キルマシーン
春のうららかな空気は戦闘の激化によってことごとくかき消されていた。香るのはほのかな花々の匂いではなく、焼夷弾によって兵士や民間人の脂肪が焼かれた臭いである。
五月、同盟国のナチスドイツが連合軍に降伏する。
何一つとして戦況を覆す材料は見当たらなかった。
加えて最近、沖縄上空に『グラトニーファング』が現れるようになったという知らせが飛び込んでくる。
これを撃墜しない限りは沖縄を奪われると上層部は考えていた。もっとも、打開策は特攻以外は何もなかったが。
「で、次は俺に何しろってんだよ」
ジェームズ=オルブライトは沖縄に作られた簡易基地の滑走路で上官に悪態をついていた。
「そうだな。東京に爆弾でも落としてもらおうか」
握り締めた拳から血が滴る。パイロットとしての誇りを取るか、家族の生活を取るか、彼は二択を迫られていた。
「爆弾落とすくらい、俺でなくても出来るだろ」
「冗談だ、冗談」
にたにたと不気味な笑みを浮かべた上官をにらみつける。
心底こいつは気に入らない。
前々から彼が思っていたことだ。
「日本本土空爆の指揮をとってもらいたいのだよ」
不快な笑みは消えていない。
「俺がそんな命令に承服すると思うのか」
「君にしてもらいたいのだよ。ジャップどもに『グラトニーファング』の脅威を見せ付ける、いい機会だ。これで一気に東京を陥落させることが出来れば、戦争も終わる。君も愛する家族の元へ帰れるのだよ」
「それは国際法違反だ。俺は兵士なら殺すが、一般人は殺さない」
「君は大局が分かっていないようだねえ。いいかね。空爆して民間人に被害が出れば、テンノウとやらも停戦や講和を考えるようになるとは考えられないかね。我々は戦争が早く終わるようにと慈悲の心を持って、この作戦を行うのだ。むしろ感謝されてもいいくらいだ。ジャップを戦争という洗脳から救ってあげるのだ。救世主なのだよ、我々のしていることは」
虫唾が走る言葉だ。
殴り倒したい衝動を抑える。
ここでこいつをぶん殴っても、何の解決にもならない。
「……その命令は聞けん。俺はあくまでパイロットとして日本本土に出撃する」
「調子に乗るなよ、オルブライト少佐。お前は私の命令だけを聞いていればいいんだ」
「それなら機械にでも出来る」
「そうだ。お前はジャップの戦闘機を落とすための殺人マシーンだ。同じことだよ」
ジェームズ=オルブライトは無言で拳を振り上げた。
『グラトニーファング』は六月に入ると、さらに頻繁に沖縄上空を飛び回るようになった。ほぼ毎日、半日以上は飛んでいるとの報告も届いている。
これを聞いて、大分基地司令部は出撃準備を整え始めた。
大湊を部隊長にして、数少ない戦闘機の編成を始める。
六月半ば、部隊は沖縄本島に向けて出撃した。
気味が悪いくらい、あっさりと沖縄本島の奪還に成功したという知らせが大分基地に入った。
沖津はその戦闘に加わっておらず、大湊と浅葱が参加している。
二人とも無事だ。被害もほとんどない。
降りしきる雨の中、司令は飛び上がって傘も差さずに滑走路で出迎え、その戦果を喜んだ。沖津もまた滑走路で部隊の帰還を出迎えた。無理やり笑顔を作ろうとしたが、駄目だった。
簡単な戦果報告が始まった。部隊長の大湊が苦しそうに喋る。
「……戦果、は以上。……捕虜……一人、捕らえました」
大湊の後ろには金色の短髪を持ち、精悍な顔つきの青年がいる。手錠をかけられているが、目は死んでおらず、堂々とした雰囲気を漂わせていた。
「大湊、こいつ戦闘機乗りか?」
「……おそらく」
沖津は捕虜の青年を見る。沖津と同じくらいの年齢だ。
沖津はこの青年に興味を持った。自分と同じにおいがするのだ。
「君、名前は何と言う?」
流暢な英語で話しかける。
「ジェームズ=オルブライト」
「……その辺、に……しておけ。……こいつは、捕虜として……牢に、入れ、る」
大湊は会話を遮る。
司令の指示が下り、青年は牢に司令部横の牢に入れられることになった。
これが彼らの最初の出会いだった。
こんばんは、Jokerです。ひと段落しました、仕事が。
そろそろこの話も後半部分です。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……