第6話 芝生と親友と推し
昼休みの中庭は、だらけるためにある。
少なくともミレイユ・クラウンはそう思っている。
「ねえリディア、あんた今日も顔硬い」
芝生に寝転びながら、空を見上げたまま言う。
「硬くありません」
「いや硬い。今の声、氷三割増し」
「それはアルセリア様です」
「出た」
ごろん、とこちらを向く。
「また“様”つけてる」
ミレイユは笑う。
明るい。
雑。
でも目はちゃんと人を見る。
伯爵令嬢。
でも私に対してだけは敬語を使わない。
入学初日からそうだった。
「で?」
「何がですか」
「王太子。呼び止められてたでしょ」
やっぱり見ていた。
「偶然です」
「偶然であの距離はないわ」
むくりと起き上がる。
「近かったよね。あれ」
思い出して、少し顔が歪む。
「……気持ち悪かったです」
「だよね!」
即答。
「わたしあの人苦手。目が笑ってない」
芝生をちぎる。
「アルセリア様のほうが百倍マシ」
言いながら、私を見る。
「なんであんたあの人そんな好きなの」
好き。
言われた瞬間、鼓動が一拍跳ねる。
「尊敬しているだけです」
「嘘」
「嘘ではありません」
「尊敬の目じゃないんだよなあ」
じとっとした視線。
さすが親友。
空気を読む力が高い。
「でもさ」
ミレイユは真面目な声になる。
「アルセリア、努力家なのは本当だよ」
芝生を指でいじる。
「わたし、前に資料室で見たことある。夜まで残ってた」
ふっと息を吐く。
「怖いって言われてるけどさ。あれは、怖くならないとやってられないだけでしょ」
そう。
そうなんだよ。
「……あなたはよく見ていますね」
「当たり前でしょ。友達の推しだし」
「推しではありません」
「はいはい」
軽く流す。
この距離が、救いだ。
中庭の向こう側。
校舎の影から、銀髪が見える。
風に揺れる、白銀の髪。
背筋はまっすぐ。
歩幅は一定。
書類を抱えている。
きっとまた、関税か、航路か、通商協定の改定案だ。
ああ。
あああ。
銀髪。
蒼い瞳。
横顔の線が美しい。
「リディア?」
「……尊い」
「出た」
ミレイユがため息をつく。
「目がやばい」
「努力の塊です。あの方はレグナリナの未来です」
「声でかい」
「すみません」
でも止まらない。
あの歩き方。
あの表情。
氷みたいに整った横顔。
でも知っている。
夜、泣いたこと。
削られたこと。
それでも立っていること。
「リディア」
ミレイユの声が少し柔らかい。
「ほどほどにね」
「何がですか」
「全部」
笑う。
ああ。
私は一人じゃない。
そして。
彼女も。
いつか。
孤独じゃなくなる。
そのために。
静かに、芝生を握る。
ここは、息を吸う場所。
でも。
嵐は、近い。




