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少年時代

 第二次世界大戦が始まる前のこと。

 アメリカ。ペンシルベニア州。

 荒野の中に家があった。

 その家には夫婦と六人の子どもが住んでいる。

 父は家から遠く離れた炭鉱で働き、疲れ果てて帰ってくる毎日。

 母はその父を支え、わずかにある畑で農作物を耕す毎日。

 六人の子どもは学校にすら行けず、母の手伝いに明け暮れた。

 ある日、父が倒れた。

 炭鉱の有害な物質を吸い込み、内臓を病んだのだ。

 父はまもなく死ぬ。

 それを追うように母も過労で亡くなった。

 残されたのは何も知らない子どもたちだけだった。



 母が亡くなって数日後、その家に軍服を着た中年の男がやってきた。でっぷりとした腹の肉をゆさゆさと揺らしながら、家に入り、子どもの中で一番大きな少年を見る。

 男はその少年を勧誘した。

 軍に入らないか、と。

 軍に入って活躍すれば、残りの子どもたちの面倒も見てやるし、学校にも行かせてやる。その言葉は少年にとって魅力的だった。

 このままならば、彼らは生きていくめどが立たないのだから。

 少年は小さい弟と妹を見た。

 言葉はいらない。

 自分ひとりが軍に入れば、五人は恵まれた生活を送ることが出来る。

 五の幸せが得られるなら、一の犠牲は払うべきだ。

 幼い頭で少年が出した結論だった。

 男は帰り際に言う。

 数日後にまた来る、と。

 それまでに準備をしておけという意味だと少年は考えた。

 弟と妹は少年に何も言わない。

 どんな言葉をかければいいのか分からなかったから。

 『ありがとう』は場違いな感じがする。

 『ごめんなさい』も何か違うような気がする。

 そんな風に考えに考えて出した答えが無言だった。

 未だかつて流れたことのない沈黙が兄弟の間で流れる。もう時間は夕暮れだ。

 そんな時だった。

 少年は弟と妹たちに提案する。

 星空を見に行かないか、と。

 子どもたちは星空が好きだった。

 荒野の空に静かに佇む星たちの海。

 徐々に黒く染まっていく夜空が綺麗に見えるのはきっと神様が与えてくれたプレゼントだと思っていた。

 少年はこの空を忘れまいと思った。

 何年経っても。

 どこにいても。

 何をしていても。

 そしてまたいつか、兄弟たちと笑って暮らせる日が来ると望みながら、何度も見た、大好きな空を見つめていた。

 この空を心に刻み付けておこう。

 この先、何があってもへこたれないように。

 この先、壁にぶつかって立ち止まったとしても、再び歩き出せるように。

 この先、希望を失っても、また取り戻せるように。

 空を見ながら、少年は人知れず決意していた。

 別れの日はすぐに来る。

 弟と妹たちは孤児院に入れられることになると男は説明した。

 少年は荷物をまとめて、男の乗ってきた馬車に乗る。

 少年の背後から泣き声で聞こえた。

 振り向かないで。

 少年は自分に言い聞かせた。振り向いたらきっと泣いてしまう。きっと決意が鈍ってしまう。

 もう、大丈夫だから。安心して暮らせるから。

 少年は言おうと思った。けれど、言えない。

 やっぱり涙が出てきた。

 行かないで。

 そんな声が聞こえる。

 あの声は番年下の妹だ。見なくても分かる。どんな顔をしているのか。

 俺なら大丈夫。

 どうしてだろう。言おうとしても言葉に出来ない。

 俺だって辛い。行きたくない。

 これが本心だ。

 でも行かなければ。俺は長男だから。

 俺が行けば、皆の暮らしはある程度保障される。これでいいんだ。

 胸の中で無理やり合理化する。

 またいつか、どこかで会おう。そしてまた皆で暮らそう。

 考えた末に出た言葉がこれだった。少年は振り向かずに言った。

 いつかが来るとは限らない。

 また皆一緒に暮らせるとも限らない。

 叶わない可能性のほうが高いのだ。軍に入るということはそういうことだ。少年の頭はそれを理解していた。

 待ってろよ。

 必ず迎えに行くからな。

 彼は強くなった。生き延びるために。生きて、彼らと一緒に暮らすために。生きて、彼らを守るために。

 彼はあの日のことを忘れないように、心の中に炎を灯していた。それは二十三歳になった今でも変わらない。


こんばんは、Jokerです。


更新が遅れてすみません。


今回の話は番外編のような扱いです。でもこれが伏線に(なることがあるのだろうか)。


ではまた次回お会いできることを祈りつつ……

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