ザルモアーズ家の姫騎士 PART4
複製品の聖槍から閃光が悠華を覆い、奏美を覆い、アンジェを覆い、いずれは学校全体を覆って白く塗りつぶした。
その後に閃光が一瞬として消滅して元通りの、曇りが一つもない、果てしない夜景が広がっていた。
だが閃光が迸る直前とその直後では、グラウンドの風景は大きく異なっており、思わず目を背けたくなるような惨状が襲っていた。
グラウンドに一直線上に刻まれた線形の抉れた傷痕。悠華が天空から地上のアテナへ一発お見舞いした時に生じたクレーターとは違った形であるが、こちらも規模の大きさでは勝るとも劣らない。
直線状の傷跡の先に、這いずる様に伏せている悠華=リリウム・セラフィーが土塊を被りながらも起き上がった。
「イタタタタ……やばい、とてつもなく痛い……! あぁ、右手がなくなってる!!」
全身に染み渡る激痛が悠華の脳幹と神経を麻痺させているのか、彼女にまともな判断を下すことを不可能にさせていた。
それも仕方ないことであろう――彼女の右手は閃光が風景を覆う手前で聖槍のレプリカの穂先に貫通されて持っていかれたのだから。断面から筋肉だか血管だか訳のわからないものが、或いは骨が露出していてダラリと下がっている。
しかも悠華の体中の至るところから肉の焼ける匂いや水が焼石に触れて蒸発するような音が確認できる。魔力回路の流れの速さを最大限にして再生治癒能力が発動しているはずなのだが、皮膚や右手が回復するどころか、逆に皮膚の傷が広がっていた。
「私のロンギヌスの槍は複製品ですが、それでも本物に匹敵する能力を秘めています。ロンギヌスの槍の近くにいるだけで魔の者たちは焼けてしまいますよ」
ロンギヌス――かつてキリストが十字架に磔にされて亡くなった時に、その遺体を確かめる為に刺した兵士の名とされている。
「ロンギヌスの槍」という名称そのものは後付けで、槍に関する伝承そのもの自体は事実か虚実かは判定できない。
だが、レプリカということは少なくともモチーフである本物が実在するはずだ。
「ロンギヌスの槍は人の血と肉を聖化させる能力をその矛先に宿しています。それは私が持つ複製品も同じで、人であれば血と肉は祝福されますが、その能力に反対する力――魔力を持つ者には血と肉が蒸発されます」
「そんなことはどうでもいいの! それよりも奏美は――」
アンジェが所有するロンギヌスの能力よりも、負傷している自分の体よりも、悠華は巻き込まれてしまった側の奏美を探していた。
ロンギヌスが投擲された時に悠華は校舎を背にして戦っており、奏美が降りていた石階段はグラウンドと校舎を繋いでいる。その先――奏美にロンギヌスが投げられたのだ。
その着地点――ロンギヌスが刺さった石階段はもろくも崩れ去っており、斜面の雑草地帯を掘削してクレーターが出来上がっていた。
「奏美、奏美! どこにいるの!?」
未だにロンギヌスの着地点では土煙が舞い上がっていて、悠華とアンジェの距離では奏美を確認することができない。悠華は一刻も奏美のもとへと急ぎたかったが、アンジェが逃がすまいと捉えていた。
そのうちにロンギヌスに纏わりついていた土煙が消えて、近くで倒れていた奏美の姿が見えた。
「奏美……大丈夫なの!? かな………み……?」
友人の名を何度も叫び続ける悠華の動きが止まり、彼女は絶句した。
土煙が完全に消滅した時、奏美の状態は思わず目を覆いたくなる惨状だったのだ。
奏美の私服は破れており、白くてスレンダーで柔らかそうな脇腹から血の混じった内臓が――胃や腸がドロドロと飛び出ていた。
「奏美、奏美いいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「…………」
「奏美、奏美、奏美!! 私の声が聞こえる!? 聞こえるよね! 聞こえるなら返事をして! お願いだから返事をしてよおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」」
何度叫ぼうが奏美は虚ろな瞳で何も答えようとしない。既に虫の息だ。
恐らくではあるが閃光が視界全体を覆った際に、その穂先が彼女の脇腹を突き破って刺さったのだ。それを裏付けるかのように、ロンギヌスと奏美の距離は三十センチも離れていなかった。
魔女の眷属でもなければ魔法少女でもない一般人である彼女は、近づいてもロンギヌスの槍の切っ先に触れても血と肉が蒸発するような事はない。
けどそれ以前に奏美には、魔法少女に変身している悠華のような再生治癒能力はないのだ。
傷口が大きすぎて止血しようがないどころか、この場で治療もできない――勿論、その間にも彼女の脇腹から飛び出た胃腸や体液が止め処なく溢れる。
そして、そのままグラウンドにじっくりと、赤く、なお赤く、更に赤く、染み込んでいく。
「よくご覧なさい! これが貴女の罪が引き起こした有様! 魔女との関係を、魔女の誘惑を断つことができなかった貴女が彼女を巻き込んだのです!」
「っ…………!!」
「何の目的で魔女に加担したのかは知る由もありませんが……悪魔に従う異端の輩よ、今度こそ完全に屠って差し上げましょう!」
ドゥリンダナを掲げて悠華へと向けるアンジェ。
それでも尚、悠華の意識と視線は無様に転がる奏美に向けられていた。
「奏美……」
――中学生になったあの日。「あの事件」から間もない頃の悠華の心は嵐の夜のように荒みきっていた。特に入学式の日に、機嫌がものすごく悪かった悠華に近づこうとする者はいなかっただろう。
名門の神田家の長女というだけで接近しようとした新入生は彼女のキツい睨みと悪態のチョイスを浴びせられた事だろう。事件以来、同性が信用できなくなった悠華にとって女子校の細江中学はまさに地獄のような場所だった。
――座っているだけで生徒が取り囲む。
――立っているだけで生徒が両端に並ぶ。
――喋っているだけで生徒がわざとらしく賞賛する。
――黙っているだけで生徒が勝手に心配する。
心底面倒だった。それだけでストレスが溜まりに溜まった。傷ついてしまった精神と心が癒えないうちは最低限の接触だけしかしないように努めていた。
そんな矢先に、その悠華のルールを打ち破ったのは――他の誰でもない、奏美だった。
奏美は恐る恐るではあったが、悠華と友達になろうとした――友達と呼べる関係になるまでに諍いはあったが。
文句を言いあって。
悪態をついて。
喧嘩をして。
本音を言い合ってそれでも互いに受け入れられる仲になった奏美を――アンジェが殺した。
その事実だけで悠華の体内を巡る鮮血が滾り、ついには沸騰しそうになった。
「違う、貴女がその手で殺したんだ」
「……何ですって?」
「私が魔女と、セレネと繋がっているから奏美が殺された? 私が魔法少女だから巻き込まれた? 私がアンジェさんにとって異端だから被害に遭った? 違う、違う、違う違う違う違う! 殺したのはアンジェさんだ! 巻き込んだのはアンジェさんだ! 異端と見做して被害に遭わせたのはアンジェさんだ! アンジェさんのその手で、あの槍で奏美を殺したんだ! 奏美の血で塗りつぶされているのはアンジェさんの一方的な大義名分と正義だっ!!」
悠華の静かな、それでも熱く湧き上がる怒りと憎しみにアンジェは落ち着きがとれなくなった。
「!!……それは」
「アンジェさんは、ローマ=カトリック教会の騎士団の連中は人を殺めてから正義を説くの? 蹂躙してから大義名分を掲げるの? 殲滅してからアガペーを教示するの?」
「稚拙なことを述べるのは――」
「稚拙じゃない! 現に奏美は殺された、貴女の偽善な言葉を述べる為の手で殺されたんだ! 奏美の苦しみを知れ!」
影で隠れていた悠華のつぶらな瞳が、野獣へと変化するのをアンジェは見逃さなかった。
「うおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
咆哮した途端、悠華の体内を巡る魔力回路が顕現し、更に瞳を野獣の夜目の色である金色へと変化させて飛び上がった。
その時の衝撃でグラウンドが罅割れてしまった。後で永善がロードローラで均さねばならないだろうが、今の悠華はそんな事を気にしていられなかった。
魔力回路が暴走しているのか、ロンギヌスの効果が弱っているのか、悠華の右手や皮膚が一瞬で再生された。その再生したばかりの右手を拳に固めて、アンジェへとぶつけようとする。
「――盾よ!」
動揺を見せたアンジェが咄嗟に大盾を前面に突き出す。
すると拳が大盾へと直撃して、周囲のグラウンドに爆風が生じた。
大盾が拳に触れた過程でアンジェの足が一歩、二歩と下がっていくが、決して彼女は観念することを是認としない。
だが、聖水に浸されているはずの大盾に悠華の拳が触れても皮膚が焼けるようなことはなかった。寧ろ皮膚が焦げるどころか、一秒も立たないうちに再生している。
――魔力回路が暴走している結果、再生治癒能力が驚異的なスピードで働いてるのだ。
「うああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ええええぃぃぃ! 壊れろ!壊れろ! 壊れろおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
金色に発行する瞳を輝かせながら、悠華はただ我武者羅に拳を大盾へと振り続ける。
――――コワレロ、コワレロ、コワレロ、コワレロ!! コワシテ、ヒキサイテヤル! バラバラニシテヤル!
「ただの拳程度でこの威力は……! このままでは盾が壊れて!」
悠華が繰り出す拳の連撃で、二十センチも厚みのある大盾が既に半分も抉られており、欠片となって拡散していた。そのうちに破壊されるのは確実だ。
「滅茶苦茶になれえええええええええええええええええええええええええ!!!」
――マダダ! コノテイドジャタリナイ! モットハカイスルデキルモノヲ!
――ソウダ! アレガアルジャナイカ! アレダ!
暴走状態の悠華が手を掲げると、構築魔法を利用して柄を造り、刃を造り、巨大な物体を構成する。
――それはアテナが所持していた巨大な鉞だった。
その鉞はアテナが得物として薙ぎ払っていたものよりも彩りが美しい、如何にも真新しい。しかし多くの血を吸ってきた赤い刃は変わりない。
「それはアテナさんの! まさか物体の創造をしたというのですか……我らの創造主に対して何と恐れ多いことを!」
「はあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アンジェの言葉を聞く間もなく、質量と大きさを身長よりも裕に超える鉞を盾へと振る。
ドカン! と大砲のような発射音が響くと、アンジェの盾が質量の半分以上も脆く崩れ去った。
「っ―――!」
盾が壊されて防御の手段として成り立たなくなったのか、ドゥリンダナを代用として凶悪な鉞に対応する。
「うおおおおおおりゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
――無茶苦茶に鉞を振り続ける悠華との一閃。
ドゥリンダナの刃が鉞に触れた途端、ビリビリと手が麻痺してしまう。
結果としてドゥリンダナを落としてしまった。
悠華が構築魔法で構成された鉞を投げ捨てるや、アンジェの足を引っ掛けてグラウンドの地面に倒れさせる。
次に悠華がアンジェの体に飛び乗った。
「な……なっ……何を!」
「奏美の苦しみを、奏美の痛みをその体に教えてやるうううううっ!」
馬乗りにされて、アンジェはそれでも必死にもがいて抵抗するものの、悠華はそれを無理やり押さえつける。
躊躇なく首を絞める
こうなってしまってはアンジェに形勢逆転はない。
「私が、私が、私が、貴女を殺す!」
殺すことだけしか考えない悠華を、どこかで見ているもう一人の悠華がいる。
どんな気持ちで見ているのだろうか、予想もつかない。
自分がセレネの眷属であることも、魔法少女であることも、それ以前に人であることも、相手がローマ=カトリック教会の騎士であることも、全て頭の中から消えていた。
ただ内臓が飛び出ている奏美のことだけが脳裏から離れないから。
だから殺す。撲殺する。惨殺する。轢殺する。
アンジェを殺そうとする拳を―――――誰かが握った。
「そこまでだ」
トーンの低い声に惹かれて振り返れば――そこに審判役の永善がいた。
「止めないで! 私はこいつを殺さないと気が済まないわ!」
「――それ以上やったら貴様は人間じゃなくなる。ただの復讐の鬼だ。対戦中の殺人は反則だと言っていただろう? 反則負けになりたいのか?」
数は多くないが、重みのある言葉が投げられて理性を取り戻す。
忘れていたのだが、アテナ戦の時も審判役として監視していたのだから今回もそうしていたのだろう。
でも、それなら――と悠華は掴みかかった。
「だったら! 神父さんなら奏美を止めることも、守ることもできたはずじゃないの!?」
「怒鳴るな。いいか、どんな時にも冷静になることは必要だ。それができないのは若気の至りだ。焦っては助かる命も助からないぞ」
こんな時でも神父は無表情のままで流れるように語る。
「助けるのはいいが、もし私が止めていなければ貴様は愚かしくも二人の命を、そのうち一人は罪のない命を殺してしまうところだったのだぞ」
「二人の命……?」
罪のない命? それはどういう事だろうかと傾げると、神父はその意図を読んでアンジェの方へと指差した。
「気づかなかったのか? 彼女は胎児を身籠っているんだぞ」
「え――」
言われて気づくと、アンジェは脂汗を流しながら過呼吸を繰り返していた。そんな状態の彼女の腹は異様に膨れているのだ。
彼女が妊娠しているのならば、その大きさはおよそ六ヶ月は経ているはずだ。
だから、彼女は胎児に障らないように腹部の装甲を装備していなかった。全姿を覆う大盾を使っていたのも胎児を守るためだった。
彼女は守りを常に主流とした策で戦っていたじゃないか。
「そんな……私は殺そうとしてたの?」
胎児を懐妊しているアンジェを殺そうとした。全く罪のない命を。
彼女は敵である以前に、一人の女性であり母親であったのだ。
でもこのままでは死んでしまう。奏美もアンジェも胎児も。
「神父さんはこの事を知ってたの!?」
「ああ、知っていたとも。見ればいくら子供の悠華でも気づくだろうと思っていたよ。それにしても身籠っていながらも、ローマ=カトリック教会の命令に従って魔女討伐をするとは、一族の執念が身体に染み込んでいるようだな」
「何で止めなかったの!? 止めていればこんな事態にならなかったのに!」
「暴走して彼女を窒息に追い込んだ君がそれを言うのか。これはとんだ笑いものだ、どれだけ目先のことしか見えていなかったのか、才媛と謳われる君の名が落ちるぞ」
「こんな時に何の冗談よ、神父さん!」
その間にも、脳に酸素がなくなって過呼吸を繰り返しているアンジェ。このままでは胎児ごと死亡してしまう。
それでも平然と永善は言った。
「――――三人とも救える方法はある。だが彼女らの命を救うには君の手が必要だ」
「私が……?」
「頭を使え、魔法少女リリウム・セラフィー。君の体に込められた魔法と、再生治癒能力は一体何のためにあるんだ?」
「……っ!」
「――今度は彼女の番だ。ザルモアーズ家の騎士に施したのと同様に魔法を使用するんだぞ」
「わかってる! 奏美、必ず助けてみせるね……!」
場所は元々石階段であったクレーターの痕の横で倒れていた奏美のそば。
既にロンギヌスのレプリカは刺さっていない。
鮮血も今は茶褐色に乾いており、それが時間経過を証明づける。
悠華=リリウム・セラフィーは腕と脇を引き締めて魔力回路を背中に集中させる。
すると背中に魔法陣が展開して、消滅した後にフワフワとした鳥類の羽が生え出でてきた。
アテナ戦の時に覚醒した、構築魔法で具現した羽。それが今の悠華の背中で羽ばたいているのだ。
永善が言うには――――悠華の体内で流れている魔力を奏美に注ぐことができれば、回復魔法が使えるということらしい。それを行うには再生能力を魔力に重ねることが必要だというのだ。
つまりは彼女の中で最も魔力が使われる魔法――構築魔法である「熾天使の翼」を利用して、再生治癒能力ならぬ回復魔法を奏美に譲渡することだ。
魔法少女だから、リリウム・セラフィーだからできること。一般人では助けられなかっただろう。
魔力が多く注がれて一層白く輝いている翼を、悠華は奏美の体に被せる。
すると、みるみる内に目に見えて、奏美の傷が癒えていく。
内臓が再生され、破れた皮膚も再生され、飛び出ていた胃や腸が腹の中へとおさめられる。最後には傷跡残らず、元に戻った。
ビデオのテープを巻き戻したような一部始終だった。
そっと触れてみると、奏美の肉つきのよくプヨプヨとした柔らかいお腹が確実に存在していた。
「……すー……すー……」
同時にリズムよい呼吸音も聞こえた。彼女は確かに生きている。助かったのだ。
「奏美――――良かった!」
結局のところ、二回目の対戦は悠華の勝ちという形で終わることとなった。
途中から対戦どころか反則負けである殺人行為を及ぼしそうになり、途中で神父によって無理矢理中止されていたわけだが。
無論引き分けというわけにも行かず、対戦を再開しようとしたが、何故かアンジェが降参したのだ。
理由としてはやはり胎児に障ってしまうのが一番だが、彼女は敵でありながらも「熾天使の翼」を使って回復させた悠華を信じることで負けを認めたのだ。
親友と敵を助けた悠華を信じて。
胎児ごと殺そうとしていた悠華ではなく、敵でありながら慈悲深く自分を救った悠華を信じて。
やはり騎士団の人間と言えどもキリスト教の信心深い信者だから、「あなたがたの敵を愛しなさい」という教えが心身共に刻まれているのだろう。
『貴女がいれば心配ありません』
とも言われた。
彼女は魔女セレネのことはしばらくは不問にしておくと言っていたが、今後も討伐する可能性はあるかもしれない。しかし彼女にはいずれ生まれる子供の為、育児に専念するに違いない。
ついでに言えば、アンジェの夫の馴れ初め話も聞かされた。
夫とは騎士団に入隊した時に出会い、任務を共に熟していたのだが、照れ屋さんな夫の方からプロポーズされたという惚気話だ。しかもアンジェは今年で十九歳で、夫の方は十八歳らしい。年齢の時点でぶっ飛んでる。
しかもアンジェが肌身離さず持ち歩いてるという夫の写真を見せてもらうと、とても十八歳には見えない、外見だけで三十路は越えていそうな、彫の深くて威厳のある髭面のオジサンだった。
外国人の青年とはこうも成長しすぎているのが普通なのか。
そう思っているとアンジェに耳打ちをされた。
『貴女も恋をすれば、子供が欲しいと思いたくなりますよ』
と。その瞬間、悠華の顔が火照って、全力で否定するのだがアンジェは微笑ましく笑っていた。
そもそも子供どころか恋愛云々には関係ないと思っている悠華にとっては、その言葉は刺激的だったのだ。
――あの事件が尾を引いているから。
だからこそ、悠華はザルモアーズ家の夫婦が仲良く円満でいけるように、その間に生まれるであろう子供が不幸な目に遭わないように祈ることにしたのだ。もっとも余計なことであるかもしれないけど。
ともあれ彼女は降参した。
白の魔女セレネから奪ったというジュエルハートも審判役の永善に後日渡すとも答えた。
だが彼女は立ち去る寸前に奇妙なことを忠告として悠華に呟いたのだ。
『貴女が魔法少女となったことで、様々な勢力の者が一斉にかかってくるでしょう。特に嗜喰鬼には細心の注意を払ってください。嗜喰鬼は只者ではありませんから』
『う……うん』
様々な勢力とは何の勢力だ? ローマ=カトリック教会の騎士団のような魔女討伐部隊のことか? アテナのような戦闘のプロのことか?
嗜喰鬼とは――何者だ?
悠華に多くの疑問を残しながら、二回目の対戦は終わりを迎えることとなった。
――それを校舎の屋上からただ一人、白の魔女セレネが始終を見ていた。
「ふむ……ヒヤヒヤするところもあったけど、ザルモアーズ家の姫騎士が降参することで勝った、と。魔法少女になってから日も浅いところも見えるけど、順調に成長しているのが確認できるわね」
そして装飾をあしらった扇で口元を隠しながら――――彼女は不敵に笑った。
「フフフフフ、今回の対戦での悠華の暴走は素晴らしかったわ。暴走するほどの感情の力――――アレが順調に育って実るまで、遠くはないわね。フフ、遅くても一年以内かしら……ウフフフフフフ」
――期待しているわ、私の大切な大切な悠華。
これでザルモアーズ家の姫騎士編は終わりです。
お気に入りに入れてくれた人に感謝です。努力が少しでも認められたので嬉しいです。




