プロローグ:AD2000東京にて
西暦二千年、いわゆるミレニアムを前にして東京の街は豪奢なイルミネーションで着飾っていた。こんな不景気の時代でも、先が見えない時代でも、何かを祝えるのはいいことだ。
そんなことを思いながら、私は本社ビルの最上階にある社長室から、戦後およそ六十年間発展を続けてきた都市を見つめていた。もう疲れたよと挫けながらも、まだ歩くのをやめそうにない。
闇市が開かれ、無法地帯となった焼け野原から、いまや世界が誇る大都市になった東京。そして、その時代の変遷の中を駆け抜けてきた私たち。
その旅路は今までに与えられたどんな試練よりも過酷で、そして今では誇りに思っている。
たまに振り返る。
私が選んで歩いてきた道は間違いではなかったのか、と。
「沖津社長、今日の予定ですが鳩川紀夫首相との会食が予定されています。赤坂のすし屋で」
私の秘書を勤めている若い女性、誉田の言葉で私の思考は現実に引き戻される。彼女は手帳を手に近づいてきた。
「ああ、その予定だがキャンセルしてくれたまえ」
何故なら今日は、あいつと会う日だから。
「キャンセル、ですか? 何か重要な予定でも?」
「うむ。あの首相なら、副社長の水無月にでも会ってもらえばいい。とにかく、私は今夜はずせない大事な用事があるのだ」
午後七時。
雪がちらほらと降っている。師走の空気は私と彼が初めて出会った時と違って、冷たい。
一人になって本社ビルから出ると、彼はもうそこに来ていた
「セカンド・ルーテネント、オキツ」
一人の年老いた男が古びた写真を手に近づいてきた。白黒の写真には若い男と女、そして三歳くらいの子どもの三人が映っている。ちなみに、セカンド・ルーテネントとは軍隊の階級、少尉のことを指す。
それにしても、彼の外見はすっかり変わってしまっていた。
彼はかつて『グラトニーファング』を駆っていた、アメリカ海軍一の若きパイロットだったのに。今ではグレーのスーツに身を固めた、ただの禿頭の老人だ。
「久しぶり、だな。ジェームズ=オルブライト少佐」
声も老いている。時間は何かを我々に与える代わりに、何かを我々から奪い去ってしまう。若さはその最たるものだ。
「ああ、元気にしていたか?」
何故だろう。彼と話すと、昔に戻ったような気持ちになる。
かつて、太平洋戦争の頃。大空を戦場として、必死にもがいていた、あの頃に。
「オキツ、約束は覚えているか?」
「もちろん」
私は、既に輝きを失った銀の十字架がついたペンダントを胸のポケットから取り出した。
こんばんは。
初めての方にははじめまして。以前の作品を読んでいただいた方にはお久しぶりです。
初の戦記ものにチャレンジします。
既出の作品と違って(?)ギャグ成分はほとんどありませんが、楽しんで読んでいただければ嬉しいです。飛び上がって喜びます。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……