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三人の来訪者

 晩夏を通り越して涼しい風が吹いている。それに夕焼け空がやけに映える。

 その空は世界のどんな画家が描いた名画よりも美しい。もう秋なのだ。

 そう思いながらゼロ戦を操縦しているのは海軍航空隊少尉の沖津恭二おきつきょうじだった。

 年の頃は二十歳くらい。中肉中背の体に黒ずんだ緑色の航空隊の戦闘服を纏っている。つなぎのように、顔以外の全身を覆うもので、耐熱性に優れている。頭にはゴーグルのついた先頭帽を着用している。

 沖津の駆るゼロ戦の後ろには二機のゼロ戦が空を滑っている。

「おいおい、少尉殿。俺たちをどこにつれていこうってんですかい?」

 荒々しい声が沖津の戦闘機内にある無線から聞こえた。沖津の部下、強羅俊三ごうらとしぞう軍曹である。たたき上げの軍人で年の頃は三十代半ば。角ばった顔には歴戦の士らしく、傷が多く刻まれている。親や親戚は下士官として日露戦争と第一次世界大戦を戦い抜いたという。兵庫県の軍人一家の生まれだ。

「愛媛県松山基地だ」

 凛とした声が返事として無線で送られる。

「あの『航空の源田』がいる基地ですかい。ところで、今、何が立案されているか知ってるんですかい?」

「知っているさ。源田大佐が考えているのは制空権を得、我々の戦局を好転させるためだろう。いかに少ない被害でいかに大きな戦果を出すか、を思案しておられると聞いている」

 ミッドウェー海戦で日本軍は主力戦艦を四つも失った。赤城、飛龍などである。それらに加えて、多くの戦闘機と兵たちをも失った。戦闘機はまた作ればいい。しかし、兵たちは失えば、再び作ることは出来ない。彼らが持っているノウハウは継承されないまま、時代の裏側に消え去るのである。また、資源と燃料不足も頭を悩ませる問題として顕在化していた。

「少尉殿、あんたは死ぬために行くんですかい?」

「口を慎め、強羅。国のためだ」

 国のため、という意味を沖津は何となくしか理解していなかった。この戦争に負ければ、国は米軍をはじめ連合軍に占領され、民は虐げられるだろう。でも、何故国を守ろうとするのか、決定的な動機はなかった。ただ、何となく周りに流されるままそう思っていただけだった。

「国のためねえ。もうあの海戦から三年ですぜ。大本営では勝った勝ったと騒いでいるけど、実際のところは負けっぱなしだ。俺たちゃ、国民を騙くらかすことに加担してるんですぜ」

「それは仕方あるまい。上の判断だろう。なあ、お前もそう思わないか、浅葱」

 無言を貫いていた戦闘機の無線から応えは返ってきた。

「僕はよく分かりません。ただ、戦いを終わらせたい。それだけです。源田大佐の案がまさしくそうなら、僕はそれに賛成します」

 幼さが幾分か残っている穏やかな声だ。声の主は浅葱忍あさぎしのぶ一等兵。このたび新しく沖津の下に配属となった十七歳の新米航空兵である。痩せた体躯で力はないが、機械知識と航空機操縦術に長ける細身の少年である。強羅は彼の気弱な性格は軍人に向かないと以前評していた。

「へっ、ガキが。生意気言ってるんじゃねえよ」

「よせ、強羅。浅葱の言うことも分かる」

 戦闘機の窓下には四国の緑あふれる景色が見えてきた。

「そろそろ松山基地だ。着陸用意」

 沖津は二人の部下に指示を出した。

 三機は隊列を整え、基地の滑走路に着陸した。沖津は真っ先に戦闘機から降りる。

「整列!」

 沖津の号令に従い、強羅と浅葱がゼロ戦から降りる。そして、三人は駆け足で迎えに来ていた士官の前まで走り、直立不動の姿勢で敬礼をした。

 強羅は筋肉の鎧を纏った屈強な体をこわばらせ、浅葱は緊張のためか、痩せた体が少し震えていた。

「楽にしていい。私は松山基地所属、白山久三しらやまきゅうぞう少佐だ。君たちのことは高雄基地の阿部大佐から聞いている。ようこそ、松山基地へ」

 坊主頭の壮年の男は人懐っこい笑みを三人に向ける。

「さて早速だが、大佐がお待ちだ。案内しよう」

「「「はっ、よろしくお願いします」」」

 三人は源田猛夫げんだたけお大佐の待つ部屋へと通された。

 精悍な顔と高い鼻を持った中年の男が木造の簡素な机で本を読んでいた。室内にはベッドと本棚、事務机しかない。持ち主の性格を表しているかのごとく、質素な部屋だった。

「大佐、例の三人をお連れしました」

 源田大佐は本を机に置く。そして視線を来訪者へと向けた。

「ご苦労、白山少佐。下がっていいぞ」

「はっ」

三人は上官に敬礼した。先ほどよりも緊張した面持ちで源田大佐を見る。

「君たちを呼んだのは他でもない。今、大日本帝国は窮地に陥っている。戦局の打開を君たちにお願いしたいのだ。君たちは明日レイテ沖へ飛んでもらう」

「待ってください。レイテに行くなら大分基地からでも良かったんじゃないですか」

 強羅が口を挟んだ。

「話は最後まで聞け。君たちには新型戦闘機を操縦してもらいたいのだ。ゼロ戦は持久力こそあるものの、総合的な戦闘力ではアメリカの戦闘機に大きく劣る。そこで愛媛航空が新しく開発した戦闘機のテストも兼ねて、実戦をこなしてもらいたい」

「「「了解しました」」」

 三人の声が重なる。

「うむ。では明日からよろしく頼む。兵舎は白山に用意させてある。第一号兵舎を使ってくれ」

 その兵舎は司令部から一番離れた基地の片隅にある。

 司令部を出ると、滑走路を突っ切ってまっすぐ進み、突き当りを曲がる。そこからさらに数分歩くと第一号兵舎があった。

こんにちは、Jokerです。

正月休み中は結構な頻度で更新できると思います。尻切れトンボにならないように?頑張ります。


ではまた次回お会いできることを祈りつつ……

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