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whose flower2

作者: 溯水かなめ




 神様・・・死してもなお、俺は・・・




「ふっ…。おもしれぇ女。」


 澄み渡る空に、少年の呟きが響く。


 白いコートに白いシャツ。

 足元もしっかり白いパンツで、全身真っ白と言ういでたち。


 ここまで白いと、尊敬にも値する。


 白いのは、それだけでは終わらない。

 コートをすり抜けて、背中に映えるのは、白い羽。

 頭には、白く光る輪。




 キューピッドの天使、トキマ。

 

 これは、コカトスが人間の少女に恋をするのより少し前。

 まだ、トキマが新米天使だった頃の話。




 話は、数分前に遡る。


 早々仕事を終えたトキマは、余った時間で昼寝をしていた。

 天気の良い日は、人様の家の屋根で勝手に昼寝をするに限る。


 もちろん、人間にこの姿は見えないから、誰にも怒られることは無い。


 が、今日は違った。


「ちょっと!何してるのよそんなところでっ!」


 


 気持ちよく眠っていたトキマに振ってきた、大きな声。


 驚いて起き上がる。


 見ると、ちょうど寝ていた頭上に2階の窓があり、そこから少女が顔を出していた。


 自分にかけられた声ではないはずなので、トキマは頭をかきながら周りを見渡す。

 安眠を妨害されたので、嫌がらせでもしてやりたい気分だ。

 眉をひそめて目を凝らすが、見渡す限り、この少女以外にはいない。


「・・・?」


 首をかしげると、また、少女の声が飛んできた。


「何他人事みたいな顔してるのよ。

 君よ、君。

 君に言ってるんだけど。」

 

 少女の視線が、まっすぐ自分を見ている。

 トキマは、ゆっくりと自分を指差してみると、少女はこくりと頷いた。


 驚いた。

 天使を見られる人間になど初めて会った。

 先輩天使たちからも、聞いた事がない。


 これは、面白い。


「へぇ、あんた俺が見えるんだ。」


 折りたたまれていた、羽をばさりと広げて見せる。


 この人間は、驚くだろうか?

 何故か、面白い反応をしてくれそうな期待がこみ上げた。


 一瞬の沈黙。

 さすがに、驚いている表情。


 自分を納得させるように俯き、『なるほどね・・・』とつぶやく少女。




「あなた、天使?」


 なかなかに冷静な反応だ。

 一瞬のうちに事態を把握し、彼女はトキマの正体を確認する質問を投げてきた。


 その反応に満足して、トキマはにやりと笑う。

 やっぱり、面白い。


「あぁ。

 正しくは、キューピッドの天使、だけど。

 神の御心のままに、人間に愛を運ぶのが仕事。

 で、あんたは?

 普通、おれ達の姿は人間には見えないはずなんだけど。

 何で見えるんだ?

 天使を見るのは、初めてじゃないのか?」


「初めてだよ。

 何で見えるのかはわからない。

 今まで、幽霊とかそういった類も見たこと無いんだけど…。

 なんでかな。」


 首を傾げながら、何故か嬉しそうに笑う。

 不思議な少女だ。


「へぇ…。

 面白いな。

 ま、天使を見たなんて、得したんじゃねぇ?

 ただ、他の人間とかに言うと、バカにされるかもしれないから、気をつけろよ。

 んじゃ、すっかり目ぇ覚めちまったから、俺はそろそろ行くかな。」


「…また、来る?」


「あ?」


 引き止めるような少女の声。


 天使の行動範囲は広い。

 いつでも、このあたりで仕事をしているわけではない。

 が、トキマはもう一度この少女に会ってみたかった。


「そうだな、気が向いたら来るよ。」


 多分、絶対来るけど。

 心の中で思いながら、不確定な言葉だけを残す。


 それでも、少女は期待に満ちた目で、笑った。




 で、冒頭に戻る。


 あの少女との出会いは、トキマにとって思いかげず楽しいものだった。

 自分の姿を見ることの出来る人間と言うだけで興味がわくが、更に、驚いて悲鳴をあげたりせず、あの冷静な反応。


「おもしれぇ女。」


 思い出して、トキマは上空を飛びながら笑みをこぼした。


 元から、人間界は色々面白いものがあって好きだったが、これからはもっと好きになりそうだ。

 明日また、人間界に降りる事が楽しみになる。




 結局、それから毎日、トキマは彼女の元へ通うようになった。

 

 少女の名前は『奈津なつ』と言い、17歳ということだ。

 何故、この少女にトキマを見る事が出来たのか、結局その理由は分からないまま。


 毎日、ただ彼女の話を聞くのがトキマの楽しみになっていた。

 彼女の話す全てが興味深かった。


「へぇ〜。

 バレンタインデーねぇ。

 人間界には面白い風習があるんだな。」


 もうすぐ、この世界ではバレンタインデーというものがあるらしい。

 そんな奈津の話に、トキマは驚いた表情を見せた。


 そんなトキマを見て、更に驚いたのは奈津だ。


「え、知らないの?」


「ん?

 あぁ、知らないぜ。

 おれ達の世界では、そんな習慣ねぇもん。」


「…そうじゃなくて。

 天使って、もともと人間だった…とかじゃないの?」


 何故か、鬼気迫るような表情の奈津。

 そんな彼女を不思議に思いつつ、トキマは答えた。


「いや…どうだろう。

 天使になる前の記憶って、無いんだ。」


「そっか…。」


 表情が曇る。


 俯く奈津は、恐る恐ると言った感じで口を開いた。


「ねぇ…。

 トキマって、天使の仕事を始めて、けっこう長いの?」


 問われて、トキマは少し考える。

 あまり深く考えてはいなかったが、人間の時間でどのくらい立つか換算してみた。


「多分…1年もたたねぇかな。

 まだ新米扱いだよ。」


「へぇ…。

 あ、ごめん。

 ちょっと出かけなくちゃいけない時間。」


 トキマの言葉を聞いて、奈津は急にそわそわしだす。

 違和感を感じるが、そこを追求する言葉を、トキマは持ち合わせていなかった。


「あ、そうなのか?

 んじゃ、俺は帰るぜ。

 じゃあな。」


 素直に、その場を立ち去る。

 不自然な笑顔で、見送ってくれる奈津。


 今の会話の中で、何かあっただろうか?

 反芻しても、ピンとこない。


「なんだ?」




 白いシーツ。

 白いカーテン。


 右腕には点滴の針。


 話すことが出来ない。

 苦しい。


 言いたい事はいっぱいあるのに。

 伝えなきゃいけないことはいっぱいあるのに。


 神様、あなたなら俺の言葉が聞き取れますか?

 それなら、願いを聞いてください。


 俺は…!




「んあー?」


 寝ぼけ眼で、頭を掻く。


「妙な夢だな…。」


 不思議なくらいリアルな夢だった。

 しかし、記憶には無い。


 最後に何を叫んでいたのだろう…。


 なんだか、すっきりしない。

 トキマは、不機嫌に再び頭を掻いた。




 昨日の今日で、奈津はどんな顔を見せるだろうか。

 また、あの不自然な笑顔を向けてくるかもしれない。


 そんな事を考えながら、いつも通り、奈津の部屋の窓の前に降り立つ。

 

 窓越しに、彼女の姿が見えた。

 部屋にはいるらしい。


 コンコンッ


 軽く窓をノックする。


 開けてくれないのではないかと言う不安もあったが、彼女は、いつも通りの顔を見せた。


「や、勤労少年。」


「よ、不思議少女。」


 その笑顔は、晴れやかで、心から笑っているようだ。

 昨日は、一体なんだったのか。

 彼女の中で、一夜で何か解決したのだろうか。




「あのさ…。」


 ふと、切り出す奈津。


「私って、まだ、キューピッドの矢は刺さってないんだよね?」


「ん?あぁ…。」


 天使には、人に刺るキューピッドの矢が見えるのだ。


 そして、奈津にはまだ刺さっていない。

 いや、現在刺さっていない、と言うほうが正しいか。


 神は気まぐれだ。

 矢が刺さるのは一度とは限らない。


 刺さり、消え、抜け、また刺さり…

 繰り返されることもしばしある。


 トキマが頷くと、奈津は大きなため息をついた。


「そっかぁ〜。

 実は私、絶対運命の糸で結ばれてるんだって信じてる人、いるんだよね。」


「へぇ、そりゃ初耳。」


 トキマが相槌を打つと、奈津は窓を離れて、部屋の置くにある本棚に向かった。


「でもね、その人、もういないんだ。

 1年前に、いなくなっちゃった。

 ずっと、病気を患っててね。」


 声のトーンを落とすが、影は見せない。

 時間とともに、だいぶ心の整理はついている。


「でね、この人…。」


 言いながら、本棚に飾ってあった写真立を手に取る。

 両面に1枚づつ写真が入るタイプだ。


 こちら側には、愛犬と思われる芝犬の写真。


 写真立を手に、奈津がトキマの元に戻る。

 裏返される写真立には、奈津と、軟らかそうな髪の少年が一人。


「似てるでしょ。」


 言いながら、奈津が笑いかける。


 写真の中の少年はトキマと同じ顔をしていた。

 

「初めて見たとき、驚いたよ。

 優斗ゆうとにそっくりな人が、屋根の上で寝てるんだもん。

 ねぇ…トキマは、優斗じゃ…。」


 恐る恐る言葉を口にする奈津。

 

 トキマは、そんな彼女の言葉を途中で制止する。


「ごめん。

 俺は、天使のトキマであって、それ以外の誰でもない。

 死んだ人間を生き返らせることは、神にも出来ない。」


 奈津が、何かを期待していたのが分かるだけに、トキマは慎重に言葉を選んだ。

 二人の間に、重い空気が生まれる。


 しかし、それは長続きせず、奈津が沈黙を破った。


「そっか。

 そうだよね。

 おかしな事聞いちゃってごめん。

 トキマはトキマだよね。

 それに、優斗も口が悪かったけど、トキマほどじゃなかった気がするわ。」


「なんだそりゃ。」


 言って、笑う。


「ねぇ、トキマは、今幸せ?」


 ふと、奈津がやわらかい笑みを浮かべる。

 あまり見せたことの無い表情だ。

 大人びた表情。

 

 問われて、トキマも笑う。

 自信満々の笑顔で。


「もちろん、幸せだ。

 こんなかっこいい仕事、他にないしな。」


「そっか。」


 その答えを聞いて、どこか安堵した表情。

 

「って、あれ?!

 トキマ!!」


 見ると、トキマの姿が無い。


 無いと言うより、見えない…のだ。と察した。


 無礼極まりないトキマでも、挨拶も無しに立ち去ることは考えにくいし、ほんの一瞬の出来事だった。


「もう…必要はないってこと、なのかな。」


 空に向かって、奈津がつぶやく。


「…そう、みたいだな。

 奈津…二度目のさよならだ。」


 トキマは、もう自分の姿が見えていない奈津にそうつぶやくと、空へ舞い上がった。




 少年は、願った。


 死してもなお、彼女を幸せにしたい。


 それが、神に届いたかどうかは分からない。


 しかし、少年に不思議な出来事が起きたのは確かだ。




 少年が願っていたこととは、違うかもしれない。


 けれど、少女は、少年が今幸せだと言う事を知って、救われた。


 もう会えなくても、どこかで幸せでいてくれるのなら、それは私の幸せにつながる。






「分かってたのに、言わなかったの?」


 トキマの思い出話を聞き終えて、コカトスは首をかしげた。


「君、自分が優斗だって、わかってたんでしょ?

 でも、名乗らなかったの?」


「あぁ…。」


 質問の意味を理解して、トキマは苦笑をした。

 いや、自嘲に近いか。


「わかってたよ。

 夢を見た後に、突然記憶がよみがえった。

 人間だった頃の記憶が全てな。

 でも、だからって、それを奈津に言って良いのか分からなかった。」


 そこで、一呼吸をおく。

 一気にしゃべるには、気が重い。


「俺が優斗だとして、あいつは、死んだ優斗にこれからも会えると思っちまったら、どうだよ?

 それは…違うだろ。

 人間として、俺は存在するわけじゃない。

 人間だった頃の優斗として、あいつに接することは出来ない。

 だったら、優斗とは違う、トキマとして通した方が良いと思った。

 自己満足…かもしれないけどな。」


「でも、奈津さんは…。」


「気付いてただろうな。」


 コカトスの言葉を最後まで聞かずに答える。

 

「あいつは、俺と優斗だと分かっていたと思うよ。

 だけど、やっぱり言葉にしなくて良かったんだ。

 お互いに…。」


 自分を納得させるように、トキマは最後の言葉をつぶやいた。








立て続けに2作投稿させていただきました。

右も左もわからないままの投稿なので、今後、ちょっとづつ投稿内容とかかわっていくかもしれません。


『whose flower』の続編と言うことで書かせていただきました。

続いているようで、それぞれ独立していますが。


詳しい説明を省いたつくりになってますが、読んだ方にはどう伝わったのかどきどき…

ご自由に心情を理解していただけたらと思います。


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