星の葬列
沖津は司令室に行った後、一人で歩いて兵舎に戻った。右手には一通の手紙。
汚れた服のまま、体をベッドに放り投げる。手紙はまだ優しく握られている。
深いため息をついて、地面を見た。
心に重りがのしかかっているようで、今は動きたくないし、何も考えたくない。
否、何がしたいか分からない。何をしても気持ちが晴れない。たとえば、昇進したとしても。
これが今の沖津だった。手紙の中身を確認したからだ。
輝きを失った漆黒の瞳は突然入ってきた靴音の方角を向いた。
「沖津少尉」
浅葱だ。
この頃の少年の成長は著しい。日に日にたくましくなっていく。いつか、自分を追い越していくのだろうと思った。
「どうしたんですか、そんな顔で」
「私はそんなひどい顔をしているか?」
柔らかい表情を作ることすらも出来ない。
浅葱は頷いた。
「僕でよければ、何でも相談に乗ります。そして、悲しむのは戦いが終わってからにしましょう。『グラトニーファング』を倒して、この戦いを終わらせてからです」
あえて浅葱は勝つという言葉を使わなかった。
もう日本が勝てるとは考えてないからだ。
「それをきっと強羅軍曹殿も願っているはずです」
「……なぜ私は戦っているのだろうな」
多くの疑問符を抱えたまま、沖津は戦っていた。もう敗戦が決まっているのに、これ以上仲間を失っても不利益なだけなのに、何故戦うのだろう、と。
「それは僕にも分かりません。でも……答えはきっと、もうあると思います」
「私には戦う理由がなくなってしまったんだ」
一枚の写真を浅葱に放り投げた。
そこには沖津と若く端麗な容姿の女性、そして二人の子と思しき幼児が映っている。
「守るべき存在も、帰るべき家もなくしてしまった。今から私はどうすればいい? 誰のために戦えばいい?」
「なら……自分のために戦ってください。何がしたいか、何が出来るか、何をしようか考えて、悩んで、戸惑って、立ち止まって。そして、答えを出してください。その出した答えにきっと頷けるはずですから。完璧じゃなくていいんです」
死にたくなった。
死ねば楽になるのだろうか。
夜空を見上げながら、沖津は兵舎の屋根の上でぼんやりとそんなことを思った。
心はここにあらず、ここではないどこかを彷徨っている。
星たちが空に葬列を作ってみるように見えた。
手を伸ばせど、手が届かない。
掴みたくとも、掴めない。
妻や娘のいる場所はどこだろうか。
さくらは甘えん坊で泣き虫。
どこかで父がいないと泣いていないだろうか。
寂しさに襲われて、うずくまっていないだろうか。
沙耶は強くて芯がある。
気丈に振舞いすぎて、疲れ果てていないだろうか。
さくらに分からぬよう、一人になって静かに涙を流しているのだろうか。
もう長いこと会っていないけれど、まるで昨日のことのように思い出していた。
冷たい夜風が頬を打つ。
「沖津少尉、シャツ一枚で何してるんですか」
「ああ、浅葱か。何でもないんだ」
沖津がかけた梯子から屋根に上ってきた浅葱は軍服姿だ。遅くまで訓練をしていたのだろう。
「何故、人は涙を流すのだと思いますか?」
簡単なようで難しい問いだ。沖津はそう思った。
「さあ、何故だろう」
「それは悲しみを癒すためです」
空を走る一筋の流星は夜空が流す涙のようだ。
「そうか。随分哲学的なことを言うようになったな」
「多分、強羅軍曹殿の影響です」
強羅がいなくなってから浅葱は変わった。今までは巣の中でえさをねだる雛のようだったが、今では巣立ちした若鳥のように、どこか勇ましい感じさえするのだ。
「あいつもいなくなったんだな」
静かに腰を下ろす。
「沖津少尉。きっとお疲れなのです。しばらく休まれてはいかがですか?」
「私が休めるとでも?」
「はい。お休みください。そして、落ち着いたらまた一緒に戦ってください。ほら、よく言うじゃないですか。冷静な奴が戦場では勝つって」
「強羅の受け売りか」
「ええ、まあ」
苦笑する浅葱に強羅が重なる。
「分かった。お前の忠告、受け取ろう」
大人になりかけている少年はきっと将来のわが国を背負う人物になるだろうと沖津は思った。
こんばんは、Jokerです。
どたばたしているうちに二月半ばです。皆様、バレンタインもらったでしょうか。
自慢ですが三つほどいただきました。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……