永善かもしれなかった。
ストレスが溜まっているのか、いつまでも泣き言を吐き続ける永善を背にして、奏美を抱えながら悠華はグラウンドから退場するに至った。
翌日、午前の座学を終えた悠華はある人物から職員を通じて呼び出されることとなり、しかも校内の喫茶店テイストの食堂「Ageratum」で昼食を通じて会合をする予定となっていた。
恐る恐る食堂へ入ってみると、彼女を慕っている同級生と後輩から尊敬と羨望の眼差しで見られていたが、彼女は優雅な花壇と庭園が眺められる奥のテーブルにとある人物に注目する
「来たわね。どうぞご自由に、固くならずに座りなさい。緊張感を抜いて頂戴ね」
「は、はい、美堂先輩」
そう言われて席に座るや向かいにいたのは――三年生の美堂千世だった。
風紀委員に所属している堅物の真面目な生徒であり、規則に順順とした性格の持ち主である。才色兼備である時点では二人とも似通っているのだが、悠華と千世ではやはり根本的に性格は異なるところが見られる。
それが雰囲気に醸されているのだろうか、どうにも折り合えないようだ。
ズレているわけでもないのに千世はカーマインのアンダーリムフレームの眼鏡を整える。
「今日はいつもの連れはいないのね。珍しいじゃない、今日は一緒じゃないの?」
「奏美は今日は体調不良なので無理はさせないように寮で休ませてるんで!」
昨日の夜というよりも今日の午前0時に始めた二回目の対戦で、奏美はロンギヌスのレプリカによって重傷を負わされた。
永善の指摘もあって、悠華の現段階の最大の構築魔法である「熾天使の翼」を利用して発動した回復魔法――後に彼女が「セラフィム・ブレス」と名付けた回復魔法を発動させて完全治癒に至ったわけだが、静養が必要だと察して寮の部屋で寝かせているのだ。
まだ半日しか経っていないので、激痛とストレスが大いに溜まっているわけだが、この日も登校日なので永善のように泣き言は言えない。代理として奏美のノートをとらなければならなかった。
食堂のカウンターでカフェオレを注文していた千世が啜ると、苦虫を潰したような表情でティーカップから口を離した。
「チッ……やはりカフェオレでも苦いわね。全然美味しくないわ。砂糖を入れなくちゃ――」
「あれ、美堂先輩はコーヒーとかじゃなくてカフェオレが好みなんですかね? 私はブラックコーヒーとかが好きなんですが」
すると千世の眼鏡が一瞬光り、ガタンとテーブルが震えた。
「……ブラックコーヒーだなんてコーヒー飲料の暴君よ。苦味が何なのよ、苦味を程よく味わえば大人だとか思ってる幼稚な連中が世間に唆してるとしか思えないわね! 甘くたって良いじゃない! ミルクコーヒーを飲んだってシュガー入りのコーヒーを飲んだっていいじゃない!」
「……ソウデスネー、世の中には色んな好みの人間がいますし」
「驚かせてしまってすまないわ。私は甘いものが大好きでコーヒーのような苦いものはあまり好きじゃないのよ。覚醒効果を求めてカフェオレくらいは飲んでるんだけど、もっと甘くないとダメなの。糖分なんて……三年前まではほぼ摂取できなかったし」
「三年前?」
「っ! いえ何でもないわ。言葉の綾よ、言葉の綾。本当に何でもないわ」
とか言う割には手元で起きている千世の行動はとんでもないものだった。何と制服のポケットからスティックシュガーを数本取り出して、それを開封しては投入し、開封しては投入の連続を繰り返したのだ。
カフェオレの時点でコーヒーとしては甘い味に調味しているというのに、スティックシュガーで更に甘くしているという異様な光景に悠華は口元を抑えざるを得なかった。
「それ、飲んで大丈夫なんですか? 甘すぎてとても飲めるものではないかと」
「別に私はこれくらいなら三杯飲んでも平気よ。これでもいつもの3割は少ない方なのよ。随分と甘くなっているけどまだまだ苦味が舌で感じられるわ」
千世がカフェオレを啜る度に粒がサラサラと流れる音が僅かながら聞こえ、半分も飲み干した後のティーカップの中身は未だ溶けきれていない砂糖の山が積み上がっていた。
「(残った砂糖はどう処理するつもりなんだろう。まさか本当に全部飲み干したりしないよね? 絶対この人糖尿病に悩まされるって!)」
「で、私の事はさておいてこれから本題に入るけど、さっきも言ったように緊張はしないで。別に簡単な質問をするだけだから」
「はぁ……」
間の抜けた呟きを漏らす悠華。その間にも彼女たちの会合は食堂にいる女子生徒にとっては全く奇妙な出来事であり、無礼な仕打ちをしでかした千世とその被害者である悠華が何故二人で会合しているのかが理解できなかった。
……中には蜜語を交わしているのではないかと妄想する邪な女子もいたが。
「昨日の夜――厳密には昨日の夜十一時から今日の午前二時まで学生寮に不在だったけれど、一体どこで何をしていたのかしら?」
――またそのことか。
以前にもこの質問を問われたことがある。アテナ戦の時に部屋にいなかったことを、何も状況を知らない奏美に聞かれている時にだ。そして今回の――アンジェ戦の時の不在も風紀委員である千世に知られてしまったのだ。
ただ、アテナ戦の時に学生寮に不在だったことを千世が知っていたのかが疑問に残ったわけであるが。
「なんでそれを美堂先輩が?」
「秋山里子っていう後輩をご存じだと思うけど、あの子が貴方たち――神田悠華二年生と伊崎奏美二年生の部屋を訪ねたところ、部屋のオートロックの鍵が開いていて誰もいなかったそうよ」
「里子さんが……? あの子が私に何か用事でも――」
秋山里子という細江中学の一年生は何かと凡庸な後輩で、悠華を慕う多くの女子生徒の中ではかなり地味なタイプの子である。影が薄い面があるが、寧ろ悠華にとっては良いのか悪いのかはわからないがそれが彼女の特徴だと判断している。人付き合いは友好的というよりも数人の同級生といつも一緒にいることが多々ある。
そんな彼女が同級生の親友以外と、ましてや先輩である三年生の美堂千世に悠華と奏美の不在を告げるような事をするだろうか?
「なんか里子を出汁にしてません? オートロックの鍵が閉まらずに開いているだなんてありえないですし」
「さて、ね。秋山里子一年生が本当に神田悠華二年生の部屋に訪ねてくる目的なんかどうでもいいし、私はただ彼女が寮監ではなく風紀委員である私に報告してきたから、貴女に聞いているわけ―――それで貴女は部屋に不在の間、就寝時間を超えてまで何をしてたのかしら?」
「っ――」
魔法少女になって戦っていたことを、ジャンヌ=ダルクの子孫とされる貴族の姫騎士を、奏美が瀕死の重傷を負わされたことを話せというのか。
白の魔女セレネのことを話せというのか。
そんな稚拙な質問に彼女は――
「答えられない。貴女が風紀委員であろうと私のプライバシーを詮索する権利はないわよ」
静謐な間を置いて、千世がアンダーリムの眼鏡を光らせた。
「……それが上等でしょうね。そもそも風紀委員は生徒のプライバシーを無闇に嗅ぎまわるような犬じゃないから、拒否権を発動すればそこで終わりなのよね」
「……追及すると思ったんだけど、そこまではしないんですね」
「私個人で貴女の事に関する追及をして寮監に告げ口をしたところでどうにもならないから。学生寮の施設内チェックは厳しくするだけしかできないけど。とりあえずはここまでにするわ」
そう言って、大量に砂糖の入ったティーカップ内のカフェオレを、全て飲み干して席から立ち上がった。山のように積み上がっていた砂糖を飲み干すとは――――普通の人間ではない。
中央庭園を見渡せる席を後にしようとすると彼女は一瞬振り返って、眼鏡を押さえる仕草を見せた。
「言い忘れてたけど、私には貴女が以前と違って変化しているように見えるわ。その変化は善となるか凶となるかは貴女次第よ。でも例え以前と変わることで貴女の日常が崩壊するようなことがあったとしても――優しさだけは失わないようにしなさい」
「…………え、ちょっと待って。それ北斗星司……じゃなくてウルトラマンエースの台詞パクってない?」
「知らないわよ」
あっさりと否定された。セリフなら似ているはずなのに。
というかその台詞はこの場で使うような場面じゃない。
もう一度尋ねる間もなく千世は、意味深長な言葉を残して食堂からさっさと姿を消していくのだった。
千世が食堂を出たタイミングで入れ替わりに、学生寮の部屋で休養をとっていたはずの奏美が怒気を含めた表情を固めたまま、こちらへと向かってきた。
「奏美……体の調子は――」
そこでハッとして悠華は続けることをやめた。アンジェ戦で負った傷を、被害者本人である奏美は多分知らないはずだ。重傷を負ったことで具合を観察していることも含めて、悠華は彼女に秘密にしていたのだ。
不機嫌な様子のまま奏美は悠華の目先にある席へと座る。
「――別に何ともないわ。昨日の夜は学生寮から出たはずなのに、気づけば朝になってて部屋に寝てた不思議は今でも解明できてないけど」
「っ……それは不思議よね。疲れてたんだよ。夢遊病っていうのがあるでしょ? それで記憶が――」
「……ふざけないでよっ!」
ダンッ! と叩かれるテーブル。拳に込められた握力の強さが奏美の怒りを語る。
「……昨日の夜、悠華の姿が見当たらないから学生寮を抜けて探してたら、まさか悠華が変なコスプレをして超人みたいな人と戦ってて……幻覚じゃないかと思ってた」
「コスプレ……」
あのコスチュームをコスプレと例えるのか。いや間違いなくコスプレに近いコスチュームなのだろうけども。
それと超人とはアンジェの事を指しているのだろうか? バチカンの騎士団の師団長は確かに超人じみているが、それを外せば一般人だ。
「幻覚じゃなかった。いきなり光が視界を覆って、そしたらお腹が破れて、自分の血が飛び散って……苦しかった、痛かった……でも、それ以上に見ていられなかったのは悠華がしてた事だよ」
アンジェ戦の時に見せた、悠華=リリウム・セラフィーの暴走状態。あの姿を奏美は瀕死の状態で見ていたのか。
痴態を見られてしまったと同様に悠華は羞恥と焦熱を同時に帯びてしまった。そのせいだろうか、彼女は
「でも、アレはアンジェさんが奏美を傷つけたからっ!」
「悠華の方が怖かったよ。猛獣のように暴れてた悠華が、今の私には信じきれないよ――」
「奏美……」
――変化を望む事には、予想だにしない変化を受け入れることを覚悟することが強要される。それが理解できない者はただの子供だ。
誰も知らないどこかで、悠華の知らない誰かの言葉が木霊したような気がした。
そして悠華は奏美に失望されてしまった。