あかつき
沖津少尉殿、という書き出しから始まった手紙を沖津は読み始めた。
兵舎のベッドに座り、手紙を読み終えると、天井を見る。すぐに立ち上がって、格納庫へと走った。
そこには『桜花』の姿はなかった。
代わりに、真新しい戦闘機が佇んでいる。その機体は全体が黒く塗られ、両翼には日の丸が赤で描かれている。
それは手紙に『暁』と名付けられた機体であることが記されていた。
浅葱の文字が紙の上に残されている。
そういえば、彼の父親は技術者だったということを沖津は思い出した。息子の彼は、その技術を受け継いでいたのだ。
「浅葱……から、か」
背後から大湊の声がする。
「ああ、彼の遺したものだ」
大湊は機体を見て、ため息をついた。
「これは……素晴らしい、機体……だ」
分かるらしい。戦闘機乗りのカンである。それは沖津も同感だ。これ以上の戦闘機を探せという方が難しいだろう。ただ見ただけで、それまでの戦闘機とは一線を画した存在だということが分かる。
「……沖津」
大湊は低い声で言った。
「これを、俺に……寄越せ」
大湊は沖津に拳銃を突きつける。
「これなら……俺は、ヤツに……勝てる!……今、沖縄……にいる」
確かに、この機体ならその可能性はあるだろう。だが、『グラトニーファング』は実際の戦闘でぶつかった経験がない。経験がない相手を倒すのは相当に難しい。しかも、大湊のことだ。編隊を組んで標的をしとめることはしない。単騎突撃するだろうということは想像に難くないのだ。
「これは、私が彼から譲り受けたものだ。これで、『グラトニーファング』を倒す」
「……お前に、出来る、のか?」
「やるんだよ」
「……言うは易く、行うは……難し」
「それでもだ」
大湊は諦めたように銃を下ろした。
「これから私はこれに乗ってくる。変な気を起こすなよ」
久しぶりに乗る戦闘機だ。腕が鈍っていないか。それが沖津の気がかりだった。
試乗は不気味なくらい、うまくいった。
紫電改やゼロ戦をはるかに上回る性能、急上昇してもブラックアウトしにくい。急降下してもレッドアウトにしにくい。操縦者にかかる負担を抑えた設計になっている。具体的な原理は沖津には分からないが、これなら『グラトニーファング』を倒せると思った。
滑走路から格納庫に戻ってきた沖津を大湊が出迎えた。
「……うまく、いったようだな」
「ああ。さすがというべきか」
「……これなら……」
『グラトニーファング』を倒せる。
しかし、それでも戦況を覆す術などないことは分かっていた。
「さて、私は戻る。お前はどうする?」
顔に流れる汗を拭う。
返事は銃声だった。
こんばんは、jokerです。
更新が週1回になっています。もうあと二ヶ月ほどで終わるかと思います。
よろしければお付き合いください。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……